2022年04月19日

コロナパンデミック下のインドネシア生保市場(1)-2020年のインドネシア生命保険市場の概況-保険料収入、普及度合い、主力商品の状況-

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はじめに

案外知られていないかもしれないが、インドネシアは、オーストラリア、中国、インド等とともにG20の一員である。本年10月末にはG20サミットが同国のバリ島で開催される予定となっている。

インドネシアの人口は約2.7億人(2020年)で世界第4位。2020年の中位年齢は29.7歳、65歳以上人口の割合は6.3%と、人口構成はたいへん若い(内閣府『世界の統計2021』による)。2010年には1人当たり名目GDPが3,000ドルを突破し、2020年には世銀から上位中所得国入りが認定された。経済の成長とともに中間層が増加しつつある。それでいて、生命保険の普及率はいまだ低い。インドネシア生保市場のキャパシティ、魅力はわかりやすい。

当フォーカスでは2019年6月に、『市場の拡大が続くインドネシアの生保市場-インドネシアの生命保険市場(2017)-1と題して、成長を続けるインドネシア生保市場の状況をレポートしたが、その後3年の間に、同生保市場も、業績の停滞やコロナパンデミックに伴う後退を経験した。歴史ある生保会社が破綻し、ユニットリンク保険を巡る苦情が多発する等、生保事業への信頼を揺るがす事態も顕在化した。

内閣官房「新型コロナウイルス感染症対策」ページ中の「各国別感染者数・死亡者数」から、インドネシアの2022年4月12日15時現在の新型コロナウイルス感染状況を見ると、累計感染者数が603万3,903人、累計死亡者数が15万5,674人となっている。これを日本の累計感染者数707万2,699人、累計死亡者数2万8,721人と比べると、累計感染者数はおよそ100万人少ないものの、累計死亡者数は日本の5倍強という状況になっている。インドネシアの人口が日本の倍以上あることを考えれば、感染の発生頻度はわが国の半分程度の感覚であろうか。人口構成が高齢化している日本の方がインドネシアより人口あたりの死亡者数が少ないのは、医療機関の整備度合いを表しているのかもしれない。パンデミックの最中、インドネシアでも、大規模な行動制限や外国人の原則入国禁止等の措置が適宜とられた。

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、近年5%前後で推移してきたインドネシアのGDP実質成長率も2020年には▲2.07%と、アジア通貨危機時の▲13.13%以来22年ぶりのマイナス成長となった。ただし、2021年には+3.7%へと持ち直しており、2022年以降は再び安定成長へ回帰すると見込まれている。

本レポートでは、こうしたコロナの影響を受けた2020年までの計数データから、最近のインドネシア生保業界の概況をまとめる。

本レポートで使用する統計データの主な出所は、インドネシアの保険監督当局であるOJK (Otoritas Jasa Keuangan=金融サービス機構)から公表されている『Statistik Perasuransian=Insurance Statistics=保険統計』である。新興国のこの種の統計データではしばしばあることであるが、この統計集でも同じ統計項目の数値が、表ごとに微妙に違っている場合がいくつかある。本レポートではそうした相違に目をつぶり、掲載されたそれぞれの表の数値をそのまま使用しているので、図表ごとに平仄が取れない場合もあることをご容赦いただきたい。

OJKのデータはインドネシアの通貨であるルピアベースで作成されている。2022年4月13日の為替レートは、1ドル=14,362.50ルピア、1円=114.11ルピアであり、1兆ルピアを日本円にすると約87.63億円となる。

本レポートでは、あわせてスイス再保険が毎年sigma誌面で公表している世界の保険料統計資料を使用する。こちらはドル換算ベースでまとめられている。

以下、インドネシアの生保市場の概況を、今回と次回の2回に分けて、計数図表とともに見ていく。

1――生命保険料収入(総生命保険料)の推移で見た市場動向

1――生命保険料収入(総生命保険料)の推移で見た市場動向

グラフ1は、2006年から2020年まで15年間のインドネシアの生命保険料につき、金額を棒グラフ、その対前年の増加率を折れ線グラフで表したものである。右軸の対前年増加率の最小値がマイナス10%であることにご注意いただきたい。

インドネシア生保市場の生命保険料収入は、2013年(+4.9%)、2014年(▲0.3%)、2018年(+1.3%)、2019年(▲1.3%)、2020年(▲4.3%)の5カ年以外は、2桁の対前年増加率で増加してきた。

2018年から2019年にかけての低成長は、ジャカルタ株式市場の変調や破綻生保会社の発生を受けて引き起こされたもの、2020年の大きなマイナスはこれにさらにコロナパンデミックの負の影響が重なって引き起こされたものだと考えられる。

ただし、グラフの対象期間外であるが、その後、2021年には再びプラス進展に回復しているとのことである。
グラフ1 生命保険料収入の推移(ルピアベース)

2――生命保険の普及度合い

2――生命保険の普及度合い

表1は、スイス再保険が公表している世界の生命保険料に関するデータから、アセアン各国、シンガポール、タイ、マレーシア、フィリピン、ベトナムと、インドネシアの生保市場に関して、ドル換算した生命保険料金額、そのドル換算生命保険料金額が世界全体の生命保険料合計額の何%を占めるか(世界シェア)、「(生命保険料金額を人口で除した)人口1人あたり生命保険料金額」、「生命保険料金額の対GDP割合(生命保険料金額がGDPの何%にあたるか)」をまとめたものである。

2020年のインドネシアの世界シェアは0.53%で世界順位は第25位である。2000年には世界シェアが0.05%、世界順位は第38位であった。いまだシェアは小さいながら、存在感は増してきている。「人口1人あたり生命保険料」、「生命保険料の対GDP割合」は、アセアン内の他国と比べてもまだ小さい。
表1 アセアン主要国の生命保険市場の状況(2020年)
次のグラフ2は、スイス再保険の各年のデータから、1999年以降のインドネシアの「人口1人あたり生命保険料」と「生命保険料の対GDP割合」をプロットしたものである。1999年の「人口1人あたり生命保険料」5.1ドル、「生命保険料の対GDP割合」0.8%が、2020年にはそれぞれ54ドル、1.4%にまで上昇した。

右側に参考添付した図表は、国際協力銀行(JBIC)の『インドネシアの投資環境2019』から転載したものである。「1人当たりGDPが○○ドルを超えると生命保険の成長が加速する」という言い方があるが、たしかに、アジア通貨危機以降、1人当たりGDPが1,000ドル、2,000ドル、3,000ドルと増えていくのとペースをあわせるように、これらの指標も上昇しているように見える。

なお、このデータはドル換算ベースであるため、その年々のルピアの対ドルレートの上下しだいで上昇したり下降したりする側面もあることにご注意いただきたい。

いずれにせよ、インドネシアの生命保険普及度合いは、いまだ低い状態にある。この低い普及度合いと、この水準をスタート台にして、普及の速度が上がり始めた状態が、先進各国の生保会社を惹き付けるインドネシア生保市場の魅力となっている。
グラフ2 「人口1人あたり生命保険料」と「生命保険料の対GDP割合」の推移(ドルベース)

3――主力商品の状況

3――主力商品の状況

インドネシア生命保険市場で販売されている生保商品は、投資性・貯蓄性が強いものが中心で、保障性の商品の比率は低い。また個人年金等、年金商品はいまだ未発展である。投資性の商品は、具体的には欧州外資が持ち込んだユニットリンク(変額)保険である。これは欧州で主力商品となっている商品で、投資対象とする資産の価格変動やユニット価格の変動にあわせて保険積立金の額が変動する。

グラフ3の左側の円グラフは、2020年にどの商品がどの程度販売されたかを、新規販売された契約からの初年度保険料の商品別構成比として表したもの、右側の円グラフは新契約だけでなく既存の契約を含む全ての契約から収入される生命保険料を、その源にある商品別に分類したグラフである。

いずれのグラフも、ユニットリンク保険の割合が圧倒的に多く、次が養老保険で、両者をあわせた貯蓄性・投資性商品が8割から9割を占めている。保障性商品である定期保険、終身保険、医療保険・傷害保険の比率は小さい。
グラフ3 インドネシア生命保険市場の商品(2020年)
このように、大方のアジアの生命保険市場と同様、インドネシアでも、貯蓄性・投資性の強い商品が主力の生保市場が形成されている。なお、インドネシアでは保障機能は、ユニットリンク保険の特約として売られていることが多い。

近年、インドネシアの生保市場では、ユニットリンク保険が支配的な商品となったことから、株式市場のパフォーマンスの好調・不調に引きずられるように生命保険の販売業績が上下する傾向が顕著になっている。

2020年のコロナパンデミックの初期には、株価が低迷する中で、ユニットリンク保険の契約者からの苦情が急増した。これが販売時に適切な説明が行われたかどうかから始まって、生保業界への信頼を損ねかねない事態となり、2022年3月にOJKがユニットリンク保険を対象とする新たな規制を導入することとなった。

おわりに

おわりに

今回は、インドネシア生命保険市場の最近の動向を、生命保険料収入の動向、販売商品の動向から見てきた。次回は、販売チャネル、資産運用、会社数の統計データから、さらにインドネシア生保市場の現状を見ていくことにしたい。

なお、冒頭でも触れた通り、インドネシア生保市場では、2018年から2019年にかけ、国有生保ジワスラヤが、満期を迎えた顧客への13兆ルピアにのぼる保険金の支払いをデフォルトし、元取締役3人が汚職容疑で有罪となるというスキャンダル事件に進展した。パンデミックの中、契約者への支払いを行えなかった生保会社が他にも複数ある。

また前述の通り、株価不調の中、ユニットリンク保険に関する苦情問題も、生命保険業界への信頼を揺るがせた。こうした事案のフォローも行っていきたいと考える。
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松岡 博司

研究・専門分野

(2022年04月19日「保険・年金フォーカス」)

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