2021年08月06日

英国金融政策(8月MPC)-金融引き締めへの動きを進める

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:金融政策の変更なし

8月4日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、5日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
・政策金利を0.1%で維持(変更なし)
・国債および投資適格級社債を総額8950億ポンドまで購入する(変更なし)

【議事要旨(趣旨)】
GDP成長率見通しは、2021年7.25%、22年6%、23年1.5%、デルタ株が拡大しても、コロナ禍の影響は時間とともに解消すると見ている
8月の見通し通りに進めば、中期的なインフレ目標の維持には、見通し期間における若干の金融引き締めが必要である
資産購入策の減額は、英国債の償還再投資停止から開始し、それは政策金利が0.5%まで上昇しかつ経済環境が適切となった時である

2.金融政策の評価:引き締めに向けた動きを進め、引き締め方針も修正

イングランド銀行の今回のMPCでは、金融政策の変更はなかった。

景気判断では、8月のMPR(金融政策報告書)を公表、21年の成長率は5月時点と同様で10-12月期にはほぼコロナ禍前の水準を回復するとの見方を維持しつつ、22年以降の成長率を5月時点の見通しから上方修正した。MPCは英国ではデルタ株の感染拡大が見られているが、中央見通しでは経済への影響は少ないという見方をとった。また、雇用のミスマッチなどによって、需給ギャップが一時的に需要超過に傾いていると指摘している。こうした状況や、原材料高、供給網のひっ迫(MPCは明示していないが、EU離脱の影響も受けていると見られる)から、インフレ率については5月の見通しから大幅に上方修正し、10-12月期には一時的に4%に達するとした。

ただし、金融政策姿勢については、前回と同様にガイダンスにおける金融引き締めの必要条件を満たしているものの十分条件にはないとし、インフレ率についても一時的要因ではなく中期的なインフレ見通しや期待インフレを重視する点を強調している。

一方、今回は中央見通しに沿って経済が進む場合、見通し期間において若干の引き締めが必要であるとし、金融引き締めが視野に入っている点も明記している。合わせて保有資産の削減方針も見直している。そこでは、政策金利が0.5%になるまで保有資産の削減(国債の償還分再投資停止)はしないとしており、まだ先の事であるものの、金融引き締めに向けた準備を着々と進めていると言えるだろう。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、経済成長と雇用を支援する
    • 委員会は現行の金融姿勢を維持することが適当だと判断した
    • 政策金利(バンクレート)を0.1%で維持する(全会一致で決定、変更なし)
    • 投資適格級の非金融機関社債で200億ポンド保有を維持する(全会一致で決定、変更なし)
    • 国債を総額8750億ポンド購入する(7対1で決定1
    • 資産購入額の総額は8950億ポンドとなる
 
  • MPCは8月のMPRで経済・インフレ見通しを改定した
    • そこでは、デルタ株が拡大しても、コロナ禍の英国への影響は時間とともに解消すると仮定されている
    • 金利は市場の金利見通しを前提にしている
 
  • ワクチン接種の加速と行動制限の緩和により、世界のGDP成長率は21年4-6月期に急上昇したと見られる
    • 7-9月期の成長率は、デルタ株の拡大の影響を一部反映して、5月のMPRを下回るペースで拡大すると見られる
    • 物価上昇圧力は、経済回復のスピードやばらつき、サプライチェーンの混乱により、高まっている
 
  • 英国のGDPは4-6月期に5%上昇すると予想し、コロナ禍前の水準を4%程度下回る。これは5月MPRでの見通しをやや上回っている
    • 前回MPC以降、自己隔離者は急増したものの、感染者数は増加後に減少が見られる。
    • 現在、主要な国内のコロナ関連の制限は解除されている。
    • 家計支出を示す高頻度指標はコロナ禍前の水準で概ね横ばいとなる一方、住宅市場は強い
    • 7-9月期のGDPは、コロナ禍による足もとの影響を若干反映して、5月MPRよりもやや弱い3%程度の上昇を予想している
    • GDPは年末にかけて、コロナ禍の影響の解消による需要増によりさらに回復、10-12月期にはコロナ禍前の水準に達すると見られる
    • その後は、財政政策姿勢がやや引き締められることを反映して、平時の成長率に向けて減速すると見られる
 
  • 労働力調査基準の失業率は3-5月平均で4.8%と、2019年末より1%ポイント高い
    • 非労働力率も同様に2019年末より1%ポイント高い
    • (一部)休業者は需要の回復につれ減少しているものの、6月末で200万人程度残っている
    • 求人数はさらに増加し、採用の難しさを示している。求人と求職のマッチングが困難になっていると見られる
    • この摩擦によって、経済に関する有効な供給がしばらく減るとみられる
    • 総じて、MPCはここ数四半期で、需要が有効供給を上回ることで、生産力余剰(spare capacity)が減少したと判断している
    • 摩擦は予測期間中に解消し、有効供給の伸びは拡大すると見られる
    • これらの判断には不確実性があり、休業者への支援策終了に対して経済がどのように適応するかといったことも含む
 
  • 民間部門の3-5月の(ボーナスを除く)賃金上昇率は前年比7%以上となり、4-6月期には8.5%のピークに達すると見られる
    • 休業者への支援策、コロナ禍による雇用の構造変化、ベース効果を調整すると、賃金上昇率の基調はコロナ禍前の伸び率を維持しているように見られる
 
  • CPI前年比上昇率は6月に2.5%となり、2%目標を超え、5月MPRの見通しよりも0.8%ポイント高い
    • コアCPI上昇率も2.3%まで上昇しており、世界的な原材料価格の上昇が消費財に波及したことや、一部は経済活動再開による消費財・サービス価格の上昇が反映されている
    • CPIインフレ率はエネルギー価格やその他商品価格の上昇を受けて、短期的に上昇し、21年10-12月には4%まで上昇した後、目標の2%近くまで低下すると見られる
 
  • MPCの中央見通しは現在の世界・国内での物価情報圧力の高まりは一時的であるとしている
    • しかし、5月MPRで予測されていたよりも目標を上回る時期は長くなると見られる
    • また、一時的な供給制約と需要の急回復で、生産力余剰が減少したため、一定期間は需要超過になると見られる
    • 中期的には、市場の金利見通しのもとで、インフレ率は2%付近に戻り、需給も概ね均衡(balance)に向かうと見られる
 
  • MPCは生産力余剰の解消と、2%のインフレ目標の安定的達成への著しい進展についての明確な証拠が得られるまでは、金融政策を引き締めるつもりはない、とのガイダンスを実施している
    • 一部の(some)MPCメンバーは条件達成のための大きな進展があったが、完全に満たされたわけではないと判断した
    • 他の(other)メンバーは、条件が完全に満たされたと判断したが、このガイダンスが金融引き締めについての必要条件であり、十分条件ではない点を注意喚起した
 
  • 全てのメンバーは、適切な金融政策姿勢を判断するにあたっては、一時的な要因ではなく、中期のインフレ見通しや期待インフレ率を注視することを確認した
    • 特に、摩擦的・一時的な要因が供給力にもたらす圧力を重視しない
    • MPCは労働市場、特に失業者、弛み(slack)に関する広範な指標、賃金圧力の基調といった今後の状況を注視する
    • 加えて、中期的なインフレ中央見通しには上下双方向のリスクが残っている
    • リスク管理についても依然として考慮する必要がある
 
  • MPCは8月のMPRの中央見通しに沿って経済が進むのであれば、中期的なインフレ目標の維持には、見通し期間における若干の引き締めが必要であると判断する
 
  • 委員会は今回の会合で、現行の金融姿勢を維持することが適当だと判断した
 
 
1 反対票はソーンダース委員で、社債・国債の合計で8500億ポンド(450億ポンドの減額)を主張した。前回6月、前々回5月はハルデーン委員が社債・国債の合計で8450億ポンド(500億ポンドの減額)を主張していたが、すでに退任している。

4.議事要旨の概要

記者会見の冒頭説明原稿および議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り2
 
(経済見通し)
  • GDP成長率見通しは、2021年7.25%、22年6%、23年1.5%
    (2 月時点では21年7.25%、22年5.75%、23年1.25%)
    • 失業率見通しは21年4.75%、22年4.25%、23年4.25%(10-12月期)
    • CPIインフレ見通しは21年4%、22年2.5%、23年2%(10-12月期の前年比)
 
(国際経済)
  • MPCは英国より早くコロナ関連の規制を緩和している国、オーストラリア・ニュージーランド・イスラエルの経験から得られる知見について議論した
    • コロナと封じ込め政策について各国ごとに異なり、英国の状況と類似している訳ではない
    • しかしながら注目すべき特徴はある
    • 制限解除後は、貯蓄率が低下するものの、コロナ禍前の水準ほどには下がらず、積みあがった貯蓄の急速な取り崩しは見られなかった
    • 消費需要構成の正常化は緩やかであり、サービス需要が回復するなかでも耐久財需要が高止まりしていた
    • オーストラリアとニュージーランドの政府は失業率を急増させることなく、雇用支援策を縮小できたと見られる
 
(通貨・金融情勢)
  • 中小企業の信用状況は4-6月期に一部の貸出支援策が終了した3ことで厳格化したものの、企業部門全体ではほとんど変化せず、5月のMPRで想定されていたよりも緩やかであった
 
(需要、生産)
  • ONSの事業環境調査(Business Insights and Conditions Survey)では、営業している英国企業の割合は前回のMPCから上昇したものの、直近のデータでは90%前後で安定している
    • いくつかの地域で、感染者の増加や自国隔離者が職場に影響を与えている兆候が見られた
    • 製造業・サービス業のPMIは、在庫の積み上がりが大きいことを示唆している
    • 世界・国内供給網における摩擦、大型トラックのドライバー不足、労働力不足による供給制約ついても報告されている
    • 5月の貿易統計では引き続きEUからの輸入が非EUからの輸入より弱かった
 
(金融政策手段)
  • 2月のMPC議事要旨で、MPCは健全性規制機構(Prudential Regulatory Authority:PRA)に対して、PRAの対象企業と協力して6か月以降のどの時点でもマイナス金利を実施できるよう準備するように要請していた
    • MPCはまた、マイナス金利の際に、準備預金の付利への階層化という選択肢が適切と判断された場合に実施できるよう、内部での技術的な準備も要請していた
    • 2月にMPCが強調したように、これはマイナス金利をしようとしている、あるいは将来の特定時点で行おうとしているというシグナルとして解釈すべきではない
    • 8月MPCでは、内部の技術的準備とPRA対象企業の準備が十分に進展しており、マイナス金利が階層化付利か否かに関わらず、必要であればシステム全体で実施可能であるとの説明を受けた
 
(引き締め時の金融政策手段の見直し)
  • MPCは現在の経済環境を踏まえて、金融引き締め時の政策手段の見直しを実施した
 
  • MPCは多くの状況において、政策金利を金融政策の姿勢を調整する際の積極的な手段として優先的に用いる
    • PMCは政策金利が経済に与える影響について、他の政策手段よりも確信を持っている
 
  • 購入した資産の保有を減らし、準備預金が減少することの金融環境への影響には不確実性があるものの、段階的かつ予見可能性のある方法で行われ、市場機能が正常化している時であれば不確実性は資産購入時よりも小さくだろうとMPCは判断した
    • MPCは、いつ、どのように保有資産の減額を開始されるのが適切なのかということについて、それにより想定される影響によっても変わり得ると判断している
    • MPCは保有資産の減額の開始は、市場機能が正常化したタイミングで実施するのが適切であろうと考えている
 
  • MPCはまた保有資産の減額を、ますは購入策による償還分の再投資を停止することから行うことが良いと判断している
    • これは予見的で段階的な保有資産の減額でもある
 
  • これらの要素を総合すると、MPCは、政策金利が0.5%まで上昇しかつ経済環境が適切であれば、資産購入策の減額を英国債の償還再投資停止によって開始する
    • これはMPCが以前に1.5%と評価していた基準4から引き下げられている
    • これはMPCがマイナス金利という政策手段を得たことを一部反映しており、保有資産の削減による金融環境への影響が平均的にはこれまで資産購入時の影響よりも小さいと見ているためである
    • 社債については、別途、今後に決定する
 
  • MPCは資産の積極的な売却はそれ以降、少なくとも政策金利が1%まで上昇した後、経済環境を見ながら行うことを考えている
    • 資産売却は金融市場の機能を損なわないよう、予見可能性のある手段で、一定期間にわたって実施される予定である
 
  • 当然ながら、MPCは保有資産削減の影響を注視し、2%の目標達成に必要であれば、そのプロセスを修正や巻き戻しをするかもしれない
    • 政策金利の決定には、その時点での経済環境や保有資産の変更が金融環境に与える影響が考慮される
    • MPCは継続的に保有資産の削減状況を注視し、削減開始後2年以内に各種の操作変数を見直す予定である
    • その結果、イングランド銀行の準備預金は金融危機と資産購入策が開始される以前よりも大きい状況が将来も続くことを強調する
 
 
2 適宜、報告書の内容も記載。
3 4月に新政策(Recovery Loan Scheme)に変更され、最大1000万ポンドの貸出に対して80%の政府保証が付されるが、対象がコロナ禍の影響を受ける企業により限定された。
4 2018年6月時点の見解
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年08月06日「経済・金融フラッシュ」)

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