コラム
2022年04月28日

フラクタルの概念は社会でどのように利用されているのか-フラクタルの応用例-

中村 亮一

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はじめに

以前の研究員の眼「フラクタルって知っていますか-1.26次元や1.58次元の図形ってどんなものなのか-」(2021.6.28)では、「フラクタル」という概念について紹介した。また、「フラクタルは自然界でも多く観測されるって知っていますか-植物や各種の地形にも多くみられる-」(2021.8.17)では、自然界で観測されるフラクタルの例をいくつか紹介した。

このシリーズの前回の研究員の眼から、大分時間が経ってしまったが、今回の研究員の眼では、こうしたフラクタルの概念が社会でどのように利用されているのかについて、いくつか紹介したい。数学、物理学、天文学、気象学、生物学、応用工学等に留まらず、医学や経済学等の幅広い分野で研究が進められている。

フラクタル日除け

「フラクタル日除け」というのは、以前の研究員の眼で紹介した「シェルピンスキーの三角形」をベースにして、これを立体構造にした「シェルピンスキー四面体」を用いたものである。必ずしも全体を幾重にもわたって隙間なく覆うというのではなくて、外見上は多くの隙間を有する形になっているようにみえるが、これが低コストでエネルギー効率が高い日除けとなっている。

前回の研究員の眼で、樹木における枝や葉の付き方はフラクタル構造になっていると説明した。森の中で樹木を見上げた場合に、必ずしも全てが完全に埋め尽くされているわけではなく、僅かながらの隙間も観察できるようになっている。あるいは多数の樹木や葉が重なり合うのではなく、できる限り重ならないような構造になっている。それでも、直射日光を遮る一方で、風の通り道も確保して、風通しがよくなっていることから、その中にいると心地よい雰囲気を感じることができる。これは、多数の小さな葉が、吸収した太陽熱を効率的に放散できることになっていることが関係しているようだ。

この樹木と同様の構造を持たせたものが「フラクタル日除け」ということになる。これは先の東京オリンピック・パラリンピックにおける夏の暑さ対策として、例えば横浜国際総合競技場内でも設置されていた。

フラクタルアンテナ

UWB (Ultra Wide Band) は約7GHzの帯域幅をもつインパルスを用い、このインパルスの間隔の大きさに情報を乗せて通信している。このため、このインパルスを受信するアンテナは極めて大きな広帯域が必要になるとともに、一方で、携帯端末に収まるように小型化も求められる。

この目的のため、まさに「シェルピンスキーの三角形」の形をした「フラクタルアンテナ」が使用される。このアンテナは、小さな体積で、広帯域で共振する特徴を有している。

コンピューター・グラフィックスでの利用

コンピューター・グラフィックスの分野では、樹木の形状、葉の形,雲、海岸線等の自然界に観察されるものの再現において、フラクタルが利用されている。これにより、それまでのユークリッド幾何学をベースにした形のみで表現する場合に比べて、入り組んだ形や地形等を、より効率的に、より自然な形で表現できることになっている。これは、前回の研究員の眼で述べたように、自然界において、限りなくフラクタルに近い形が形成されていることに関係している。これにより、本物のようにみえる地形等をコンピューターで効率的に作成することができることになる。

これらのコンピューター・グラフィックスにおけるフラクタルの利用は、映画作品でも使用されており、実際のセット等と比べても、より低コストでよりリアルなものを製作することができることになる。

一方で、コンピューター・グラフィックスにより、フラクタルを有する美しい模様や不思議なデザイン等を作成することができる、フラクタルは各種の芸術作品でも使用され、「フラクタルアート」と呼ばれている。

音楽の世界

音楽を作曲する場合にフラクタルを利用することも行われている。

「アルゴリズム作曲法」として知られているものは、まさにアルゴリズムを用いる作曲で、所定の形式的な過程に従いつつ、コンピューター等を使用して、一定のランダム性(偶発性)に委ねる作曲法を指している。その中の数学モデルを使用するものの1つとして、フラクタルを使用したものがある。

当時はそのような概念はなかったが、例えば、ヨハン・セバスティアン・バッハの作品のいくつか、例えばブランデンブルグ協奏曲やフーガの技法、といった作品には、現代的に言えば、フラクタル的な構造が組み込まれているとの見方ができるようだ。

1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)

「1/fゆらぎ」というのは、「スペクトル密度が周波数fに反比例するゆらぎ」のことを言い、これが、人間が本能的に感じる、心地よさ、快適さ、癒し、に関係しているとされる。フラクタル図形にはこれが含まれているとされており、このためフラクタルを含むアートや音楽等に、人間は心地よさを感じるとされているようだ。自然界等でも、数多く観測され、例えば、ろうそくの炎の揺れ、電車の揺れ、小川のせせらぎの音等が該当している。

マルチフラクタル

「マルチフラクタル」というのは、階層的なフラクタル構造を指している。フラクタル構造における自己相似性は必ずしも均一とは限らず、複数のフラクタル特性を有している場合がある。

例えば、自然界の現象を見た場合に、雨量や風速等の分布は、場所や時間によって大きく変化するが、ある条件下では、マルチフラクタルな分布が形成されるとされている。マルチフラクタルによって自然界の現象にみられる複雑な状況をより正確に表現することができることになる。

このマルチフラクタルの階層構造については、例えば、縦軸にフラクタル構造の変化要素、縦軸にそれぞれのフラクタル次元2を取った、マルチフラクタル・スペクトルで表すことで、そのマルチフラクタル性を示すことができる。このマルチフラクタル解析は、医学、物理学、気象・地震の解析等の各種の分野で利用されている。
 
2 研究員の眼「フラクタルって知っていますか-1.26次元や1.58次元の図形ってどんなものなのだろう-」(2021.6.28)で紹介した自己相似性の程度を表す指標

画像解析

画像解析において、ネットワーク上でフラクタルの式だけを送信して相手に画像を見せることができる。これにより、いくら拡大しても細部が表現可能な無限の解像度を持つ画像通信ができることになる。

また、モノクロ写真が示している濃淡がマルチフラクタルとして定義され、これを分析することで、異なる物質等の存在を特定できることになる。

医学での利用

自動化されたマルチフラクタル解析は、画像分析により、がん組織を見つけるため、特にマンモグラフィーによる乳がんの診断等に使用される。血管にがんができると血管のネットワークの形が変わることから、血管系の画像の次元を観測することで、がんの発見ができることになるようだ。

また、心臓の鼓動は一定のリズムを刻んでいるわけではなく、短期的にも長期的にも変動があるので、心拍数のグラフをマルチフラクタル解析で分析することで、心臓や循環器系の異常の発見や病気の診断ができるようだ。

金融モデリング

株式や為替等の価格は、ランダムに変動するという前提の下でのモデリングが行われる。

例えば、伝統的なモデリングにおいては、現在の価格は過去の変化の影響は受けず、価格の変動幅は正規分布に従う、等と仮定される。

ただし、実際の価格変動は、一定期間にわたって比較的安定的な変動を示す場面と、極めて短期的に急激な変動(暴落や急騰)を示す場面とに区分けされるように観測される。

フラクタルの概念を提唱したブノワ・マンデルブロによれば、伝統的なモデリングでは、こうした急激な変動が起こる可能性が過小評価されているとされる。そのため新たなマルチフラクタルの概念を用いたモデリングが提唱されている。マンデルブロによるマルチフラクタル・モデルによれば、正規分布ではなくてべき分布、分散は一定ではない、等と仮定されており、マンデルブロは、これにより2008年の金融危機を予測していたと言われている。

「数」におけるフラクタル構造-フィボナッチ数列や黄金比との関係-

フラクタル構造というのは、一定の物事を分析し、理解するための一つの見方であるが、数学的には、「図形」だけでなく、「数」の中にもフラクタル構造を見ることができる。

以前の研究員の眼「フィボナッチ数列について(その2)-フィボナッチ数列はどこで使用されたり、どんな場面に現れてくるのか(自然界)-」(2021.2.26)でも述べたように、黄金比φは以下のように連分数表示ができる。
連分数表示
これは、まさに、黄金比φが自己相似性であるフラクタル構造を有していることを示唆している。

さらに、以下のような表現も1種のフラクタル性を示しているといえる。

1/9=1/10+1/10(1/10+1/10(1/10+1/10(1/10+……)))

最後に

今回は、3回の研究員の眼で「フラクタル」という概念について紹介してきた。最初は何だと思われた方も多くおられたと思うが、聞いてみると結構興味深い概念だと感じていただけたのではないかと思われる。

我々が学生時代に学んだユークリッド幾何学では、定められた図形が織りなすものがベースになっているが、フラクタルにより、人体の構造や仕組み等を含めた、自然に存在するものの姿が、より自然な形で表現できるようになっている。

今後、我々の身の回りに存在しているものを何気なく観察する機会等があったときには、こうした「フラクタル」という概念や「フラクタル次元」なるものがどれぐらいになっているのだろうか、という視点で眺めてみるのも面白いかもしれない。
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(2022年04月28日「研究員の眼」)

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