2022年05月18日

世界の金融規制当局はコロナ・ショックにどう対応したか

氷見野 良三

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5――国際連携

筆者は、2019年の8月から2021年の9月まで、金融安定理事会の「規制監督常設委員会(SRC)」の議長を務めた。

金融安定理事会では、コロナ禍が金融システムや金融市場にどんな脅威を与えるかなどの分析を「脆弱性分析常設委員会(SCAV)」が行い、その分析をもとにSRCが政策的な対応を提言し、提言の実施状況は「基準実施常設委員会(SCSI)」でチェックする、という役割分担となっている。SRCは、コロナ禍が始まってから、筆者が議長職をイングランド銀行のベイリー総裁に引き継いだ2021年9月までの19か月間に、24回の電話会議・ビデオ会議を行い、23の報告書等を公表した13

コロナ深刻化後間もない2020年5月の時点で、SRCは、当局と民間金融機関、取引所、格付機関などとの間で、今後の見通しと対応について議論するために、オンライン・ワークショップを開いている。SRC議長として次のような開会の辞を述べたが14、お読みいただくと、その時点での手探りの状態を感じ取っていただけるのではないかと思う。
 
「コロナの下で、金融セクターは3つの課題に立ち向かわなければなりません。経済を支えること、自らを維持すること、そして経済の回復に備えることです。

当局側は、民間主体がこうした課題に立ち向かうことを支援するよう努めてきました。各国当局は機動的に対策を講じており、既に金融安定理事会のデータベースには1600件の実施済み措置が登録されています。基準設定主体は、規制基準の実施期限の延長や、基準に織り込まれている柔軟性の活用に関する一連のガイダンスを発出しております。

各国当局は、それぞれの状況に応じて自国の対応を調整してきましたが、同時に、以下の5原則に沿って、互いに連携してきました。

第一に、リスクに対処するため、状況をモニターし、情報を交換する。

第二に、既存の基準に組み込まれている柔軟性を活用する。

第三に、金融機関の事務負担を一時的に軽減する道を探る。

第四に、国際基準と整合的に対応し、改革の後戻りはしない。

第五に、臨時の対応措置については、将来、連携して適時に解消する。

これらの諸原則は4月にG20財務大臣・中央銀行総裁会議によって承認されました。

世界の金融システムは、皆様の努力とG20が進めてきた規制改革の結果、ぐっと強靭性を高めた状態で今次危機を迎えることができました。確かに、3月のショックは、市場の自己治癒力の限界を超えてしまい、激しい市場変動を抑えるためには中央銀行による大幅な介入が必要となりました。しかし、銀行セクターは実体経済を支え続けましたし、3月下旬には、資本市場も通常の機能を回復いたしました。金融面でもオペレーショナルな面でも難しい外部環境だったにもかかわらず、中央清算機関などの市場インフラもよく機能しました。

しかし、気を緩めるわけにはいきません。世界は依然未曽有の不確実性に直面しています。広範な将来シナリオに備えておかなければなりません。今日みなさまと議論したいのは、様々なシナリオの下で、危機の諸局面において、どのように行動していったらいいか、ということです。

振り返ってみて、既に取られた政策対応からどんな教訓が得られるでしょうか。何がうまくいき、何がうまくいかなかったでしょうか。実施上の摩擦や障害、トレードオフ、副作用などは見受けられたでしょうか。措置の実効性を高めるためにできることはあるでしょうか。

そして、今後を見通して、どんな展開の可能性に注意すべきでしょうか。懸念されるのはどんなリスクでしょうか。流動性リスクでしょうか、支払能力のリスクでしょうか、オペレーショナル・リスクでしょうか。経済活動に必要な資金の供給を確保し、金融システムの安定を守り、そして、いずれは経済の力強い回復を実現するために、さまざまなシナリオの下で当局はどのように対応すればいいのでしょうか。異時点間のトレードオフや、金融システムの各部門と実体経済の間のフィードバック・ループをどのように考慮したらいいのでしょうか。ストレステストはどのような役割を果たすべきでしょうか。

本日、当局側からは、各国の中央銀行、規制当局、財務省、バーゼル銀行監督委員会、決済・市場インフラ委員会、保険監督者国際機構、証券監督者国際機構の代表が参加しています。疫病の克服と力強い回復に向けて官民が協働できるよう、我々が政策立案の任務をより適切に果たすにはどうしたらいいか、みなさまからぜひ意見をいただきたいと思っております。」

コロナをめぐる状況は、国ごとに大きく異なっているので、金融規制監督上の対応も、それぞれの実情を踏まえたものでなければならない。また、国民の生命と生活がかかっている以上、政策選択の最終的な責任を負うのは各国当局であり、危機のさなかに国際機関が過度に縛りを設けることは避けなければならないと考えた。他方、これまで積み上げてきた規制改革の努力や、国際的な規制収斂の努力が、ここで水泡に帰してしまうこともやはり避けなければならない。

こうした中で、各国からリアルタイムで対応状況の報告を受け、それを週次で集約して各国に還元することにより、他国の対応状況も参考にしながら自国の対応を検討する、というソフトな連携を可能にするように努めた。

また、上記「開会の辞」で言及されている「5原則」は、基本的な規制目的を損なわない範囲での国際基準からの一時的な逸脱については容認しつつ、適時の復帰についても述べる内容となっている。これはイングランド銀行が主導してできたものだが、こうした過不足のない柔軟性をもった原則を組み上げる技は、英当局のお家芸といえる。

SRC議長としては、何か拘束力のあるルールを作るよりは、できるだけ将来の展開を先取りしたアジェンダ設定をすることで各国国内における検討の役に立つようにするのが一番いいのではないか、と考えていた。「開会の辞」で、流動性危機が落ち着いたこの時点で、支払能力(信用リスク)の危機や、更には危機後の経済の力強い回復を確保するための道について言及しているのはそのためだ。

SRC会合の具体的なアジェンダ設定にあたっては、以下のような点をテーマにした。
 
  • 各国がコロナ下でのストレステストをどのように進めているかの実務の集約と分析。
     
  • 緊急措置をどのタイミングでどう解除していったらいいかについての考慮事項の整理。
     
  • 監督当局と破綻処理当局の間の連携をどう進めたらいいかの議論。
     
  • コロナ下で累積した過剰債務にどう対応したらいいか。また、コロナ後の社会でビジネスモデルが成り立たなくなった企業(いわゆるゾンビ企業)にどう対応したらいいか。

このうち、緊急措置の解除については、2021年4月に「コロナ支援措置の延長・修正・終了」という報告書を公表している15

この報告書は、各国当局が殆どの緊急措置をそのまま維持している現状を確認したうえで、「早まって解除すれば金融システムの安定に大きなリスクが直ちに生ずるが、支援措置をあまりに長期間続ければ、徐々に金融システムの安定へのリスクが積みあがる」とし、「現状では、ほとんどの当局は、どちらかといえば早まった解除は長すぎる継続よりも害が大きいと見ている」と述べている。

また、解除の仕方については、状況に応じて柔軟に対応し、徐々に調整や解除を行うことを推奨し、徐々に進めるための手段として、支援対象を絞る、自動供与から申請主義に移行する、支援内容を見直す、諸措置を同時にではなく時間差をつけて解除する、などの方法を挙げている。また、明確かつ適時に一貫性のある発信を行うことで、市場に混乱を招かないようにすることを推奨している。

この報告書は、G20財務大臣・中央銀行総裁会合に提出され、同会合の声明文で「歓迎する」とされた16。ただ、タイミングがコロナ第2波とぶつかってしまったため、やや気の早い感じになってしまったかもしれない。

また、コロナ下で累積した過剰債務にどう対処するかについては、2022年2月に「非金融法人のデット・オーバーハング問題対応のアプローチ」と題されたディスカッション・ペーパーが公表されている17。これは、金融庁国際室の三好参事官が座長を務め、大槻課長補佐ほかSRCメンバー当局出身の有志からなるチームで分析を進めた成果を取りまとめたものだ。

デット・オーバーハングとは、「過剰債務を負った企業には事業機会を実現するための新たな投資を行うインセンティブが乏しくなる結果、企業価値が失われて行ってしまいがちになる」という現象を指す言葉だ。事業継続が可能な企業とそうでない企業の見極め、事業継続が可能な企業の債務の再編やニューマネーの供給、事業継続が可能でない企業の円滑な退出などに関し、各国の具体的な取り組みの紹介もふんだんに行いながら、論じられている。

既に述べたとおり、幸いなことに、信用リスクや過剰債務の問題は懸念されたような形では重症化しなかった。しかし、今後の対応の如何では、各国の中期的な成長にも響いてくるものと思われる。コロナ後の経済の力強い回復を実現するために、今後、ペーパーが各国ごとの対応の検討に活かされていくことが期待される。

なお、この報告書に向けた途中段階の成果は、国内部局の報告と合わせて金融庁内の会議で紹介され、日本の対応の検討にも寄与した。金融庁の国内での取組みと国際的な場での活動が有機的に結びつく「金融行政の内外一体化」を目指してきた筆者としては、この庁内会議での議論の様子を見て、長年の夢が叶ったような思いがしたのを覚えている。
 
13 金融安定理事会事務局でSRC総括を務めた椎名康氏(金融庁出身)は、会合毎に、アジェンダの設定・討議文書の起草調整・メンバーとの事前調整・議長への事前ブリーフィング・議事録の作成・会議成果の金融安定理事会本会合等への報告・公表、のサイクルを統括し、これを月に数回繰り返す激務ぶりだった。
14 Himino Ryozo, Introductory Remarks at the FSB Virtual Meeting on Policy Responses to COVID-19, 26 May 2020 (https://www.fsb.org/wp-content/uploads/S260520.pdf)
15 Financial Stability Board, COVID-19 support measures: Extending, amending and ending, April 2021
16 Italian G20 Presidency, Second G20 Finance Ministers and Central Bank Governors meeting, Communiqué, 7 April 2021
17 Financial Stability Board, Approaches to debt overhang issues of non-financial corporates: Discussion paper, February 2022

6――振り返り

6――振り返り

コロナは既に第6波を数え、当初多くの人々が想定していたよりも長期に亙って継続したが、2回目の流動性危機や、信用リスク危機はこれまでのところ発生していない。

中央銀行が世界金融危機の際に開発した鎮火手段は、今回も、流動性危機の沈静化と再発防止のために効果的に機能したといえる。

また、これまでのところ信用危機となっていない背景としては、コロナが実体経済に与える影響が特定の業種に限定され、図表1にみられるように、全産業が一旦垂直に悪くなり、その後、回復する業種と停滞する業種に分かれるK字回復となったことが挙げられる。経済全体がV字回復を果たすことにはならなかったが、他方、経済全体が沈んだままとなるL字回復ともならなかった。

これに加え、政府による給付金・補助金や信用保証は、借り手の財務状況の悪化を防ぐうえで極めて重要な役割を果たした。世界金融危機以降の金融規制改革も、銀行の体力を高め、経済を支え続けることを可能にした。コロナ後に金融規制監督当局がきめ細かな措置を迅速かつ広範にとったことも、金融システムが機能を発揮し続けることに寄与したと考えられる。他方、ノンバンク・セクターの改革が不十分だったことも明らかになった。

従来、金融規制監督に関しては、信用サイクルや景気サイクルなどの内生的な変動に対し、金融システムの安定をどう確保するかの議論が中心だった。他方、コロナ禍では、外生的なショックに対し、金融システムの安定と金融仲介機能の発揮を両立させるため、世界の当局が連携しながら緊急対応に取り組んだ。今後、気候変動などの自然災害、さらなる疫病、サイバー攻撃、地政学的なリスクの顕在化など、大規模な外生的ショックも想定しうる中、今回の対応は重要な先例として参照されていくのではないかと考える。
 
 

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(2022年05月18日「基礎研レポート」)

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