2021年07月09日

中国におけるコロナ禍との闘いを振り返って-今後の政策運営にどう影響するのか?

三尾 幸吉郎

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1――世界でコロナ禍が猛威を振るう中いち早く立ち直った中国経済

中国経済の回復が鮮明になってきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が中国を襲った20年1-3月期、中国政府は経済よりも防疫を優先しコロナ禍の震源地となった武漢を都市封鎖(ロックダウン)するなど緊急措置を講じたため、経済成長率は実質で前年同期比6.8%減と、四半期毎の統計を遡れる92年以降で初めてのマイナス成長を記録した。

しかし、武漢の都市封鎖を4月8日に解除し、経済活動を恐る恐る再開した4-6月期には経済成長率が同3.2%増に回復し、7-9月期も同4.9%増と2四半期連続で前年水準を上回り、20年累計(1-9月期)では前年比0.7%増とプラス成長に転じた。新型コロナ前(19年10-12月期)の実質GDPを基準=100として指数化したのが図表-1である。これを見ると、20年1-3月期に89.4まで落ち込んだあと、4-6月期には100.6と若干ながら基準を上回り、7-9月期には103.6と明らかに基準を上回ってきた。そして、中国経済は新型コロナ前の成長トレンド(年率6%強)に戻るまであともう一歩というところまで回復してきた。

国内総生産(GDP)の内訳を見ると[図表-2]、今回の回復をけん引したのは、コロナ禍が追い風になった情報通信・ソフトウェア・IT、世界に先駆けて生産体制を整え輸出を伸ばした製造業、景気対策が急回復を促した建築業の3つだった。特に、今回のコロナ禍では非接触型への行動変容が起きて、テレワーク、電子商取引(EC)、オンライン教育・医療などに関するデジタル需要が盛り上がったため、情報通信・ソフトウェア・ITは1-3月期も前年比13.2%増とプラス成長を維持し、その後も4-6月期が同15.7%増、7-9月期が同18.8%増と高成長を続けている。他方、コロナ禍が人々に与えた恐怖やその対策として導入された厳しい外出規制で打撃を受けた宿泊飲食業や卸小売業は回復が遅れている。特に、宿泊飲食業は1-3月期に前年比35.3%減に落ち込んだあとも、4-6月期は同18.0%減、7-9月期も同5.1%減とマイナス成長が続いている。但し、コロナ禍が収束に向かうにつれてマイナス幅を減らしており、コロナ禍の打撃はゆっくりとだが着実に癒えてきている。
[図表-1]中国の国内総生産(GDP)/[図表-2]産業別の実質成長率
一方、世界のCOVID-19感染確認症例の推移を見ると[図表-3]、20年3月1日まではコロナ禍の震源地となった中国の比率が世界の9割を超えていたが、その後は世界に拡散することとなったため同年3月16日には中国以外の比率が5割を超え、直近(同年10月27日時点)では中国の比率はほんの僅かという状況になっている1。そして、前述のように中国経済は世界に先駆けて回復に転じ、国際通貨基金(IMF)が20年10月に公表した予測では20年通期でも前年比1.9%増と、プラス成長を維持する見込みとなっている。一方、コロナ禍が世界に与えた傷は深く、米国の成長率は前年比4.3%減、ドイツは同6.0%減、フランスは同9.8%減、イタリアは同10.6%減、英国は同9.8%減、カナダは同7.1%減、日本も同5.3%減と主要先進国(G7)はいずれもマイナス成長となり、ブラジルが同5.8%減、インドが同10.3%減、ロシアが同4.1%減と中国以外の主要新興国も軒並みマイナス成長に陥る見込みである。さらに米国経済の回復の遅れとそれに伴う低金利の長期化を背景に、人民元の対ドル為替レートがじりじりと上昇し始めており、コロナ禍を経た中国経済は世界でますます存在感を高めることになりそうである。

そこで本稿では、中国におけるこれまでのコロナ禍との闘いを振り返った上で、コロナ禍が中国の政治・社会・経済に与えた影響を考察することとしたい。
[図表-3]世界のCOVID-19感染確認症例(2020年3月1日)/世界のCOVID-19感染確認症例(2020年3月16日)/世界のCOVID-19感染確認症例(2020年10月27日)
 
1 中国ではCOVID-19感染確認症例に無症状感染者を含めていない。但し、中国国家衛生健康委員会は毎日無症状感染者数を公表しており20年10月27日時点では570名だったとしている。
 

2――コロナ禍との闘いの経緯

2――コロナ禍との闘いの経緯

中国におけるこれまでのコロナ禍との闘いを整理すると大きく4つの期間に分けることができる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が初めて確認された19年12月頃から20年1月19日までの「新型コロナ混迷期」、習近平国家主席がコロナ禍に対する重要指示を出した20年1月20日から2月20日までの「防疫強化期」、“復工復産”を旗印に経済活動再開へ舵を切った20年2月21日から5月21日までの「経済活動再開期」、そして20年5月22日以降の「全人代から現在まで」の4つの期間である[図表-4]。
[図表-4]COVID-19の新規確認症例
1|新型コロナ混迷期 (19年12月頃~20年1月19日)
新型コロナウイルス感染症が初めて確認されたのは、中国国務院新聞弁公室が20年6月7日に発表した白書「新型コロナウイルス肺炎に立ち向かう中国の行動」によれば、19年12月27日に湖北省中国・西洋医学併用病院が武漢市江漢区疾病対策センターに原因不明の肺炎症例を報告した時とされる。その後、12月30日には武漢市衛生健康委員会が管轄区域の医療機関に「原因不明肺炎救護への取り組みに関する緊急通知」を発出し、1月3日には世界保健機関(WHO)や関係国などへ疾病発生状況を通報、1月4日には中国疾病対策センター(CCDC)が米国疾病対策センター(CDC)との電話会談を行ない、1月10日には検査試薬キットを初歩的に開発、1月12日にはWHOにゲノム配列情報を提出するとともに全世界インフルエンザ共有データベース(GISAID)に配布して情報共有を図り、1月18日には国家衛生健康委員会が専門家グループを組織して武漢に赴き実地調査し、1月19日にはヒトからヒトへの感染が明らかとなった。以上が中国政府による公式な振り返りのポイントである。

一方、国家衛生健康委員会が専門家グループを武漢に派遣した1月18日、武漢では春節(旧正月)の到来を祝う伝統行事である「万家宴(百家宴とも言われる)」を開催し約4万世帯が参加していた。そこでCOVID-19のクラスター(感染者集団)が発生し、爆発的感染拡大(オーバーシュート)を引き起こすこととなった。当時は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の正体がほとんど把握されていなかったため、“ただの風邪だ”と判断した可能性も排除できない。当時武漢市トップ(党委員会書記)だった馬国強氏は1月31日に「責任を感じる。少しでも早く厳格な措置を取っていれば、結果は今より良かった」と振り返った上で釈明している。また、中国国家監察委員会の調査報告によれば、武漢市中心病院の眼科医師で中国共産党員でもある李文亮氏が19年12月30日に、微信(ウィーチャット)のグループチャット上に「華南果物海鮮市場で重症急性呼吸器症候群(SARS)の症例7例を確認」と写真や動画を含めた形で配信した2。この情報が社会の注目を集めたため、武漢市公安局中南路派出所が1月3日に李文亮氏を呼び事情聴取をした上で、「微信でSARSに関する情報を配信した行為は間違っている」として訓戒処分を受けることとなった。確かにSARSではなくSARS-CoV-2だったとはいえ、李文亮氏が鳴らした警鐘は封殺されることとなった。そして、この警鐘が武漢市民に十分届かなかったことが、爆発的感染拡大(オーバーシュート)を許した面があると言わざるを得ないだろう。その後20年1月27日に、武漢市の周先旺市長は「情報公開が遅れていた面があった」と認めており、情報統制の在り方に問題を提起することとなった。なお、李文亮氏はCOVID-19に罹患し2月7日に亡くなったあと、中国政府は3月5日にCOVID-19の抑制に模範的な役割を果たしたとして表彰、公民として最高の栄誉とされる「烈士」の称号も与えられた。また、中国で初めてCOVID-19の感染者が確認されたのは19年12月27日よりもおよそ1ヵ月前だったとする説もある3。真相は定かでないが、仮に19年11月~12月初旬に感染者を確認していたのだとすれば、中国政府の対応が遅すぎたのを認めることになるため、真相が明らかになる可能性は極めて低いだろう。

以上のように、前述の白書を見る限り、新型コロナ混迷期に中国政府が取った対応は極めて迅速だったが、真相に不審な点がある上、中国政府が抱えるさまざま問題も明らかになったと言える。
 
2 新華社が20年3月20日付けで配信した報道を元に記載。
3 South China Morning Postが19年11月17日とする記事を掲載し、澎湃新聞が同年12月11日とする記事を掲載するなど諸説紛々としている。筆者は武漢市の健康保健当局が原因不明の肺炎患者を始めて報告したとされる同年12月8日が有力と見立てている。
2|防疫強化期 (20年1月20日~2月20日)
こうした混迷期を経て、新型コロナウイルスの正体がおぼろげながら判明してくるなかで、習近平国家主席は1月20日、新型コロナ対策に全力を挙げるよう指示し、1月23日には武漢を出発する旅客機や旅客鉄道の営業を停止、地下鉄やバスなどの公共交通機関も停止し、武漢を封鎖した。そして、経済活動は第一章で述べたように大打撃を受けることとなった。

なお、当時の感染状況を振り返ると、中国におけるCOVID-19感染は武漢を省都とする湖北省に集中していたが、1月19日には北京市4、上海市、広東省でも初の感染者が確認され、1月29日までに31省級行政区全てに感染が広がった[図表-5]。国外でも1月13日にはタイで、1月16日には日本で、1月20日には韓国で、1月21日には台湾と米国で、1月30日にはイタリアでも最初の感染者が確認されるという状況にあった。
[図表-5]新規感染者数(百万人当たり、当月末感染確認症例-前月末感染確認症例で計算)
その後、国家衛生健康委員会が新型コロナウイルス感染症の予防や治療方法に関する指導文書を相次いで作成し発表するとともに、1月26日には学校の春節休暇期間の延長を決め、2月3日には習近平国家主席が早期発見、早期報告、早期隔離、早期治療の「四早」の重要性を指摘、コロナ禍の克服に全力を尽くす方針を確認した。また、医療崩壊に陥った湖北省(省都:武漢)の救済に当たっては、1月24日に軍隊および各地から医療スタッフを派遣するとともに、2月3日には突貫工事で臨時医療施設(方艙医院)を建設して医療体制を立て直した。

経済政策面では、まずは1月25日に「新型肺炎対策領導小組」の設置を決定した上で、1月29日には医療・防御物資(防護服、マスク、ゴーグル、負圧救護車、関連薬品など)、生活必需品、エネルギーの生産・供給体制の再開に全力を挙げるとともに、買いだめ・売り惜しみを厳格に取り締まることを決定した。また、春節で帰郷していた農民工(出稼ぎ労働者)の職場復帰にあたっては、2月2日にピークをずらし秩序立てて職場に復帰させる方針を決定した。金融面では[図表-6]、2月1日に中国人民銀行などが金融支援の一層の強化を打ち出した上で、2月3日~4日に1.7兆元の流動性供給を実施するとともに、2月7日には重点企業に対する銀行貸出の円滑化を図るべく中国人民銀行が「特別再貸出」を実施した。また、財政面では、雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想の安定が重要だとして「六つの安定」を打ち出した上で、雇用の主体である中小零細企業の負担を軽減すべく年金・失業・労災保険の保険料徴収を減免するとともに、重点支援対象者である農民工や大学卒業生に対する就業・起業・職業訓練を強化し、それでも就業が困難な失業者に対しては基本生活を保障することとした。
[図表-6]コロナ禍と金融政策
他方、社会生活に目を向けると、COVID-19を予防すべく、エレベーターでは昇降階を指示するボタンを押すのに爪楊枝を使ったり、販売店では顧客と販売員の会話に糸電話を使ったり、宅配便での商品受け渡しでも非接触型を試みたりと、市民レベルの涙ぐましい取り組みが観察された。さらに、医療や教育の現場ではオンライン化が加速し、ホテルや病院ではロボットの活用が広がり、ネット生中継のライブ配信(直播)による商品販売が増えるとともに、それがエンターテインメントにも波及してファンが「投げ銭(おひねり)」で配信者を応援して盛り上がりを見せたり、コロナ禍で必要になった「健康コード」が登場したりと、ハイテク技術を駆使した最先端の取り組みも観察された。特に、アリペイなど民間企業が提供し始めた「健康コード」はその後、湖北省など全国各地の公的機関などにも広がり、自己申告した健康情報や行動履歴などからユーザーの健康状態を「緑」「黄」「赤」で判定し、地下鉄を利用する時やビル入館時などに提示することで健康証明書の機能を果たしており、Withコロナ時代に防疫管理と経済活動の両立を図る上で必要不可欠なアイテムとなり、一気に6億人に提供されることとなった5。なお、中国における最近のネットサービス利用状況は図表-7に示した通りである。

そして、中国全国では2月18日に新規確認症例が新規治癒退院症例を下回り、現存感染者数が減り始め、2月19日には武漢でも現存感染者数がピークアウトした。
[図表-7]中国におけるネットサービス利用状況
 
4 北京では1月12日には既に新型コロナウイルス感染症の治療が始まっていたとする報道もある。
5 中国インターネット情報センター(CNNIC)が20年9月に発表した「第46回中国インターネット発展状況統計報告」によれば、「健康コード」のユーザー数は累計で6億人余りとされている。
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