コラム
2021年07月09日

コロナ禍における保健所の機能と課題(1)-保健所の機能と通常時の感染症対策-

生活研究部 研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任 乾 愛

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1.はじめに

新型コロナウイルス感染症が拡大する中、保健所が土日や深夜まで業務に従事しているにも関わらず、濃厚接触者の特定や入院調整に課題を抱える実態がメディア等で取り上げられた-3)。それを契機に保健所や保健師のことについて知った方も多いだろう。2003年のSARSや2007年の麻疹、2009年の新型インフルエンザなど、保健所は感染症が流行するたびに対応を迫られ、感染拡大を防ぐ役割を果たしてきた。しかし今回の新型コロナウイルス感染症では、冒頭に触れた報道にもあるとおり、従来の感染症対策とは比較が難しい程、対応に苦慮している実態があるように見受けられる。このように保健所が対応に苦慮する事態となっている背景には、どのような要因や課題があるのだろうか。また、そもそも保健所とはどのような役割を担う組織なのだろうか。本稿では、以前、自治体の行政保健師として住民の健康支援に従事していた筆者の経験も踏まえ、まずはコロナ禍における保健所の役割について概説する。

2.保健所とは

保健所は、地域保健法において都道府県と政令指定都市、中核市、特別区に設置義務が明記されており、人口規模を勘案して、地域の特性を考慮しながら、住民に公平なサービスを提供するために設置されている(地域保健法第三章第五条、第四条第一項)。また、同法において保健所は、表1に示す14項目に関する企画、調整、指導などの事業を実施することが明記されている(同法第三章第六条)1
表1.地域保健法第三章第六条
図1に示すとおり保健所の機能は対人保健サービスと対物保健サービスに分類されており、地域住民の健康や衛生環境の保持に係る幅広い役割を担っている。保健所は地域住民の健康の保持・増進に寄与する役割を担うための第一線となる総合的な保健衛生行政機関なのである。
図1.保健所の活動
また、保健所には、地域保健法施行令第五条一項により、医師や歯科医師、薬剤師、管理栄養士、保健師、看護師など、保健所業務を行う上で必要な専門資格を有する者をおくこととされている。このため、保健所では全ての業務において有資格者による専門的な相談や助言を受けることができるようになっている。
 
1 地域の保健衛生を担う組織としては、住民に対して健康相談や保健指導、健康診査などの地域保健の推進に関して必要な事業を実施する義務が市町村にあることを明記した地域保健法第四条第十八項に基づき設置されている市町村保健センターがあり、住民に対し身近な対人保健サービスを提供している。

3.保健所の感染症対策

保健所の感染症対策は、前掲表1に示すとおり地域保健法第六条の十二に「エイズ、結核、性病、伝染病その他の疾病の予防に関する事項」と明示されている。ここでは「エイズ・性病」「結核」およびその他の「感染症」への対策として、平時において保健所がどのように関わっているか概説する。

1)エイズ・性病対策
全国の保健所や市町村の施設では、HIV検査や性病検査を無料かつ匿名で実施4)しているほか、保健師は受検者に対する聞き取り調査を実施し、感染疑い日の特定や潜伏期間を推計した上で、検査を受けることができる時期や治療可能な医療機関などの情報を提供している5-6。また、受検者の性行動の改善や必要な行動変容を促すなどの保健指導を実施し、センシティブな個人の内情に寄り添ったケアを実施している。

さらに、感染症担当保健師と母子保健担当保健師は、連携しながら小・中学校、高等学校などの教育機関や特別支援学校などに赴き、性感染症の予防策として命の授業や性病に関する教育を実施している7-10。特に近年は梅毒患者が急増しているため4)、性感染症の各種症状や、感染経路、予防策として避妊具の使い方まで保健指導を実施している。
2)結核対策2
保健所の感染症対策として「結核対策」は重要な位置を占める。2019年の新登録結核患者数は14,460人であり、死亡数は2,088人、年次別・年齢階級別新登録結核患者数は80~89歳が全体の28.1%を占め、最も多くなっている11)。これに対し保健所は、結核の発生動向の把握や分析、積極的疫学調査に至るまで、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)」に基づく「結核に関する特定感染症予防指針」を定めて取り組んでいる。結核治療薬である抗結核薬は中断せず内服し続けなければ、多剤耐性菌となり薬物治療の効果を失効させてしまう12)。高齢者やホームレスの場合では特に入院中断や内服中断が頻発するため、保健所保健師が直接服薬確認をするDOTS体制14-15)がとられている。(参照:図2)
図2.DOTS戦略推進体系図
DOTS(直接服薬確認法)は、結核のまん延の防止や服薬中断による多剤耐性菌の予防の必要性を鑑み、保健所保健師や看護師が結核患者宅へ家庭訪問し(感染症法第53条の14)、医師の指示に従い(感染症法第53条の15)、抗結核薬を確実に服薬させることを示す。治療中断のリスクが高い患者の服薬確認は原則毎日実施し、服薬支援が必要な患者は週1日~2回以上、それ例外の患者は月に1回~2回以上の直接服薬確認が必要となる。

また、日本版21世紀型DOTS戦略推進体系には、1)DOTSの対象者、2)院内DOTS、3)DOTSカンファレンス及び個別患者支援計画の作成、4)地域DOTS、5)コホート検討会等の重要性が示されており、結核患者の生活の場である地域や職場、医療機関や薬局等とも連携をはかりながら結核患者治療完遂に向けて、地域の実情に応じた体制整備が進められている。
 
2 平成十年法律第百十四号感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(1998)では、「結核に関する特定感染症予防指針(平成23年厚生労働省告示第161号最終改正)」を定めており、医療提供体制の確保、DOT’S推進、BCG接種率やDOTS実施率などの具体的目標を掲げて結核対策に取り組んでいる。
3)感染症対策
上記以外の感染症では、感染症法にて届け出義務を有する、指定感染症を含む第一類から第五類の感染症や新型インフルエンザ感染症、その他の新感染症などへの対応も必要である。これらの患者が発生した場合、保健所は医師からの届け出を受理し、本庁への連絡やNESID(National Epidemiological Surveillance of Infectious Disease:感染症サーベイランスシステム)への入力にて情報共有する。保健所は、その後も感染症発生動向調査や、検体の採取、健康診断勧告・措置、就業制限や入院勧告・措置、汚染場所の消毒などを実施する役割を担う16
図3.感染症発生動向調査(サーベイランス)の概略

4.まとめ

保健所は、地域住民の健康の保持・増進に向けた責務を担いながら、上述の様な感染症対策(平常時)を担う役割を有している。しかし、新型コロナウイルス感染症に対する保健所の業務は逼迫し、患者対応に追いついていない実態がある。平常時の感染症対策の経験があるのにも関わらず、なぜ新型コロナウイルス感染症に対しては対策に追われ業務が逼迫する状況が生まれているのだろうか。次稿では、コロナ禍特有の保健所における感染症対策について概説する。

参考資料

1)読売新聞オンライン(2021)「次々に新たな感染者、保健所の調査が追いつかない北海道」(2021/05/12)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20210512-OYT1T50067/
2)山形新聞(2021)「保健所、負担ずしり 県内続く感染拡大、休みなく深夜まで対応・新型コロナ」(2021/04/04)
https://www.yamagata-np.jp/news/202104/04/kj_2021040400089.php
3)東京新聞(2021)「どこで誰から新型コロナに感染したか、濃厚接触者は?保健所の追跡調査は高齢者施設を最優先」(2020/11/21)https://www.tokyo-np.co.jp/article/69774
4)HIV検査体制の改善と効果的な受検勧奨のための研究班(2021)「全国HIV/エイズ・性感染症 検査・相談窓口情報サイト」 『HIV 検査相談マップ』厚生労働科学研究費補助金エイズ対策政策研究事業https://www.hivkensa.com/knowledge/mame
5)エイズ・性感染症に関する小委員会「HIV/エイズに係る項目ごとの論点(2017)」厚生労働省 健康局結核感染症課https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka- Kouseikagakuka/0000149734.pdf
6)土屋菜歩ら(2018)「保健所における HIV 検査・相談の現状評価と課題解決に向けての研究」厚生労働科学研究費補助金 【エイズ対策政策研究事業】 HIV 検査受検勧奨に関する研究 (分担)研究報告書 http://www.phcd.jp/02/kenkyu/kouseiroudou/pdf/kaken_hiv_H29.pdf
7)関根綾希子ら(2010)「エイズ対策における保健所保健師の取り組み ~若者の性に着目した活動から今後の役割を考える~ 」https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/28591.pdf
8)健やか親子21推進検討会(2010)「健やか親子21の総合的な推進 国の取り組み状況について参考資料4(課題1)思春期の保健対策の強化と健康教育の推進」厚生労働省雇用均等・児童家庭局 母子保健課
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/03/dl/s0331-13a010.pdf
9)あおもり思春期研究会「保健師の視点から~思春期健康教室~」(2021)青森市保健所健康づくり課
https://aomori-sisyunki.webnode.jp
10)「2019年 結核登録者情報調査年報集計結果について」『結核登録者情報調査年報』(2021)厚生労働省健康局結核感染症課 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000175095_00003.html
11) 平成十年法律第百十四号感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(1998)
e -GOV法令検索 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=410AC0000000114
12)「結核に関する特定感染症予防指針の一部改正について」『厚生労働省健康局長通知』(2016)厚生労働省健康局 https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/thuuchi_2.pdf
13)「米国胸部疾患学会・C D C ・米国感染症学会共同声明」『結核の治療(第1回)』(2002)結核予防会結核研究所研究部 吉山 崇,和田雅子 訳https://jata.or.jp/rit/rj/tenbo/46-48cdctreatment.pdf
14)「東京都DOTSマニュアル」(2019)平成 31 年3月 東京都福祉保健局健康安全部感染症対策課
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kansen/kekkaku/30iinkai.files/No2-4_Part1.pdf
15)「結核対策について」(2014)厚生労働省健康局結核感染症課
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000051873.pdf
16)内田勝彦「保健所の概要と感染症対応について」(2020)全国保健所長会 会長内田勝彦(大分県東部保健所)https://s3-us-west-2.amazonaws.com/jnpc-prd-public-oregon/files/2020/04/d2092db2-2bef-46dc-ad72-838ef0a053cf.pdf
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生活研究部   研究員・ジェロントロジー推進室・ヘルスケアリサーチセンター 兼任

乾 愛 (いぬい めぐみ)

研究・専門分野
母子保健・高齢社会・健康・医療・ヘルスケア

経歴
  • 【職歴】
     2012年 東大阪市 入庁(保健師)
     2018年 大阪市立大学大学院 看護学研究科 公衆衛生看護学専攻 前期博士課程修了
         (看護学修士)
     2019年 ニッセイ基礎研究所 入社
     2019年~大阪市立大学大学院 看護学研究科 研究員(現:大阪公立大学 研究員)

    【資格】
    看護師・保健師・養護教諭一種・第一種衛生管理者

    【加入団体等】
    日本公衆衛生学会・日本公衆衛生看護学会・日本疫学会

(2021年07月09日「研究員の眼」)

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