2020年12月17日

EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)-EIOPAの2020年報告書の概要報告-

保険研究部 取締役 研究理事   中村 亮一

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1―はじめに

EIOPA(欧州保険年金監督局)は、2020年12月3日に、「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2020(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2020)」(以下、「今回の報告書」という)を公表1した。この報告書は、2016年12月26日に公表された「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2016(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2016)」、2017年12月21日に公表された「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2017(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2017)」、2018年12月18日に公表された「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2018(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2018)」、2019年12月17日に公表された「長期保証措置と株式リスク措置に関する報告書2019(Report on long-term guarantees measures and measures on equity risk 2019)」(以下、「前回までの報告書」等という)に続く、5回目の報告書である。これらの報告書を通じて、EU(欧州連合)のソルベンシーIIにおける長期保証(Long-Term Guarantees:LTG)措置及び株式リスク措置についての保険会社の適用状況やその財務状況等に及ぼす影響が明らかにされてきている。

前回までの報告書については、これまでも2017年1月及び2018年1月から2月、2019年1月から3月及び2020年1月から2月にかけて、それぞれ4回、5回、8回及び6回のレポート(以下、「前回までの報告書のレポート」という)で報告してきた。今回は、そのレポートの更新という意味合いで、EIOPAの今回の報告書に基づいて、ソルベンシーIIにおける欧州保険会社のLTG措置や株式リスク措置の適用状況について、その概要を6回のレポートに分けて報告する。  

2―今回の「長期保証措置及び株式リスク措置に関する報告書」について

2―今回の「長期保証措置及び株式リスク措置に関する報告書」について

1|今回の報告書の位置付け
ソルベンシーII指令では、LTG措置と株式リスク措置のレビューを2021年1月1日までに行うことを要求している。このレビューの一環として、EIOPAは、LTG措置と株式リスク措置の適用の影響について、毎年、欧州議会、欧州連合理事会、欧州委員会へ報告することが求められている。

今回の報告書は、先に述べたように、2016年にソルベンシーIIが導入されて以降のLTG措置と株式リスク措置に関する5回目で最後の年次報告書に相当することになる。

なお、レビュー自体は、以下の3つの要素で構成されている。

(1) EIOPAは、LTG措置と株式リスク措置の適用の影響について、欧州議会、欧州連合理事会、欧州委員会に毎年報告する。

(2) EIOPAは、LTG措置及び株式リスク措置の適用の評価に関する意見を、欧州委員会に提供する。

(3) EIOPAから提出された意見に基づいて、欧州委員会はLTG措置と株式リスク措置の影響に関する報告書を欧州議会と欧州連合理事会に提出する。この報告書は、必要に応じて立法提案を伴って行われる。
2|今回の報告書の構成
今回の報告書は、3つの主要なセクションで構成されている。

最初のセクションでは、LTG措置と株式リスク措置の見直しの法的背景及びこの報告書に使用されたデータに関する紹介情報を提供し、欧州保険市場の簡単な概要で締めくくっている。

第2のセクションでは、LTG措置と株式リスク措置が会社の財務状況に与える全体的な影響と、保険契約者保護への影響、投資への影響、消費者保護及び商品の利用可能性への影響、EU保険市場における競争と公平な市場への影響及び金融安定性への影響、を捉えている。

第3のセクションでは、各措置の影響をより詳細に説明している。

EIOPAは、2020年末までに提出された年次報告書等に基づいて、LTG措置と株式リスク措置の適用の評価に関する意見を欧州委員会に提出する予定となっており、2019年10月15日にはソルベンシーIIの2020年レビューにおける技術的助言に関するコンサルテーション・ペーパー(CP)を公表2している、このCPの内容については、2019年11月から2020年4月にかけての保険年金フォーカスで順次報告した。EIOPAは措置に関する最終的な変更案を含む最終評価を2020年12月31日までに欧州委員会に提出する予定である。

今回のレポートでは、今回の報告書の第2のセクションの「(LTG措置と株式リスク措置の)会社の財務状況への全体的な影響」を中心に報告する。
3|今回の報告書の基礎データ
この報告書に使用されたデータは、2019年12月31日の基準日ベースでNSAs(National Supervisory Authorities:各国監督当局)に保険及び再保険会社によって提出された定量的報告テンプレート(QRT)から取られている。なお、英国 (UK) が2020年1月31日に欧州連合 (EU) から離脱したことに整合して、報告書に示されたEEA(欧州経済地域)データは英国の会社からのデータを考慮していない(即ち、EEAはEU 27か国にアイスランド(IS)、ノルウェー(NO)及びリヒテンシュタイン(LI)を加えたものに等しい)ことに留意すべきである。2019年末時点での措置の使用と影響に関する英国のデータは、報告書の別添資料に示されている。
 

3―LTG措置及び株式リスク措置の概要

3―LTG措置及び株式リスク措置の概要

まずは、LTG措置及び株式リスク措置について、その概要を説明する。これについては、前回までの報告書のレポートで説明しているが、ここで再掲しておく。

ソルベンシーIIにおいては、景気循環効果を制限して、ソルベンシーIIの新しい規制枠組みへの円滑な移行を促進し、特に困難なマクロ経済環境に適応するために必要な時間を会社に提供することを目的として、(1)リスクフリー・レートの補外、(2)マッチング調整、(3)ボラティリティ調整、(4)リスクフリー・レートの移行措置、 (5)技術的準備金に関する移行措置、(6)ソルベンシー資本要件に違反した場合の回復期間の延長、といった「LTG措置」3や、(7)株式リスクチャージの対称調整メカニズム、(8)デュレーションベースの株式リスクサブモジュール、といった「株式リスク措置」が導入されている。
 
3 ここでのLTG措置には、狭義のLTG措置と移行措置が含まれている。
(1) リスクフリー・レートの補外(Extrapolation of the risk-free interest rates:UFRの使用)
技術的準備金を算出する際に使用するリスクフリー・レートについて、市場データ等が得られない超長期の値については、補外が必要となる。この補外の手法として、UFR(Ultimate Forward Rate:終局フォワードレート)を使用する。具体的には、(スポットレートではなく)フォワードレートが終局的に(外部から定められた)一定の水準に向けて収束するとの前提にたって、超長期の金利水準を決定する手法であり、この時に設定される終局のフォワードレート水準がUFRとなる。

(2) マッチング調整(Matching Adjustment:MA、以下では、この短縮表現を使用、以下同様)
保険会社の資産と負債がマッチングしており、区分管理されている等の一定の条件を満たしている場合には、資産のスプレッドが変化するリスクに晒されていない。資産スプレッドの変動が会社の自己資本に影響を与えるのを避けるために、監督当局の承認を得て、資産スプレッドの変動に応じて、リスクフリー・レートの期間構造を調整することが認められる。

(3) ボラティリティ調整(Volatility Adjustment:VA
債券市場の流動性低下や信用スプレッドの異常な拡大等を理由に債券相場が急落する等市場環境が混乱して、市場が適正な価格を提供しなくなったような場合に、保険会社によるプロシクリカルな投資行動を防止する観点から、債券スプレッドのボラティリティの影響を緩和するために、監督当局の承認を得て、リスクフリー・レートの期間構造を調整することが認められる。

具体的には、資産の参照ポートフォリオから得られる可能性のある金利と調整のないリスクフリー・レートとの間のリスク修正スプレッドの一定割合(65%)に基づいて、利率の上乗せを行うことができる。

(4) リスクフリー・レートの移行措置(Transitional on the Risk- Free Rate:TRFR
ソルベンシーIIの開始後16年間は、監督当局の承認を得て、適用されるリスクフリー・レートに対して、ソルベンシーいの割引率とリスクフリー・レートとの差異に基づいて、ソルベンシーIIの開始時はその差の100%であるが、16年間の移行期間にわたって直線的にゼロに縮小していく「移行調整」が認められる。ただし、ソルベンシーIIの開始前に締結された契約に対してのみ適用される。

(5) 技術的準備金に関する移行措置(Transitional on the Technical Provision:TTP
ソルベンシーIIの開始後16年間は、監督当局の承認を得て、ソルベンシーIの技術的準備金とソルベンシーIIの技術的準備金との差異に基づいて、ソルベンシーIIの開始時はその差の100%であるが、16年間の移行期間にわたって、直線的にゼロに縮小していく「移行控除」が認められる。ただし、ソルベンシーIIの開始前に締結された契約に対してのみ適用される。

(6) ソルベンシー資本要件に準拠しない場合の回復期間の延長(Extension of the Recovery Period:ERP
会社がSCRをカバーしていない場合、NSAは、会社に対して、SCRに準拠していないことを確認してから6ヶ月以内に、SCRをカバーする適格自己資本の水準を再設定又はSCRへの遵守を確実にすべくリスクプロファイルを縮小するために必要な措置を講ずる、ように要求しなければならない。NSAは、必要に応じて、その期間を3か月延長することができる。さらに、ソルベンシーII指令第138条第4項は、監督当局が特定の状況下で、SCR要件の遵守の再設定のための回復期間を、最大限 7年間までさらに延長することができる、と規定している。

この権限は、市場又は影響を受ける事業部門の重要なシェアを占める保険及び再保険事業に影響を及ぼす、次に掲げる「例外的な不利な状況」が発生した場合に適用される。

・予期せぬ鋭く急激な金融市場の下落
・持続する低金利環境
・影響の大きなカタストロフィックな事象

このERPは、NSAsの要請を受けて、EIOPAが例外的な不利な状況の存在を宣言した後にのみ付与することができる。ソルベンシーII委任規則第288条には、EIOPAが例外的な不利な状況の存在を評価する際に考慮すべきいくつかの要因と基準が記載されている。なお、EIOPAは、例外的な不利な状況が存在するかどうかを判断する前に、ESRB(European Systemic Risk Board:欧州システミックリスク理事会)に相談することができる。

(7) 株式リスクチャージの対称調整メカニズム(Symmetric Adjustment Mechanism to the Equity Risk Charge/Equity Dampener:ED又はSA
金融システムの過度の潜在的な景気循環効果を緩和し、保険及び再保険会社が、金融市場における維持されない不利な動きの結果として、追加的な資本を増やしたり、投資を売却したりすることを不当に強要される状況を回避するために、SCRの標準式の市場リスク・モジュールには、株価水準の変化に関する対称調整メカニズムが含まれている。株式市場が上昇した場合、対称調整はプラス(資本要件がより高い)となり、株式市場が下落した場合、マイナス(資本要件がより低い)となる。

(8) デュレーションベースの株式リスクサブモジュール(Duration-Based Equity Risk Sub-Module: DBER
SCRの標準式には、株式市場価格の水準の変動に起因するリスクを捉える株式リスクサブモジュールが含まれる。株式リスクサブモジュールは、株式の種類に応じて、株式市場価格が39%又は49%下落することを想定したリスクシナリオに基づいている。その株式リスクサブモジュールではなく、株式市場価格の下落を22%と想定するリスクシナリオに基づいて、一定の株式投資に関してデュレーションベースの株式リスクサブモジュールを使用することができる。 デュレーションベースの株式リスクサブモジュールは、一定の職業上の退職所得支給や退職給付を提供し、特に、会社の負債の平均デュレーションが平均12年を超え、 会社が少なくとも12年間は株式投資を保有することができる、というさらなる要件を満たす生命保険会社によってのみ適用することができる。
 

4―LTG措置及び株式リスク措置の適用要件

4―LTG措置及び株式リスク措置の適用要件

上記で述べたLTG措置及び株式リスク措置の適用要件等は、措置毎に異なっている。これについても前回までの報告書のレポートで説明しているが、ここで再掲しておく。
1|基本的な適用要件
「(1)リスクフリー・レートの補外」については、全ての会社に強制的に適用される。

「(7)株式リスクチャージの対称調整メカニズム(ED)」は、SCRの株式リスクサブモジュールを算出するのに標準式を使用(部分内部モデルが株式リスクサブモジュールをカバーしていない場合を含む)している会社は強制的となる。

これに対して、(2)~(5)、(8)のMA、VA、TRFR、TTP、DBERは、ソルベンシーII指令や規則に規定された条件を満たしていることを条件に、会社のオプションとなる。

(6)のERPについては、EIOPAによって例外的な不利な状況下にあると宣言された後に、SCR要件に違反する会社のみが適用できる。

従って、今回のEIOPAの報告書における分析は、会社のオプションとして適用されるMA、VA、TRFR、TTP、DBERが中心となっている。
2|複数の措置の同時適用時の要件
複数の措置を同時に適用することもできるが、以下のような一定の組み合わせは排除される。

・TTPを適用する会社はTRFRを適用できない(TTPとTRFRはいずれか一方のみ)。
・TRFRを適用する会社は、同じ(再)保険債務に対してMAは適用できない。
・MAを適用する会社は、同じ(再)保険債務ポートフォリオに対してVAは適用できない。

なお、例えば、異なる保険債務に対して、VAとMAを適用することは排除されない。
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保険研究部   取締役 研究理事

中村 亮一 (なかむら りょういち)

研究・専門分野
保険会計・計理

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