2022年06月15日

“タピオカブーム”と“ピスタチオブーム”後編-そもそもピスタチオブームなんてあったのか

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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2――タピオカパン、タピオカグミ…

タピオカブームは、その希少性が欠落していくことで終焉を迎えた。スーパーやコンビニなどで販売されることで、いつでも手に入る、並ばなくても手に入るという状況が生まれ、タピオカの情緒的な価値自体を陳腐化させたのだ。何よりタピオカブームそのものが安易に消費されてしまう事で、タピオカを消費すること自体から得られるエンターテイメント性を低下させてしまったのである。ブームの終焉にはタピオカパンやタピオカグミなど、ブームから派生した食べ物も多く存在した。一般にタピオカブームと言われているモノは、実際は「タピオカミルクティーブーム」であり、ブームにあやかって商品を展開させるには、タピオカミルクティーそのものを再現しなくてはならない。しかし、タピオカミルクティーという製品そのものを再現した商品に対して、消費者はわざわざパンにする必要があるのか、パンでなきゃいけない理由があったのか、と言う疑問が生まれるため、メーカーはタピオカミルクティーを再現することに対する正当性を消費者に提示する必要が生じたのだろう。しかし、多くのメーカーが、「タピオカは若者から人気がある」という社会的文脈のみを頼りに商品展開を行っていた印象を受ける。そのため、ブームの中心にいる若者にとっては、タピオカならば何でもいいんでしょ?と思われている風潮に対して、冷ややかな印象を抱くようになるのである。これが一般的に言われる大人(企業)が参入すると、若者文化は古くなる(ダサくなる)という事なのである。

一方ピスタチオブームにおいては、確かにジェラートをきっかけに昨今のようなピスタチオ市場の広がりが生まれたわけだが、ピスタチオ愛好者からすると、ピスタチオ商品が市場に増えたきっかけを生んだのがジェラートに過ぎず、必ずしもジェラートである必要はなかった。それ故に、ピスタチオジェラートの市場性が見出されると、素材そのもののピスタチオに焦点が当てられ、ピスタチオジェラートにとどまらず、ピスタチオを使用した製品カテゴリーの拡大というフェーズを迎えたのである。タピオカと異なり、他の製品でタピオカ(ミルクティー)を再現するという事よりも、ジェラートに限らず他の製品においてもピスタチオの味が付与された(使われた)という事の方が自然な事であり、消費者にとっても受け入れやすいのである。

また、タピオカの場合はブームそのものが「タピオカ」をブランド化させていったが、「ゴンチャ」や「The Alley」など専門店そのものがブームとなることはなかった。それらの店舗は、ブームを先導する人気店という位置づけの方が大きかったのではないだろうか(「タピオカと言ったらゴンチャ」の様に)。しかし、ピスタチオにおいては、2014年以降の市場拡大をブームと捉えるのならば、その中でもパピコやポリコムのピスタチオスプレッドのように特定の商品がブーム(ヒット)になることもあった。これは、味そのものが差別化の手段となっており「おいしければ消費したい」という、他人を顧みない(ブームに左右されない)個人完結型の消費欲求が根底にあるからなのである。

3――「#ピスる」を筆者流に分析する

3――「#ピスる」を筆者流に分析する

2019年頃から「#ピスる」というハッシュタグがSNSで使われるようになった。主にピスタチオ関連のスイーツが消費されるときに使われている。タピオカブームにおいては「タピる」という言葉が「JC・JK流行語大賞2018〈コトバ部門〉」で1位、「現代用語の基礎知識選 2019ユーキャン新語・流行語大賞」において入賞を果たしており、タピオカという消費文化を構成する一端を担っていた。タピオカミルクティーを飲むという行為そのものに「タピる」というキャッチーな名称がつくことで、よりエンターテインメント性や娯楽性が増すわけである。この(タピオカを飲むという)動作にエンターテインメント性を付与した「タピる」という言葉から、ある種の言葉遊びの様に派生した「ピスる」2においてもエンターテインメント性を期待して使用されていたことが推量できる。ここで言うエンターテインメント性とは、正に他メディアが伝えるようにピスタチオの色合いがSNSでバズるという点なのだろう。人目を引くような緑色のスイーツを「ピスる」というエンターテインメント性のあるハッシュタグに乗っけることで、他ユーザーからの反応をより多く受けようとしているわけだ。しかし、本レポートで論じたように筆者はこのピスタチオブームの根底には潜在的なピスタチオ愛好者の表面化があると考える。ロイヤリティの高いピスタチオ消費者達は、決して色がきれいだから消費しているのではなく、ピスタチオの味を楽しんでいるのである。このような側面からこのハッシュタグをみれば、タピオカの様に映えを求めてピスタチオを消費している人は少ないという事がわかる。しかし、筆者自身はこの「ピスる」というハッシュタグは、「映え」の目的以外で活用されていると考えている。ピスタチオの様に熱心な愛好者はいるものの、大衆的なフレーバーではない故に日の目を浴びづらい食品は数多く存在する。日の目を浴びないが故に消費者もそのフレーバーの商品が販売されることを端から期待はしていない。現実社会においても、そのフレーバーが好きといっても共感を得ることができず、中には味覚を疑われてしまった経験を持つ読者もいるのではないだろうか。そのような他人から普段理解されない人でも、共感を得ることができる場所がSNSなのである3。昨今の「ピスる」という言葉の使用用途は、ニッチなフレーバーが好きな消費者にとってのデータベースとしての役割が大きく、映えを目的としているよりも、同じ嗜好を持つ愛好者に対して、情報を共有したいという帰属意識(共感してもらえることに対する喜び)が根底にあると考える4
 
2 もちろん「ググる」のようにそれ以前に「名詞+る」の組み合わせにより造語としての動詞が生まれていたが、飲食において「タピる」という言葉は広く浸透し、インスタ映えやハッシュタグなどSNSに投稿することが主な目的として使われていたことを考慮すると、同じように飲食カテゴリーでSNSでの投稿を意識して用いられている「ピスる」は「タピる」という語の影響を大きく受けていると推量できる。
3 ピスタチオ同様、SNSをきっかけに愛好者が表層化した例は多々ある。中でもチョコミント味はその代表と言えるのではないだろうか。筆者自身サーティーワンアイスクリームでチョコミントをトリプルで頼むほどのチョコミントファンであるが、チョコミントが嫌いな人からは総じて「歯磨き粉味じゃん」と言われる。このチョコミント愛好者“あるある”は筆者以外の多くのチョコミント愛好者も同じような経験をしており、そのような不満はSNSで投稿をすることで同じ愛好者から共感を得ることができるわけである。チョコミント愛好者の中ではチョコミントと集団を示す“党”をもじった「チョコミン党」という言葉がSNS黎明期から使われている。2010年前後において「チョコミン党」という言葉は、好きだという事を理解されない事や、チョコミントフレーバーの商品が少ないことに対する嘆きと共に投稿されていた。しかし、SNSによってチョコミント愛好者が表層化したことでチョコミントフレーバーの商品数が増加し、2016年頃にはチョコミントブームが起こった。その流れを汲んでチョコミン党という言葉は愛好者の中でもデータベースの様に情報交換の手段として使われるようになったのだ。昨今では2021年4月にはファミレスチェーン「ココス」が「チョコミン党フェア」なる期間限定のフェアを開催するなど、ネットのみならず現実社会でもチョコミントファンの消費を喚起する言葉として使われている。
4 一方で、「全ての○○好きの人に伝えたい」という文言を使って情報を周知させようとする者もいる。このような投稿の多くは帰属欲求ではなくバズることによる快感や、自慢したい、知っているという顕示的欲求が根底にあるが、「全ての○○好きの人に伝えたい」という名目があることで、自己満足な投稿で溢れるSNSにおいて、「私はあなたにとって有益な情報を提供している」、という印象を残すことができる。

4――まとめ

4――まとめ

筆者自身は、現在のピスタチオ市場の広がりをブームと呼ぶのならば、2014年にピスタチオ関連のアイスが販売されたことを機に、潜在的な消費者が視覚化された時期がブームの始まりだと考える。2019年以降の市場での広がりはピスタチオジェラートの人気によって、ジェラートという枠から飛び出し、ピスタチオが様々なカテゴリーで使用されるようになったことが起因しており、筆者自身はこの時期はピスタチオというフレーバーの定番化が進み始めていた時期であった、と認識している。定番化し始めることにより、市場の至る所でピスタチオが散見されるようになったことで、消費者側も流行っていると認識し、メディアも流行のフレーバーとしてピスタチオを評価したのだろう。一方で、一般消費者からすると昨今ピスタチオというフレーバーが多く発売されたことから、ピスタチオの目新しさは薄まりつつある。そのため、「珍しいから」「最近話題だから」と、ピスタチオ菓子を手に取る消費者は減っていくだろう。しかし、熱心な愛好者が多数存在することがSNSによって視覚化されていることも事実である。また、他のフレーバーの様に季節限定で販売されることで「今しか買えない」という希少性が一般消費者の購買意欲を掻き立てるだろう。このように、愛好者による高いロイヤリティと、ここ数年で「季節限定」として一般消費者にも広く認知されたことで、今後は大きなトレンドは生み出さないものの、季節の定番フレーバーとしてピスタチオは消費者に愛されていくものと筆者は展望する。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
          ニッセイ基礎研究所入社

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年06月15日「基礎研レポート」)

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【“タピオカブーム”と“ピスタチオブーム”後編-そもそもピスタチオブームなんてあったのか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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