2021年08月23日

IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について-割引率に関する基準の評価等-

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1―はじめに

保険契約のための新たな国際的な会計基準である「IFRS第17号(保険契約)」については、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が、2017年5月18日に基準の最終案を公表し、その後2020年6月25日に修正基準を公表して、その基準内容が確定した状況になってから、1年以上が過ぎた。IFRS第17号は、2023年1月1日からの適用が想定されている。

前回の保険年金フォーカスでは、こうしたIFRS第17号の最終基準の公表を受けてのEU及び英国における採択に向けての動き及び適用初年度の時期を1年半後に迎える中にあっての最近のIFRS第17号へのさらなる修正の動きについて報告した。

今回のレポートでは、IFRS第17号の中でも最も重要な要素である測定における「割引率」を巡る状況について報告する。IFRS第17号の割引率については、保険会社の主計部門等において、実際の保険契約負債を評価するアクチュアリー等にとっては、具体的な設定方法が最も大きな課題となってくるが、これについては、各種のレポートが公表されているので、今回のレポートでは取り上げていない。

むしろ、前回のレポートで報告したEUのEFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)や英国のUKEB(UK Endorsement Board:英国承認委員会)が、その採択基準において、今回のIFRS第17号における割引率に関する規定をどのように評価しているのかを報告することとする。また、国際的な6大会計事務所ネットワーク(BDO、Deloitte、EY、Grant Thornton、KPMG及びPwC)の代表によるグローバル・フォーラムであるGPPC(Global Public Policy Committee:グローバル公共政策委員会)が、IFRS第17号の適用においてなされた見積りから生じる重要な虚偽表示のリスクに対する監査人の対応に関連するペーパーを発行しているので、この中から割引率に関する記載を報告する。

2―EFRAGの最終承認勧告における評価

2―EFRAGの最終承認勧告における評価

EFRAGは、3月31日に、IFRS第17号に関する最終承認勧告1を欧州委員会に提出している。この中で、EFRAGは基準の採択に関して、(1)関連性、(2)信頼性、(3)比較可能性、(4)理解可能性、(5)保守性、といった5つの観点から、評価を行っている。

この中で、保険契約の測定については、(4)理解可能性 を除く4つの観点から評価を行っている。以下では、その中から、「割引率」について明示的に触れている、(1)関連性、(2)信頼性、(3)比較可能性、からの記述内容を紹介する。

(1) 関連性に関して
保険契約は一般的に長期にわたり継続する可能性があり、現在の低金利あるいはマイナス金利が持続する環境にもかかわらず、EFRAGは、将来のキャッシュ・フローの割引は時間の経過による影響を反映していると考えており、財務諸表の利用者に対して企業の財政状態に関する関連情報を提供している。EFRAGは、貨幣の時間的価値の反映が関連情報を提供すると評価している。

また、保険契約の流動性特性を測定に反映させることは、例えば保険会社の収益や収益性を予測するといった分析には役に立たないため、有用な情報を提供しないとの見解には反対している。

さらに、割引率に用いられたインプット及び前提条件とともに適用される割引率を開示することは、キャッシュ・フローの特性に関する有用かつ適切な情報を提供するものと考えている。

(1) 関連性
20.IFRS第17号は、観察可能な市場データを用いてキャッシュ・フローを割り引くことを企業に要求している。割引率には、負債に関連する要素、すなわち、貨幣の時間価値、キャッシュ・フローの特性及び保険契約の流動性の特性を反映する要素のみを含めるべきである。企業は、トップダウン・アプローチ又はボトムアップ・アプローチのいずれかを用いて適切な割引率を決定することができる。

21.保険契約は一般的に長期にわたり継続する可能性があり、現在の低金利あるいはマイナス金利が持続する環境にもかかわらず、EFRAGは、将来のキャッシュ・フローの割引は時間の経過による影響を反映していると考えており、財務諸表の利用者に対して企業の財政状態に関する関連情報を提供している。EFRAGは、貨幣の時間的価値の反映が関連情報を提供すると評価する。

22.一部では、保険契約の流動性特性を測定に反映させることは、例えば保険会社の収益や収益性を予測するといった分析には役に立たないため、有用な情報を提供しないと考えられている。この見解を支持する人々は、保険業は長期にわたって行われることが一般的に知られていることに留意する。EFRAGは、原則として、保険契約のグループに対する割引率は、測定される項目の流動性特性を反映すべきであるため、この見解に反対している。

23.EFRAGはまた、保険者は(とりわけ)割引率に用いられたインプット、前提条件、推定手法を 開示することが求められており、原項目の収益率に基づいて変化しないキャッシュ・フローを割引するために用いられたイールドカーブを開示しなければならないと指摘している。したがって、EFRAGは、上記のインプット及び前提条件とともに適用される割引率を開示することは、キャッシュ・フローの特性に関する有用かつ適切な情報を提供するものと考える。IFRS第17号の要求事項は、その負債の性質を反映したレートを決定する結果となる。例えば、キャッシュ・フローが基礎となる項目からの収益に基づいて変動する場合、企業はその変動を反映するレートを使用するか、又はその変動の影響を考慮してキャッシュ・フローを調整し、調整を反映したレートで割引する。

24.CSMへのロックイン割引率の利用に関する分析は、32から34の項に記載している。純損益に認識するか、純損益とその他の包括利益との間で区分するか、という保険金融収益又は費用の会計方針の選択に関する分析は、114から115の項で議論されている。

(2) 信頼性に関して
判断の利用は、保険事業に固有のものであり、したがって、保険契約の測定に固有のものであると認められる。したがって、判断の使用自体が信頼性を損なうことはない。割引率に関して、EFRAGは、割引率を決定するためのトップダウンとボトムアップという両アプローチは、コストの範囲内で信頼できる情報を提供すると考えている。

(2) 信頼性
192.IFRS第17号は、企業にキャッシュ・フローの割引を要求している。IFRS第17号の下では、割引率は、関連要因、即ち貨幣の時間的価値、キャッシュ・フローの特性、保険契約の流動性特性から生じる要因のみを含んでいる。当該割引率が市場で直接観察できない場合には、企業は見積りを使用する。

193.IFRS第17号は、割引率を決定するための特別な推定手法を要求していない。しかし、推計手法を適用する際には、 (i) 観察可能なインプットを最大限活用すること、 (ii) 市場参加者の視点から現在の市場の状況を反映すること、 (iii) 測定される保険契約の特徴と観察可能な市場価格が入手可能な商品の特徴との類似性の程度を評価する際に判断を用いること、及びそれらの差異を反映するようにそれらの価格を調整することが求められる。

194.企業は、トップダウン・アプローチ(参照ポートフォリオと保険契約の間の流動性特性の差異を調整する必要がない場合)又はボトムアップ・アプローチ(流動性特性が明示的に考慮されている場合)のいずれかを用いて適切な割引率を決定することができる。EFRAGは原則として、測定される保険契約のグループの流動性特性を反映した割引率は負債の性質を反映していると考えている。EFRAGは、保険会社は大量の異なる種類の資産を管理する広範な経験を有していることから、保険会社は、資産の流動性プレミアムを含む割引率の異なる要因を特定し、負債の流動性プレミアムを決定する際に有用であると確信している。

195.割引率の使用の信頼性を評価するにあたり、EFRAGは次のように述べている。

(a)観測可能なレートは、特定の市場や非常に長い期間では利用できない可能性があり、特定の推定技術を使用する必要がある。

(b)見積もりと不確実性を処理し、専門家の判断を用いることは、保険業及び会計一般に固有である。

(c)企業は、重要な判断及び判断の変更に関する情報 (割引率の算定方法を含む) を開示しなければならない。また、原項目の収益率によって変化しないキャッシュ・フローを割引くために使用されるイールドカーブは開示されることになっている。

196.割引率を決定するために要求される判断のレベルは、他の業界で要求され、使用されているもの又は他のIFRS基準の適用において要求され、使用されているものと実質的に異なるようには見えない。

197.したがって、EFRAGは、割引率を決定するための要件が信頼できる情報を提供すると考えている。

IFRS17号による情報の信頼性に関する結論
240.判断の利用は、保険事業に固有のものであり、したがって、保険契約の測定に固有のものであると認められる。したがって、判断の使用自体が信頼性を損なうことはない。割引率に関して、EFRAGは、割引率を決定するための両アプローチは、コストの範囲内で信頼できる情報を提供すると考える。

(3) 比較可能性について
割引率については、EFRAGは、バランス上、当該トピックに関する関連する開示と組み合わせることにより、デュアルアプローチは比較可能性を損なうものではないと考える。また、IASBは、保険契約の流動性プレミアムの決定が困難である可能性があるとの意見を受けて、トップダウン・アプローチを採用した。しかし、EFRAGは、ボトムアップ・アプローチの場合、流動性プレミアムの推定には判断が必要となり、全体としては正当化される、比較可能性を損なう可能性があることを指摘している。

(3) 比較可能性
263.企業は、トップダウン・アプローチ(参照ポートフォリオと保険契約との間の流動性特性の差異‐それはスプレッドの一部である-を調整する必要がない場合)又はボトムアップ・アプローチ(保険契約の流動性特性を考慮する場合)のいずれかを用いて適切な割引率を決定することができる。理論的には、原資産項目のパフォーマンスによってキャッシュ・フローが変動しない保険契約については、いずれも同じ割引率となるはずであるが、実際には、資産に係る信用リスクの見積りや負債の流動性プレミアムによって差異が生じる可能性がある。2つのアプローチの結果は必ずしも同じではないため、このことが比較可能性を損なうと懸念する者もいる。

264.EFRAGは、IASBはボトムアップ・アプローチのみを用いることを意図しており、これは概念的に最も純粋なアプローチであると指摘している。しかしながら、一部の保険会社は、適切な流動性プレミアムを特定することの難しさを懸念していた。これらの懸念に対処するために、トップダウン・アプローチの使用が基準で認められている。トップダウン・アプローチの場合、企業は、参照ポートフォリオと保険契約との間の流動性特性の残存差異について調整を行う必要はない。したがって、当該トピックに関する関連する開示と合わせて、バランス上、EFRAGはデュアルアプ ローチを比較可能性に対する障害とは考えていない。

IFRS17号による情報の比較可能性に関する結論
322.加えて、割引率については、EFRAGは、バランス上、当該トピックに関する関連する開示と組み合わせることにより、デュアルアプローチは比較可能性を損なうものではないと考える。また、IASBは、保険契約の流動性プレミアムの決定が困難である可能性があるとの意見を受けて、トップダウン・アプローチを採用した。しかし、EFRAGは、ボトムアップ・アプローチの場合、流動性プレミアムの推定には判断が必要となり、全体としては正当化される、比較可能性を損なう可能性があることを指摘している。

なお、EFRAGは、今回の欧州委員会に宛てた書簡の中で、2018年10月3日の欧州議会決議に言及された特定の事項について見解を示すよう求められていたが、それに対する回答は以下の通りであった。

2013年に規制当局が表明した具体的な懸念
欧州議会は決議2018/2689 (RSP) の動議の中で、EFRAGに対し、2013年のIASB公開ドラフト協議への対応でESMA(欧州証券市場監督局)とEBA(欧州銀行監督局)が提起した懸念が依然として有効かどうかを確認し、それでも関係していれば、承認勧告のドラフトを作成する際に、それらの懸念を考慮するために、ESMAとEBAと緊密に連絡するよう求めた。

2013年のESMAの懸念は、 (1) 割引率の変更が一部はOCIに、一部は純損益に与える影響を示しており、2013年に示された見解では、財務諸表を理解しにくくし、類似の特徴を有する契約の比較可能性を損なう可能性があることに関連している。(2) 2013年に表明された見解では、IFRS第17号は収益の表示において十分な明確性を提供していない可能性があり、 (3) 2013年に表明された見解では、割引率及びリスク調整の決定は、効果的な実施を妨げる可能性がある。EFRAGは、この勧告に対するESMAの意見書で報告されているように、ESMAはIFRS第17号の承認を支持している。ESMAの最終的なポジションを示す図を付録IIIの584項から591項に示す。

2013年のEBAの懸念は、IFRS第17号がトップダウン又はボトムアップのいずれかのアプローチを用いて保険会社が割引率を決定することを認めていること、及び、潜在的に、2013年に表明された見解において、判断の範囲及び適用の不整合が増加し、財務情報の比較可能性の低下及び主観的な収益管理につながる可能性があることに関連している。EFRAGは、EBAが、レビューが純粋に銀行監督の観点から行われ、バンカシュラーに影響を与える可能性のある問題、即ち、類似の取引(一任参加型の投資契約等)に対する保険者とバンカシュラーとの間の会計処理の違いや、金利決定に関する高いレベルの判断に焦点が当てられていることから、基準全体を評価していない、と指摘していることに留意する (付録IIIの592項から595項) 。

上記の問題は、添付資料IIに示されているとおり、IFRS第17号の要求事項に関するEFRAGの評価において検討されている。EFRAGの評価は、FRS第17の要件は、年次コホートを世代間で相互に補完しキャッシュ・フローが一致する契約に適用する要件を除いて、承認基準を満たしていることを確認している。

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中村 亮一

研究・専門分野

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