2022年03月08日

現代消費潮流概論-消費文化論からみるモノ・記号・コト・トキ・ヒト消費

基礎研REPORT(冊子版)3月号[vol.300]

生活研究部 研究員 廣瀨 涼

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1―快楽の対象となった「消費」

消費は元々、「衣・食・住」という人間が生きていく中で、必要不可欠なルーティンの行動を指していたため、お世辞にも華のある行為とは言えなかった。しかし、人々の生活に余裕や余暇が生まれることで、消費は遊びの性質を帯び、消費によって快楽を追求することに価値観を見出す「消費志向的人間」が増加することで、大衆消費社会が成立していく。日本においては第二次世界大戦後、大衆消費社会を迎え、消費者は他人より新しいモノや珍しいモノを所有したり、モノの豊富さに価値を見出しており、この1970年代以後の消費潮流は「モノ消費」と呼ばれている。その後、主に1980年代になると、モノのみならずブランドやデザインといった記号によって他人と差別化を行い、そこで生まれた他者との差異によって、自己の欲求を満たしていく消費が行われていくようになる。このような消費潮流は「記号消費」と呼ばれている。

2― コト消費と「モノ消費に見えるコト消費」

1990年代に入ると、旅行やグルメなどのアクティビティと呼ばれるサービスに需要が高まり、人より新しいコトや珍しいコトの体験や経験が人々の消費を活性化していく。このような消費潮流を「コト消費」と呼ぶ。既に大半の消費者が日常生活に必要なモノを所有しており、またインターネットの普及により、価値観が多様化・細分化したことで、「心の充実を満たしたい」という欲求が、人々の消費を促していると考えられる。

一方で人々の消費は、所有することで豊かさを満たしていたモノ消費の時代から、レンタル、サブスクリプションといった「所有をしない」という価値観も浸透していく。消費者は、モノを購入し、所有する事から得られる効用ではなく、それを使用する事で得られる経験そのものに価値を見出している。このような消費は「モノ消費に見えるコト消費」と呼ばれることもある。

3―トキ消費

昨今のSNSでは、この「モノ消費に見えるコト消費」が投稿されることが一般的となっており、人々の消費体験は、投稿されることで他のユーザーにとっての消費における情報源となる。このような情報は「疑似体験」としての効果を持ち、あたかも自身もその消費を行ったように感じると同時に、自身ならばその消費を実際に行うか問い直すきっかけとなる。二番煎じの「コト消費」や「モノ消費にみえるコト消費」を行っても、他の消費者の消費結果と同じような再現性の高い消費結果しか生まれないことを消費者は知っているのである。そのため、昨今では「トキ消費」と呼ばれる消費潮流が生まれている。誰でもマネできる再現性の高い体験ではなく、その場、その時でないと消費できないライブ感を消費する事が他人との差別化に繋がると、消費者は考えるようになり、コトの体験に留まらず、他人と一緒に生み出すトキ(ライブ感)に主体的に参加することに価値を見出しているのである。

4―ヒト消費

ここまで、モノ、記号、コト、トキ、と消費の価値観の変化について述べてきたが、筆者は昨今の消費潮流は、「ヒト消費」の局面にあると考えている。以前よりヒト消費という言葉は存在していたが、「誰が、誰に、誰と、何をするか」というその場にいるヒト自体が効用を生み出す起因となっており、その本質は前述したトキ消費と変わらないのである。

筆者が提唱する「ヒト消費」には 1.応援消費と 2.物語消費の2つの側面がある。まず 1.応援消費であるが、他人を応援する事が応援する人自身(消費する人)の効用に繋がる消費である。応援とは対象を味方したり、ひいきにするなど、後援・援助することを指す。昨今でいう「推し活」という言葉がこれに当てはまるだろう。推し活とは「自身が好きな芸能人や声優など、人を応援すること」を意味する。グッズの購入やクラウドファンディングなど誰かを金銭的に応援することが直接自身の精神的充足に繋がる消費を意図しており、自分のために他人を応援したいという意識が根底にうかがえる。

次に 2.物語消費の側面である。「物語消費」とは商品自体が消費されるのではなく、商品購入を通じて背後にある「大きな物語」(世界観や設定など)が消費されているという考えである。私たち一人一人が持つ人生そのものもある種の“物語”であり、私たちは時に他人の物語を消費するコトで感動や娯楽を得る。

それらの例を挙げると(1)ノンフィクションドキュメンタリー型は、他人の人生の一側面をいわばコンテンツとして捉え、彼らの生活や体験談という、作られていない物語に笑い・涙するコンテンツを指す。一方で、(2)企画型のように第三者が用意したシチュエーションの中で垣間見られる人間模様をコンテンツとして扱い、オーディション番組や恋愛ドキュメンタリーのように娯楽性を見出すこともある。また、(3)コンテクスト型として、我々は、特定の人物に起こった出来事を過去に起きた出来事と関連づけて連続性のある物語として消費しようとする傾向がある。特にテレビ番組では、過去のVTRを用いて、そのイベントが過去の出来事と繋がりがあることや、バックグラウンドがあることを視聴者に再認知させ、現在の出来事をよりドラマチックに演出しようとする。

5―「人を消費したい」ということ

前述した通り今後消費潮流は「ヒト消費」へと変遷していくと述べたが、我々は昔から人を消費することでエンターテインメント性を見出しており、決して「ヒト消費」が新しい消費行動であるとはいえない。しかし、応援消費を例に挙げると、「推す」という行為は大衆化し、誰もがその消費対象を持つことが、より一般的になってきている。例えばライブ配信アプリによる「投げ銭」と呼ばれるシステムを通してファンは、「推し」に対して直接経済的支援を行うことができるようになった。また、CDの製作、写真集の発売などもクラウドファンディングによって支援することができるようになり、あらゆるクリエーターやアーティストがファンクラブを設立し資金提供を募ることができるようになってきている。支援する側にとっても、支援する手段に選択肢があり、且つそのような方法で他人を応援することが一般的となり、抵抗感なくカジュアルに行えるようになったという事が従来の応援消費との大きな違いであると筆者は考える。従来金銭による支援は表立って行われてこなかったが、電子マネーが普及したことにより、金銭のやりとりに対する意識は従来とは大きく変化してきている。

また、スマートフォンのゲームアプリへの課金という以前には存在しなかった消費対象が人々の関心の一つになっていることも大きな要因である。従来、形のない無形物(データ)に対する投資は、モノ消費に価値を見出す人たちからは、意味のない消費であると思われがちだったが、アプリ内での「課金」という行為は今では一般的な行為となってきている。コンテンツに対する「課金」という行為の一般化や、サブスクリプションやレンタルによる所有しないという選択が普及したことで、モノを所有しない事が普通になっているからこそ、実像がないモノにも価値を見出すことができる、という価値観が消費者に浸透していったのである。応援消費においても、いわば何の見返りもなく、「応援する」という体験の手段としてお金を支払っており、消費者はお金による「応援」という行為に対して何ら抵抗感はないのである。

物語消費においても、( 2)企画型に対する消費も増えてきた。特に昨今増加した視聴者参加型のオーディション番組は、視聴者が投票という形で関与することで、自身も物語を構成する一部として当事者意識を得やすくなっている。

このように我々がもともと消費してきた「ヒト」も、市場環境の変化により、より消費者が消費したいと思う対象へと昇華していった。この「ヒト消費」は、今後も普遍的な消費対象として、我々の消費行動のなかに定着していくだろう。一方で、これらのコンテンツ消費に対して熱心ではない消費者にとっては実感しにくい消費であることから、熱心に「ヒト消費」を行う消費者と、全くしない消費者とで二極化していくと筆者は考える。また、誤解されないように付け加えると、「モノ消費」や「コト消費」はあくまでも潮流であり、「モノを所有する事自体に人々が価値を見出さなくなった」、「今、消費者の欲求を満たせるのはトキ消費だけである」といった一辺倒な話ではない。現代社会において、消費者が満たしたいと思う欲求を満たす手段が、時代の流れとともに変化しているという話なのである。そのため、「ヒト消費」という潮流もいずれは変化していくのであろうが、その変化を追いかけることこそが消費を楽しむ本質の一つであると筆者は考える。
[図表1]消費潮流の変遷
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生活研究部   研究員

廣瀨 涼 (ひろせ りょう)

研究・専門分野
消費文化、マーケティング、ブランド論、サブカルチャー、テーマパーク、ノスタルジア

経歴
  • 【経歴】
    2019年 大学院博士課程を経て、
          ニッセイ基礎研究所入社

    【加入団体等】
    ・経済社会学会
    ・コンテンツ文化史学会
    ・余暇ツーリズム学会
    ・コンテンツ教育学会
    ・総合観光学会

(2022年03月08日「基礎研マンスリー」)

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