2021年11月04日

エンダウメントの運用モデルは成功したのか

名古屋市立大学大学院 経済学研究科   臼杵 政治

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公私の年金基金と並ぶ米国の長期投資家の一つに大学のエンダウメント(寄贈基金)がある。米国の大学財政において研究や教育あるいは運営費用の支出を賄う上で、授業料や寄付金と並ぶ第3の収入の柱がエンダウメントからの投資収益である。エンダウメントの原資は寄付金を含む毎年の収支の差額である。現在最大のエンダウメントはハーバード大学(2020年6月末の運用資産額406億ドル)であり、テキサス大学システム(同320億ドル)、エール大学(同312億ドル)と続く。これらの大学では支出の3割程度をエンダウメントからの拠出金に依存している。

エンダウメントの資産運用の特徴は、36年にわたりエール大学基金を率い、今年5月に逝去したデビット・スウェンセン氏の著書“Pioneering Portfolio Management”(邦訳「イエール大学流投資戦略」)に表れている。要約するなら、 (1)(超)長期的な投資家として株式を資産運用の中心に据える、(2)マーケットタイミングを取らず機械的なリバランスを行う、(3)株式からのリスク分散効果を期待して、不動産・未公開株(非上場株)・ヘッジファンド・インフラストラクチャーなどの代替資産に積極的に投資する、 (4)代替資産投資では、優れたマネージャー(ファンド)の選択に力を注ぎ、より高いリターンをあげる、ことにある。エール大学基金の運用状況は下表の通りであり、1990年代から注力してきた代替資産への配分が70%を超えている。
図表:エール大学基金の運用資産と拠出の状況 では、こうした戦略は成功しているのか。実は最近、エンダウメントの運用について冷静な評価を試みる動きが目立つ。例えばHammond(2020)1によると1970年以降の50年間で株式60%、債券40%の60/40ポートフォリオのリターンが年平均9.3%だったのに対して、全米大学経営者協会(National Association of College and University Business Officers)の統計によるエンダウメントのリターンは平均8.5%であり、資産10億ドル超の大規模基金でも9.4%と60/40を辛うじて上回ったのに過ぎない。代替資産投資が普及して以降の2000-09年度では平均が4.0%、大規模基金が6.1%といずれも60/40の1.5%を上回った。しかし、リーマンショック以降の2010-19年度では平均8.4%、大規模基金が9.0%と60/40ポートフォリオ(10.5%)を下回った。
 
1 Hammond, Dennis(2020),“ A Better Approach to Systematic Outperformance? 58 Years of Endowment Performance,”The Journal of Investing, 29(5) pp.6-30
もちろん、低リターンがリスクを抑えた結果なら、運用の成績が劣っているとは言えない。そこで、Ennis(2021)2は運用資産規模10億ドル以上の大規模エンダウメント100基金のリターンインデクス(合成リターン)を作成し、2019年度まで12年間の年次リターンを分析した。

つまり、エンダウメントの合成リターンを被説明変数として、A.米国内株式(Russell3000)、B.米国内債券(Bloomberg Barclays US Aggregate)、C.外国株式(MSCI ACWI除く米国)、の3つのインデクス・リターンを説明変数とする回帰分析をした。その結果、モデルの決定係数が0.98であった。つまり、毎年のリターンの変動(リスク)の98%が伝統3資産のリターンで説明できることになる。この3つへの実際の配分割合(合計値)の平均はおよそ40%であり、残りの60%は代替資産が占めている。しかし、実績リターンの変動の大半が3資産で説明できている点をみると、代替資産投資によるリスク分散効果はほとんど得られていない、と言える。

一方、この回帰分析の定数項、つまり伝統的資産では説明できないリターン(アルファ)はマイナス1.5%であった。これは伝統的資産に投資していれば、ほぼ同じリスクで実績よりも1.5%高いリターンを得られたことを示す。さらに43の個別の大規模基金に絞って同じ分析をすると、決定係数の平均値が0.96、31の基金でアルファがマイナスになった3。大規模基金を含めて、この期間のエンダウメントの多くは代替資産に投資せず、上場株式・債券だけに投資していた方がより効率的な運用(同リスクでより高いリターンの達成)ができていたことを示している。

このように世界金融危機以降、代替資産投資からポートフォリオのリスク低下あるいはリターン改善といった所期の成果があがっていない要因として、Ennisは3つをあげている。第1が代替資産への資金流入と市場の効率化である。2000年代以降エンダウメントや年金基金などの資金が代替資産市場に投資されてきた。その結果、値付けが効率化され、またリターンを高める機会が減少した。第2が代替資産の高い運用報酬である。代替資産では運用機関に、資産の2%以上の報酬を支払うことも少なくない。上述のマイナスのアルファ(▲1.5%)の多くは代替資産への運用報酬で説明できる、とする。第3が伝統的資産の好調なリターンである。リーマンショック以降、先進国の中央銀行による潤沢な資金供給と金利低下により、株式・債券とも高いリターンを記録した一方、代替資産が持つ流動性リスクプレミアムは剥落した。

これらの要因は、代替資産投資に取り組んでいる日本の企業年金の課題でもある。もちろん、過去10年間の伝統的資産の高いリターンが今後も続く保証はない。例えば、インフレが起こり、中央銀行が引き締めに転じれば、株式・債券とともにリターンは低下する。とはいえ、その場合でも天然資源に関連した資産や一部のヘッジファンドを除けば、代替資産例えばプライベート・エクイティなど流動性の低い資産には深刻な影響が及ぶだろう。つまり、伝統的資産のリターン低下があっても、それが直ちに株や債券に対する代替資産の優位を意味するわけではない。結局、上述の課題を克服しながら、代替資産投資を活用するには、 (1)投資対象資産・タイミングの適切な分散、に加えて、 (2)マネージャーの選別、 (3)運用報酬水準や仕組みについての工夫など、スウェンセン氏も強調してきた基本に立ち返るしかないのかもしれない。
 
2 Ennis, Richard(2021),“ Failure of the Endowment Model,”The Journal of Portfolio Management, 47(5), pp.128-143
3 Ennis, Richard(2021),“ Endowment Performance,”The Journal of Investing, 30(3) 6-20
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(2021年11月04日「ニッセイ年金ストラテジー」)

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