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欧州2021年保険ストレステスト(1)-EIOPAが第5回目の EU全体の保険のストレステストの実施内容を公表-
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3―ストレスシナリオ(2021年)のナラティブ
不利なシナリオでは、COVID-19 パンデミックの進展の可能性とその経済的影響に対する継続的な懸念が、世界的な信頼感への悪影響を引き起こし、経済的縮小を長引かせる。それに伴う経済見通しの悪化は、長期リスクフリーレートがすでに歴史的な低水準から世界的に低下していることに反映されている。経済の減速は GDP の持続的な低下をもたらし、シナリオのホライズンにおける実質的な事業縮小と企業のデフォルトにより、EU の失業率の大幅な上昇につながる。これらの動向は、マクロ経済の高い不確実性と相まって、総需要、消費者信頼感、家計の債務返済能力に悪影響を及ぼす。資産価格の長期にわたる下落は、家計部門の金融資産をさらに浸食し、消費の伸びを圧迫する。
企業収益が減少する中での市場参加者の期待の再評価は、金融資産評価の突然かつ大規模な調整につながる。市場のボラティリティーが急上昇し、資産収益率の相関関係が高まり、非金融企業部門のデフォルトが広まるとの予想に基づいて借入コストが急増する 市場参加者のリスクセンチメントの変化は、新興市場国からの大幅な資本流出を引き起こし、世界中の経済活動の減速をさらに悪化させている。世界経済の成長の縮小がさらに長引くと、EU の輸出、投資、消費に引き続きマイナスの影響を及ぼす。これは、国内の不利な要因と相まって、収益の急激な縮小に耐えている企業部門にさらに負担をかけ、事業の大幅な縮小と企業の倒産につながる。
既に高水準にある企業部門の負債は、利益の急激な減少と相まって、企業部門のバランスシートに圧力をかけている。企業債務の持続可能性に対する懸念の高まりは、企業の信用スプレッドの拡大と信用基準の引き締めにつながり、企業による投資や事業の資金調達へのアクセスを制限する。様々なセクターへの影響は非対称であり、最も大きな打撃を受けたセクターは、封じ込め措置によって最も深刻な影響を受けるセクター(例えば、旅行、航空輸送、宿泊サービス、食品、映画及びメディア)と、 供給能力の急激な減少を経験するセクター(例えば、繊維やアパレルなどの労働集約型製造に従事する部門、又は自動車などのグローバルバリューチェーンに強く依存する部門)である。
商業用及び住宅用不動産市場の活動の減速は、急激かつ大幅な価格修正を引き起こす。商業用不動産セクターは、ロックダウンと大規模なテレワークにより、特に厳しい状況に直面している。所得の低下と失業率の上昇により、特に政策支援がない環境では、住宅所有者が住宅ローンを返済することが難しくなっている。その結果、住宅ローンのデフォルトが大幅に増加し、住宅用不動産価格に下方圧力がかかる。
4―その他の事項
2021年ストレステストは、以下のように要約されるEIOPAによって中央で定義された一連の基準に基づき、NCAsに従って選定された欧州の大規模保険グループを対象としている。
a)前回のテストとの安定性
2018年ストレステスト(英国に居住するグループを除く)のグループを含める。
b)関係管轄区域の拡大
a) に加え、管轄区域毎に、当該管轄区域域に居住する総資産に基づく最大のグループ
NCAsは、規模、事業の種類、リスク・エクスポージャー、金融の安定性の観点からの全体的な関連性に基づき、自らの管轄区域内に居住するグループのリストの変更(代替/包含/除外)を提案する可能性があった。
このプロセスにより、44の事業体が特定され、総資産ベースで欧州の保険市場の75%をカバーしている。
参加しているグループの完全なリストは、以下の図表の通りである。Brexit(英国のEU離脱)により、今回のテストには英国の会社は含まれていない。
2021年の保険ストレステストの基準日は、2020年12月31日である。基本ケースは、基準日における参加者のストレス前の財務状況であり、NCAsに提出される2020年ソルベンシーIIグループ報告書と完全に一致している必要がある。ストレス前及びストレス後の評価は、ソルベンシーIIフレームワーク及び技術仕様書に従って、指定された基準日に行う必要がある。
EIOPAのストレステストは、ソルベンシーIIの枠組みを共通の基盤として、不利な進展に対する保険業界の耐性を評価している。ソルベンシーIIは、貸借対照表とソルベンシー・ポジション(OF及びSCR)の評価と報告に関する共通の原則を提供しており、ベースライン・ポジションの比較可能性を確保し、ストレス後の資本ポジションを再計算するための指針としての役割を果たしている。
市場ショックと保険固有のショックは、基準日の貸借対照表に対して一回限りのショックとして適用されると仮定される。説明を適切に反映し、その適用が均質であることを確保するため、参加者は、資本コンポーネントにおけるストレス後のバランスシート及びソルベンシー・ポジションを計算する際に、特定の順序に従ってショックを適用することが求められる。
・ステップ1:市場ショックの適用
・ステップ2:保険固有のショック(解約、死亡及び請求費用へのショック)の適用
全ての保険固有のショックは、同時に適用されるように設計されている(特定の順序は必要ない)。参加者は、規定されたショックに対する最良推定前提を修正し、1回の技術的準備金の再計算を行うことが求められる。
ショックの適用に関する仕様は、資本と流動性の評価において異なる可能性がある。流動性コンポーネントの構造とその仕様及び簡素化を考慮すると、ショックの適用順序は関係ない。
報告テンプレートは2つの構成要素に分割され、それぞれ1つの定性的質問によって補完される。
4―1|資本コンポーネント
ベースラインシナリオとストレスシナリオの下での結果を報告するための一連のテンプレートは、ソルベンシーIIのQRT(定量的報告テンプレート)報告に広く基づいている。テンプレートの内容に関するガイダンスは、監督報告付属書IIから入手できる。
参加主体は、提供されたスプレッドシートに報告テンプレートを記入する。報告テンプレートは、次の3つのセクションで構成される。
a.ベースラインシナリオ
b.ストレスシナリオ
c.リアクティブな経営行動を伴うストレスシナリオ
なお、参加主体には、定性的なアンケートへの記入も要請される。
NCAsがショックを受けたUFR(終局フォワードレート)の影響のシミュレーションを求めることを選択した場合、NCAsによって異なる指定がされていない限り、参加者は追加のシミュレーションを記入した同じテンプレートを提出することが要求される。
収集した情報の一部は、個別に、参加主体の同意を得て、かつ集計して開示する。
資本コンポーネントの報告テンプレートは、以下の図表のように構成されている。
アンケートは、特にストレス後のSCR計算のためのストレス後数値の計算のための単純化と近似の使用もカバーしている。
アンケートの特徴的な部分は、事後対応的な経営行動を指し、その行動の選択と適用に関するさらなる洞察と包括的な理解を提供することを目的としている。
アンケートは、固定貸借対照表アプローチ及び制約付き貸借対照表アプローチの下での主要な測定指標に対するプロセス及びストレス後の影響に関する定性的及び定量的情報をカバーしている。
4―2|流動性コンポーネント
ベースラインシナリオとストレスシナリオの下で結果を報告するための一連のテンプレートは、第2の方法論ペーパー3と、EIOPAの流動性モニタリングで得られた経験に基づいている。
参加グループは、特定された関連単体毎に1つの流動性テンプレートを収集し、NCAsに提出すべきである。報告テンプレートは、次の2つのセクションで構成される。
a.フローテンプレート(ベースラインシナリオとストレスシナリオの結果)
b.ストックテンプレート(ベースラインシナリオとストレスシナリオの結果)
c.アンケート
フローテンプレートでは、QRT S.05.01から始まる90日間の期間にわたる会社のネット・キャッシュポジションに関する一連の情報が収集され、次の項目から生じる流入と流出に焦点が当てられる。
・生命保険事業 (UL(ユニットリンク)/IL(インデックスリンク)事業を除く)
・UL/IL事業
・MA(マッチング調整)とリングフェンスポートフォリオ
・損害保険事業
・投資
・他のフロー
テンプレートでは、投資フローが参加者の資産配分に与える影響に関する情報も収集される。
3 https://www.eiopa.europa.eu/content/eiopa-publishes-second-paper-methodological-principles-of-insurance-stress-testing-focus_en
このペーパーの概要については、保険年金フォーカス「EIOPAが保険ストレステストの方法論の原則に関する第2のペーパーを公表-流動性リスクへの対応-」(2021.5.10)で報告した。
EIOPAは、2021年のストレステストの結果を公表するにあたり、保険契約者と一般市民に対する透明性を高めるという目標を追求する。2018年に提案された内容に沿って、ストレステストの開始に関する欧州会計検査院の勧告に従って、2021年のストレステストの結果の通知は2倍になる。
・自己資本と流動性の双方をカバーする集計データに基づく報告書の公表
・資本に基づく指標のサブセットの公表(参加者の同意を得て)
個別開示の要求は、事後的な経営行動の適用の有無にかかわらず、グループの貸借対照表に対するシナリオの影響のみを対象とすることを明確にしておく価値がある。ソルベンシー・ポジション(OF及びSCR)やストレス前後の流動性ポジションの開示は想定されていない。
個別開示を求める根拠は、市場規律を改善すること、すなわち、分析及び結論の信頼性を高め、データ及び結果の質を向上させることにある。さらに、個々の開示は、ストレステストに参加している事業体がストレステスト実施後のフォローアップを行うことを支援し、その事業体の結果を他の事業者の結果と比較(「競合他社を知る」)し、結果の独自の評価(フォローアップを含む)を公衆に直接提供する能力を向上させる。
結果の公表について同意しない参加主体の結果については、個別に把握できない範囲で集計する。
パブリックレポートには、収集された情報に基づく資本指標(バランスシートやソルベンシー等)と流動性指標の完全なセットが含まれる。EIOPAは、集計結果を提示する際に、個々の参加者から得られた数値を推測したり再計算したりすることを避ける。
ストレステスト・レポートには、通常のソルベンシーII報告義務に沿った長期保証(LTG)措置及び移行措置のストレス前後の影響に関する開示が含まれる。
個々の開示に対する同意を収集するプロセスは、検証フェーズ後に開始される。参加者には、開示すべき指標のテンプレートが提供される予定であり、そのテンプレートには、経営行動の適用の有無にかかわらず、ベースライン・ポジションとストレス後のポジションが記入されている。この一連のデータに基づいて、参加者は同意を表明する必要がある。EIOPAは、共有された個々のデータのみを、公開に同意した参加者のために同じフォーマットでウェブサイト上に公表する。
5―まとめ
2014年及び2016年のストレステストにおいては、低金利環境の継続が保険会社の財務状況に及ぼす影響が大きな関心の的となっていた。2018年のストレステストにおいては、引き続き長期にわたる低金利シナリオも考慮されているが、一方で、金利の急減な反転に伴う解約増加リスクや死亡率の低下に伴う長寿リスク、さらにはサイバーリスクへの対応という観点からのシナリオ設定にも重点が置かれる形になっていた。
今回の2021年のストレステストにおいては、「より長期のより低い」金利環境での長期化するCOVID-19シナリオに焦点を当てている。欧州システミック・リスク理事会(ESRB)と協力して開発されたシナリオでは、世界中の信頼に影響を与え、経済的縮小を長引かせるCOVID-19パンデミックの経済的影響を評価することになる。また、今回のストレステストは、対象会社の資本への影響と流動性ポジションの両方を評価することになっている。
なお、今回のストレステストの結果については、参加グループ各社が拒否するのでなければ、その個別の結果が公衆に開示されることになっている。これにより、透明性の確保がより一層図られていくことが期待されている。
次回のレポートで、今回のストレステストのシナリオ等について、より詳細な内容を報告する。
(2021年06月09日「保険・年金フォーカス」)
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