2021年11月05日

コロナ禍における日本の感染予防行動の実態とは?-マスクの着用、手洗いうがい、ソーシャルディスタンスの実施率は7割超、体温計測は3割近くが未実施-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1――研究の背景

令和3年9月16日には、新型コロナウイルス感染症対策分科会から、一応第5波のピークは越えたとする認識が示された1。その要因については、ワクチン接種の効果や国民の行動抑制等が挙げられるとした2。一方で、感染予防行動として推奨されているマスクの着用やソーシャルディスタンス、手洗い・うがいなどの遂行割合は示されていない。公衆衛生観念が高いとされる日本において、これらの感染予防行動の実態はどのようなものであるのだろうか。

本稿では、「2021年度特別調査 第5回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査3」データを使用し、新型コロナウイルス感染症に影響を受けた感染予防行動の実態について分析した結果を報告する。

本研究では、調査で取得した2,582件のデータのうち、標準的感染予防対策として位置づけされている「マスクの着用や咳エチケットの心がけ」、「他人との身体的距離確保(ソーシャルディスタンス)」、「手洗いやうがい」、「起床時または外出前の体温計測」の4項目について、欠損データがないことを確認し、2,582件を完全有効分析対象として分析した。また、対象者の基本属性については、「性別」、「年齢」、「地域」、「婚姻状態」、「入学前・義務教育中の子ども有無」、「同居状態」「職業」、「健康状態」、「妊娠中・授乳中の有無」の項目について検討した。
 
1 東京新聞「感染第5波ピーク越えたと尾身会長 ワクチン接種、行動抑制などが要因」
2 新型インフルエンザ等対策推進会議 基本的処方分科会(第17回)議事録
3 調査の概要および調査結果の全体像については「2020・2021年度特別調査 「第5回 新型コロナによる暮らしの変化に関する調査」 調査結果概要」を参照されたい。

2――感染予防行動の実施状況

2――感染予防行動の実施状況

コロナ禍における各感染予防対策行動のコロナ禍以前の昨年1月頃に比べた変化について、5件法で尋ねた結果を図表1に示した。

「マスクの着用や咳エチケットの心がけ」については、増加1723(66.7%)、やや増加385(14.9%)、変わらない332(12.9%)、やや減少41(1.6%)、減少21(0.8%)、利用していない・該当しない80(3.1%)という結果、「他人との身体的距離確保(ソーシャルディスタンス)」については、増加1171(45.4%)、やや増加786(30.4%)、変わらない477(18.5%)、やや減少36(1.4%)、減少20(0.8%)、利用していない・該当しない92(3.6%)という結果であった。また、「手洗いやうがい」については、増加1263(48.9%)、やや増加652(25.3%)、変わらない574(22.2%)、やや減少40(1.5%)、減少11(0.4%)、利用していない・該当しない42(1.6%)という結果、「起床時または外出前の体温計測」については、増加455(17.6%)、やや増加556(21.5%)、変わらない764(29.6%)、やや減少39(1.5%)、減少24(0.9%)、利用していない・該当しない744(23.8%)という結果となっていた。

このように、マスクの着用や咳エチケットなどの衛生行動は、増加及びやや増加が8割を、他人との身体的距離確保の心がけ、いわゆる他人との身体的距離確保の心がけ(ソーシャルディスタンス)や手洗い・うがいは7割を、それぞれ超える一方、起床時または外出前の体温計測は、今までの行動頻度と変わらない者が3割いる一方で、体温計測を実施していない者が3割近くに及ぶ結果が明らかとなった。

このような感染予防への取り組みは、性別や年齢などの属性により差がみられるのだろうか。次項では、感染予防行動の実施状況を規定する要因について分析する。
図表1.コロナ禍の感染予防対策行動(単純集計)

3――感染予防行動の要因分析

3――感染予防行動の要因分析

各感染予防行動についての要因分析を目的として、各感染予防行動を従属変数、基本属性を共変量として投入したロジスティック回帰分析を実施した。尚、質的変数についてはダミー変数化し、多重共線性がないことを確認した上で解析している。

その結果、マスクの着用と咳エチケットなどの行動について増加した者は、女性は男性よりも2.2倍高く、65歳以上は65歳未満に比べて3.4倍高く、基礎疾患ありの者はなしの者に比べて2.4倍高く、緊急事態宣言が発出されている地域はそうでない地域に比べて1.6倍高く、独居の者は同居にある者に比べて0.5倍低い結果となることが明らかとなった。

他人との身体的距離確保の心がけ(ソーシャルディスタンス)などの行動について増加した者は、女性は男性よりも2.1倍高く、65歳以上は65歳未満と比べて3.5倍高く、基礎疾患ありの者はなしの者に比べて2.8倍高く、独居者は同居にある者に比べて0.5倍低い結果となった。

手洗い・うがい行動について増加した者は、女性は男性よりも2.7倍高く、基礎疾患をありの者はなしの者と比べて2.9倍高い一方で、未婚者は既婚者よりも0.3倍低く、就学前・義務教育中の子どもをもつ者はそうでない者と比べて0.2倍低く、独居者は同居状態にある者と比べて0.4倍低い結果が明らかとなった。

体温計測行動について増加した者は、女性は男性よりも1.2倍高く、医療職である者はそうでない者に比べて2.1倍高く、就学前義務教育中の子どもがある者はそうでない者と比べて1.3倍高い一方で、未婚者は既婚者に比べて0.5倍低い結果が明らかとなった。
図表2.感染予防行動における要因分析
このように、標準的感染予防行動に位置付けられている各感染予防行動について増加した者の特徴をとらえると、全ての行動で女性が男性よりも高い割合で行動にうつしていることが分かる。また、体温測定以外の各感染予防行動の増加には、基礎疾患を有する者はプラスに、独居であることがマイナスに影響を及ぼしていることも明らかとなった。さらに、体温計測の増加には、就学前・義務教育期間中の子どもがいることがプラスの影響を与えていることも明らかとなった。

4――考察

4――考察

本稿の分析結果から、マスクの着用や咳エチケット、手洗いうがい、ソーシャルディスタンスの実施率は7割超、体温計測は3割近くが未実施である実態が明らかとなり、また、全ての感染予防行動において女性が有意な影響を示し、マスクの着用や咳エチケット・ソーシャルディスタンス・手洗い・うがいには基礎疾患の有がプラスの影響、独居状態がマイナスの影響を与える結果が明らかとなった。さらに、体温計測においては、医療・福祉職であることや就学前・義務教育期間中の子どもがいることがプラスの行動を促し、未婚者ではマイナスの影響を与えていることが明らかとなった。

マスクの着用は新型コロナウイルスの空気伝搬における有効な防御効果を発揮し、またエアロゾルなどの空気中に浮遊するウイルスについても吸い込みと空気中への拡散を抑制する効果があると明らかにされている4。元々、マスクの着用に抵抗がないアジア圏では、日本も含めて新型コロナウイルス感染症の拡大とともに、早い段階でマスクの着用が遂行されたことが諸外国に比べ初期の感染者急拡大を抑えた一要因である可能性がある。

一方で、マスクのウイルス防御効果をみると、不織布マスクを着用した場合には、吐き出し飛沫量が20%、吸い込み飛沫量が30%であるのに対して、ウレタンマスクだと吐き出し飛沫量が50%、吸い込み飛沫量が60~70%となり5、家庭用に一般的なマスクでも、その種類によっても防御効果が大きく異なることが判明している。また、マスクの上下左右、表裏を正しく確認し、ワイヤーを顔にフィットさせて鼻、頬、あごに密着している状態であるなど6、マスクの正しい着用方法にも十分に留意をする必要がある。

また、ソーシャルディスタンスの実施についても7割を超える者が実施をしており、他人との距離について注意を払っていることが明らかとなった。ただし本稿の分析は、実測値ではなく、あくまで自身の行動に対する主観的な評価である点には注意が必要である。当人が感染予防行動をとっていると考えていたとしても、2m程度とされる十分な距離がとられていない場合や、2mの距離を確保していてもマスクの着用がない者が咳やくしゃみをした場合には、適切に換気がなされていないとリスクが格段に高くなるからである。なお、このソーシャルディスタンスは個々人の意識の問題だけではなく、屋内屋外施設や人々が集まるイベント会場などリスクが高くなる場所において、間隔をあけることを促す掲示や、整列間隔の目安を示すなどの工夫も非常に重要であることは言を俟たない。

手洗い・うがいについても7割を超える者が実施しているが、洗剤の利用の有無や洗浄時間によって除去されるウイルスの量が変化することが明らかにされている7。また、発達段階により手指の巧緻性も異なるため、3歳未満などの自身で適切に洗浄がしにくい年齢では保護者や託児・保育機関が補助や指導を実施することが望ましい。また丁寧な手洗い指導が行われている義務教育期間よりも、高校生など自立していると思われる年齢の方が、手洗い時間が短いことや洗剤を使用しないことが報告されている8ことにも留意されたい。

さらに、今回の多変量解析では、マスクの着用や咳エチケット、ソーシャルディスタンスや手洗いうがいについて女性が男性に比べて、感染予防行動が増加していることが判明した。相対的に女性の方が家事や育児、子育てに係る時間が男性よりも多くなることから9、これらの感染予防行動を実施する機会が多くなった可能性が推察される。

また、体温計測を除く各感染予防行動において、基礎疾患を有する者の行動が増加していたのは、流行当初から新型コロナウイルスが基礎疾患を有する者に感染しやすく、重症化しやすいという報告がされていたことから10、感染予防行動が増加したと考えて差支えないであろう。さらに、独居者は同居状態にある者に比べて、感染予防行動が増加していなかったのは、相互に感染させる相手がいない状況であるために、本調査2021年1月から感染予防行動を増やす必要がなかったことが影響していると考えられる。

最後に、体温計測について、医療・福祉職にある者はそれ以外の業種と比べて増加していたが、職業柄、感染予防行動について実施する習慣が身についていることが影響を及ぼしたと考える。また、就学前・義務教育期間中の子どもをもつ者についても、教育機関側から感染予防対策の一環として検温と風邪症状の徹底を依頼していることから11、子どもの体温計測の必要性に応じて保護者も体温計測の機会が増加したものと推察される。

以上のように、日本の高い公衆衛生観念及び行動が示される結果となったが、適切に感染予防行動を実施する上で留意すべき点も多い。現在は、新型コロナウイルス感染症の収束に向っているが、どのような感染症にも標準的な感染予防行動は非常に有効であることから、今回のコロナ対応を契機に正しい対応行動を身に着けることが期待されているのではないだろうか。
 
4 Hiroshi Ueki et al.(2020),”Effectiveness of Face Masks in Preventing Airborne Transmission of SARS-CoV-2, Journal of mSphere,Oct 2020,Vol5 Issue5.
5 国立大学法人豊橋技術科学大学(2020)「コロナウイルス飛沫感染に関する研究~マスクの効果と歌唱時のリスク検討~」
6 飯田明由(2021)「マスクの流体力学」国立大学法人豊橋技術科学大学 機械工学系
https://www.hpci-office.jp/invite2/documents2/ws_cae_210312_iida.pdf
7 森功次ら(2006)「手洗いの時間・回数による効果」感染症学雑誌,(80)P496-500.
8 小島みゆき(2007)「「学校生活における子供の手洗い実態」― 小学校~高校における手洗い実態調査から ―」花王生活者研究センター
9 内閣府男女共同参画局(2020)「令和2年版男女共同参画白書(概要)」p4.
10 厚生労働省(2020)「第8回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」資料2-4,p5.
11 文部科学省(2020)「学校における新型コロナウイルス感染症対策に関するQ&A」

5――分析の限界

5――分析の限界

本分析では、特定組織に登録しているモニターを対象に実施していること、また2021年7月5日~7日に調査を実施した結果を用いて解析しているため、今現在の状況を反映しているものではない。しかしながら、感染予防行動の実態を調査した研究は少なく、日本の衛生観念及び実際の行動実態について参考にすることができる基礎資料として用いることができると考える。
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

(2021年11月05日「基礎研レポート」)

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