2021年07月02日

新型コロナについての法的対策の変遷-感染症法・特措法の改正と運営

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

新型コロナ感染症が国内で発生し、社会が新型コロナ一色となってから、もうずいぶん時間が経過しているように思われる。実際にはいつから発生・感染拡大したのであろうか。最初に厚生労働省のHPに掲出されたのは、2020年1月6日付けの発表である。これによると、2019年12月12日-29日の間に中国湖北省武漢市において59件の原因不明肺炎が報告されたとする1。この時点ではいまだヒト―ヒト間の感染の証拠はないとしている。国内感染例について見ると1月14日に武漢市滞在歴のある国内感染者1名が確認されている(1月16日報)2

また、連日大きく報道されたダイヤモンドプリンセス号(DP号)の感染事例では、1月25日に香港で下船した80代の旅客の感染が、2月1日に最初に確認された。DP号が那覇に寄港した後、横浜港で検疫を実施し、検査の結果、感染者が確認されたのが2月4日であった(2月5日報)3

つまり、新型コロナ感染が人々の意識に上ってから1年半ほど経過している。長いと感じるかあっという間と感じるかは人それぞれであろう。

本稿は新型コロナの感染拡大以降、現在に至るまでの対応とそのもととなった法律的な変遷を振り返るものである。いくつかの法律がかかわってくるが、問題を拡散させないため、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法)と新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)を中心に述べていき、その他の法令はトピック的に触れるにとどめたい。

以下、時期ごとに、法令整備初期(第一期)、法令適用期(第二期)、法令改正期(第三期)、改正法適用期(第四期)の順で述べることとする。第一期は2020年1月から3月、第二期は2020年4月から2021年1月、第三期は2021年2月から3月、第四期は2021年4月以降とする。  

2――法令整備初期(第一期)

2――法令整備初期(第一期)

1感染症法の適用
新型コロナへの感染症法の適用は2020年1月28日の政令改正によってである(以下、新型コロナ政令4という)。最初の国内感染が報告された1月16日からさほど日にちはたっておらず、DP号の問題が顕在化する前であることから、政府の出足が遅れたということにはならないであろう。

ただ、新型コロナに感染症法を適用するにあたって、新型コロナ政令で感染症法第6条第8項の「指定感染症」として指定したことが、次に述べる特措法との関係でややこしくなる面があった。すなわち、「指定感染症」とは、「既に知られている感染症の疾病」であって「規定の全部または一部を準用しなければ当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるものとして政令で定めるもの」とされている。

他方、感染症法には「指定感染症」とは別の「新感染症」というくくり(感染症法第6条第9項)があって、「既に知られている感染症の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なる」ものとして整理することも可能であるとの見解があった(これは政令指定ではなく、解釈によって適用可能)。その見解に基づいて、未知の感染症である「新感染症法」とされれば、特措法の規定が当然に適用される(特措法第2条第1号)はずであった。しかし、上述の通り、当時の政府は「既に知られている疾病」として「指定感染症」とした(図表1)。
【図表1】感染症法の適用
この背景には、「指定感染症」であれば、適用される条文も政令指定できることとなっており、必要と考えられる条文を過不足なく適用できるという判断があったと推察される。
 
4 新型コロナ政令は制定後3度改正され最終改正は2020年3月26日である。
2|感染症法で適用される規定
新型コロナ政令指定により、新型コロナについて対策基本方針の策定(感染症法第9条)が行われるものとされた。対策基本方針は2020年2月25日に新型コロナウイルス感染症対策本部の決定として公表された5

また、感染症法では、都道府県知事による情報収集・公表(感染症法第12条、第15条、第16条)を行うこととされている。情報収集には、積極的疫学調査が含まれる。積極的疫学調査は患者の感染源を調査し、クラスターの発見や今後の感染対策のために行われる調査である。患者、疑似症患者(陽性判定は受けていないが、感染が疑われる症状を示す者)、無症状感染者(症状はないが感染が確認されている者)は積極的疫学調査へ協力することが求められる(感染症法第8条、第15条)6

また、新型コロナウイルスにかかっているとの疑いのある者に健康診断を受けさせ(感染症法第17条)、患者に対して就業制限を行うことができる(感染症法第18条)。さらに、感染者のいた場所や所持物を消毒することなどができる(感染症法第26条の3~第30条)。これらは都道府県知事の権限とされている。

新型コロナ患者に対しては、感染症指定医療機関(特定感染症指定医療機関、第一種感染症指定医療機関、第二種感染症指定医療機関の三種)への入院を勧告または入院措置をすることができるとされていた(新型コロナ政令第3条、感染症法第19条)。ただし、入院措置違反にはこの時点ではペナルティはなかった。

以上のような感染症法における各種の権限は、都道府県知事に認められている。他方で、国における統一的な対応を行う必要もあり、厚生労働大臣は緊急の必要があると認めるときは都道府県知事に対して指示ができる(感染症法第63条の2)とされる。

なお、感染症まん延防止の観点から厚生労働大臣および都道府県知事は医療機関に対して協力要請ができる(感染症法第16条の2)(図表2)。
【図表2】感染症法(改正前)における主な規定
 
5 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/th_siryou/kihonhousin.pdf 参照
6 後述の通り、2021年改正前の感染症法の積極的疫学調査には従わない場合のペナルティがなかった。
3特措法の適用
上述の通り、指定感染症には当然に特措法を適用するという建付けにはなっていなかった。そのため、政府は新型コロナへの特措法を適用するための立法を目指し、改正法が2020年3月13日に成立した(翌14日施行)。改正法は特措法の附則という形式で新型コロナを特措法の対象とするもので、施行より2年の時限措置とされていた。

特措法により政府は対策本部を設置し、都道府県も対策本部を設置することとされた(特措法第15条、第22条)。対策本部が設置された場合に、都道府県知事(対策本部長)は公私の団体又は個人に対して必要な協力を求めることができる(特措法第24条第9項)。協力要請先に法令上の限定がないことから、緊急事態宣言の発出の有無にかかわらず、この条文が活用されることになる。ちなみに、政府の対策本部はすでに2020年1月30日の閣議決定により設置されていたが、特措法改正により、2020年3月26日からは法律に基づいた組織として位置づけられることとなった。

また、特措法の肝は緊急事態宣言とその措置である。緊急事態宣言は、「新型コロナウイルス感染症が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼしているとき、または、そのおそれがあるものとして感染経路が特定できない、あるいは感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由があるとき」(特措法第32条、施行令第6条)に、期間、区域、概要を定めて発出7される。緊急事態宣言が出されたときに、各種措置の要請・指示を行うのは、当該地域が属する都道府県の知事である。

法が定めていたのは、以下の二つである。一つは、「生活の維持に必要な場合を除きみだりに居宅等から外出しないこと」の要請である(第45条第1項)。もう一つは、「学校、福祉施設(通所または短期間の入所により利用されるものに限る)、興行場、政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者、または当該施設を使用して催し物を開催する者(施設管理者等)」に対して、利用停止要請を行うこと、および要請に従わない場合の停止指示である(法第45条第2項、3項、図表3)。
【図表3】特措法(改正前)の措置等の概要
 
7 緊急事態宣言やまん延防止等重点措置については、発出あるいは発令という言い方がされる。改正後の緊急事態宣言等には命令や罰則があるため「発令」の語がなじみやすいが、当初、緊急事態宣言には命令がなく、「発出」の言葉が使われていたケースが多いように思う。本稿では統一して「発出」という用語を使用する。
 

3――法令適用期(第二期)

3――法令適用期(第二期)

1第一次緊急事態宣言の発出
2020年1月14日の国内初の感染例確認から一月半後の2020年2月末には全国で239例の感染が報告されている8。2月28日には北海道で独自の緊急事態宣言が発出される9など、感染が地域ごとに偏在しつつも拡大を続けていた。岩手県のように感染者ゼロのところもあったが、北海道や東京を中心に感染が広がり、都道府県からの外出自粛要請やイベントの延期などが要請された。これらの要請は法的根拠を必ずしも明確にされていないものが多いが、3月14日以降は特措法第24条第9項によるものと解することが可能である。

政府は2020年2月27日に3月2日からの小中高の一斉閉校を要請することとした。拙速という声もあったが、初期段階で感染拡大の仕組みや治療法が不明な中で感染拡大ペースの抑制効果は一定あったのではないだろうか。また、この時点では、マスクの品不足が深刻になっていた。実店舗でマスクを買い占め、フリマアプリで高額で転売する「転売ヤー」が問題となった。これに対して政府は昭和48年の物価以降当時に定められた国民生活安定緊急措置法の政令を改正し(公布は3月11日)、小売店からマスクを購入し、購入価格を超える価格で転売することを罰則により禁止した(特措法第59条参考)。マスク問題は、布マスクを政府が主導で配布し、また不織布マスクの供給量が高まるとともに収束した。

3月下旬には東京や大阪を中心とした都市部で感染者が増大し、3月25日には小池東京都知事が重大局面だとして週末の不要不急の外出自粛を要請した10

そして、4月7日に、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県を対象として特措法に基づき緊急事態宣言が発出された。当初この期間は5月6日までであった。この時期はGWを控えており、感染拡大地域からの旅行、帰省による感染拡大が懸念された。この点を踏まえて、4月16日に全国に緊急事態宣言を拡大するとともに、当初発令された7都府県に北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都の6道府県を加えた13の都道府県を、特に重点的に感染拡大防止の取り組みを進めていく必要があるとして、「特定警戒都道府県」と位置づけた。

5月14日には、39県で緊急事態宣言が解除され、5月21日に大阪府等の3府県で解除、最後に5月25日に東京周辺一都三県・北海道で解除されて第一回目の緊急事態宣言は全面的に解除された。
 
8 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09859.html 参照。
9 http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/kaiken/r1/020228haifu-01.pdf 参照。この緊急事態宣言は特措法改正の前のもので、法律に基づいたものでは当然ない。
10 https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2020/03/25.html 参照。
2緊急事態措置の内容
ここでは、東京都の緊急事態宣言に基づく措置について記載する。緊急事態宣言が発出された日に、東京都の新規感染者は87名だった。今(2021年6月1日現在)からは想像できないほど少ないが、当時はワクチンどころか何が治療薬として有効なのかもわかっていなかったということがある。

2020年4月7日に緊急事態宣言が発出されたが、具体的な措置が東京都から公表されたのは4月10日であった11。それによると、休業を要請する対象として、キャバレー等(いわゆる接待を伴う夜の店)、大学等、体育館、劇場・映画館、博物館、1000㎡を超える商業施設(生活必需品を販売する部分を除く)が挙げられている。飲食店については、夜8時までの営業と、酒類の提供は7時までの要請がなされている。この点、7時までの酒類提供であれば、営業する意味がないとして閉店する飲食店も多かったように記憶している。

他方、社会生活を維持するための施設として営業の継続を求める対象として、病院や食料品店、ホテル(宿泊部分)や銀行などが挙げられている。
3|入院先の確保
上述の通り、感染症法によると、新型コロナ患者は指定医療機関に入院をすることになっているが、指定医療機関は全国で1862床しかない12。東京都に限ってみると、特定感染症指定医療機関が4床、第一種感染症指定医療機関が8床、第二種感染症指定医療機関が106床だけである。このため、2020年3月1日付、厚労省対策推進本部から都道府県宛ての通知で、医療機関において、一般病床も含め、一定の感染予防策を講じたうえで必要な病床を確保することとされた。このタイミングでは、重症化の懸念が低い軽症者には自宅待機を求めることを前提としていた。

医療提供体制整備については2020年6月19日事務連絡(2020年7月21日一部改正)によって、その方向性が定められた13。それによると、その時点までの日本における流行状況を勘案して厚労省の専門家会議で作成した「流行シナリオ」に基づき、都道府県は患者推計を作成し、必要病床を確保することとされた。新型コロナ患者を受け入れる病院として、都道府県が「新型コロナウイルス感染症重点医療機関(以下、重点医療機関)」を指定する。重点医療機関は病院ごとあるいは病院の一棟ごとに指定を受けることとなる。

簡単に解説すると、流行が沈静化しているフェーズと感染が最大化するフェーズ、その間のフェーズなど都道府県により、2ないし6つのフェーズに分けて病床を確保している。病床は感染が沈静化しているときにあけておくのは非効率かつ一般医療に支障を生じさせてしまうため、平常時は一般の医療対応を行いながら一週間程度で新型コロナ患者を入院させることのできる準備病床と、そのフェーズにおいて即座に患者を入院させることのできる即応病床とを重点医療機関が用意することとされている。フェーズが深刻化するごとに準備病床を即応病床に転換させていく。これらの合計が推計最大患者数をカバーできるように計画を立てる。

加えて、重症者への対応のために、人工心肺機などの設備の増強、また、軽症者等を収容するホテルなどの宿泊施設の確保も求められた。

民間病院の多い日本においては強制的に重点医療機関にするわけにいかない。そこで、少なくとも民間病院にとって過剰な金銭的負担が生じないよう、新型コロナのために確保した病床(即応病床)と、新型コロナ対応のために休止した病床に対して、病床確保料が支払われることとされている。
 
12 https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02.html 参照。
13 ただし、本事務連絡は指示ではなく、技術的助言と位置付けられている。
4第二次緊急事態宣言の発出
2020年5月末に緊急事態宣言が解除14された後、感染拡大は比較的落ち着いていた。しかし、2020年の年末にかけて感染が再拡大した。政府は2021年1月7日に、翌8日からの緊急事態宣言を東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県に発出した。また、同14日から岐阜県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県及び福岡県について同じく発出した。期間は当初は2月7日まで、その後、3月7日までとされていた。大阪、兵庫、京都、愛知県、岐阜県、福岡県の6つの府県では、前倒しで2月28日をもって解除された。他方、首都圏エリアの一都三県は再々延長され、結局3月21日に解除された。

この第二次緊急事態宣言の際は、営業停止を求めることは行われず、飲食店に対する営業時間短縮や観客数を制限したイベントの開催が要請された。第二次では感染拡大を抑えつつ、経済を回すことが重視された。他方、営業時短要請に従わない飲食店などの存在が問題視された。

この時の経験が2021年通常国会での特措法改正につながっていく。
 
14 東京都は緊急事態措置を公表した2020年4月10日に新規感染者数199名だったのが、解除時の5月31日は5名まで減少した。
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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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