2022年06月20日

「多数決の原則」と「少数意見の尊重」について考える~シルバー民主主義と東京一極集中にどう向き合うべきか~

坂田 紘野

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1――民主主義1の原則:「多数決の原理」と「少数意見の尊重」

選挙制度は民主主義の根幹をなす制度の1つだ。民主主義国家では、選挙において多様な主張に基づく議論がなされた後、多くの支持を集めた政策が実現される「多数決の原理」が非常に重視されている。

しかし、多数決だからといって、少数意見を完全に切り捨ててしまってよいということにはならない。少数意見であるからといって、その意見が間違っていたり、価値がなかったりするわけではないからだ。また、個別の政策論点において異なる意見が主張された際の意思決定の在り方としては、多数派の意見を丸のみすることよりも、議論を経て何かしらの妥協点を見出すことの方が、有権者の意思を反映しており、民主主義によりふさわしいとも思われる。

上記を踏まえると、民主主義は「多数決の原理」と「少数意見の尊重」という2つの価値観を有していると考えられる。しかし、これらはいわばトレードオフの関係にあり、一方の価値観を重視した場合、他方の価値観は犠牲になってしまうことが多く、両立は難しい。

このことは、日本の民主主義においても当てはまる。具体的には、近年、少子高齢化や東京一極集中の進展が見られる中、若者や地方部のような少数派の意見をどのように尊重するかが課題となっている。高齢者や都市部のような多数派の利益を優先することが、将来にわたっても好ましい影響をもたらすとは限らない。「多数決の原理」を重視するあまりに「少数意見の尊重」がおろそかになると、年金問題や財政改革などの必要な改革ができなくなってしまうことも考えられる。

本稿においては、「シルバー民主主義」「衆院選における『1票の格差2』」をベースに、「多数決」と「少数意見の尊重」の在り方を検討する。
 
1 本稿においては、代議制民主主義(間接民主主義)を前提とする。
2 判例及び法令においては「較差」と表記されるが、一般的には「格差」と表記される。本稿では、「格差」を用いる。

2――シルバー民主主義

2――シルバー民主主義~「多数派」の高齢者と「少数派」の若者~
 
選挙は多数決で決まる。そのため、選挙において、「多数派」である高齢者の発言力はますます強まっている。シルバー民主主義の台頭である。

そもそも、シルバー民主主義とはどのような概念を指すのだろうか。この点については、これまでに、「政治家が当面の選挙に勝つために、増える一方の高齢者の既得権を守ろうとする『シルバー民主主義』」3「中位年齢4の高齢化や数的優位を背景として政策決定権を握った高齢者が、政治に、シルバー優遇政治を実現させること」5等の説明がなされている。これらを踏まえ、本稿においては、「高齢者の既得権が過度に守られ、高齢者優遇の政治が行われることで、必要な改革が阻止されてしまう現象」をシルバー民主主義と定める。

だが、現在の日本において、シルバー民主主義は本当に起こっているのだろうか。この点について、島澤(2017)は有権者の中位年齢の高齢化とともに年金給付や高齢者関係支出が増加する「シルバー優遇政治」の存在が示唆されることを明らかにした。一方で、高齢者が政治に直接的間接的に圧力をかけている、という点は否定しており、現在の日本で起こっているのは、「政治が、再分配の規模と期待できる得票数を世代別に比較衡量した上で、シルバー優遇政治を選択する」シルバーファースト現象であるとしている。

高齢者を優遇する政治がなされる前提となっているのが、高齢者が多いという日本の現状だ。日本における高齢化率6は既に28.8%7に達しており、高齢の有権者数は高い割合を占める。さらに、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)は、2060年の高齢化率は38.1%となり、年少人口が少なく老年人口の多い人口ピラミッドの「つぼ型」化が今後一層進行すると推計する。選挙における若者の影響力はますます低下することが懸念される8(図表1)。
(図表1)日本の人口ピラミッド(0歳~99 歳)
高齢者の数が多く、選挙における影響力が大きいために、高齢者向けの政策ばかりが優先的に実行されてしまうと、少数派となる若者が政治的に不利益を被る立場に置かれてしまいかねない。具体的には、世代ごとに政府に対する受益と負担のバランスが大きく異なり、若者に過度に負担が集中してしまったり、財政赤字が膨らみ続け、将来にツケを残してしまったりすること等の弊害が想定される。

一方で、シルバー民主主義は若者の投票率が低いことの結果であり、若者にも責任の一端があるという指摘もしばしばなされる。この立場からは、シルバー民主主義脱却のためには若者の意識の変革が必要であり、若者の投票率を挙げるような取組みを進めるべきである、という主張が導かれる。確かに、高齢者と比較して若者の投票率が長年著しく低いことは事実であり、若者に選挙への参加を促すことは、選挙における若者の影響力を高めるために一定の意義があると思われる(図表2)。
(図表2)衆議院議員総選挙における年代別投票率の推移
しかし、シルバー民主主義は、若者が投票に行きさえすれば解決する、と言えるほどに単純な問題ではないだろう。上述の通り、日本における高齢化率は既に高い水準にある。よって、若者の投票率が多少上昇したとしても、それだけで若者が選挙の「多数決」で影響力を発揮できるようになるとは考えづらい。残念ながら、若者の投票率上昇のみで課題が解決することができるような段階は、既に過ぎてしまったように思われる。

さらに、選挙権を持つ若い世代よりも下の世代、すなわち、子どもやまだ生まれていない将来世代のための政策を誰が推進するのか、という点も大きな問題だ。人口減少問題や財政赤字の拡大、環境問題等々、解決に向けて長期的な取組みが不可欠な課題は山積している。子どもや将来世代が直接意思表示することは難しい以上、現在選挙権を有している他の世代が代わりにこの世代の益となるような主張を行うしかない。だが、そのような主張はしばしば他の世代に負担をもたらすことになる。世代を超えたコンセンサスを得ることは容易ではない。
 
3 八代尚宏(2016)「シルバー民主主義 高齢者優遇をどう克服するか」
4 人口を年齢順に並べ,その中央で全人口を2等分する境界点にある年齢。
5 島澤諭(2017)「シルバー民主主義の政治経済学」
6 全人口における65歳以上の割合
7 令和3年版高齢社会白書
8 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来設計人口(平成29年推計)」(出生中位・死亡中位)
9 国立社会保障・人口問題研究所ホームページ(https://www.ipss.go.jp/

3――地域格差拡大への懸念

3――地域格差拡大への懸念~「多数派」の都市部と「少数派」の地方部~
 
人口の東京一極集中と、それに伴う地域格差の拡大も、日本の民主主義を考える上での大きな課題であると思われる。この課題は2つの観点から捉えることができる。第一に、人口移動を背景とする「1票の格差」の拡大が問題となる。一方で、「1票の格差」を是正するための区割り変更等の取組みによって、地方部選出の議員の割合が低くなり、地方の声が国会に届きづらくなることの結果、都市と地方の地域格差が一層広がってしまうことへの懸念も生じている。
1|「1票の格差」是正は憲法上の要請
選挙人の投票の価値をすべて平等に取扱う平等選挙でなければ、多数決の原則は成り立たない。そのため、都市部と地方部の「1票の格差」の存在は、これまでしばしば問題提起されてきた。 「1票の格差」とは、形式的には1人1票の選挙権が保障されているものの、選挙区ごとの有権者数が異なることから、当選に必要な票数が選挙区ごとにバラバラになり、結果、実質的な1票の価値に差が生じてしまっている状態を指す。投票価値の平等は憲法上の要請でもあることから、その重要性は極めて高い。

小選挙区制のもとで、1票の価値の平等を追求する観点からは、人口に応じて選挙区を割り振ることが原則となる。しかし、現状では、都市部の選挙区は地方部の選挙区よりも有権者数が多くなりがちなため、都市部の1票の価値は相対的に低くなってしまっており、「1票の格差」が生じている(図表3)。
(図表3)衆院選小選挙区ごとの有権者数
2|着実に進む「1票の格差」是正
数十年単位の長いスパンでみると、衆院選における選挙区ごとの「1票の格差」は次第に是正されつつある(図表4)。しかし、依然としておよそ2倍程度の「1票の格差」は存在しており、今なお選挙が実施されるたびに「1票の格差」をめぐる訴訟が各地で提起されている。結果、違憲状態との判決が下されることも珍しくない。
(図表4)衆院選における「1票の格差」推移
衆議院選挙における「1票の格差」をめぐる違憲状態の認定の基準として、一般に判例は、投票価値の最大格差が2倍以上とならないようにすることに合理性を認めているとされる。すなわち、有権者の1票の価値は等しくあるべきということを前提としつつも、最大格差が2倍以内であれば、その1票の価値の差は許容されるものと解することができる。

しかし、昨年(令和3年)に実施された前回の衆院選では人口移動の影響等により、「1票の格差」が最大で2.08倍にまで広がった。その結果、高裁レベルでは昨年の衆院選は違憲状態だとの判決も多く下されている。次回の衆院選では、小選挙区の区割りを各都道府県に1議席ずつ配分した上で、残りの議席を人口に比例して配分する「1人別枠方式」を改め、より人口比を反映するアダムズ方式に基づいて小選挙区の区割りを変更する予定だ。具体的には、いわゆる「10増10減」によって主に都市部の小選挙区を増やし、地方部の小選挙区を減らすことで、格差の是正を図る方針が示されている。
3|「1票の格差」是正の一方で高まる懸念
選挙における「多数決」を重視する観点からは、「1票の価値の平等」は非常に重要な要素となる。そのため、「1票の価値の平等」が実現されていなければ、人口に応じた選挙区の区割り変更等によって「1票の格差」を是正することが求められる。しかし、「1票の格差」是正は、都市部への人口流入が進む現状においては、都市部の選挙区数を増加させ、地方部の選挙区数を減少させることにつながる。これは、都市部の有権者の意向が国会に与える影響力が大きくなることを意味する。

もちろん、都市部に多くの選挙区が与えられることは、「1票の価値の平等」を重視した結果に過ぎず、大きな問題はないと考えることもできる。だが、足もとで地方の過疎化は大きな問題となっており、さらに、社人研の推計によると、今後ますます首都圏を中心とする都市部への人口集中が見込まれる(図表5)。そのため、人口に応じて選挙区を配分する現在の区割りの下では、地方部から選出される議員数が減少し、地方の声が国政に届きづらくなってしまうのではないか、という点が懸念される。
(図表5)地域別人口の全国人口に占める割合
6月16日に総務省の衆議院選挙区画定審議会は衆議院小選挙区に関する新たな区割り案を勧告した。この勧告に際しては、各都道府県の知事の意見もあわせて公表された。その中では、今回の区割り見直しによって、地方の実情を知る国会議員の比率が低くなり地方の実情を国政に反映させづらくなることを懸念するという意見が多くの知事から示された。同時に、区割りにあたっては、地域の歴史的沿革や地勢状況、経済圏域、生活圏域等の地域の実情の反映を求める意見も多い。例えば、福島県知事は、東日本大震災の影響で今なお多くの人が県内外で避難生活を続けているという特殊事情の考慮を求めた。

このように考えると、「1票の格差」是正と地域の多様な意見の吸い上げはトレードオフの関係にあると考えられる。すなわち、「1票の格差」是正には、地方の声が国政に届きづらくなるという副作用が存在すると言える。今後、「1票の格差」是正を進めると、多様な地方の声を国政に届けることの難易度は増してしまうだろう。
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坂田 紘野

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