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社会保障から見たESGの論点と企業の役割(3)-法定率のクリアだけで十分?障害者雇用を再考する

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
第2回で触れた改正障害者差別解消法も、こうした流れで位置付けることも可能です。実は、障害者差別解消法が2013年6月に成立した際、障害者雇用促進法も改正され、合理的配慮の規定が追加されました。さらに第2回で述べた通り、2024年6月までに施行される改正障害者差別解消法では、民間企業にも合理的配慮の提供義務が掛かります。このインパクトは相当、大きいと考えています。
具体的には、これまで障害者は保護の対象として扱われがちでしたが、合理的配慮の理念が浸透するのに従って、障害者を権利の「主体」として捉える考え方が強まる点です。その結果、障害者の人権を尊重する観点に立ち、企業としても障害者の能力を最大限に引き出すことを通じて、就労継続に努める必要性が一層、クローズアップされると思われます。
少し専門的な言葉で言うと、従来の障害者雇用促進制度は障害者を保護の対象(客体)として考え、企業に雇用義務を課す「雇用義務アプローチ」を重視していました。しかし、雇用義務アプローチについては、雇用の量的拡大に貢献する半面、▽雇用の質が軽視されがちになる、▽「障害者は労働者として一人前ではない」という固定観念を使用者や他の従業員に植え付けかねない、▽障害者が「雇ってもらっている」という意識を持つようになり、少々の悪条件や待遇・賃金の格差に対して苦情を申し立てにくくなり、キャリアの形成や発展を阻害する――などの危険性や問題点を孕んでいるとされています7。
一方、一連の法改正を通じて、障害者の人権を重視する「差別禁止アプローチ」が加味されたことで、専ら障害者の雇用の「数」に着目して来た障害者雇用政策が「質」も考慮する時代になりつつあると言えます8。
より具体的に言えば、企業は「法定率をクリアすればいい」と単に考えるのではなく、採用した障害者が能力を発揮できるようにする努力が求められています。しかも、この2つは相互に排他的ではないため、両者の違いを認識しつつ、現場レベルで融合する努力が企業に求められます9。
7 長谷川珠子(2018)『障害者雇用と合理的配慮』日本評論社p424を参照。
8 長谷川珠子ほか(2021)『現場からみる障害者の雇用と就労』弘文堂p3を参照。
9 朝日雅也ほか(2017)『障害者雇用における合理的配慮』中央経済社pp16-18を参照。
では、以上のような流れを踏まえて、ESGの「S」との関係で、どんなことが企業に求められるでしょうか。単純化の誹り(そしり)を恐れず、今後の対応の説明を試みるのであれば、障害者雇用促進制度を単なる「義務」「罰金」と受け止めるのではなく、障害者雇用促進制度で採用している障害者の個性や人権、意向を踏まえつつ、それぞれの能力を引き出す努力が求められると思います。
例えば、企業は特例子会社の業務内容、給与・待遇、勤務時間、勤続年数などをどこまで把握できているでしょうか。あるいは特例子会社で働く障害者とのコミュニケーション、能力の把握・開発などは十分でしょうか。
さらに現在、大学など高等教育機関に通う障害者は少しずつ増えている10のですが、合理的配慮を提供すれば、障害のない人と同程度、あるいはそれ以上の能力を発揮できる障害者は決して少なくありません。このため、今後は特例子会社だけでなく、本体で障害者を採用する可能性も念頭に入れる必要があると思います。
これらの対応はESGの「S」と重なる部分があるし、国連のSDGs(持続可能な開発目標)で「働きがいのある人間らしい仕事(ディーセントワーク)」が論じられている点でも符合します。足元の障害者雇用でESGの「S」をどこまで実践できているのか、それぞれの企業で求められて行くと思います。
10 日本学生支援機構の調査によると、大学など全国の高等教育機関に在籍する障害者の学生は2020年度時点で3万5,341人、全学生に占める比率は1.09%だった。これは2019年度時点の3万7,647人と比べると微減だったが、2016年度時点(2万7,256人、0.86%)と比べると、少しずつ増加している。
5――おわりに
しかし、採用した障害者の能力を引き出す努力は当然、企業としても求められるし、合理的配慮の提供義務を企業にも課す改正障害者差別解消法の流れとも合致しています。このため、障害者雇用促進制度を単なる「義務」「罰金」と受け止めず、個々の障害者の個性を尊重したり、障害のある人が定着しやすい職場づくりを進めたりすれば、結果的にESGの「S」に通じる部分が大きくなると考えられます。今後、企業としては、特例子会社などの現状を顧みるスタンスとか、障害者の個性や能力を引き出す努力、そうしたノウハウを有する外部機関との連携など求められると思います。
第4回は高齢者ケアや認知症ケアにおける企業の役割を問い直します。
(2022年04月28日「研究員の眼」)

03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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