2021年02月05日

英国金融政策(2月MPC)-マイナス金利の実施可能性は低下か

経済研究部 主任研究員 高山 武士

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1.結果の概要:金融政策の変更なし

2月3日、英中央銀行のイングランド銀行(BOE:Bank of England)は金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)を開催し、4日に金融政策の方針を公表した。概要は以下の通り。
 

【金融政策決定内容】
・政策金利を0.1%で維持(変更なし)
・国債および投資適格級社債を総額8950億ポンドまで購入する(変更なし)

【議事要旨(趣旨)】
GDP成長率見通しは、2020年▲10%、21年5%、22年7.25%、23年1.25%
英EU間で新たな通商協定合意に至ったが、輸出減少やサプライチェーンの問題で21年1-3月期のGDPは約1%程度低下する
将来のマイナス金利実施のシグナルを送ることは望んでいない
将来の金融引き締めのために、ガイダンスを見直すよう指示することで合意した

2.金融政策の評価:マイナス金利の準備を続ける一方、出口戦略も意識

イングランド銀行は、今回のMPCでは主要な金融政策手段については変更しなかった。11月に資産購入策を拡充、12月にTFSME(中小企業支援向け流動性供給策)を延長しており、様子見姿勢を見せたと言える。

今回のMPCでは同時に金融政策報告書(MPR)を作成・公表している。2月のMPR見通しでは、2020年10-12月期の経済鈍化が11月時点よりは強かったとして20年の成長率見込みを上方修正(▲11%→▲10%)する一方、21年1-3月期は封じ込め政策の強化の影響でGDPを下方修正している。景気回復経路については、ワクチン普及などで21年中に需給ギャップが縮小することを見込んでおり、コロナ禍前(19年10-12月期)の水準を回復する時期が22年1-3月期である点は、11月の見通しとほぼ同じである。なお、英EUの新たな通商協定合意は概ね前回の前提通りだったとしている。

なお、今回のMPCではマイナス金利政策や、今後の出口戦略についても少し触れている。
マイナス金利政策では、6か月以内に実施することは悪影響が大きいと報告を受ける一方で、6か月以降には、「危機対応(contingency plan)」として実施できるよう準備を進めることで合意している。

イングランド銀行は、こうした要請が将来のマイナス金利実施といった金融政策のシグナルではない点を強調している。少なくとも足もと6か月の間に実施することは現実的でないことから、コロナ禍において即時に利用できる追加緩和策ではなく、利用可能性も低下していると見られる。

なお、出口戦略については、バランスシート縮小を見据えたガイダンスの見直しを指示している。

英国は1日あたりの感染者数が多い一方、ワクチン接種も急速に進んでおり、景気の下振れリスクも上振れリスクも双方意識されやすい状況と言える。イングランド銀行も様子見姿勢を取りつつ、追加緩和と緩和からの出口の双方について準備していると言えるだろう。

3.金融政策の方針

今回のMPCで発表された金融政策の概要は以下の通り。
 
  • MPCは、金融政策を2%のインフレ目標として設定し、経済成長と雇用を支援する
    • 委員会は現行の金融姿勢を維持することが適当だと判断した
    • 政策金利(バンクレート)を0.1%で維持する(全会一致で決定、変更なし)
    • 投資適格級の非金融機関社債で200億ポンド保有を維持する(全会一致で決定、変更なし)
    • 国債を総額8750億ポンド購入する(全会一致で決定、変更なし)
    • 資産購入額の総額は8950億ポンドとなる
       
  • MPCの経済およびインフレ見通しは2月のMPRに示している
    • 英国を含むいくつかの国でワクチン接種が始まり、経済の見通しが改善している
    • 一方で、英国および世界経済は変異株を含む感染者数の増加と封じ込め政策の再実施による影響を受けている
    • また、英EUの通商協定合意がなされ、2021年1月1日から適用された
       
  • 世界成長率は、感染者の増加と封じ込め政策による経済活動の抑制によって、2020年10-12月期に鈍化した
    • 金融市場は前回のMPCから底堅く推移している
       
  • 英国のGDPは20年10-12月期にはやや上昇するが、19年10-12月期を8%ほど下回るとみられる
    • これは数値上、11月時点の見通しよりも強い
    • 現在導入されている封じ込め政策は、規模・範囲の観点から、20年10-12月期よりも経済活動に影響を及ぼすと見られるが、19年4-6月期の1回目のロックダウンほど深刻ではないと想定される
    • 11月見通しとは対照的に21年1-3月期の成長率は4%近く落ち込むと予想される
       
  • 労働市場の状況は依然として解釈が難しい
    • 労働力調査基準の失業率は、9-11月平均で5.0%まで上昇したが、他の指標は労働市場の弛み(slack)が失業率以上に増加していることを示唆している
    • 政府の雇用支援策が失業率の急増を大幅に抑制している可能性が高い
    • 今後数四半期にわたって失業率はさらに上昇するだろう
    • 週当たり平均所得の伸びは11月見通しより強いが、基本賃金の伸びを過大評価している可能性がある
       
  • 2021年にかけて、ワクチン接種が封じ込め政策の緩和と人々の健康不安を緩和させ、GDPはコロナ禍前の水準まで急速に回復すると見ている
    • 経済活動は、公表済みの大胆な財政・金融政策によっても支えられるだろう
    • GDP成長率は、こうした要因による上昇圧力の緩和とともに鈍化し、2021年にかけて経済の生産力余剰(spare capacity)も解消するだろう
       
  • CPI上昇率は11月の0.3%から12月には0.6%まで低下した。
    • 最近のインフレ率の弱さは新型コロナウイルスが経済に与えている影響を直接・間接的に反映している
    • インフレ率は、特定サービス向けのVAT引き下げの終了やエネルギー価格の動向を受けて、春に2%の目標に向かって大きく上昇するだろう
    • MPCの中央見通しでは、金融市場の金利見通しを前提として、CPI上昇率は予測期間の2・3年目には2%に近づくとしている
       
  • 経済見通しにはかなりの不確実性が残る
    • 感染拡大の進展と実施される公衆衛生保護策と、家計、企業、金融市場がこれらの進展にどのように反応するかに依存する
       
  • MPCは引き続き状況を注視する
    • インフレ見通しが低下すれば、MPCは目的を達成するために必要な追加策を用意する
    • MPCは生産力余剰の解消と、2%のインフレ目標の安定的達成への著しい進展についての確証が得られるまでは、金融政策を引き締めるつもりはない
       
  • 委員会は今回の会合で、現行の金融姿勢を維持することが適当だと判断した

4.議事要旨の概要

記者会見の冒頭説明原稿および議事要旨の概要(上記金融政策の方針で触れられていない部分)において注目した内容(趣旨)は以下の通り1
 
1 また、報告書の内容も冒頭説明原稿に関する部分を中心に追記
(経済・インフレ見通し)
  • ウイルスと封じ込め政策の継続によって、状況は劇的・急速に変化している。
  • 英EUの新たな通商協定合意の主な特徴は11月MPRの仮定と類似したものになっている
    • 入手可能なデータや銀行業者調査では、季節性を考慮しても、年初以降の貨物量は少ないことが示唆されている
    • 2月のMPRでも、企業が通商協定に適応する間、2021年上半期の貿易および経済活動は低下するとの前提を維持している
    • 輸出減少とサプライチェーンの問題によるGDPの低下は2021年1-3月期で約1%程度としている
    • こうした貿易への影響は、21年4-6月期の終盤には解消すると想定している
 
(MPC見通し)
  • GDP成長率見通しは、2020年▲10%、21年5%、22年7.25%、23年1.25%
    (11月時点では20年▲11%、21年7.25%、22年6.25%、23年1.75%)
    • 22年1-3月期には19年10-12月期の水準に達する見通し
    • 失業率見通しは20年5.25%、21年6.5%、22年5%、23年4.25%(いずれも10-12月期)
    • CPIインフレ見通しは20年0.5%、21年2%、22年2.25%、23年2%(いずれも10-12月期の前年比)
 
(マイナス金利に関する運用上の準備)
  • 前回のMPC以降、ゼロもしくはマイナス金利の実務課題について健全性規制機構(Prudential Regulatory Authority:PRA)から、規制対象企業と組織的に連携(structured engagement)し、判明したことについて説明を受けてきた
    • PRAは6か月以内にマイナス金利を実施することは、運用上のリスクが増え、一部企業の安全性・健全性に悪影響を及ぼしかねないと結論付けた
  • PRAの説明に対するMPCの対応についての見方は様々である
    • MPCとして将来のどこかで、マイナス金利を意図しているといったシグナルを送ることを望んでいないことは明らかだった
    • しかし一方で、将来必要があればマイナス金利を実施できるように準備を始めることは適切だと結論づけた
    • MPCはPRAが企業と連携し、6か月経過後のどの時点でもマイナス金利を実施できるよう準備するように要請することで合意した
  • 加えて、MPCは、最近の資産購入策の急拡大を背景に、将来必要となる適切な金融引き締め戦略のために、これまでのガイダンスを見直すよう指示することで合意した
  • これらの要請やPRAによる監督上の行動は、将来の金融政策についてのシグナルとして解釈すべきではない点を改めて強調する
  • これらの要請は、より大きなショックやさらなる低金利が世界的に進んだ場合のために、金融政策手段を適切にしておくという文脈として理解されるべきである
    • 金融政策はある手段(政策金利)を動かすという(それも簡単ではないが)1次元的なものから、どの手段を利用し、将来必要となったときのためにどの手段を開発して道具箱に入れるか、といったより多次元的な選択が求められるようになった
    • しかし、こうした決定は、明らかに現在もしくは将来の政策決定とは切り離されており、危機対応計画(contingency plan)である
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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経済研究部   主任研究員

高山 武士 (たかやま たけし)

研究・専門分野
欧州経済、世界経済

経歴
  • 【職歴】
     2002年 東京工業大学入学(理学部)
     2006年 日本生命保険相互会社入社(資金証券部)
     2009年 日本経済研究センターへ派遣
     2010年 米国カンファレンスボードへ派遣
     2011年 ニッセイ基礎研究所(アジア・新興国経済担当)
     2014年 同、米国経済担当
     2014年 日本生命保険相互会社(証券管理部)
     2020年 ニッセイ基礎研究所
     2023年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2021年02月05日「経済・金融フラッシュ」)

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