2022年06月21日

東南アジア経済の見通し~コロナ禍からの経済回復が続くものの、物価上昇と金融引き締めが逆風に

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

文字サイズ

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に急速に景気が悪化、2020年の実質GDP成長率が前年比▲5.6%に落ち込んだ。また21年はデルタ株の出現に伴う感染再拡大が生じて、政府が6月に全国規模の都市封鎖を実施したため、4-6月期の実質GDPが再び落ち込んだ(成長率はベース効果により前年同期比+15.9%に上昇)。しかし、その後は経済が回復して21年通年の成長率が同+3.1%と、プラスに転じた。そして22年1-3月期の成長率は前年同期比+5.0%となり、21年10-12月期の同3.6%増から加速した(図表7)。

1-3月期はオミクロン株による感染再拡大が生じたが、経済への影響は限定的だった。新規感染者数は3月上旬には1日3万人台まで増加したが、軽症者が大半を占め、医療体制が逼迫せず、昨年のような厳しい活動制限措置は実施されなかった。従って、1-3月期の小売・娯楽施設への人流は落ち込まず、コロナ前と比べて約1割減(10-12月期:同▲15%)とやや改善した。こうして経済活動の回復傾向が続くなか、雇用環境が改善して民間消費は前年同期比+5.5%(前期:同+3.7%)と伸びが加速、総固定資本形成は同+0.1%(前期:同▲3.0%)と若干のプラスに転じた。また海外経済の回復により輸出(同8.0%増)は堅調に拡大した。

先行きのマレーシア経済は、感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される展開が度々起きる可能性があるが、ワクチンや治療薬の普及に伴う経済活動の正常化により景気の回復傾向が続くと予想する。足元の感染状況は落ち着いた水準にある。4月に入国制限が緩和され、5月には入国時の検査を廃止、屋外のマスク着用義務を撤廃するなど更なる規制緩和が進んでいる。今後は観光やビジネス目的の旅行者の受け入れが本格的に再開するため、観光業の持ち直しが見込まれる。対面型サービス業など一部で厳しさが残るが、全体的には経済活動が活性化して雇用情勢や企業・消費者マインドが上向いて内需が回復するだろう。また世界的なコモディティ需要の拡大や政府の拡張的な財政政策(22年度の開発支出が前年度比+22.5%)の継続は、投資や輸出の追い風となるとだろう。

金融政策は、22年5月にマレーシア中銀が18年1月以来となる利上げ(+0.25%)を実施した(図表8)。4月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.3%と、燃料補助金の恩恵で緩やかな伸びが続いているが、国内経済が回復基調にあることや、ウクライナ情勢悪化により食品価格が全体的に値上がりしているため、先行きのインフレ率は年末にかけて緩やかに上昇しよう。マレーシア中銀は物価の安定と金融緩和の程度を正常化するため年後半に1回の利上げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+5.7%(21年:+3.1%)、23年が+5.2%と堅調に拡大すると予想する。
(図表7)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表8)マレーシアのインフレ率・政策金利
2-2.タイ
タイ経済は昨年、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に急速に景気が悪化、2020年に経済が停滞して、実質GDP成長率が前年比▲6.2%と減少した。タイは比較的早期のウイルス封じ込めに成功したが、本格的な経済活動の再開が遅れた。21年7-9月期はデルタ株の感染再拡大に伴う活動制限措置の影響により再びマイナス成長(前年同期比▲0.3%)となったが、その後は活動制限の緩和により景気の回復傾向が続いており、22年1-3月期の成長率は同2.2%増(21年10-12月期:同1.8%増)と上昇し、2期連続のプラス成長となった(図表9)。

1-3月期はオミクロン株による感染再拡大が生じたが、経済への影響は限定的で消費と財・サービス輸出を中心に回復した。新規感染者数は2月下旬から3月末にかけて1日2万人台の高水準で推移したが、タイ政府はワクチンの普及拡大や重症化率の低さから厳格な活動制限措置を実施しなかったため、1-3月期の小売・娯楽施設への人流はコロナ前と比較して約+0.8%(10-12月期:同+5.5%)と小幅の鈍化にとどまった(図表4)。またタイ政府が2月に生活必需品の半額を補助する「コーペイメント」などの景気刺激策を開始したことやベース効果の影響もあり、民間消費は前年同期比+3.9%(前期:同+0.4%)と伸びが加速した。またコロナ禍からの世界経済の回復や半導体需要の増加により財貨輸出(同10.2%増)が好調だったほか、政府が2月にワクチン接種者に対する隔離なし入国制度「テスト・アンド・ゴー」を再開したため外国人旅行者が回復して、サービス輸出(同+30.7%)の大幅な増加が続いた。

タイ経済の先行きは、感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される展開が度々起きる可能性があるが、ワクチンや治療薬の普及や外国人観光客の受け入れ再開などによって景気の回復傾向が続くと予想する。4-6月期は総じて感染リスクの高い状況が続いて消費者心理が冷え込んだことや、先行きのインフレ高進による実質所得の低下が消費の重石となるものの、7月からマスクの着用義務や入国制限の一部撤廃、飲食店の営業時間延長など一層の制限緩和が進むため、これまで回復が遅れていた観光業や飲食業の持ち直しが見込まれる。特にGDPの約12%を占める観光業の持ち直しは、国内経済への波及効果も大きいだけに景気回復の牽引役となりそうだ。他方、コロナ関連の財政支援策は縮小するため、公共部門の景気の押し上げは期待できないだろう。

金融政策は、タイ銀行(中央銀行)が20年5月から過去最低の政策金利を0.5%で据え置いている(図表10)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+7.1%と、コロナ禍からの世界的な回復やサプライチェーンの混乱、ウクライナ情勢悪化の長期化などから一次産品価格を中心に値上がりしており、中銀の物価目標(+1~3%)を大幅に上回っている。タイ経済の回復傾向が続くため当面は物価の高止まりが予想され、タイ中銀は年後半に段階的な利上げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+3.1%(21年:+1.5%)、23年が+4.3%と上昇すると予想する。
(図表9)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表10)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を背景に2020年に経済が停滞して、実質GDP成長率が前年比▲2.07%と減少したが、昨年4-6月期以降は前年同期の落ち込みからの反動増(ベース効果)や経済活動の再開によってプラス成長が続き、21年の成長率が前年比+3.69%と上昇した。そして、22年1-3月期の成長率は前年同期比+5.01%となり、前期(同+5.02%)に続いて堅調な伸びを維持した(図表11)。

1-3月期はオミクロン株到来による感染第3波が生じたが、経済は順調に回復した。新規感染者数は今年2月に一時5万人台まで増加したが、その後は感染状況がは急速に改善した。政府は1月と2月に首都圏の活動制限(PPKM)のリスク区分を1段階ずつ引き上げたが、オミクロン株の症状の大半は軽症か無症状であったため、厳格な制限措置には踏み切らず、小売・娯楽施設への人流はほとんど減少しなかった。このため、民間消費は前年同期比+4.38%、総固定資本形成は同+4.09%となり、それぞれ順調に回復した。また海外経済の回復により輸出(同+11.0%)は引き続き好調だった。

先行きのインドネシア経済は、引き続き感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される可能性はあるものの、ワクチンや治療薬の普及に伴う経済活動の正常化により景気回復が進むと予想する。足元の感染状況は落ち着いた水準にあるが、再拡大の兆しもみられる。今後、新たな変異株が出現した場合、政府が実施する活動制限措置のリスク区分が再び引き上げられ、対面型サービス業を中心に内需が押し下げられる可能性はあるが、全体としては経済活動の正常化が進むため、企業・消費者マインドや雇用情勢の改善を通じて内需は回復傾向を辿るだろう。また2022年度まで継続する国家経済復興(PEN)プログラムによる政府支出は景気の下支えとなるほか、世界的なコモディティ需要の拡大も資源関連の輸出や投資の追い風となるため、インドネシア経済にはプラスに働くとみられる。もっとも、インドネシア政府は4月下旬から約1カ月間、パーム原油の輸出を禁止するなど、禁輸措置を実施する動きもある。禁輸措置が度々実施される展開となれば、輸出拡大ペースの鈍化は避けられないだろう。

金融政策は、インドネシア中銀が政策金利を13カ月連続で3.5%に据え置いている(図表12)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+3.6%まで上昇している。今後は燃料補助金の増額がインフレ圧力を抑えるものの、内需回復と一次産品価格の値上がりが続くなかで、インフレ率が中銀の物価目標(+2~4%)の上限を上回るようになるだろう。中銀は物価と通貨の安定を理由に22年後半から利上げを進めていくものと予想する。

実質GDP成長率は22年が+5.1%(21年:+3.7%)、23年が+5.1%との堅調な拡大を予想する。
(図表11)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表12)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済は新型コロナウイルスの感染拡大を背景に2020年に景気が悪化して実質GDP成長率が前年比▲9.5%と減少したが、昨年4-6月期以降は前年同期の落ち込みからの反動増(ベース効果)や経済活動の再開によってプラス成長が続き、21年の成長率は前年比+5.7%と上昇した。そして22年1-3月期の成長率は前年同期比+8.3%となり、前期の同+7.7%から更に上昇、4カ月連続のプラス成長となった(図表13)。

1-3月期はオミクロン株の感染拡大がフィリピン経済の打撃となる恐れがあったが、軽症者が大半を占めるなどデルタ株が流行した時期とは状況が異なり医療提供体制が逼迫しなかった。また政府は今年1月から首都圏の外出・移動制限措置の警戒レベルを5段階中3番目に厳しい水準に引き上げたが、感染状況の改善に伴い首都圏の活動制限措置は2月と3月に段階的に引き下げ、警戒レベルを最も緩い水準とした。このため1-3月の小売・娯楽施設への人流はほとんど減少せず、生産活動の停滞が回避された。結果として、民間消費(同+10.1%)と投資(同+10.3%)がそれぞれ順調に回復した。また海外経済の回復により輸出(同+11.0%)は引き続き好調だった。

先行きのフィリピン経済は、感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される展開が度々起きる可能性があるが、ワクチンや治療薬の普及に伴う経済活動の正常化により景気の回復傾向が続くと予想する。足元の感染状況は落ち着いた水準にあるが、再拡大の兆しがみられており、政府は外出・移動制限の警戒レベルを1段階引き上げる可能性を示唆している。今後も新たな変異株が出現した場合、警戒レベルが引き上げられ、対面型サービス業を中心に内需が押し下げられる可能性があるが、全体としては経済活動の正常化により企業・消費者マインドや雇用情勢の改善を通じて景気が回復しよう。また内需は海外出稼ぎ労働者の本国送金の増加や大型インフラ整備計画の継続が追い風となるほか、4-6月期については統一国政・地方選挙関連の支出増が消費の押し上げ要因となるだろう。一方、先行きのインフレの加速や物価安定のための金融引き締めが内需回復の重石となるほか、世界的な金融引き締めの動きにより輸出の増勢が鈍化するために外需の成長率寄与度はマイナス圏で推移するだろう。

金融政策は、フィリピン中銀が政策金利を1年以上にわたって過去最低の2.0%で据え置いている(図表14)。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+5.4%と、中銀の物価目標圏(+2~4%)を2ヵ月連続で上回って推移している。今後も内需の回復が続くなか、最低賃金の引上げやウクライナ情勢悪化による一次産品価格の高騰などの影響を受けてインフレ率が高止まりするだろう。中銀は足元のインフレ圧力の高まりや減価傾向にある通貨ペソの安定化、景気回復の進展などを理由に政策金利の段階的な引上げに舵を切ると予想する。
実質GDP成長率は22年が+6.4%(21年:+5.7%)、23年が+6.3%と、6%台の成長を予想する。
(図表13)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表14)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナムは2020年の世界的な新型コロナの感染拡大に対し、政府が早期の水際対策の徹底と全国的な社会隔離措置の実施したため早期にウイルスの抑え込みに成功し、2020年の成長率は前年比+2.9%とプラス成長を確保した(図表15)。しかし、21年は7-9月期にデルタ株の感染拡大に伴い国内各地で社会隔離措置が導入され、工場労働者の「労・食・住」を1カ所に集約する「工場隔離」が操業継続の条件となるなど厳しい行動制限が課されたため、経済活動が混乱して21年通年の成長率が前年比+2.6%に鈍化した。

22年1-3月期は前年同期比+5.0%(21年10-12月期:同+5.2%)と底堅い成長が続いた。1-3月期はオミクロン株の感染拡大が生じたものの、政府が従来のゼロコロナ政策からウィズコロナ政策に転換したことや、新型コロナウイルスワクチンの接種が急速に進んだため、厳しい活動制限措置は実施されず、経済の混乱は回避された。1-3月期は製造業が同+7.8%(前期:同+8.0%)と堅調に拡大した一方、サービス業が同+4.6%(前期:同+5.4%)と緩やかな伸びにとどまった。

先行きのベトナム経済は、感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される展開が度々起きる可能性があるがワクチンや治療薬の普及に伴う経済活動の正常化により景気の回復傾向が続くと予想する。今後も新たな変異株が出現した場合、活動制限が強化されて対面型サービス業を中心に内需が押し下げられる可能性があるが、政府は今年2月から付加価値税を10%から8%に引き下げるなど新型コロナからの経済回復策を打ち出しており、雇用情勢や消費者・企業マインドが改善して、製造業とサービス業がそれぞれ回復しよう。また製造業はゼロコロナ政策を続ける中国からの原材料調達の遅れが生産の制約となりかねないが、海外経済の回復や米中貿易戦争を背景とする生産移転、複数の貿易協定が追い風となり、外資系メーカーの投資が拡大して生産が堅調に拡大するだろう。サービス業は先行きの物価上昇や金融引き締めが逆風となるものの、3月に外国人旅行者の入国が全面再開され、5月には陰性証明書の提示や医療申告義務が廃止されるなど観光業を中心に回復傾向が続くと予想する。

金融政策は、ベトナム中銀が政策金利をおよそ1年半の間 4.0%の緩和的な水準に据え置いている。5月の消費者物価上昇率は前年同月比+2.9%と、2月の同+1.4%から上昇しており、燃料価格の上昇が幅広い品目に波及し始めている(図表16)。今後も一次産品価格の高騰や経済活動の回復によりインフレが加速し、政府の物価目標である+4%を上回るようになるだろう。政策金利は経済回復を優先して短期的に据え置かれるが、物価上昇に伴い利上げを開始すると予想する。

実質GDP成長率は22年が+6.2%(21年:+2.6%)とウィズコロナ政策下の行動制限の緩和により上昇し、23年が+7.0%と上昇すると予想する。
(図表15)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表16)ベトナムCPI上昇率
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2022年06月21日「Weekly エコノミスト・レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【東南アジア経済の見通し~コロナ禍からの経済回復が続くものの、物価上昇と金融引き締めが逆風に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

東南アジア経済の見通し~コロナ禍からの経済回復が続くものの、物価上昇と金融引き締めが逆風にのレポート Topへ