2022年06月21日

東南アジア経済の見通し~コロナ禍からの経済回復が続くものの、物価上昇と金融引き締めが逆風に

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 (経済概況:オミクロン株の感染が拡大するも景気の回復傾向を維持)
東南アジア5カ国の経済は2020年に新型コロナウイルス感染拡大と各国の活動制限措置の影響が直撃して経済が低迷し、ベトナムを除く4カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン)がマイナス成長に落ち込んだ(図表1)。21年は6月頃に東南アジア地域でデルタ株による感染拡大が生じ、各国政府が活動制限を再び厳しくしたため、7-9月期の成長率が大きく低下した。しかし、21年後半から各国で新型コロナウイルスワクチン接種が加速するに従って感染状況が改善し、活動制限措置が緩和されて経済活動の再開が進んだため、10-12月期は景気回復に転じた。

22年1-3月期はオミクロン株の感染拡大が生じたが、オミクロン株の重症化率は低く、医療体制が逼迫する事態とはならなかった。このため、各国政府は短期的に水際対策を強化したものの、都市封鎖など厳しい活動制限措置までは実施せず、経済は回復傾向を維持した。22年1-3月期の実質GDP成長率(前年同期比)はフィリピン(同+8.3%)とインドネシア(同+5.0%)、マレーシア(同+5.0%)、タイ(同+2.2%)の4カ国で上昇した。ベトナム(同+5.0%)は10-12月期の同+5.2%から若干低下したものの、底堅い成長を保った。
(新型コロナ感染状況:オミクロン株の感染が沈静化)
東南アジア地域の新型コロナ感染動向は、昨年半ばにデルタ株による感染拡大が生じたが、各国で厳しい活動制限措置が実施されたことにより新規感染者数がピークアウト、年後半は新型コロナウイルスワクチンの接種が加速して感染状況の改善傾向が続いた(図表2,3)。また各国政府はこの頃から活動制限措置による経済活動への影響、ワクチン接種の進展、医療体制の改善など様々な要因を考慮してウィズコロナ(新型コロナウイルスとの共存)を前提とする柔軟な感染対策をとるようになった。

今年1-3月期は昨年末に出現したオミクロン株が流行し、再び感染拡大の波が生じた。オミクロン株は感染力が高いが、重症化率が低かったため、各国の新規感染者数はデルタ株の流行時と比べて増えたものの、医療体制が逼迫する事態とはならなかった。このため各国政府の行動規制は水際対策の強化にとどまり、都市封鎖など厳しい制限措置の実施には至らなかった。各国の感染状況は3~4月に大きく改善し、現在は概ね落ち着いた水準で推移している。各国政府は感染状況の改善に伴い外国人観光客の受け入れを再開しており、引き続きワクチン接種に注力しながら経済の正常化を進めている。
(図表2)新規感染者数の推移/(図表3)封じ込め政策の厳格度指数
(図表4)消費者物価上昇率 (物価:一次産品価格の高騰と国内経済の回復により上昇後、高止まり)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は21年は前年の落ち込みからの反動増や国際商品価格の高騰により上昇したが、コロナ禍でサービス消費が抑制されるなど物価上昇は限定的だった(図表4)。しかし、22年は国内経済の正常化が進むなか、国際商品市況の上昇や世界的なサプライチェーンの混乱影響が広がり物価上昇が続いている。また2月以降はウクライナ情勢の悪化を受けて燃料や食品、金属などより幅広い商品で値上げが進んでおり、また3月には米国が金融引き締めを開始したことで東南アジア通貨が減価傾向にあり、輸入インフレが物価押し上げ要因となっている。特にタイとフィリピンのインフレ率は中銀の物価目標の上限である+4%を上回る水準まで上昇している。

先行きのインフレ率は、コロナ禍からの経済活動の回復が続いて受給面からの物価上昇圧力が働くことや、国際商品市況の高騰を背景に仕入価格上昇の一定割合を販売価格に転嫁する動きが広がり、当面はインフレ率が上昇しよう。なお、マレーシアとインドネシアは燃料補助金制度があるため、インフレ率の急上昇は避けられるだろう。その後は国際商品市況の上昇一服や各国中銀の物価安定を目的とした金融引き締めによりインフレ圧力が低下、年内は高めの水準で推移するが、23年に入って落ち着きを取り戻すようになると予想する。
(図表5)政策金利の見通し (金融政策:22年後半は金融引き締め姿勢が強まる)
東南アジア5カ国の金融政策はコロナ禍の下、各国中銀が20年に段階的に利下げを実施、その後も金融緩和策を維持してきたが、足元では物価上昇と国内経済の回復に伴い金融引き締めに転じつつある(図表5)。マレーシア中銀とフィリピン中銀は22年5月にそれぞれ0.25%の利上げを実施した。

金融政策の先行きは、当面物価上昇が見込まれることや米国の金融引き締めに伴い資金流出圧力が強まること、コロナ禍からの景気回復が続くことから各国の政策金利が段階的に引き上げられるだろう。国別にみると、足元でインフレが加速しているタイとフィリピンでは相対的に速いペースで利上げが進む一方、資源純輸出国であるインドネシアとマレーシア、政府が価格統制を実施しているベトナムの利上げペースは緩やかなものとなると予想する。
(経済見通し:22年はコロナ禍からの経済回復が進むものの、物価上昇と金融引き締めが逆風に)
東南アジア5カ国の経済は、感染動向と活動制限措置によって経済活動が抑制される展開が度々起きる可能性があるが、各国政府はワクチンや治療薬の普及が進むなかでウィズコロナを目指した柔軟な感染対策と経済活動の両立を図っており、大規模な都市封鎖を実施するまでには至らず、経済活動の正常化が進むと予想する。

足元ではオミクロン株の感染が沈静化しており、各国政府はコロナ規制の緩和を進めている。当面は人の移動が改善するなかで、民間消費が堅調に推移するだろう。企業のマインドは良好であり、底堅い設備投資需要が期待できるほか、各国政府は財政赤字拡大を時限的に許容して拡張的な財政政策を続けており、22年はインフラ投資の拡大が見込まれる。このため投資は回復傾向を維持するだろう。東南アジア各国は足元で外国人観光客の受け入れを本格的に再開しており、コロナ禍で低迷が続いた観光業が回復に向かい始めている。東南アジアはタイをはじめとして経済に占める観光業の割合が大きい国が多いため、観光業の回復が労働市場や消費者・企業マインドの改善に繋がり、内需への波及が期待される。
(図表6)実質GDP成長率の見通し しかしながら、ウクライナ情勢の悪化を背景に一次産品価格が上昇して足元のインフレが加速しており、各国中銀は金融引き締め姿勢を強めつつある。インフレの高進や金融引き締めは今後の景気の足枷となることが懸念されるほか、世界的な金融引き締めの動きにより外需を取り巻く環境が悪化して輸出の増勢は21年と比べて鈍化しそうだ。このほか、中国のゼロコロナ政策の徹底による物流の混乱は東南アジア地域のサプライチェーンに影響が及んでいる。物流の混乱を嫌って中国から東南アジアに取引先を切り替える動きもあるが、短期的には製造業の生産や輸出の押し下げ要因となりそうだ。

以上の結果、21年はデルタ株による感染再拡大と厳しい活動制限措置の実施により経済回復は限定的となったが、22年はワクチンの普及拡大に伴い経済正常化が進むことから成長率は上昇すると予想する(図表6)。
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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