2021年04月27日

高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5鉄道、バス路線の縮小
次に、高齢者の移動を巡る社会環境の変化について取り上げたい。最も影響が大きいのは、地域公共交通の衰退である。

モータリゼーションや都市部への人口流出、人口減少などの影響で、地方を中心に、鉄道やバスの利用者は減少し続けてきた。乗客減少により、事業者が減便や路線縮小を余儀なくされると、利便性が悪化してさらに利用者が減る、という悪循環に陥っている。

国土交通省の発表によると、2000年度以降、廃止された鉄軌道は全国で44路線、10,410kmにも達する(図表8)。路線バスの廃止路線延長は2010年度から2018年度までで1万kmを超えている(図表9)。

全国の鉄道事業者やバス事業者の経営は深刻な状況にあり、国土交通省によると、2019年度、全国の鉄軌道事業者95社のうち経常収支が赤字だった事業者は約8割の74社に上った6。一般乗合バスについては、30両以上保有する事業者227社のうち、赤字事業者が7割を上回る7。地域別にみると、大都市部では赤字事業者が約4割であるのに対し、その他地域では約9割と、都市部よりも地方において、特に深刻な状況に陥っている。

市町村によっては、鉄道駅やバス停がなく、タクシーが住民の頼みの綱、という地域も多いが、人口減少によってタクシー事業者の経営も困難になり、営業所が廃止されたケースもある。 

今後、高齢化と人口減少が加速すれば、さらなる鉄道やバスの路線廃止、タクシー事業者の撤退が予想される。また、路線や営業所自体が維持されたとしても、便数を減らすなどして利便性が低下する恐れもある。
図表8 鉄道ネットワークの廃線状況
図表9 路線バスの廃止キロの推移
 
6 国土交通省HP「地域鉄道の現状」(https://www.mlit.go.jp/common/001385325.pdf)。
7 国土交通省報道発表「令和元年度 乗合バス事業の収支状況について」(2020年11月17日)。2以上のブロックにまたがる事業者については、重複を除いて集計した場合。
6|バス、タクシーのドライバー不足
さらに公共交通の維持を難しくしているのが、バスやタクシー業界などのドライバーの高齢化と人手不足である。「令和2年版 国土交通白書」によると、2019年の自動車運転業の有効求人倍率は3.10倍で、全職業平均(1.45倍)の2倍以上となっている。他の職業に比べて労働時間が長いことや、年間所得が低いことが要因にあると考えられている。

現在就業しているドライバーの高齢化も進んでいる。総務省の「労働力調査(2020年)」によると、バスやタクシー運転手を含む道路旅客運送業の就業者のうち、55歳以上の就業者割合は65.2%に上り、全産業平均(31.2%)を大きく上回っている。従って、現在、バスやタクシー事業者で黒字を確保しているところも、将来的に人手不足が原因で事業継続が困難になる恐れもある。
7|新型コロナウイルスによる影響
このような公共交通の衰退に、さらに拍車をかけたのが、2020年前半から始まった新型コロナウイルスの感染拡大である。

国土交通省が関係業界を対象に毎月、実施している調査8をみると、乗合バスのうち、一般路線バスの輸送人員は、一回目の緊急事態宣言が出された2020年4~5月、前年同月と比べて5割前後落ち込み、2021年2月まで2~3割減少の状態が続いている。高速バス等は、2020年4~5月に8割前後落ち込み、2021年2月まで5~7 割減少の状態が続いている。バス事業者では、赤字が多い路線バスの運行を、実質的に、収益の高い高速バスの運行で補ってきたケースが多いため、高速バスの落ち込みは、住民の生活の足である路線バスの維持をより困難にしている。

鉄道事業者については、2020年4~5月には、輸送人員が前年同月に比べて「5割以上減少」と回答した事業者が、大手民鉄で1~2割、公営と中小民鉄では6~7割に上った。その後、やや改善したが、2021年2月時点でも「2割以上減少」と回答した事業者は、大手民鉄で7割、公営では10割、中小民鉄では約7割に上っている。

タクシー業界も厳しい状況にある。2020年4~5月には輸送人員が前年同月に比べて6~7割落ち込んだ。その後は3~4割減で推移していたが、2021年1~2月には、感染再拡大により4~5割減に悪化している。

いずれの業界でも、多くの事業者が政府の資金繰り支援や雇用調整助成金を利用しているが、在宅勤務や宅配、ウェブサービス等、働き方や生活様式が変容していることから、感染状況が落ち着いた後も、乗客は完全に戻らないという見方が広がっている。要するに、新型コロナという予期しなかった事態により、将来起きると予測されていた公共交通のさらなる乗客減少が、より早く到来したと言うことができる。このような中で、各地域の公共交通をどのように守り、移動手段を確保していくか、国や自治体に課題が突きつけられている。

以上のように考えると、高齢化や免許返納など需要サイドが変化したことで、従来の福祉輸送を超えるような移動支援のニーズが高まる一方、大量輸送を担っていた公共交通の衰退という供給サイドの縮小が重なり、公共交通と福祉輸送の中間的なサービスに対する需要が高まっている可能性を見て取れる。

次に、こうした移動支援の問題がクローズアップされつつある中、現状で、移動困難な高齢者がどれだけ存在するとみられるのか、また、移動困難によってどのような問題が起きているのかを概観したい。
 
8 国土交通省「新型コロナウイルス感染症による関係業界への影響について 令和3年3月(令和3年2月28日時点まとめ)」(https://www.mlit.go.jp/common/001391152.pdf)など。
 

3――移動困難者を巡る現状と認識

3――移動困難者を巡る現状と認識

1|移動困難な高齢者人口に関する試算
先に結論を述べると、移動困難な高齢者のボリュームについては、各省庁が、買い物や健康への影響など、それぞれの観点から調査・試算しているものの、正確な把握は困難である。しかし、幾つかの調査や試算を総合すると、移動支援が大きな課題になっていることは明らかであり、ここでは全体像の把握に努めることとする。
(1)「公共交通空白地」の居住人口
鉄道駅やバス停までの距離が遠く、実質的に利用が困難な地域のことを「公共交通空白地域」「公共交通不便地域」と呼ぶことが多いが、明確な定義はない。各自治体が、公共交通に関する計画を作成する際に、それぞれ「バス停まで300m、鉄道駅まで500m以上」などと定めて用いている。

国土交通省も明確に定義していないが、「令和2年版 国土交通白書」では、公共交通空白地域を「バス500m圏外 鉄道1㎞圏外」とした場合の空白地面積と人口を試算している。それによると、面積は38,710km2、人口は767万人と試算されている(図表10)。この空白地面積は、九州の面積に匹敵するものである。
図表10 「公共交通空白地域」の面積と居住人口の推計
ただし、この試算は、駅やバス停から住宅までの距離を用いて、二次元的にはじいたものに過ぎない。実際には、駅やバス停が徒歩圏内にあっても、事業者のサービス内容によって、利便性は大きく左右される。例えば、電車やバスの運行間隔や運行本数が少ない、運賃が高い等の要因が加われば、実質的に利用することが難しくなる9

また、利用者の特性によっても利便性が大きく異なる点に注意が必要である10。例えば、加齢によって身体能力が衰えると、健康な成人であれば歩くことができる距離も、歩くことが難しくなる。さらに、その他の地理や気象条件、生活実態等によっても状況は異なる。例えば、自宅が高台にある場合や、出かける日が猛暑や雨風の場合、買い物した重い荷物を持っている場合などは、同じ距離であっても、歩くことが難しくなる。

「年を取ったら、どうやって外出できるのか」は、国民自身にとっても関心が高い問題である。国土交通省が2020年2月にインターネット上で5,000人を対象に行った「国民意識調査」で、老後の生活についてどのような不安があるかをたずねたところ(複数選択)、60歳以上の回答者では、「車の運転ができず、移動が困難になる」を選択した人が、三大都市圏では35.6%、政令市・県庁所在地・中核市では56.4.%、人口5万人以上では66.8%、人口5万人未満では67.2%に上った11
 
9 国土交通省は2013年に設置した検討委員会で、地域公共交通の評価指標について検討し、地理的条件による「空間的アクセシビリティ指標」、運行本数と運行間隔による「時間的アクセシビリティ指標」、空間的アクセシビリティと時間的アクセシビリティを掛けた「総合アクセシビリティ指標」、地域住民の平均所得と運賃から割り出す「金銭的アクセシビリティ指標」を開発し、各市町村に情報提供している。また、自治体の中には、交通不便地域について現状把握するために、独自に運行本数などの要因を反映させて分析しているケースもある。例えば松山市は、公共交通網形成計画の中で「駅等からの距離」に加えて「片道3(便/ピーク時)以上または片道30(便/日)以上)」「片道3(便/ピーク時)未満かつ片道3~30(便/日)」「片道3(便/ピーク時)未満かつ片道3(便/日)未満」とサービス提供状況の段階を分けて、「交通便利地域」「交通准不便地域」「交通不便地域」「交通空白地域」の四つに分類している。
10 坊美生子(2020)「超高齢社会の移動手段と課題~「交通空白」視点より「モビリティ」視点で交通体系の再検証を~」基礎研レポート。
11 国土交通省(2020)「令和2年版 国土交通白書」。
(2)「買い物難民」の試算
移動困難によって発生する最も深刻な問題の一つが、買い物へ出かけるのが難しくなり、飲食料の調達が難しくなることである。若い世代であればネットショッピングで簡単に確保できる場合が多いが、高齢者世帯ではネットショッピングの利用率が低い12

農林水産政策研究所は、食料品を販売している店舗まで500m以上かつ自動車利用が困難な65歳以上の高齢者を「食料品アクセス困難人口」として、ボリュームを推計している(図表11)。これによると、2015年時点でその数は約825万人と推計されており、高齢者の約4分の1に相当する。75歳以上に限ってみると約536万人であり、75歳以上人口の約3分の1に相当する。食料品アクセス問題は、特に75歳以上の高齢者にとって大きな問題であることを示している。

2005年時点の推計と比べても、特に、75歳以上の増加幅が大きい。目立った特徴としては、地方圏における増加率は28.1%だったのに対し、三大都市圏では68.9%と急増したことである。中でも東京圏は89.2%という顕著な伸びを示している。同研究所によると、主な要因としては、三大都市圏で高齢化が進んでいることや、地方で高齢者のマイカー利用が増えていることなどがあるという13

また都市部においては、大型商業施設が立地した影響で、地元にあった小規模店が撤退し、「フードデザート」が発生するケースもある14。健康な成人であれば、少し離れた大型商業施設まで出掛けて、買い物を楽しんだり、ネットスーパーを駆使したりできるが、歩行能力が低下し、ネット決済を使いこなせない高齢者は、都市の生活から取り残されてしまう。「移動困難」はこれまで、公共交通が衰退した地方の問題として捉えられることが多かったが、今後は高齢者人口の伸びが大きい都市部において、様々な問題が起きることを示唆しているだろう。
図表11 食料品へのアクセスに困難がある高齢者人口と比率
 
12 内閣府(2018)「平成30年度 年次経済財政報告」。
13 高橋克也(2018)「食料品アクセス問題の現状と今後-『平成27年国勢調査』に基づく新たな食料品アクセスマップの推計からー」『フードシステム研究第25巻3号』
14 読売新聞朝刊「[@最前線]都市も深刻 買い物弱者 小規模店閉店、400メートルが遠く」)(2016年9月4日、大阪本社版)
(3)買い物や通院に不便を感じている国民の割合
内閣府が2018年度に実施した「⾼齢者の住宅と⽣活環境に関する調査」で、居住地域で不便や気になることを尋ねると、65歳以上(n=1,601人)では「日常の買い物に不便を感じる」と回答した人は15.7%、「医院や病院への通院に不便」が 14%、「交通機関が高齢者には使いにくい、または 整備されていない」が13.3%となり、移動に関する問題が上位を占めていた。都市規模別でみると、小都市や町村はいずれの回答も2割前後で、中都市・大都市(1割前後)よりも高い傾向があった。

また経済産業省が2014年度に行った調査では、上記の内閣府の調査で「日常の買い物に不便」と回答した60歳以上の人の比率を、総務省統計局の「人口統計」による60歳以上人口と乗じて、買い物弱者は全国に約700万人いると推計している15
 
15 Authur D Little「買物弱者・フードデザート問題等の現状及び今後の対策のあり方に関する調査報告書」(経済産業省委託調査、2014年度)。
2|移動困難に関する福祉領域からの問題意識の高まり
高齢者が自由に移動できず、家に閉じこもりがちになると、身体機能や認知機能低下など、健康状態に悪影響を及ぼす。健康状態の悪化は、高齢期の幸福や安心に直結する重大な問題である。そのため、高齢者の介護予防政策を担っている厚生労働省や、その現場を担当する市町村の福祉部局の中では、近年、移動に対する問題意識が高まっている。

同省が2019年度、全国の市町村の介護保険事業担当者を対象に行ったアンケートによると、高齢者の移動手段確保について、「問題だと感じる」「やや問題だと感じる」と回答した市町村は計95%に上った16。これを人口規模別にみると、小規模な自治体ほど強い問題意識を持っていた(図表12)。

また同じ調査の中で、市町村の協議体や、福祉の専門家が集まる「地域ケア会議」において、「高齢者の移動手段の確保に関する問題提起」が「ある」「たまにある」と回答したのは、協議体で77.2%、地域ケア会議で74.9%に上っていた。高齢者支援にあたる現場では、多くの市町村で移動手段の問題が露呈し、対策の必要性が増していることが分かった。
図表12 高齢者の移動手段の確保に係る市町村の問題意識
以上のように移動支援の問題がクローズアップされる中、これまで国や自治体はどのような取り組みを講じてきたのだろうか。以下、(1)地域ごとの公共交通ネットワーク形成促進、(2)新たな移動手段の制度化、(3)介護保険制度における取り組み――の3つに整理した上で、国・自治体の取り組みを考察する。
 
16 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2020)「介護保険制度等に基づく移動支援サービスに関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)
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保険研究部

三原 岳 (みはら たかし)

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