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- 変わるEUの対中スタンス-日本はどう向き合うべきか?-
2022年01月07日
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■要旨
2020年12月30日に欧州連合(EU)と中国が大筋合意した包括投資協定(CAI)の発効に向けたEU側の手続きは凍結されたまま、早期発効への政治的な機運は失われている。
CAIは、一部が未定のままであるなど、「包括」的とは言い難いが、各国ごとに締結した協定が並存する分散状態を改め、市場アクセスの相互主義化、対国有企業での競争条件の公平化、制度・政策面での予見可能性の向上について一定の成果は得られている。環境、人権問題の改善というEUが重視する持続可能な開発目標の実現につながる可能性を秘めてはいた。しかし、合意の範囲の狭さに加えて、約束の履行が確保されていないことから、中国に「いいとこどり」を許すだけに終わるとの懸念が強い。CAIの凍結は、EUにおける中国への不信感の高まりの象徴である。
EUは、CAIの大筋合意前の段階から、中国に対する地経学的な警戒感を強め、「パートナーであり、経済的競争相手であり、体制上のライバル」と位置付けるようになり、「開かれた戦略的自立」を目指すようになっている。EUの価値観を守り、競争条件の公平化を実現するため、グローバルなルールメーカーとしての影響力を積極的に行使しようとしている。
対中国では単一市場防衛のための規制強化が重みを増すようになっている。EUが狙うのは、中国が恩恵を受けてきた利益優先、世界最適立地型のビジネス・モデルから、脱炭素化や人権問題など、社会課題解決への貢献が、競争上の優位を決める新たなモデルへの転換である。中国の「一帯一路」の対案の「グローバル・ゲートウェー」でも、戦略的利益を追求する姿勢は明確である。
EUを牽引してきたドイツとフランスは、共にCAIの凍結解除には否定的で、戦略目標実現のための規制強化、通商政策の活用を支持する。
EUと中国間の貿易・投資は、そもそも中国側の政策の影響を受ける傾向が強く、EUの政策スタンスの変化によって関係が希薄化に向かっているとまでは言えない。双方向で成長が見込まれる分野での投資の流れは続いているように感じられる。
EUの対中スタンスは厳格化しているとは言っても、覇権争いとしての性格を有する米国とは自ずと温度差がある。EU加盟国の間にもトーンの違いがあり、加盟国間での駆け引きや政権交代、米中の政策や企業の行動の影響も受ける。多面的な理解が不可欠である。
EUが、米中対立の狭間で戦略的利益のための動きを強め、ルール形成を通じた優位を築こうとしていることは、日本にとってはビジネス・チャンスの拡大や経済安全保障につながる側面もあるが、脱炭素化の加速や供給網の見直しも迫る圧力ともなる。日本が、一方的にルールを受け入れる立場に陥ることを回避するために、日本の企業に有利な状況を生み出す戦略作りという課題に向き合う必要がある。
■目次
1――はじめに
2――宙に浮く包括投資協定(CAI)-何が問題だったのか?
1|経緯
2|内容
3|評価
3――変わるEUの対中スタンス-合意から一方的手段、代替案へ
1|戦略的自立への指向を強めるEU
2|中国を念頭に置いた規制強化
3|「一帯一路」の対案「グローバル・ゲートウェー」
4|ドイツの新政権と2022年上半期EU理事会議長国フランスの方針
4――EU・中国の関係変化と日本への示唆
1|EU・中国の投資・貿易関係の変化
2|EU・中国関係をどう理解すべきか?
5――おわりに-日本はどう向き合うべきか?
2020年12月30日に欧州連合(EU)と中国が大筋合意した包括投資協定(CAI)の発効に向けたEU側の手続きは凍結されたまま、早期発効への政治的な機運は失われている。
CAIは、一部が未定のままであるなど、「包括」的とは言い難いが、各国ごとに締結した協定が並存する分散状態を改め、市場アクセスの相互主義化、対国有企業での競争条件の公平化、制度・政策面での予見可能性の向上について一定の成果は得られている。環境、人権問題の改善というEUが重視する持続可能な開発目標の実現につながる可能性を秘めてはいた。しかし、合意の範囲の狭さに加えて、約束の履行が確保されていないことから、中国に「いいとこどり」を許すだけに終わるとの懸念が強い。CAIの凍結は、EUにおける中国への不信感の高まりの象徴である。
EUは、CAIの大筋合意前の段階から、中国に対する地経学的な警戒感を強め、「パートナーであり、経済的競争相手であり、体制上のライバル」と位置付けるようになり、「開かれた戦略的自立」を目指すようになっている。EUの価値観を守り、競争条件の公平化を実現するため、グローバルなルールメーカーとしての影響力を積極的に行使しようとしている。
対中国では単一市場防衛のための規制強化が重みを増すようになっている。EUが狙うのは、中国が恩恵を受けてきた利益優先、世界最適立地型のビジネス・モデルから、脱炭素化や人権問題など、社会課題解決への貢献が、競争上の優位を決める新たなモデルへの転換である。中国の「一帯一路」の対案の「グローバル・ゲートウェー」でも、戦略的利益を追求する姿勢は明確である。
EUを牽引してきたドイツとフランスは、共にCAIの凍結解除には否定的で、戦略目標実現のための規制強化、通商政策の活用を支持する。
EUと中国間の貿易・投資は、そもそも中国側の政策の影響を受ける傾向が強く、EUの政策スタンスの変化によって関係が希薄化に向かっているとまでは言えない。双方向で成長が見込まれる分野での投資の流れは続いているように感じられる。
EUの対中スタンスは厳格化しているとは言っても、覇権争いとしての性格を有する米国とは自ずと温度差がある。EU加盟国の間にもトーンの違いがあり、加盟国間での駆け引きや政権交代、米中の政策や企業の行動の影響も受ける。多面的な理解が不可欠である。
EUが、米中対立の狭間で戦略的利益のための動きを強め、ルール形成を通じた優位を築こうとしていることは、日本にとってはビジネス・チャンスの拡大や経済安全保障につながる側面もあるが、脱炭素化の加速や供給網の見直しも迫る圧力ともなる。日本が、一方的にルールを受け入れる立場に陥ることを回避するために、日本の企業に有利な状況を生み出す戦略作りという課題に向き合う必要がある。
■目次
1――はじめに
2――宙に浮く包括投資協定(CAI)-何が問題だったのか?
1|経緯
2|内容
3|評価
3――変わるEUの対中スタンス-合意から一方的手段、代替案へ
1|戦略的自立への指向を強めるEU
2|中国を念頭に置いた規制強化
3|「一帯一路」の対案「グローバル・ゲートウェー」
4|ドイツの新政権と2022年上半期EU理事会議長国フランスの方針
4――EU・中国の関係変化と日本への示唆
1|EU・中国の投資・貿易関係の変化
2|EU・中国関係をどう理解すべきか?
5――おわりに-日本はどう向き合うべきか?
(2022年01月07日「基礎研レポート」)

03-3512-1832
経歴
- ・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職
・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
伊藤 さゆりのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/03/17 | 欧州経済見通し-緩慢な回復、取り巻く不確実性は大きい | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/03/07 | 始動したトランプ2.0とEU-浮き彫りになった価値共同体の亀裂 | 伊藤 さゆり | 基礎研マンスリー |
2025/01/24 | トランプ2.0とユーロ-ユーロ制度のバージョンアップも課題に | 伊藤 さゆり | Weekly エコノミスト・レター |
2025/01/17 | トランプ2.0とEU-促されるのはEUの分裂か結束か?- | 伊藤 さゆり |
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