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コンテンツから見るノスタルジア消費-「ALWAYS三丁目の夕日」・「モーレツ! オトナ帝国の逆襲」・「西武園ゆうえんち」・「アメリカングラフィティ」から読み解く
生活研究部 研究員 廣瀨 涼
1――「西武園ゆうえんち」が提供するノスタルジア
ノスタルジア(nostalgia)という言葉は、ギリシャ語の nostos(家へ帰る)と algia(苦しんでいる状態=苦痛)に由来している。つまり、故郷へ帰りたいと切なく恋焦がれるという意味を持つ。元々17世紀後半に故国から遠く離れて、ヨーロッパのどこかの専制君主国の軍隊に所属し、戦っていたスイス人傭兵によく見られる「病気」として認識されており、抑うつ、食欲不振などの症状を指していた。この「帰郷の痛み」は 19 世紀に至るまで主に精神的な病として、発症要因や精神的、身体的諸症状の分析と処方についての研究が行われてきたが、昨今では当時のような“病気”としての意味合いで用いられることはほとんどなくなっている。
ノスタルジア研究の第一人者である社会学者フレッド・デーヴィスによれば、ノスタルジアは、「自分とは誰なのか、なにをしようとしているのか、どこへいこうとしているのか」というアイデンティティの構成、維持、再構成と深く結びついているという。人生におけるライフステージの移行期に、その変化に順応する過程の中で顕著に現れる。ノスタルジアは、変化する環境の中で自分自身のアイデンティティ自体は連続し、同一であるということを保証し、安寧を与える機能を持つのである。「思い出」と異なるのは、思い出が記憶の断片である一方で、ノスタルジアは「過去に焦がれる」という感情の揺さぶりそのものを意味しており、過去の断片的な記憶や記号が過去を美化し、あのすばらしい時代には戻れないという現実に対して哀愁を感じることなのである。例えば昨今使われる「思い出補正」という言葉がある通り、変哲もないものに思い出という付加価値が付くことで、他者には知りえない意味がうまれることも一種のノスタルジアと言えるだろう。現在では主に「良き時代への懐古」としての意味合いが強くなっている。
西武ゆうえんちでは、今回のリニューアルに際し、世界初となるゴジラの大型ライドアトラクション「ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦」が稼働する。このライドアトラクションには、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズを手掛けた映画監督山崎貴氏も携わっている。『ALWAYS 三丁目の夕日』は当に人々が共有する昭和30年代の日本に対する「懐かしさ」に訴求した作品であった。団塊世代が幼少期を過ごした昭和30年代は「もはや戦後ではない」という言葉が流行語になった通り、日本が戦後から復興して、高度経済成長を迎え、大衆消費社会が幕を開けた時期であった。この時期は東京タワーの建設、東京オリンピックの開催など日本が終戦後以降豊かさを実感しながら成長していった時代であるのは間違いないが、あの時代に生きた人々であっても、居住地によっては復興度合いや発展状況は異なる。つまり、『ALWAYS 三丁目の夕日』と言う映画はその時代を生きた人々たちが持つそれぞれの「昭和30年代」を引用し、集約させ再生産した一種のシミュラークル(虚構)なのである。言い換えると、その時代を生きた視聴者の多くがスクリーンに映し出された昭和30年代の懐かしさを引き出す記号が集約された「当時風の日本」に対してノスタルジアを感じていたといえるだろう。またこの時代以降に生まれた世代にとっては現代日本とはかけ離れた生活水準である傍ら、新幹線や東京タワーと言ったランドマークが面影を残し、そのギャップが一種のファンタジーの世界のように幻想的なモノとして受容された。『ALWAYS 三丁目の夕日』の映画公開以降「昭和レトロ」は注目を浴び、日本人がノスタルジアを感じる一つのイメージ(時代)として幅広い世代に定着した。
2――実現した「20世紀博」
3――4つのノスタルジア
(1) 個人的ノスタルジア(個別かつ直接経験)…個々の消費者が直接経験した事柄が喚起するノスタルジアのことである。家族と一緒にとった祝祭日のディナーなどがこの種のノスタルジアを喚起する。
(2) 対人的ノスタルジア(個別かつ間接経験)…両親や親友、年配者の経験談等を通じて喚起されるノスタルジアのことである。
(3) 文化的ノスタルジア(集合的かつ直接経験)…消費者自身が直接経験しているが、共有されたシンボルに基づくものである。皆が覚えているできごとによるノスタルジアなどがこれに該当する。
(4) 仮想経験ノスタルジア(集合的かつ間接経験)…自らの文化の歴史にかかわるものや、異文化に関するものなど、間接的で集合的な経験に基づくものである。
4――人はなぜ「ノスタルジア」を求めるのか
一方で、豊かさだけが全てではなく昭和30年代のあの生活を渇望することもあるかもしれないが、その「豊かさだけがすべてではない」という価値観自体が、現代の豊かさを肯定しており、タイムスリップなどしえないという事実があるからこそ、我々は過去を求め、現代を蔑む。過去と現代どちらで生きるかという議論は一見不毛なモノに見えるが、我々は、過去に戻れないという絶対的な事実があるうえで、選択をするわけでもなく現代で生きることを強いられている。そのため実際に取捨選択をする機会は訪れないというある意味無責任な事実があるからこそ、「過去に戻りたい」という価値観が生まれるのである。現代に生きる我々が、仮にタイムスリップできたとしても、現在の日常や技術を捨てて、今より不自由な時代で生きていくことを望む人は少ないのではないだろうか。「過去に戻りたい」、「あの時代の生活を送りたい」という言葉の裏には、非日常となってしまった過去の日常をまた味わいたいという、トキ消費やコト消費への期待が存在しており、いわば当時の消費文化自体が消費対象として見られているのである。そのため、過去に戻れないという事実を代替するように、例えば今回の西武園ゆうえんちの昭和レトロなリニューアルや、昔懐かしい給食が食べることができる食堂、駄菓子居酒屋など、実際に懐かしさ(空間)を消費できる事に価値が見いだされている。消費者は懐かしさを消費することで束の間の疑似タイムスリップを経験し、二度と帰ることができないという感傷を慰めるのである。しかし、その空間はノスタルジックなモノを集合させ、インスタントに懐かしさを誘発させる舞台装置にしかすぎず、実態とはかけ離れた圧倒的な懐かしさを浴びることで虚構としての昭和が消費されているに過ぎない。その虚構で充足された懐かしさの裏には、マーケティングによって差し出された誰もがその空間で懐かしさを感じるという約束された結末(消費結果)が存在しており、人々は皮肉にも懐かしさを充足するはずが、二度と戻れないという現実を突きつけられ、虚構によって満たされた懐かしさに虚無感を得るのである。
5――ノスタルジア消費
一方、本レポートで取り上げている『三丁目の夕日』のように集合体としての人々が感じるノスタルジア=「集合的ノスタルジア」も存在する。細辻(1984)に従えば「集合的ノスタルジア」は、ある出来事に対して、社会的に「ノスタルジックなもの」としての一定の評価が得られる状況を指すという。誰もが全く同じ経験をしてはいないものの、それぞれが「懐かしさを誘発する」共通の記号を有しており、共鳴することで再生産された美しいイメージが創造されるのである。このことから筆者は、ノスタルジア消費は「快楽消費」と「記号消費」の2つの側面を擁していると考える。
快楽消費は前述した通り、快楽、安心、安寧といった精神的充足に訴求した消費を指し、自身が思い出に浸るために行われる自己満足の消費と言えるだろう。これは間々田(2007)のいう第三の消費文化に位置づけられる消費であるといえる。一方で、『三丁目の夕日』に限らず、東京オリンピック(1964年)や日本万国博覧会(1970年)のようなイベントや、過去に販売され人々が懐かしいと思うモノは、個人の記憶によって懐かしさが誘発されるのではなく、映像や写真、ロゴ、音楽といった集合的ノスタルジアとして共有される記号によって誘発されている。前述した4つのノスタルジアの分類でいう文化的ノスタルジアが当てはまる。また、メディアによって美化された過去が、仮想経験ノスタルジアとして、その時代に生まれていない世代にも反射的に懐かしさを誘発させてしまう記号として受容されていく。このように「他人と懐かしさを共有し合う出来事」や「生産されてから時間経過し、懐かしさを共有できるモノ」は、出来事や時間経過しているということ自体がノスタルジア消費としての記号として成立しており、「記号消費」の性質を持つのである。これは間々田のいう第二の消費文化に位置づけられ、記号が持つ社会的文脈を通して、他者や社会集団との関係に配慮しつつ、消費行為に優位性を示す、差異をもたらす、目立つ、帰属意識を表明するなどの意味を持たせようとしているのである。一般にレトロ市場と呼ばれているモノは、人々の間でレトロとして認知されているからこそ成立しているわけであり、いくら古くても「レトロ」として認知されていると言う付加価値を擁していない限り、ノスタルジアを誘発する記号として機能しないのである。
また、実際には時代経過を伴っていない真新しい商品であっても、色合いや素材によってレトロな演出を施すレトロ風市場も存在する。例えばブリキを使用したおもちゃや、セピアや白黒の写真は、その素材自体が「古いもの」という認識が持たれているため、ノスタルジアを誘発する要素になりうるのである。このことからレトロ(ノスタルジア)に対する普遍的なイメージがブリコラージュ(寄せ集め)され、ホンモノが存在しない偽物が再生産されているのである。
03-3512-1776
- 【経歴】
2019年 大学院博士課程を経て、
ニッセイ基礎研究所入社
・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員
【加入団体等】
・経済社会学会
・コンテンツ文化史学会
・余暇ツーリズム学会
・コンテンツ教育学会
・総合観光学会
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