2021年06月11日

ECB政策理事会-見通しは上方修正だが緩和姿勢は変わらず

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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(検討結果)
  • 経済分析・金融分析の結果、経済活動を支援し中期的に2%に十分近いがやや下回る水準へと確実に収束させるためには、十分な金融緩和策が必要であると確認された
     
(財政政策・構造政策)
  • 財政政策に関しては、野心的かつ協調した財政政策が重要であり、拙速な財政支援の縮小は回復の遅延と長期にわたる傷痕効果(scarring effects)を助長するリスクがある
    • 各国政府の財政政策は、引き続き、コロナ禍や関連する封じ込め政策による影響を最も受けている企業や家計に、重点的かつ迅速に実施すべきである
    • 同時に、コロナ禍対応としての財政政策は、脆弱性に効果的に対応し、ユーロ圏経済の迅速な回復を支援する観点から、引き続き一時的かつ景気の落ち込みを支える(countercyclical)必要がある
    • 欧州理事会の労働者・企業・国家のための3つの安全網は重要な資金調達支援となる
       
  • 理事会は、「次世代EU」基金の主要な役割を再確認する
    • 加盟国には、生産性向上の構造政策とともに基金を生産的に使用することを要求する
    • これにより「次世代EU」は、より迅速な、より強く、より均一な回復に貢献し、加盟国経済の強靭さと潜在成長率を高めるだろう
    • そうであれば、このプログラムはユーロ圏の金融政策の実効性を支えるだろう
    • こうした構造政策は特に、経済構造・組織の改善や、グリーンやデジタルへの移行を加速させるために重要である
 
(質疑応答(趣旨))
  • 不確実性が残っており、緩和的な金融政策姿勢が決定されるにあたって理事会でどのような議論があったのか
    • 経済見通しは3か月前を比較してやや楽観的だったと言える
    • 資金調達環境は家計・企業を合わせて見れば広く安定していることが確認された
    • インフレ率では、ここ数か月コアインフレ部分でやや上昇する動きがあった。ヘッドラインインフレ率の一時的・特殊な要因は、中期的な上昇要因としては含まれない
       
  • PEPPの購入ペースと柔軟性について、夏の流動性低下などを踏まえると、今後数か月の購入について、週間の購入量はどの程度変動すると見積もるべきか
    • 市場の状況に応じつつ、「引き続き21年初と比べて大幅に加速したペース」での購入を実施する
    • PEPPには資産クラス・実施期間・地域に関する柔軟性という中核的特性がある
       
  • 見通しによれば、来年PEPPが終了した後、インフレ率は再び減速する。APPの増額や他の手段も含めた中期的なインフレ率の引き上げ策を必要としているか
    • それらの長期的な課題についての議論は時期尚早であり不要といえる。理事会では議論されていない
       
  • 持続的な市場金利の上昇が引き締めにつながる可能性について。持続的とは何であり、どの水準のことを平均して指しているのか
    • 企業・家計・国家の資金調達環境は幅広い市場金利からなり、分離することはできない
       
  • 戦略見直し(strategic review)について。戦略見直しを行ってから、PEPPの出口を作成するという理解で良いのか。
    • PEPPの出口については、いかなる議論も時期尚早である
    • 戦略見直しについては、21年下半期に結果を提示できるよう見込んでいる
       
  • 理事会で「大幅に加速(significantly higher)」以外の言葉を誰か提案したか。他の選択肢の提案はあったか。決定は全会一致だったか。
    • 理事会に提案された表現は、「大幅に加速したペース(significantly higher pace)」で代替表現はなく、冒頭説明の文書には全会一致の支持があった
    • 提案内容は広く賛成(broad agreement)された
       
  • 見通しの前提について質問したい。インド・デルタ株の要素はどうなっているか。ベースラインの経済への制限はどうなるか、下半期は制限強化となるのか段階的な緩和なのか。
    • ベースラインや変異株などのシナリオは、これから報告書を公表する。ベースラインおよび楽観シナリオと悲観シナリオがあり、それらの仮定も見つかるだろう
       
  • 23年の中期的なインフレ率見通しが変化せず、目標を大きく下回っているのに、購入ペースを加速させないのはなぜか。これ以上の加速はインフレ率や需給ギャップに影響を与えないと考えているのか
    • コアインフレ率はゆっくりと改善しており、見通しは12月以来0.1%ずつ修正されている。これは、我々が正しい反応をしており、引き続き状況を注視するひとつの理由となる。
    • また、リスクバランスも下方に傾いていたものが、中立になったと考えており、これも状況の改善を示している。
       
  • 供給制約について。来年のインフレ見通しが低下していることから考えると、供給制約は今年中に解消される見込みであると思われるが、正しいか。
    • 供給制約については、生産者側の対応によって次第に解消すると見ている
       
  • 大幅に加速したペースについて。他メンバーから違うペースの提案はなかったのか。
    • 購入ペースや緩和手段の使用に関する議論はあった。これが「広く賛成(broadly agreed)」という言葉を使った理由である。
    • 様々な意見や意見の不一致があったが、とても透明であり、冒頭説明文書は全会一致で支持され、特定の面ではいくらかの相違があったということである。
       
  • コロナ後の経済への傷跡(scarring)について。経済の反発が見え、数か月前よりも楽観的になっているか
    • コロナ禍により残される経済の傷跡については依然として懸念しており、特に労働市場に関連するかを見ている
    • 消費パターンや供給網の変化の結果、労働需要も異なってくるといった履歴(hysteresis)効果がある
    • 追加の訓練や新しい道具への適応、新技術の獲得といったことが期待されるようになるだろう
    • これらは、次世代EUがコロナ後の移行における金融的に重要な要素であり、傷跡の影響を多く受ける人の助けになると信じる理由である
       
  • 著名エコノミストの中にはコロナ禍が世界経済に、構造的・抜本的な変化をもたらし、インフレ率がより恒久的な問題となり、ECBや他の中央銀行が想定するよりも高止まりすることを指摘するが、この考えについてどう思うか
    • 言及しているエコノミストとはサマーズやブランシャールたちのことを指していると思われるが、彼らの主張はバイデン氏の1.8兆ドルの計画を含む、巨額の刺激策とその結果としての景気過熱により、今の想定よりもインフレ率が上昇する点に重点が置かれていると思われる
    • 米国の経済状況はユーロ圏の経済状況とは大きく異なると考えている
    • 当然波及効果はあるだろうが、ユーロ圏の状況が大きく変わる影響はないと思う
    • コロナ禍は域内経済に影響及ぼすし、世界経済の波及効果も域内経済に影響を及ぼす、これらの影響や為替レートもまた注視している
       
  • ビットコインについて。エルサルバドルがビットコインを公的な通貨とすることを公表したが、こうした動きを懸念しているか。
    • エルサルバドルについてはもはや詳しくないが、IMFのプログラム下にあることは承知している
    • 特定の経済で、二重法定通貨(dual tender/並行通貨)を採用することは難しいと見られ、またこの動きは我々の暗号資産への取り組みや規制、監督、適切な分類について変更させるものではない
       
  • リスクバランスについて。リスクが下方や上方に傾いているとして中立ではないとするメンバーはいたか。
    • 冒頭説明文書についてはすべてのメンバーから賛成を得られ、受け入れられている
    • 3月の下方に傾いているリスクからより中立的なリスクへの移行については議論があり、一般的合意(general consensus)がなされている
       
  • デジタルユーロについて。理事会の会見や他の会見において、市場が期待するように7月に何らか発表があるのか知りたい。
    • 理事会によるデジタルユーロに関する決定について聞くことになるだろうが、それが最終目標ではないという点を事前に警告しておきたい
    • 7月中旬に技術からプライバシー、包摂に関する調査に進むことを承認する見通しであるが、それが最終的な決定という訳ではない
    • 今回の決定は、さらに調査を行うか、プロジェクトにこれ以上資源を費やさないようにするか、というものである
       
  • 購入ペースは広く賛成されたと言ったが、多数派ではない見解について議論した内容を教えて欲しい
    • すでに述べたように資金調達環境とインフレ見通しの分析結果から政策決定に至るまでには議論があった
    • 決定内容については、明確・直接的で、冒頭説明の文書にすべて含まれている
       
  • 米インフレ率が5%となり、予想より高かった。米インフレ率がユーロ圏に波及するリスク・可能性はあるか
    • (言及なし)
       
  • 大西洋の両岸で非常に緩和的な金融刺激策を行うリスクを心配している。住宅価格が上昇しているが、長期的なリスクとならないか。
    • 現在、20年3月から現在までの金融政策による恩恵は、言及されているような間接的な影響を大きく上回っていると考えている
    • それらのリスクについては、マクロ・ミクロのプルーデンス的な視点、あるいは財政的な視点からの代替手段を取り得る
       
  • 米国との比較について。米国の状況を注視すると言ったが、長期的にECBとFRBの政策は乖離していくと考えているか
    • 米経済とユーロ圏経済の立ち位置を比較することは、あり得ないだろう。
    • 異なるインフレ率の地点から始まって、財政政策や歴史(story)が異なっており、景気回復サイクルの同じ場所にいるわけではない
    • インフレ率の観点からは、国内要因だけでなく世界の経済状況に注意を払う必要があるが、それは波及効果といった影響があるからで、景気サイクルが同じだからではない
(参考)ECBの金融政策ツール
 
 

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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年06月11日「経済・金融フラッシュ」)

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