2021年12月20日

英国金融政策(12月MPC)-感染拡大でも利上げ、金融引き締めへ

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:0.15%の利上げを決定

12月15日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、16日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
政策金利を0.25%に引き上げ(0.15%の利上げ)
・国債および投資適格級社債を総額8950億ポンドまで購入する(変更なし)

【議事要旨(趣旨)】
21年10-12月期のGDP水準はコロナ禍前を1.5%程度下回る見込み(11月から0.5%程度引き下げ)
インフレ率は冬の大部分は5%程度、22年4月には6%程度のピークを付けると予想(11月では22年4月にピークの5%程度に達した後、下半期にかなり低下すると予想)
労働市場は引き締まっており、国内のコスト・価格上昇圧力が長期化する兆しがある

2.金融政策の評価:インフレ率の一時的との認識は後退、持続的となるリスクが強調

イングランド銀行は今回のMPCで0.15%の利上げを決定した。

前回11月のMPCでは高インフレに対応するために、市場では利上げを予想する向きが多いなかで政策の維持が決定されていた。一方、今回のMPCは、感染急拡大やオミクロン株出現による経済減速懸念や高インフレ懸念(MPC直前に11月CPIが公表され5.1%の高水準となった)の双方が意識され、市場では利上げ観測と据え置き観測が拮抗するなかでの利上げ決定となった。

11月初めに開催されたMPCでは「今後数か月での利上げが必要」との判断はされていたが、結果としては、わずか1か月余りで利上げを決定する形となった。

なお、11月の会合ではベイリー総裁が「高インフレは一時的」という認識を示し、声明や議事要旨でも来年の物価下落見通しが明記されていたが、今回の声明では「一時的」であるとの認識はほとんど示されず、物価・賃金インフレが持続するリスクが強調されている。インフレ率のピークも11月の見通しからわずか1か月余りで1%ポイントほど上方修正(22年4月で5%程度⇒6%程度)され、中銀の認識や姿勢が変化したと見られる。

また、ベイリー総裁は、「金融政策では、供給問題を解決することはできない」としつつも、「中期のインフレ期待を支えるには、政策金利の引き上げが求められる」「労働市場の動向が、引き上げの規模とペースを決める上で重要」と、利上げ関する見解を示してきた。今回の声明や議事要旨では、労働市場のひっ迫や賃金上昇圧力が強調され、金融政策の緩やかな引き締めが目標達成を維持するために必要との認識が示されている。一方、英国のコロナ禍前の政策金利は0.75%であり、この水準と比較すると0.25%という政策金利水準は依然としてコロナ禍前より低く、また議事要旨ではインフレ圧力がコロナ禍前と異なって強いことに留意する必要があるとされている。

そのため、目下の感染拡大やオミクロン株の影響は不透明であるが、労働市場への影響が軽微であり、来年にかけて中銀の想定通りのインフレ率の高止まりが続くようであれば、さらなる利上げが予想される。

利上げペースは当面コロナ禍前の水準に向けて「緩やか」に進められると見られるが、今回の議事要旨では来年以降にインフレ率がどの程度低下するのかといった見通しに関する認識はあまり記されていない。また、11月以降、政策金利の中銀決定と市場観測に乖離が生じていることもあり、中銀の認識を再確認する意味でも次回2月のMPCで提示される見通しが注目される。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、経済成長と雇用を支援する
    • 委員会は政策金利(バンクレート)を0.25%に引き上げる(8対1で決定1、0.15%の引き上げ
    • 投資適格級の非金融機関社債で200億ポンド保有を維持する(全会一致で決定、変更なし)
    • 国債の8750億ポンド保有を維持する(前回一致で決定2
    • 資産保有の総額は8950億ポンドとなる
 
  • MPCは11月のMPR(金融政策報告書)の中央見通しで、世界および英国のGDPが短期的にはコロナ禍から回復すると予想していた
    • 当時の市場による政策金利の予想経路を前提に、CPIインフレ率の上昇圧力については、時間が経てば供給網の混乱の解消と、財からサービスへの需要の回帰、エネルギー価格の上昇が止まることで、緩和されると予想していた
    • 所得の伸び率もまた、現在の伸び率から戻ると予想していた
    • その結果、インフレ率は来年後半にはかなり低下すると予想していた
 
  • 11月のMPC以降、オミクロン変異株が発見された。
    • オミクロン株は英国および世界に急速に拡大している
    • 現在の知見によれば、新しい変異株はデルタ株より感染力が相当強く、公衆衛生の新たなリスクとなっている
    • 世界的なリスク性資産はこのニュースに反応して下落したものの、大部分は回復している
    • 先進国の長期金利は低下した
 
  • 21年10-12月期の世界のGDP水準は11月の見通しとおおむね整合的であると見られるが、先進国の消費者物価インフレ率は予想よりも上昇した
    • オミクロン株は22年初めの経済活動の下方リスクをもたらしているが、需給バランスとその結果としての中期的な世界のインフレ圧力への影響は不透明である
    • 世界的な価格上昇圧力は引き続き強い
 
  • 中銀スタッフは21年10-12月期の英国GDPの水準を11月の報告書から0.5%程度引き下げ、コロナ禍前を1.5%程度下回る見込みである
    • 多くの部門において、成長が供給網の混乱と労働力不足で制限されている
    • オミクロン株の影響と、英国政府および分権政府(Devolved Administrations)により導入された追加措置、自主的な社会的距離の確保により12月および22年1-3月のGDPは押し下げられるだろう
    • 20年3月以降の経験からは、その後のコロナ禍の波によるGDPへの影響は弱まっていると見られるが、今回の状況にどれだけ適用できるのかは不透明である
 
  • 労働力調査の失業率は10月までの3か月で4.2%まで低下し、給与所得者数は11月も引き続き増加している
    • 利用できるデータからは、9月に終了した雇用維持政策(Coronavirus Job Retention Scheme)が労働市場を悪化させたという兆しはほとんど見られない
    • 労働力調査の失業率は、11月の報告書では10-12月期には4.5%であったが、現時点では4%前後まで低下すると予想する
    • 中銀スタッフは賃金基調の伸び率が引き続きコロナ禍前のペースを上回っていると推計しており、委員会は11月の報告書の賃金伸び率見通しには上方リスクがあると見ている
 
  • CPI前年比上昇率は9月の3.1%から10月には5.1%と上昇し、10月の結果により、MPCの声明と同時に公開された中銀総裁と財務相の間の書簡3を交わしている。
    • 11月の報告書見通しと比較して、コア財は相当に上振れしており、より程度は小さいがサービス価格も上昇した
    • 中銀スタッフは冬の大部分において5%程度のインフレ率が続き、22年4月には、主にガス卸売価格が遅れて公共料金に影響を及ぼすことになり、6%程度のピークを付けると予想している
    • 最近の物価上昇圧力は引き続き歴史的な高水準にあり、中銀取引先の関係者は来年も賃金上昇とエネルギー価格の上昇が物価上昇をけん引すると見ている
 
  • MPCの責務は、英国の金融政策枠踏みにおける物価安定の優位(primacy)を反映して、常にインフレ目標の達成である
    • この枠組みでは、ショックや混乱の結果、物価が目標から乖離する場合があることを認識する
    • 最近の前例のない状況下で、経済は大きなショックを繰り返し経験してきた
    • 金融政策の変更がインフレ率に影響するまでに時間を要することも考慮し、適切な金融政策スタンスを判断するにあたっては、MPCは一時的な要因ではなく、常に中期的なインフレ期待を含む、中期的なインフレ見通しに焦点をあてる
 
  • 11月の会合では、委員会は得られたデータ、特に労働市場のデータを基に、11月の報告書の中央見通しが広く整合的であると判断し、中期的な2%インフレ目標に戻し維持するために、今後数か月における若干の利上げが必要とした
    • その後の進展はこの状況に合致する
    • 労働市場は引き締まり、厳しさが続いており、国内のコスト・価格上昇圧力がより持続する兆しがある
    • オミクロン株は短期的な経済活動の重しになる見込みだが、中期的なインフレ圧力への影響は、現段階では、不透明である
 
  • 委員会は今回の会合で、0.15%の利上げが適当だと判断した
 
  • 委員会は、22年2月の報告書での見通し作成の一部として、オミクロン株の経済への影響を含む最近の進展を評価した
    • 引き続き、いつものように委員会は中期のインフレ見通しに焦点をあてる
    • 委員会は中期的な経済を取り巻く状況には、上下双方のリスクがあると判断しているが、緩やかな引き締めが2%の目標達成を維持するために必要であると見ている
    • 委員会は、今後に明らかになる関連データに照らして、中期的なインフレ率にかかるリスクのバランスを評価する
 
 
1 今回の反対票はテンレイロ委員でどちらも政策金利の0.10%の維持を主張した。前回は利上げを主張した委員が2名のみでソーンダース委員およびラムスデン委員(副総裁)だった。
2 前回はマン委員、ソーンダース委員およびラムスデン委員(副総裁)が、どちらも社債・国債の合計で8750億ポンド(200億ポンドの減額)の保有(つまり資産購入額の減額)を主張していた。なお、声明公表時点で国債購入の最終入札が終了している。
3 インフレ率が目標から乖離した理由と今後のインフレ見通し、インフレ目標を達成するための金融政策手段について説明する書簡(インフレ率が目標(2%)から1%以上乖離した場合に公開が要求される)。

4.議事要旨の概要

議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り4
 
4 適宜、報告書の内容も記載。

 
(需要と生産)
  • 供給網の混乱は引き続き深刻だが、11月報告書で予想されているより下押し圧力になるようには見えない
    • これは、依然から混乱の影響を受けてきた製造業や建設業の生産水準に関する情報が限定的であることと整合的である
    • 世界的な半導体不足は特に自動車生産の重しとなっており、供給制約が新車販売を抑制している
    • IHS Markit/CIPSの製造業PMI指数によれば、11月の供給業者の納期は引き続き長期化しており、受注残の増加も続いている
    • 他の指標でも供給網の緩和を示すものは見られない
    • 11月の意思決定者調査(Decision Maker Panel)では、経済活動再開に関する非労働者要因での生産要素の混乱および採用の困難さを指摘する企業の割合が若干上昇し、中銀取引先関係者では、主に労働力不足や供給網の混乱で財需要が満たせないといった経済活動再開上の成長制約を指摘する人数が増加している
    • 供給制約が22年後半まで持続する、もしかすると23年・24年になる場合もあるとの中銀取引先関係者も増えている
 
(供給、費用、価格)
  • より最新の労働市場に関する指標は、総じて強さを維持している
    • IHS Markit/CIPSのPMIの雇用指数は11月にやや下落したものの、歴史的な高水準を維持している
    • 11月のREC(求人雇用連盟)の常勤雇用者と人材利用可能状況の指数はそれぞれ歴史的な高水準と低水準に近い
    • 中銀取引先関係者は、幅広い部門で、需要に対応するためにより多くの従業員を必要としており、従業員の転職率が多くの企業で通常時よりも多いとしている
    • 英国のオミクロン拡大後の早期指標では、アズーナ(Adzuna)の求人数によれば接客業や対人サービス部門(hospitality and catering sector)でやや低下したことを示している
 
  • 民間部門の週当たり定期賃金伸び率が10月までの3か月平均で前年比4.7%に上昇、年初よりも弱かったが11月報告書の見通しに概ね沿ったものだった
    • 雇用維持政策と構成効果による影響を調整した中銀スタッフの試算では、民間部門の賃金上昇率は4.5%であり、コロナ禍前の3%程度を上回っている
 
  • その他の賃金指標も引き続き強く、賃金基調は、短期的には現在の伸びを維持すると見られる
    • 新規の常勤雇用者の賃金伸び率を見た、RECの常勤雇用者給与指数では11月に最高値を更新した
    • 雇用異動は21年10-12月期に最高値に達し、自己都合退職者が特に多かった
    • 給与所得者データ(HMRC payroll data)の賃金中央値の伸び率は、21年半ばにややピークアウトした
    • 将来的には、中銀関係者は来年にかけて、一部はCPIインフレ率が労働者の賃上げ要求を後押しする形で、賃金上昇圧力が強まると見ている
    • 総じて労働市場は引き締まっており、11月報告書の所得伸び率が来年にかけて大きく下落するという見通しに対する上方リスクがあるように見られる
 
(当面の政策決定)
  • 現在の世界および英国経済は、消費者物価の急上昇など、コロナ禍前とは大きく異なる点に留意することが重要である
    • 世界的なインフレ圧力はコロナ禍に起因するサービスから耐久財への消費の変化によって大きく影響を受けている
    • 11月の報告書の見通しでは、需要がもとに戻ることでインフレ率や一部の貿易財価格が次第に低下すると想定していた
    • 新たな社会的距離確保の政策はこの回帰を遅らせ、世界的な価格上昇圧力を長期化させる可能性があるが、消費者の耐久財を買い増す余地は縮小しており、また世界的な新しい変異株への政策反応は不透明でもある
    • 世界的な供給網の混乱が悪化すれば、インフレ率も押し上げられる
    • 例えば、中国のゼロコロナ戦略は中国の向上、港湾の混乱を引き起こし、輸送費に影響が及ぶ可能性もある
    • 反対に、総需要が減速し、特に対面サービス産業でインフレ圧力が弱まり、将来への需要見通しが労働市場の環境を緩和させる可能性がある
    • しかしながら、家計がコロナ禍で積み上げた貯蓄を11月の見通しの前提よりも大きく取り崩せば需要の強さが維持されうる
    • 全体として、インフレに与えるこれらの影響のバランスは不透明と言える
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年12月20日「経済・金融フラッシュ」)

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