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- フラクタルの概念は社会でどのように利用されているのか-フラクタルの応用例-
はじめに
このシリーズの前回の研究員の眼から、大分時間が経ってしまったが、今回の研究員の眼では、こうしたフラクタルの概念が社会でどのように利用されているのかについて、いくつか紹介したい。数学、物理学、天文学、気象学、生物学、応用工学等に留まらず、医学や経済学等の幅広い分野で研究が進められている。
フラクタル日除け
前回の研究員の眼で、樹木における枝や葉の付き方はフラクタル構造になっていると説明した。森の中で樹木を見上げた場合に、必ずしも全てが完全に埋め尽くされているわけではなく、僅かながらの隙間も観察できるようになっている。あるいは多数の樹木や葉が重なり合うのではなく、できる限り重ならないような構造になっている。それでも、直射日光を遮る一方で、風の通り道も確保して、風通しがよくなっていることから、その中にいると心地よい雰囲気を感じることができる。これは、多数の小さな葉が、吸収した太陽熱を効率的に放散できることになっていることが関係しているようだ。
この樹木と同様の構造を持たせたものが「フラクタル日除け」ということになる。これは先の東京オリンピック・パラリンピックにおける夏の暑さ対策として、例えば横浜国際総合競技場内でも設置されていた。
フラクタルアンテナ
この目的のため、まさに「シェルピンスキーの三角形」の形をした「フラクタルアンテナ」が使用される。このアンテナは、小さな体積で、広帯域で共振する特徴を有している。
コンピューター・グラフィックスでの利用
これらのコンピューター・グラフィックスにおけるフラクタルの利用は、映画作品でも使用されており、実際のセット等と比べても、より低コストでよりリアルなものを製作することができることになる。
一方で、コンピューター・グラフィックスにより、フラクタルを有する美しい模様や不思議なデザイン等を作成することができる、フラクタルは各種の芸術作品でも使用され、「フラクタルアート」と呼ばれている。
音楽の世界
「アルゴリズム作曲法」として知られているものは、まさにアルゴリズムを用いる作曲で、所定の形式的な過程に従いつつ、コンピューター等を使用して、一定のランダム性(偶発性)に委ねる作曲法を指している。その中の数学モデルを使用するものの1つとして、フラクタルを使用したものがある。
当時はそのような概念はなかったが、例えば、ヨハン・セバスティアン・バッハの作品のいくつか、例えばブランデンブルグ協奏曲やフーガの技法、といった作品には、現代的に言えば、フラクタル的な構造が組み込まれているとの見方ができるようだ。
1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)
マルチフラクタル
例えば、自然界の現象を見た場合に、雨量や風速等の分布は、場所や時間によって大きく変化するが、ある条件下では、マルチフラクタルな分布が形成されるとされている。マルチフラクタルによって自然界の現象にみられる複雑な状況をより正確に表現することができることになる。
このマルチフラクタルの階層構造については、例えば、縦軸にフラクタル構造の変化要素、縦軸にそれぞれのフラクタル次元2を取った、マルチフラクタル・スペクトルで表すことで、そのマルチフラクタル性を示すことができる。このマルチフラクタル解析は、医学、物理学、気象・地震の解析等の各種の分野で利用されている。
2 研究員の眼「フラクタルって知っていますか-1.26次元や1.58次元の図形ってどんなものなのだろう-」(2021.6.28)で紹介した自己相似性の程度を表す指標
画像解析
また、モノクロ写真が示している濃淡がマルチフラクタルとして定義され、これを分析することで、異なる物質等の存在を特定できることになる。
医学での利用
また、心臓の鼓動は一定のリズムを刻んでいるわけではなく、短期的にも長期的にも変動があるので、心拍数のグラフをマルチフラクタル解析で分析することで、心臓や循環器系の異常の発見や病気の診断ができるようだ。
金融モデリング
例えば、伝統的なモデリングにおいては、現在の価格は過去の変化の影響は受けず、価格の変動幅は正規分布に従う、等と仮定される。
ただし、実際の価格変動は、一定期間にわたって比較的安定的な変動を示す場面と、極めて短期的に急激な変動(暴落や急騰)を示す場面とに区分けされるように観測される。
フラクタルの概念を提唱したブノワ・マンデルブロによれば、伝統的なモデリングでは、こうした急激な変動が起こる可能性が過小評価されているとされる。そのため新たなマルチフラクタルの概念を用いたモデリングが提唱されている。マンデルブロによるマルチフラクタル・モデルによれば、正規分布ではなくてべき分布、分散は一定ではない、等と仮定されており、マンデルブロは、これにより2008年の金融危機を予測していたと言われている。
「数」におけるフラクタル構造-フィボナッチ数列や黄金比との関係-
以前の研究員の眼「フィボナッチ数列について(その2)-フィボナッチ数列はどこで使用されたり、どんな場面に現れてくるのか(自然界)-」(2021.2.26)でも述べたように、黄金比φは以下のように連分数表示ができる。
さらに、以下のような表現も1種のフラクタル性を示しているといえる。
1/9=1/10+1/10(1/10+1/10(1/10+1/10(1/10+……)))
最後に
我々が学生時代に学んだユークリッド幾何学では、定められた図形が織りなすものがベースになっているが、フラクタルにより、人体の構造や仕組み等を含めた、自然に存在するものの姿が、より自然な形で表現できるようになっている。
今後、我々の身の回りに存在しているものを何気なく観察する機会等があったときには、こうした「フラクタル」という概念や「フラクタル次元」なるものがどれぐらいになっているのだろうか、という視点で眺めてみるのも面白いかもしれない。
中村 亮一
研究・専門分野
(2022年04月28日「研究員の眼」)
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