2022年04月27日

文字サイズ

デイサービスに来ない日にも、利用者が気軽に外出して活動し、自然に元気になるように仕向けることが究極のリハビリ

北嶋氏: 私たちはデイサービス施設で、各利用者さんと、大体週2回ずつリハビリをしています。利用者さんは、その時は一生懸命やってくれるのですが、それ以外の日は家のベッドで寝て過ごしたり、こたつに入ってテレビを観たりしている時間が多いのです。非通所日にはアクティビティが下がってしまう。それでは、その方の状態が良くなるはずがありません。

じゃあ、非通所日に自宅でアクティビティを上げる方法が何かあるかと言うと、庭に出るぐらいしかない。適当な外出手段が無いからです。そういう時に、福祉ムーバーを使って、行きたいところに行けるようになれば、いつの間にか元気になると考えました。非通所日にも、買い物ができる、友達に会いに行く、そのために洋服を選ぶ。孫の面倒を見てあげることもできる。そうなると、役割を持った活動ができ、リハビリの成果が試せる。

最近は、スーパーの郊外化、大型化が進んでいるので、例えばスーパーへ行くと、知らないうちに3,000~5,000歩ぐらい歩くし、店員さんや近所の人と会って20分ぐらい話をすることも多い。結果的に、知らないうちに健康になっていく。

エムダブルエス日高ではリハビリの専門職をたくさん抱えていますが、「リハビリ」だなんて大上段に構えなくても、こういう、気軽に外出して活動できる仕組みを作って、高齢者の方が「いつの間にか元気になっちゃった」というふうにするのが究極のリハビリなんだと職員に話しています。その仕組みを、「移動」を始点に作れたら面白いんじゃないかと思っているのです。

デイサービス施設は、山村や過疎地、離島にもある。バスやタクシーが無いところにもデイはあります。むしろ、過疎地では介護が基幹産業になっているところもあります。地域のデイが協力して、高齢者の外出を増やしていけば、認知症や廃用症候群の予防にも貢献できる。高齢者が免許を返納しても日常生活に困らない社会を作らないと、返納も進みません。送迎によって、高齢者を街中に誘導することができれば、店も開くし、まちづくりにも役立つ。こういうことに貢献するのが、福祉ムーバーの使命だと思っています。
 
坊: どこからそのような構想が始まったのですか。
 
北嶋氏: 昔、僕もデイの送迎をやっていて、利用者さんから帰りに「スーパーで降ろして。いったん家まで帰ると、また行くのが遠くなるんだよ」と言わることがありました。申し訳ないと思いつつ、「気持ちはわかるけど、できないんです」とお断りしていました。でも頭の中では「非通所日だったらできるかな」と考えていました。最近は核家族化が進んで、利用者さんも一人暮らしの方が増え、送迎を頼める家族がいないことは分かっていましたから。タクシーは高額だから気安く乗れないし、田舎でタクシーに乗ると「贅沢をしている」と言う目で見られる。

高齢者が外出できないと、例えば、本当は持病のために診察を受けないといけないのに受けていなかったとか、薬が無くなったのにもらいに行けないとか、命にかかわる。だからもっと気安く、通院できる仕組みを作らないといけないと思っていました。デイの車両なら高い運賃も要らないし、近所の目を気にせず、堂々と乗れる。だから、実現までに時間はかかるだろうけど、これをやっていこうと決意しました。
 
坊: デイサービスでリハビリを提供している時に利用者が動ければ良いのではなく、介護の目的は、その人が、デイサービスに来ていない日常生活で、より良い生活ができるようにすることであり、そのための専門的なお手伝いをすることがデイサービス施設の役割なんだということだという考えに、感銘を受けました。

デイへの送迎業務をタクシー会社に委託

デイへの送迎業務をタクシー会社に委託。デイは車両管理やドライバー管理から解放され、介護に専念できるように。

北嶋氏: 今、タクシー業界とも連携して、福祉ムーバーを実施する仕組みを検討しています。ちょうど3月14日から、地元のタクシー会社に送迎業務を委託する2週間の実証実験を始めたところです。事業所単独の実証実験で、委託の金額が、採算に合うかどうかという点をみています。

予め、エムダブルエス日高の職員が、福祉ムーバーのタブレットの操作方法をタクシー会社のドライバ-に教えて、次の週から送迎の委託を開始しました。タクシー会社の緑ナンバーの車両を2台チャーターして、午前の送りと午後の迎えを委託しました。そうすると、利用者さんは「あそこのデイはハイヤーが迎えに来て、送ってくれる」となる訳です。

利用者さんがタクシー車両に乗り込む時には、理学療法士が見守ります(写真2)。理学療法士は、利用者さんが自力で段差を越えられるか、足台を置いた方が良いのかを分かっています。奥にタクシードライバーがいて、乗降介助を見学しています。

特に「半日型デイ」の場合は、現状では、介護職員が昼休憩を削って利用者を送迎しています。一方、タクシーは朝夕は忙しいが、昼間はお客さんが少なく、駅前で客待ちをしている。だから、日中に定量的に仕事をもらえると喜んでもらえます。

厚労省からも、送迎を外部委託しても介護報酬を減算されないというQ&Aが去年3月に出されています。委託するとデイにとって何が良いかというと、送迎の人員も、車のリース料も保険料もガソリン代も要らない、駐車場も要らない。何より、事故の心配も要らないとなると、送迎レス、車両レスのデイができる。

今はコロナの影響でタクシー会社も運賃収入が減っています。インバウンドも無くなり、出張も無い。そこを、デイの送迎を受託することによって安定的な売上を確保してもらい、私たちとウィンウィンの関係を作って協業していけたら良いと考えています。
写真2 エムダブルエス日高の実証実験で、理学療法士(左)が見守りながら、タクシー車両に乗り込む利用者
坊: 福祉ムーバーは、これまでいくつもの自治体と実証実験を積み重ねてこられましたが、これから実用化する段階です。その時にポイントとなるのが、既存の公共交通事業者との関係だと思います。なぜなら、新しい移動サービスを始めようとすると、従来の公共交通であるタクシー会社やバス会社が反発して進まない、というのがよくあるケースだからです。福祉ムーバーの送迎をタクシー会社に委託する仕組みは大変有効だと思います。
 
北嶋氏: エムダブルエス日高には、元タクシードライバーで、今は送迎専門で働いているシニアが何人かいます。彼らには、介護の知識については採用後、たたき上げで教えました。だから、タクシードライバーにデイの送迎を委託するのは難しいことじゃないと経験的に分かっていたし、福祉に関心を持っている人もいると思ったのです。

タクシー業界とは、協力してやっていきたいと思っています。例えば、福祉ムーバーは、デイサービスが閉まる夕方4時には終了するので、午後から夜にかけて外出する用事があれば、「行きは福祉ムーバー、帰りはタクシー」ということもある。利用者さんに外出の習慣ができれば、例えば福祉ムーバーを稼働していない日曜日に、顔馴染みのドライバーさんのタクシーを呼ぶことも出てくるかもしれない。福祉ムーバーとタクシーの相乗効果も出せると思います。

タクシー会社には「福祉ムーバーをやることで、従来の移送事業からヘルスケア事業に変えていきませんか」と呼びかけています。
 
坊: 現在、行っていらっしゃる実証実験では、エムダブルエス日高のデイサービス施設への送迎を委託していて、将来的に、非通所日に他の目的地にも送迎できる仕組みができたら、その送迎業務も委託を検討されているということでしょうか。
 
北嶋氏: はい。利用者が乗降するときには、ドライバーに介助してもらわないといけないので、タクシードライバーには、事前にエムダブルエス日高の介護福祉士から2週間ぐらい研修を受けてもらいました。このような仕組みをスタンダードにすれば、どこの地域でもタクシー会社に委託して送迎ができますし、デイは送迎レスになって介護サービスに専念できます。
 
坊: 実証実験中は、理学療法士の方は同乗しているのですか。
 
北嶋氏: 1週目はエムダブルエス日高の介護職員が添乗しますが、2週目からは無しにします。

福祉ムーバー導入

福祉ムーバー導入によって、配車計画作成の手間が激減。いったんデジタル化すれば、次のサービスに応用できる。

坊:福祉ムーバーの導入経緯の話に戻りたいと思います。導入前は、手動で配車計画を作るのがとても大変で、職員の長時間残業の原因にもなっていたそうですね。また、計画を作れる職員さんが限られているために、配置転換できずに困るというお話でした。導入によって、手間がどれぐらい減りましたか。
 
北嶋氏:エムダブルエス日高は、1日に二百何十人ぐらい来る大型のデイサービスを運営しています。大きいデイは、デジタル化によってかなり業務改善ができます。極端な話、5分の1ぐらいの労力になったかと思います。ただし、小規模のデイにとっては、デジタル化で効率化できるかというと、極端には良くならないと思います。紙で作っても同じぐらいか、下手すると紙の方が早いかもしれない。

でも紙で作ったものは応用が利きません。デジタル化してタブレットにしておけば、タクシー会社に渡しても送迎してくれるし、担当職員が急に休んでも、初めての人でも利用者のお宅までスムーズに行けるなど、未来につながります。やっぱりデジタル化していくのが必要だと思います。
 
坊:DXの前にまずはデジタル化しないと、次の事業につながらないということですね。逆に言えば、今、人の手でやっている作業をデジタル化すれば、データを活かして次のサービスにつながっていく。事業の幅も広がっていく。DXには大きな可能性があるということだと思います。
 
Xでシェアする Facebookでシェアする

生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

(2022年04月27日「ジェロントロジーレポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【デイサービス車両は高齢者の移動を支える「第三の交通網」を形成できるか(上)~群馬県発「福祉ムーバー」の取組から~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

デイサービス車両は高齢者の移動を支える「第三の交通網」を形成できるか(上)~群馬県発「福祉ムーバー」の取組から~のレポート Topへ