2021年05月07日

スイッチOTC化の進展-緊急避妊薬のスイッチOTC化はなぜ不可とされているのか?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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4――胃酸分泌抑制薬のスイッチOTC化

胃酸分泌抑制薬については、逆流性食道炎の患者が多いことから、使用を求める声が根強い。胃酸分泌抑制薬のスイッチOTC化については、さまざまな賛否の声が上がっている。

1短期使用が担保できないことから、スイッチOTC化は不可とされている
胃酸分泌抑制薬は、現在のところOTC医薬品として認められていない。検討会議では、つぎの指摘がなされている。

― 1週間程度の短期服用であれば、胸やけに対して効果が期待できるとともに、これまでの使用実績を踏まえると重篤な副作用は出ておらず、安全に使用できるのではないか。

― その一方で、長期服用すると重篤な副作用の発現リスクが高まることや、がんの症状をマスクすることから、スイッチOTC 化にはそぐわないのではないか。

― スイッチOTCとして承認された医薬品については、特段の問題がなければ、要指導医薬品からインターネット販売が可能な一般用医薬品へと移行されるが、インターネット販売において短期使用は担保できないのではないか。

こうした議論を踏まえ、OTC 化の議論の前提として、短期での使用を担保するための販売時における方策(再購入の防止策等)について検討されたが、一般用医薬品の販売の実態として短期使用が担保される状況ではなく7、こうした状況下ではスイッチOTC化は認められないとされた8。なお、販売実態の改善状況を踏まえ、スイッチ化に関して、将来的な議論を妨げるものではない、とされている。
 
7 検討会議では、2016年度の医薬品販売制度実態把握調査の結果が考慮された。この調査では、2016年の店舗販売に関する調査で、「文書を用いて情報提供があった」とする回答が要指導医薬品で75.8%、第1類医薬品で68.2%にとどまっていた。
8 その他として、以下の意見があった。第1類医薬品のインターネット販売において、情報提供者や相談の回答者が薬剤師であることを明確にする改善も必要である。
2パブコメでは、OTC化に反対の意見14個、賛成の意見84個が寄せられた
パブコメでは、胃酸分泌抑制薬につき、OTC化に反対の意見14個、賛成の意見84個が寄せられた。

以下のような薬局等からの反対意見があった。

「受診が必要と判断される方もあるが、受診勧奨しても販売を拒否できないため販売せざるを得ない。そういった使用者側の現状では適切な使用は難しい。」
「安全に使用できるとは思わない。日数制限を説明しても、他店で追加で買われたら分からない。」
「PPI9は効果がないので必要ない。」
「胃食道逆流症治療のPPIのやめ時は患者には判断できない。」
「濫用の原因になると考える。」
「H2ブロッカー10が既に販売されていて、それ以上の効果が必要であれば受診で良い。受診・内視鏡検査などをせずにいると、食道癌進行などがあり得るため、OTCでPPI販売すべきでない。」

一方、賛成意見には、つぎのものがあった。

「PPIでの短期使用による重篤な副作用が発現しないと思われるので、薬剤師の対面販売を更に徹底するということで問題がない。」
「PPIについては、胃酸分泌の抑制作用が高く、一過性の胃痛等の症状にもH2ブロッカー以上に効果的な薬剤で、既に市販されているH2ブロッカーと比べても明確なリスクは存在せずに、薬剤師の対面販売によれば市販化に当たり問題はない。」
「OTC化で癌による死亡率が増加したエビデンスはない。」
「PPIのスイッチOTC化は医療費の削減の観点、セルフメディケーションの選択肢拡大の観点から有益である。」
「需要が多いと思うので短期間の使用であればスイッチOTC化しても問題がない。」
「逆流性食道炎の患者が多くいるため、PPIを市販化することでセルフメディケーションにつながる。」
「PPIはアメリカ等の海外では市販薬として販売されている。投与初期には副作用等の観点から医師の継続的な診察を要するとは思うが、一定期間の服用かつ難治性の逆流性食道炎など検査を要しない場合、安全に投与されているように感じる。患者自身も特に検査せず、問診のみのために病院を受診しなくて済む仕組み作りを望む。」

また、対応策に関する意見も寄せられた。

「要指導医薬品として販売して、販売に当たる薬剤師には研修を義務付け、研修を受講した薬剤師のみが販売できるようにすることで指導方法が統一され、安全性が担保できると考える。」
「要指導医薬品が一般用医薬品に原則3年で移行するものとされているが、移行させない要指導医薬品があっても良いのではないか。」
「多くても1箱5錠までの、少量包装のことかと思うが、パッケージで販売して、最初のパッケージを飲み切っても改善しない場合は受診を促すことを義務化すれば良い。短期間の間に2箱目以降は購入できない仕組み作りも必要。」
「長期服用による重篤な副作用の発現リスクが高まることや、癌の症状をマスクすることについても外箱、添付文書等の記載による注意喚起で対応は可能ではないか。」
「購入者にお薬手帳のようなものの持参を義務付ける等の方法で、長期連用や併用に関するモニタリングを強化することなども関与や不適切使用を回避するために有用である。」
「長期にわたり購入を防ぐための対策として、登録制にして購入状況を管理できるIDを付けてはどうか。」
「医師向けにOTCの医薬品服用許可カードのようなものを配布して、許可を受けた患者だけが確認の上、買えるというような仕組みにすれば、より再販防止につながるのではないか。」
「包装にお薬手帳に貼ることができる服用シールのようなものを添付して、手帳への貼付を促すことで、医師も服用状況を把握でき、より安全性を担保できると考える。」
「販売時の条件として、例えばあらかじめ健康診断等で癌ではないと証明できる書類を発行してもらい、それを確認できないと販売できないようにすること。有効期間、検査内容などを記載した処方箋の概念に近い診断書様式を作成して、医師に記載してもらったものを確認しないと販売できないようにすることが挙げられる。」
 
9 プロトンポンプ阻害薬。胃内で胃酸分泌を抑え、胃潰瘍などを治療し逆流性食道炎に伴う痛みや胸やけなどを和らげる薬。
10 胃内には、胃酸分泌の促進に関わるH2受容体がある。H2ブロッカーは、この受容体に拮抗的に作用し、胃酸分泌を抑える作用をあらわす。通常、H2ブロッカーよりも、PPIの方が胃酸分泌抑制作用は強いとされる。
 

5――検討会議の運営方針の転換

5――検討会議の運営方針の転換

検討会議は、2020年に公表した中間とりまとめの最後に、今後の検討会議の進め方を表明している。大きな方針転換として、今後は、スイッチ化の可否判断は、薬事・食品衛生審議会に委ねるという。

すなわち、検討会議では可否判断は行わず、成分情報の充実や論点整理にとどめる。従来と同様、検討会議の意見についてパブコメを行い、その上で再度議論する仕組みを維持する。新たに、要望者からの内容説明の機会を設ける。過半数を医師が占めるメンバー構成を見直し、消費者側などから構成員を追加する。過去にスイッチ化を見送った成分の再検討をしやすくする仕組みを導入する、など運営方針を一部転換することとした11

緊急避妊薬のスイッチOTC化の取り扱いが、今後の検討の試金石になるとの見方もある。
 
11 運営方針転換の背景には、政府の規制改革推進会議から、なかなかスイッチ化が進まない原因は検討会議にある、との批判があったものとみられる。(「薬事ハンドブック2021」(じほう)より)
 

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

今後、スイッチOTC化が進めば、セルフメディケーションの動きは加速するものとみられる。少々の体調不良に対して、薬効の高い医薬品を使用できれば、患者の利便性の向上や医療費の削減など、多くの効果が期待できる。その一方で、医薬品は、使用法を誤れば健康に大きな害を与える恐れもある。このため、誤用・濫用の防止など、医薬品の適正使用を担保する枠組みは不可欠と言える。

第3章と第4章でみたとおり、医薬品のスイッチOTC化にはさまざまな意見がある。こうした意見をくみ取って議論を積み重ね、スイッチOTC化の可否を判断していくことが必要と考えられる。

スイッチOTC化を適切に進めることが、これからの医療のあり方を大きく方向付ける可能性もある。引き続き、スイッチOTC化の動きを注視していくこととしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2021年05月07日「基礎研レター」)

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