2021年07月29日

治験の概要-臨床試験の現状 (前編)

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

文字サイズ

6――国際共同治験

一般に、有効性や安全性が確認された医薬品は、日本のみならず、世界各国で承認申請される。つまり、医薬品開発はグローバルに進められる。その際に行われるのが、国際共同治験だ。本章では、国際共同治験について、簡単にみていこう。

1|第III相試験は、国際共同治験として行うことが一般的
通常、第III相試験は、数百人~数千人規模の患者を被験者として登録して行われる。もし承認を得ようとする国ごとに、これだけの数の被験者を確保して治験を進めようとすれば、多くの時間や費用がかかる。そこで、近年、第III相試験は、国際共同治験として行うことが一般的となっている。

この10年で、日本で届け出のあった国際共同治験の数は、大きく増加している。国際共同治験の2020年度の届出数は450件で、治験全体の57%を占めている。
図表20. 国際共同治験の届出数の推移
日本での承認申請で、国際共同治験で得られた結果を用いる場合は、国際共同治験で用いる用法・用量が日本人の被験者にとって安全性上の問題がないことを、第II相試験のなかで、ブリッジング試験を行うことで確認する必要がある。

2|国際共同治験には日本の治験では対象外の臨床試験も含まれる
国際共同治験を行う際のルールは、国際的に定められている必要がある。医薬品規制調和国際会議(ICH20)が国際的に共有化したGCP(Good Clinical Practice (臨床試験の実施基準))がそのベースとなる。日本から国際共同治験に参加して、日本の承認申請にそのデータを用いる場合、GCP省令(J-GCP)とともに、ICHが定めたGCP(ICH-GCP)も遵守することが必要となる。

J-GCPとICH-GCPでは、対象となる臨床試験の範囲が異なっている。J-GCPの対象は、治験と製造販売後臨床試験のみであるのに対して、ICH-GCPは、承認申請を目的としない臨床試験も対象としている。
図表21. J-GCP とICH-GCP の対象範囲の違い
 
20 ICHは、International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human use の略。
3|海外の臨床データを受け入れる際に、民族的要因の考慮が必要となる
国際共同治験に日本から参加する場合、J-GCPとICH-GCPの要件をともに満たす必要がある。このため、参加要件として、つぎの4点が求められることとなる。
図表22. 国際共同治験への参加要件
国際共同治験において、海外の臨床データを受け入れる際には、民族的要因を考慮することが必要とされる。

民族的要因は、大きく、内因性要因と、外因性要因(気候、環境など)に分けられる。さらに内因性要因は、遺伝的要因(性別、人種など)と、生理的・病理的要因(年齢、既往症など)に分けられる。

要因の中には、身長、体重、レセプターの感受性のように、遺伝的要因と生理的・病理的要因にまたがるものもある。また、喫煙、飲酒、食事習慣、ストレスのように、内因性要因と外因性要因にまたがるものもある。こうした民族的要因の有無や程度を考慮したうえで、海外の臨床データを用いることの妥当性を判断することが必要といえる。
図表23. 民族的要因の分類

7――おわりに

7――おわりに

本稿(前編)では、治験の概要をみていった。近年、治験の届出数が増加してきたこと。治験では、被験者の人権保護が重視されること。用量設定試験を通じて、有効性と安全性が両立する「有効量」を明らかにすることなどを、ご理解いただけたかと思う。

次稿(後編)では、治験の実務について概観していく。そして最後に、治験についてのまとめと私見を述べることとしたい。
 

【参考文献・資料】

【参考文献・資料】


(下記1~5の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「そうだったのか! 『臨床試験』のしくみと実務」高橋和久監修・安藤克利著(南山堂, 2020年)
  2. 「治験薬学(改訂第2版)-治験のプロセスとスタッフの役割と責任」亀井淳三・鈴木彰人編(南江堂, 2020年)
  3. 「医師主導治験START BOOK」内田英二編, 須崎友紀・川村芳江著(南山堂, 2016年)
  4. 「CRCのための治験業務マニュアル 第3版」亀山周二監修・CRCのための治験業務マニュアル作成委員会編(じほう, 2020年)
  5. 「徹底研究『治験』と『臨床』-運用の視点・患者の視点で読み解く」公益財団法人 医療科学研究所監修(法研, 2018年)
 
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. 「治験って何のこと?」(エン転職 「転職大辞典」)
    https://employment.en-japan.com/tenshoku-daijiten/15017/
  2. 「治験管理室だより」(東京慈恵会医科大学附属第三病院 治療管理室, 2005年夏号)
  3. 「広辞苑 第七版」(岩波書店)
  4. 「薬物の治験計画届出件数の推移」(独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA))
  5. 「厚生労働白書(平成24年版)」(厚生労働省)
  6. 「「「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令」のガイダンスについて」の改正について」(厚生労働省, 薬生薬審発0831第15号, 令和2年8月31日)
  7. “「ニュルンベルク綱領(翻訳)」(福岡臨床研究倫理審査委員会ネットワーク) https://www.med.kyushu-u.ac.jp/recnet_fukuoka/houki-rinri/nuremberg.html
  8. 「ヘルシンキ宣言-人間を対象とする医学研究の倫理的原則」(日本医師会訳)
    https://www.med.or.jp/dl-med/wma/helsinki2013j.pdf
  1. 「本当にわかる 精神科の薬はじめの一歩 改訂版」稲田健編(羊土社, 2018年)
  2. 「『感染症予防ワクチンの臨床試験ガイドライン』について」(厚生労働省, 薬食審査発0527 第5号, 平成22年5月27 日)
  3. 「麻疹の現状と今後の麻疹対策について」(国立感染症研究所 感染症情報センター, 平成14 年10 月)
  4. 「医療関係者のためのワクチンガイドライン第2版」(一般社団法人日本環境感染学会, 環境感染誌Vol. 29 suppl. III, 2014年)
  5. 「今後の新型コロナワクチンの接種について」(第19回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会, 資料1, 2021年2月15日)
  6. 「新型コロナワクチンの接種について」(第21回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会, 資料1, 2021年5月21日)
 
(なお、下記2編の拙稿については、本稿執筆の基礎とした)
  1. 「医薬品・医療機器の現状(前編)-後発薬 (ジェネリック医薬品) への切り替えは、医療費削減の切り札となるのか? 」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年7月28日)
    https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=42615?site=nli
  2. 「医薬品・医療機器の現状(後編)-患者の残薬問題解消のために、かかりつけ薬局は何をすべきか?」篠原拓也(ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート, 2015年8月3日)
    https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=42630?site=nli
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年07月29日「基礎研レポート」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【治験の概要-臨床試験の現状 (前編)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

治験の概要-臨床試験の現状 (前編)のレポート Topへ