2022年05月25日

官民連携の新たな仕組み「ソーシャルインパクトボンド」とは

金融研究部 准主任研究員・ESG推進室兼任 原田 哲志

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1――官民連携の新たな仕組み「ソーシャルインパクトボンド」

官民連携の新たな仕組みである「ソーシャルインパクトボンド(Social Impact Bond:SIB)」への注目が高まっている。SIBは、行政の(1)成果連動型支払契約と(2)民間資金の活用を組み合わせた官民連携の手法である。SIBを活用することで、従来行政が担ってきた(1)公共性の高い事業の運営の効率化や(2)公共サービスに民間資金を導入する取り組みが行われている。

SIBは、2010年に英国で導入されて以来、米国、豪州をはじめ多くの国で「就労支援」、「医療・健康」、「再犯防止」、「生活困窮者支援」といった分野での社会課題の改善に活用されている。日本でも、2015年に複数のパイロットプロジェクトが行われて以来、自治体での活用が広がっている。本稿では、SIBの概要について説明したい。

SIBの一般的な流れは(1)行政と中間支援組織が取り組み対象とする社会課題を選定し、事業の評価指標や資金提供者への支払の条件を策定、(2)中間支援組織が民間などからの資金提供を募集、(3)調達した資金を用いてサービス提供者がサービスを実施、(4)第三者評価機関が(1)の評価指標などに基づいてサービスを評価、(5)(1)の条件に基づいて資金提供者にリターンが支払われる(図表1)。なお、SIBは、一般的な債券が持つ「元本保証」や「市場での流動性」はなく、債券とは異なる官民連携の仕組みである。SIBでは、民間の評価や知見を公共事業に導入することで効率化、公共支出を削減することが促される(図表2)。
図表1 SIBの仕組み/図表2 SIBの投資効果算出イメージ

2――SIBの特徴と課題

2――SIBの特徴と課題

行政から民間への公共サービスの委託契約には(1)民間委託、(2)成果連動型民間委託 (Pay For Success:PFS)、(3)SIBといった複数の形態が存在する。従来の民間委託契約では、行政は決まった金額をサービス提供者に支払う。このような従来の民間委託契約では、サービスの成果に関わらず委託料は一定の金額であることから、サービス提供者に事業の効率化のインセンティブは働きにくい。これに対して、PFSではサービス提供者にサービスの成果に連動した報酬が支払われるため、サービスの効率化のインセンティブが生じる。しかし、提供者である社会的企業やNPO等は、十分な資金的余裕がないことも多く、支払いが数年後になるような成果連動型支払契約への対応は困難な場合も多い。

これに対して、SIBでは民間の資金提供者が事業リスク(成果目標未達リスク)を負担する。このため、SIBはPFSと比較してサービス提供者の経済的リスクが小さく、参入可能な事業者も多くなる。ただし、SIBの資金提供者は事業リスクを負うため、資金提供にあたって事業のリスクやサービス提供者の能力や信用力、成果目標達成の見通しを厳しく評価することが必要となる。

このような仕組みによってSIBでは、民間の資金提供者が公共事業の評価や効率化に寄与することが促される。
図表3 公共サービスの民間委託契約の形態別の特徴と課題

3――国内でのSIBの推進の取り組み

3――国内でのSIBの推進の取り組み

このように、公共事業の改善や社会課題への取り組みの新たな仕組みとしてSIBが注目される中、日本でも政府によってSIBの普及促進が行われている。政府は「経済財政運営と改革の基本方針2021」の中で「SIBを含む、複数年にわたる成果連動型民間委託契約方式(Pay For Success:PFS)について、成果指標の明確化を行いながら取り組む分野を拡大する。また、同事業実施効果としての社会的便益、社会的コスト等に係るデータの整備、提供を行う」としている。また、こうした方針に基づき、関係省庁は「PFSの推進に関するアクションプラン」を取りまとめ、(1)共通的ガイドラインの作成、(2)PFSを活用する地方公共団体等に向けた支援、(3)PFS事業の横展開に向けた理解促進等、(4)PFSの補助制度の検討といったPFS/SIBの普及推進に向けた取り組みを行うとしている。

こうしたSIBの普及に向けた取り組みが推進される中、自治体においてもSIBを活用した様々な取り組みが実施されている(図表4) 。
図表4 国内の主なPFS/SIBの実施事例

4――SIBの今後の課題

4――SIBの今後の課題

国内でも自治体によるSIBを活用した事業が増加し、その事例が蓄積されている。しかし、SIBを自治体などが抱える課題の解決に有効に活用するには課題点も残されている。(1)SIBを活用できる社会課題の発掘と共有、(2)SIBの組成支援、(3)適正な事業規模の確保といった点が挙げられる。

国内でもSIBの認知度は向上しつつあるものの、具体的に各自治体が抱えるどのような課題に適用できるのかイメージできない場合も多い。また、SIBに適した課題を見つけた場合でも事業インパクトの評価指標の設定など具体的なスキームの構築にはSIBに関する知見が必要となる。このことから、自治体が単独でSIBを実施することは難しく、共通的ガイドラインの作成など政府による支援の充実が求められる。

また、SIBの実施にはスキームの組成や事業インパクトの評価などに事務負担やコストが生じる。このことからSIBの活用には、こうしたコストに見合う規模の契約金額や事業インパクトがあることが望ましい。しかし、現状では国内での活用事例において、その契約金額は比較的小規模にとどまっているものが多く、より大きなインパクトを得られる規模での実施が求められる。こうした課題を解決し、社会や環境の改善に向けたSIBの活用の進展を期待したい。

【参考文献】

G8インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会、「日本における社会的インパクト投資の現状2016」、2016年9月29日
 
塚本一郎/金子郁容編著「ソーシャルインパクト・ボンドとは何か」、2016年11月30日
 
内閣府、「経済財政運営と改革の基本方針2021」、2021年6月18日
 
内閣府、「PFSの推進に関するアクションプラン」、2020年3月27日
 
内閣府、「成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)ポータルサイト PFS事業事例集」
https://www8.cao.go.jp/pfs/jirei.html
 
 

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金融研究部   准主任研究員・ESG推進室兼任

原田 哲志 (はらだ さとし)

研究・専門分野
資産運用、オルタナティブ投資

経歴
  • 【職歴】
    2008年 大和証券SMBC(現大和証券)入社
         大和証券投資信託委託株式会社、株式会社大和ファンド・コンサルティングを経て
    2019年 ニッセイ基礎研究所(現職)

    【加入団体等】
     ・公益社団法人 日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・修士(工学)

(2022年05月25日「基礎研レター」)

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