2022年06月09日

“タピオカブーム”と“ピスタチオブーム”前編-そもそもピスタチオブームなんてあったのか

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1――はじめに

筆者は2020年に「タピオカ」に関するレポート1をリリースしたことをきっかけに、食べ物のブームについて度々メディアから問い合わせを受けている。主に消費文化の視点から筆者はブームの動向を考察しているわけだが、先日「ピスタチオブームとタピオカブーム」の違いについて問い合わせを受けた。筆者自身、ピスタチオスイーツが好きなので取り掛かりやすい内容だと思ったものの、今更ピスタチオか?という疑問を抱いた。そこで調べてみると、確かに2022年2月にSHIBUYA109渋谷店にピスタチオスイーツ専門店「PISTACCHIO PRO」が期間限定でオープンするなど、トレンドとして注目されていることがわかった。一方で、「ピスタチオブームは2019年頃から始まり…」、などのメディアでの記事も散見され、筆者自身が受けた問い合わせにおいても2019年から今日まで(2022年5月現在)続くブームについての考察を求められていた。この点に対して筆者は違和感を覚えた。というのも筆者自身、現在のピスタチオブームは既に10年近く続いていて、ピスタチオフレーバー自体がブームというよりも巷では定着の時期をとっくに迎えていたとの認識であったからである。本レポートでは2回にかけて筆者の認識からピスタチオブームの変遷を整理し、タピオカブームとの違いについて「ポジショニング」と「代替財」という2つの視点から考察したいと思う。
 
1 「第3次タピオカブームを振り返る」2020/11/16 https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=66112?site=nli

2――ターニングポイント「2004年」

2――ターニングポイント「2004年」

2019年をピスタチオブーム発生の起源であると考える人たちは、同年にピスタチオフレーバーのアイスが市場に数多く並んだことを要因として挙げている。一方で、2020年をきっかけと捉える人たちはスーパーマーケットチェーンの成城石井で販売された「ピスタチオスプレッド」の大ヒットが皮切りであると考えているようだ。筆者自身、これら2つの市場におけるムーブメントが当時起きていたことを否定はしないが、なぜピスタチオが選好されているのか?という問いには答えられてはいないと考えている。それは、これら2つの市場ムーブメントが起きた背景(変遷)を認識しない限り、ピスタチオブームそのものの考察には繋がらないのである。では、実際にピスタチオブームはいつから始まったのだろうか。筆者は、「2004年」と「2014年」がターニングポイントであると考えている。

元々、ピスタチオはおつまみ用の殻付きのものが輸入の中心であったことからもわかるように、ピスタチオはお酒のおつまみである、と認識している人も多いのではないだろうか。おつまみとしてのイメージが強かったピスタチオが昨今の様にスイーツとして広く認知されるようになったきっかけは、2004年9月にパティシエ鎧塚俊彦氏が恵比寿に「トシ・ヨロイヅカ」をオープンしたことが大きな要因であると筆者は考える。鎧塚氏のピスタチオを用いたお菓子は、メディアでも連日取りあげられ、ピスタチオはスイーツの素材として幅広く認知されるようになった。ヨーロッパでは、以前からピスタチオはスイーツの素材として愛されており、これを機に日本においても洋菓子店で取り扱われていることを認識した消費者も多かったのではないだろうか(表1)。

また、食物繊維やビタミンB、オレイン酸などが豊富に含まれ、血圧を下げる効果もあることから「ナッツの女王」と呼ばれることもあるピスタチオだが、2010年以降は日本の市場においても美容の側面から注目されることも多くなった。そして2013年には、アメリカピスタチオ協会が報道関係者を対象に「ナッツの女王 ピスタチオの栄養価値~健康と美容へのベネフィット」をテーマとしたセミナーを開催2。また、2014年には同協会がピスタチオによるダイエット効果の可能性をリリースしている3。当時は、未だピスタチオというフレーバーに対して肯定的な感情を抱いている消費者層や、美容の一環として食す消費者層は表面化はしていないものの、ピスタチオをおつまみ以外の用途で消費する一定の消費者は存在しており、昨今のピスタチオブームの萌芽であったと筆者は考える。
表1 2004年から2014年のピスタチオ市場の動向
 
2 「アメリカピスタチオ協会 第10回 ビューティ・ワークアウト・ジャム 協賛のお知らせ」2013/04/05 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000006854.html
3 「ピスタチオとダイエットの関係 アメリカピスタチオ協会がピスタチオについての新知識を公開」2014/06/26 https://www.atpress.ne.jp/news/48028

3――インフルエンサーの時代

3――インフルエンサーの時代、マイクロインフルエンサーの時代

食に関するブームに大きな影響を与えているものとして、昨今ではSNSの存在は大きい。ここで、食とSNSの関係について述べておきたい。スマートフォンの登場によりSNSが普及し、誰もがより簡単に情報を発信できるようになった。それ以前は2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のように匿名掲示板で特定の内容に対して熱く議論がなされたり、mixiのように会員制のソーシャル・ネットワーキング・サービス内でコミュニティが作られ情報交換がされたり、個人ブログなどがオンラインにおける個人の情報発信方法の主流であった。しかし、Twitterを始めとしたSNSの登場により、誰もがメディアとして、よりカジュアルに情報を発信できるようになった。これにより、情報の受け手側にとっても利便性は高く、わざわざ情報を探索しなくても、興味のある情報に常にタッチできる環境が開かれたのである。

ブログの影響から、2007年頃にはインフルエンサーと呼ばれる、世間に与える影響力が大きい一般消費者が台頭するようになった。日本においてインフルエンサーは、美容やファッション、生活習慣などに対して意識が高い消費者と認識され、憧れやロールモデルとして支持されることが当時は多かった。そのため、ファンにとって消費の動機はインフルエンサーそのものにあり、彼ら・彼女たちが勧める商品は、憧れのインフルエンサーに近づくことができる手段ともなった。「効果はよくわからないけど、○○ちゃんがブログで良いと言ってたから買う」といった消費行動が散見された時代である。まさにインフルエンサー個人がブランドとして消費されていたともいえる。意地悪な言い方をすれば、その商品に対して特別な知識がなくとも、その人が勧めるということが消費のモチベーションになり、このような背景からステルスマーケティングが社会問題になったことを覚えている読者も多いのではないだろうか。

しかし、SNSの台頭により、美容や生活習慣といったある種個人のブランド化によって成立していたインフルエンサーだけでなく、特定のジャンルや内容に特化した情報を発信するマイクロインフルエンサーと呼ばれる消費者が出現することとなる。今までは、そのようなマイクロインフルエンサーの情報は興味のある人が自ら主体的にアクセスすることで、情報の受け渡しがされていたわけだが、SNSの拡散機能により興味を自覚していなかったようなトピックに対しても、情報が流れてくることが増え、マイクロインフルエンサーによるニッチではあるが最新で、濃い情報も取得することが可能になったのである(表2)。
表2 インフルエンサー とマイクロインフルエンサーの違い
その中で「食」というジャンルは広くSNSユーザーにリーチしている。おいしいものを食べることが嫌いという人は少ないだろう。最新の食べ物情報しか発信しないマイクロインフルエンサーの情報は、ある意味人畜無害なトピックであり、誰もがフォローしやすく、老若男女関係なく興味を持たれる内容なのである。好きなアイドル応援用やアニメ専用やスポーツ実況用、友達との交友用など様々な用途でアカウントが細分化されていく昨今のSNS事情において、「食」とは誰もが興味があるトピックである一方で、食専用のアカウントを作成し、食に特化した情報を収集するというよりも、必要な際に食の情報を発信するマイクロインフルエンサーのアカウントを遡って自分の食べたいモノや最良の場所を探すためのデータベースとして活用されている側面が強い。ただ、ほとんどの消費者は、その情報から実際に消費行動に移すことよりも、「おいしそう!」「今度食べてみたいな!」と感じること、雑学や面白い小ネタと同様に「へー」という知的好奇心が満たされることで満足してしまう。そのため、よほどのグルメや食自体を趣味として情報のスクリーニングをしているSNSユーザー以外は、「食」専用のアカウントを作成することまではしないのである。従って、このような「食」に関するマイクロインフルエンサーの情報は、いざ必要な時のために(なんとなく)フォローしてしまう、いわば消費者にとってのご意見番としての役割を担う位置づけにあるといえる5,6,7
 
4 インフルエンサーの分類は専門家によって呼び方や規模が異なることもある。本表におけるインフルエンサーはセレブリティーインフルエンサーやミドルインフルエンサーと呼ばれることもある。
5 徹底的に情報をスクリーニングしている場合は、関連トピック以外すべてがノイズとなってしまうためこの限りではない。
6 個人の趣味はSNSで趣味ごとにアカウントが細分化されるように、細分化したものが集合しアイデンティティ(全体像としての自分)が形成されていると考えがちだが、どんな趣味をしている時でも自分の本質(思想・思考・嗜好など)は変わることはないため、仮に「食べること」が好きならば複数アカウントを所持していても、食べることが好きという本質は変わらないため、どのアカウントでフォローしても大きな弊害はないのである。
7 目的をもって作ったアカウントとは直接トピックが重ならなくとも、フォローしやすく、それ故に幅広く消費者にリーチする。例えば、サッカー用のアカウントでフォローしたのならば、拡散した際はサッカーファン仲間に、学校用のアカウントでフォローしたのならば拡散した内容は学校の友達に、と幅広く情報がリーチすることができる。

4――ターニングポイント「2014年」

4――ターニングポイント「2014年」

さてここまで長くはなったが、SNSにおける食のマイクロインフルエンサーの位置づけを筆者なりに考察した。SNSと「食」のマイクロインフルエンサーの関係が分かれば、本レポートにおけるピスタチオブームの解釈の理解に繋がると考えている。

ピスタチオブームにおいても、マイクロインフルエンサーの存在は欠かせないモノであったと筆者は考える。中でもアイスを専門に情報を発信するアイスマン福留氏の存在は大きかったように思われる。アイスマン福留氏は、アイスクリーム評論家として2010年にコンビニアイスのレビューサイト「コンビニアイスマニア」8を開設、同時に「コンビニアイス評論家」として活動し、メディアでも活躍する言わばアイスのマイクロインフルエンサーである。コンビニアイスマニアは、人気のあるサイトではあったが、コンビニアイス、またはアイス自体に興味がないと同サイトへリーチすることは難しく、情報の取得者はサイト開設者により予め選定されていたといえる。しかし、SNSの普及により、同氏の発信する情報は広く拡散され、結果としてSNSにおけるアイス情報の一人者としての地位を築くこととなった。そこで、筆者としては、同氏による2014年当時新発売されたロッテ『ジェラートマイスター ピスタチオ』に関するツイートをきっかけに、昨今のピスタチオブームが始まったと考えている。前述した通り、ピスタチオはその当時、スイーツや美容フードとして認知されていたものの、チョコレートなどと異なり、ある意味ニッチなフレーバーであったことから、消費者は特定のファンに限られ、市場自体も大きくはなかった。従って、ピスタチオスイーツを買いたくとも、未だピスタチオスイーツを扱う洋菓子専門店がないエリアも多く、ピスタチオスイーツ愛好家という消費者が可視化されることは難しかったのである9。その中でアイスマン福留氏のツイートは、アイスという人気トピックという事もあり広く情報が拡散し、そもそもの母数が少ないピスタチオ愛好家たちに情報がリーチできたのである。これに対して、ピスタチオを熱望していたニッチだがコアなファンからの反応は大きく、ここにピスタチオアイスという市場の可能性が見いだされたわけである。(表3)
 
次のヒットは2016年11月に発売されたハーゲンダッツのスペシャリテシリーズの「ピスタチオベリー」である。このアイスもアイスマン福留氏のツイートは1000リツイート超えるなど、大きな反響があった10。スペシャリテは高級感のある特別なシリーズであるため、レギュラー商品よりも価格は高かった。しかし、当時はセブンアンドアイホールディングスの『セブンゴールド 金の食パン』ブームを始めとした高級フード、プレミアムフードブームの名残が残っており、プレミアムなテイストと、大衆的なナッツとは言えないピスタチオの特別感、クリスマスシーズンの色合いと合いまったデザインなどが消費者心理をくすぐり人気商品となった。ハーゲンダッツというブランドや、デザインがかわいいという点から、元々ピスタチオファンじゃない層にもリーチした。

ここまでを整理すると、それまで顕在化してこなかったピスタチオスイーツ愛好者は、SNSを通じてその存在を認識され、更に、マイクロインフルエンサーの情報拡散により、ピスタチオ愛好者以外の層も食べる(ピスタチオを認識する)機会が増え、そして関連する製品も増えていった、と言える。言い換えればマスメディアで紹介されることにより、ピスタチオの一過性なブームが生まれ、消費が拡大した訳ではなく、ピスタチオフレーバーを待ち望んでいた消費者がピスタチオ商品に反応し、そのニーズが顕在化したということである。

従って、2019年、2020年にブームが起きたと言われているが、このブームと呼ばれている根底には、既に以前からのピスタチオ愛好家の存在があり、これが商品の投入により顕在化し、そしてブームとして大きくなっていった、という事実があるのである。筆者自身は、このピスタチオが市場で存在感が増していった2014年に既にブームを感じていたため、2019年以降のピスタチオの人気をブームとしては捉えていなかったわけである。
表3 昨今のピスタチオ市場の動向
では、2019年以降ピスタチオスイーツ市場はどうなっていったのだろうか。2019年は多くのアイスメーカーがピスタチオアイスに本格的に参入し始めた時期である。セブンプレミアム「ピスタチオマカロンアイス」やアイスマン福留氏のツイートが1万リツイートを超えたグリコ「パピコ 大人の濃厚ジェラート ピスタチオ」が販売開始するなど、ピスタチオは人気のアイスフレーバーとして定着していった。この年にはSNSでピスタチオを消費する際に用いられる「#ピスる」というハッシュタグが使われるようになる。ピスタチオブームを分析する論考をみると、ピスタチオブームの要因は「色が可愛いから」、「映えるから」と理由付けしているものを良く見かける。筆者自身はその意見には否定的であるが、少なからずそのようなハッシュタグが使われるようになるほど「ピスタチオを食べる」という行為は、ある種のエンターテインメント性が付与されていったとみることができるだろう。併せてこの頃から、ジェラート専門店で本場のピスタチオジェラートを楽しむ消費者も増えた。また、貿易統計によると、統計を取り始めた12年以降で、最多の500トンのピスタチオ加工商品用の殻なしピスタチオが輸入されており、おつまみという枠を超えて消費者に消費されるようになっている。

そして、2020年には様々な企業からピスタチオフレーバーの商品が販売されることにより、大きな転換点を迎える。4月には、発売以後2022年1月までに約63万個も爆売れしている「ポリコム ピスタチオスプレッド」が成城石井で取り扱われるようになり、8月には東京駅にピスタチオスイーツ専門店「PISTA&TOKYO(ピスタアンドトーキョー)」がオープンした。また、森永製菓の「ダース」やヤマザキビスケットの「ノアールミニサンド ピスタチオ味」がリリースされるなど、昨今よく見かけるピスタチオ風味のお菓子たちが数多く登場したのもこの年である。このようにピスタチオ味のケーキやジェラートといった特定の商品がブームとなっていたが、この頃から「ピスタチオ味のアイスが流行っている」→「ピスタチオが流行っている」→「ピスタチオ味の何かが流行っている」と、消費対象が再解釈され、ピスタチオという名のついた食べ物が市場に溢れていくこととなる。今では市場を見渡せば、ピスタチオを使用したドリンクや、ピスタチオ豆腐まで幅広く存在している。
 
(後編に続く)
 
8 コンビニアイスマニア サイトhttps://www.conveniice.com/ (2022/05/10閲覧)
9 また彼ら自身もそもそも普段の生活でピスタチオスイーツを見かけることが稀であるため、好きであるという事自体が無自覚、そもそもピスタチオフレーバーがあることを想定していないと考える者も多かったのではないだろうか。
10 アイスマン福留氏の2022年5月現在のフォロワー数は20万人を超えるが、https://corobuzz.com/archives/69698 によると2016年当時フォロワーは7万人前後であった。現在と比較するとフォロワー数に大きな違いがあるため今ほどのリツイートは稼げていないが、当時のフォロワー数や当時のTwitter利用率を考えると1000リツイートは十分話題となったツイートと言えるだろう。
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
         ニッセイ基礎研究所入社

    ・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年06月09日「基礎研レポート」)

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【“タピオカブーム”と“ピスタチオブーム”前編-そもそもピスタチオブームなんてあったのか】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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