2020年09月23日

東南アジア経済の見通し~経済再開で景気持ち直しも、防疫措置の再強化や外需低迷により回復ペースは緩やかに

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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2-2.タイ
タイ経済は昨年、輸出低迷によって概ね+2%台の緩やかな成長となったが、今年に入ると新型コロナの感染拡大を受けて景気が悪化した。大打撃を受けた4-6月期は実質GDP成長率が▲12.2%と急減、アジア金融危機以来の低水準を記録した(図表8)。4-6月期の景気悪化は、国内外で実施された活動制限措置によって内外需が落ち込んだ影響が大きい。タイ政府は新型コロナの感染拡大に伴い、3月18日から学校と娯楽施設を閉鎖、26日から非常事態宣言を発令して外出・移動制限を強化するなど経済活動を著しく抑制した。その後は、5月3日から段階的な制限緩和に舵を切り、7月1日の制限緩和第5弾でほぼ全ての商業施設が再開されるまでになった。こうした活動制限の影響を受けて民間消費(同▲6.6%)と民間投資(同▲15.0%)が落ち込んだ。また外需は世界経済の急減や物流の混乱、各国の出入国規制を受けて財・サービス輸出(同▲23.3%)が急減した。

先行きのタイ経済は、4-6月期を景気の底に持ち直していくものの、その回復ペースは鈍く、年内までマイナス成長が続くと予想する。現在のところタイ政府はコロナ封じ込めに成功、ほぼ全ての経済活動が再開しており、内需の持ち直しが続くだろう。もっともソーシャルディスタンスの確保など感染防止策が継続されるほか、新型コロナの直撃を受けた対面型サービス業等での雇用・所得環境の悪化に伴う可処分所得の減少が消費の回復に水を差すだろう。また最近では、国内で反政府デモが勢いを増している。今後、デモが過激化して政情不安が収まらない状況が続けば、投資家信頼感が一段と冷え込む可能性がある。

一方、政府支出は内需の落ち込みを下支えるだろう。タイ政府が4月上旬までに打ち出した総額2.5兆バーツ(GDP比15%)の景気対策には、失業者向けの現金給付や中小企業向けの低利融資などが盛り込まれ、足元の内需の回復を後押ししている。その後もタイ政府は宿泊費や交通費を補助する国内旅行振興策「ウィー・トラベル・トゥギャザー」(224億バーツ)を7月に開始した。今後は政策効果剥落による景気悪化を抑えるために、追加的な経済対策が講じられると予想する。

外需は、世界経済の悪化や出入国規制の緩和の遅れなどから財・サービス輸出が低迷しよう。財貨輸出はコロナ禍からの立ち直りが早い中国向けが増加して小幅の減少に止まるだろうが、サービス輸出は外国人観光客の受け入れが遅れて大幅に減少しよう。タイの国際観光収入(GDP比、2018年)は12.5%と高く、観光業が基幹産業の1つとなっているだけに、インバウンド需要の消失が周辺国に比して大きな打撃となることは避けられない。

金融政策は、タイ銀行(中央銀行)が5月に今年3度目の利下げを実施し、政策金利を過去最低の0.5%まで引き下げている(図表9)。足元のインフレ率はマイナス圏にあるが、中銀は景気底入れ後の回復を見守りつつ、金融政策を当面据え置くものと予想する。

実質GDP成長率は、国内の活動制限措置と観光業の悪化が響いて20年が▲7.5%(19年:+2.4%)と低下するが、21年が+4.7%に上昇すると予想する。
(図表8)タイの実質GDP成長率(需要側)/(図表9)タイのインフレ率と政策金利
2-3.インドネシア
インドネシア経済は昨年まで概ね+5%の成長ペースが続いたが、今年に入ると首都圏の洪水被害に新型コロナウイルスの感染拡大の影響が追い打ちとなって景気が急減速した。4-6月期はコロナ封じ込めを目的に国内外で実施された活動制限措置の影響が本格的に現れて内外需が急減してマイナス成長(同▲5.3%)となった(図表10)。インドネシアは全国一律の活動制限ではなく、地方自治体毎に感染状況に応じた制限を実施している。4月3日に大規模な社会的制限(PSBB)が施行されると、ジャカルタ特別州や西ジャワ州などの地方自治体が順次PSBBを発動、学校や(国民生活に直結する分野を除く)職場での就労、公共交通機関を制限し、違反者には罰則を科す厳しい規制を実施した。その後は経済への影響を踏まえ、一部の自治体が6月からPSBB解除に向けた移行期間フェーズ1を開始したものの、4-6月期は商業施設の一時閉鎖・入店制限など経済の停滞期間が長かったため、民間消費(同▲5.5%)と投資(同▲8.6%)が落ち込んだ。また外需は世界経済の急減や物流の混乱、出入国規制を受けて財・サービス輸出(同▲11.7%)が急減した。

先行きのインドネシア経済は4-6月期を景気の底に持ち直し、10-12月期にプラス成長に戻ると予想する。インドネシアでは制限措置を緩和して以降、新型コロナの感染拡大が加速して足元の新規感染者数は1日3000人台で高止まりしている。未だ感染第1波を乗り越えることができない状況が続くなかでは更なる制限緩和が進まず、むしろ医療崩壊のリスクを警戒してPSBBを強化する動きもある(ジャカルタ特別州は9月14日からPSBBを再強化)。従って、当面はPSBBの緩和と強化を繰り返す展開が続くとみられ、7-9月期以降の内需の持ち直しの動きは緩慢となる公算が大きい。また労働市場の悪化による可処分所得の減少は消費に水を差すほか、外需は世界経済の低迷や出入国制限の緩和の遅れなどからサービス輸出を中心にしばらく低迷するとみられる。さらに、こうした需要低迷は投資の下押し圧力となるだろう。

一方、政府部門は景気下支え役となる。政府は今年3月に法人減税や財政赤字ルールの時限的緩和、更には中銀の国債直接購入を認めるなど積極財政で景気を支える姿勢を示している。また政府は省庁間の連携不足などから予算拠出が遅れる国家経済復興(PEN)プログラム(総額695兆ルピア、GDP比4.4%)に対し、組織再編や手続きの簡素化、予算再配分など執行を加速するため措置を講じた。貧困者や失業者、中小企業向けの支援策などは来年も継続される計画である。

金融政策は、インドネシア銀行(中央銀行)が7月に今年4度目の利下げを実施、政策金利を過去最低の4.0%に引き下げたほか、10月には自動車ローンの頭金規制を緩和する方針を示している(図表11)。先行きは内需の弱含みによりインフレ圧力の高まりにくい状況が続くなか、中銀は景気とコロナ感染と通貨の動向を注視しつつ、年内1回の追加利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は20年が▲1.1%と19年の+5.0%から低下、21年が+5.4%に上昇を予想する。
(図表10)インドネシア実質GDP成長率(需要側)/(図表11)インドネシアのインフレ率と政策金利
2-4.フィリピン
フィリピン経済は過去8年連続で年間+6%以上の高成長を続けてきたが、今年に入ると新型コロナの感染拡大を受けて景気が悪化した。4-6月期はコロナ封じ込めを目的に実施された活動制限措置の影響が直撃し、成長率が▲16.5%と急減、1984年の債務危機以来の二桁マイナス成長となった(図表12)。4-6月期の景気悪化は内外需の落ち込みによるものだ。フィリピン政府は新型コロナの感染拡大に伴い、3月中旬からルソン島全域で広域隔離措置(ECQ)を実施し、外出の禁止や公共交通の停止、生活必需品を除く製造・サービス活動を制限した。その後、ECQを全国的に拡大して経済停止状態に陥ると、経済的な影響を考慮して6月1日からマニラ首都圏に比較的制限の少ない一般的隔離措置(GCQ)を適用、大半の企業活動を認めた。4-6月期はこうした隔離措置が続いたため、民間消費(同▲15.5%)と投資(同▲37.8%)が落ち込んだ。また海外労働者からの送金の減少も消費の落ち込みに繋がったとみられる。外需は世界経済の停滞や物流の混乱、世界各国の出入国規制を受けて財・サービス輸出(同▲37.0%)が急減した。

先行きのフィリピン経済は、4-6月期を景気の底に持ち直していくものの、その回復ペースは鈍く、年内までマイナス成長が続くと予想する。フィリピンでは6月に活動制限措置を緩和して以降、新型コロナの感染拡大が続いたため、政府は医療崩壊リスクを警戒して、やむ無く8月4日からマニラ首都圏と近隣州で2週間の外出・移動制限措置を実施した。しかし、足元の新規感染者数は1日3000人台で高止まりしており、未だ感染第1波を乗り越えることができていない。今後も経済活動と感染防止のバランスを取らざるを得ず、内需の持ち直しの動きは緩慢となる公算が大きい。また対面型サービス業等での雇用・所得環境の悪化に伴う可処分所得の減少や海外送金の減少は今後も民間消費と投資を圧迫するだろう。外需については、世界経済の悪化や出入国規制の緩和の遅れなどから財・サービス輸出が低迷しよう。

政府支出は引き続き景気を下支えるだろう。今年末にかけては8月に成立した新コロナウイルス対策法第2弾(1,665億ペソ)の執行が続き、来年は大型の政府予算案(4.5兆ペソ、前年比9.9%増)の執行が見込まれる。政府は給付や低利融資などの緊急措置に加え、医療体制の強化、社会保障の充実、停滞したインフラ投資の再拡大、そして法人減税を通じてコロナショックで傷んだ国内経済を立て直す公算だ。

金融政策は、フィリピン中銀(BSP)が今年に入って4会合連続の利下げ(計▲1.75%)を実施、政策金利を過去最低の2.25%まで引き下げている(図表13)。また預金準備率の引き下げや3,000億ペソ規模の国債買い入れ、不動産に対する融資規制の緩和など、景気下支えに向けて政策を総動員している。先行きは内需の弱含みによりインフレ圧力の高まりにくい状況が続くなか、中銀は年内1回の追加利下げを実施すると予想する。

実質GDP成長率は20年が▲7.2%(19年:+6.0%)に低下、21年が+7.7%に上昇を予想する。
(図表12)フィリピンの実質GDP成長率(需要側)/(図表13)フィリピンのインフレ率と政策金利
2-5.ベトナム
ベトナム経済は昨年、世界経済の減速傾向が続く中でも、米中貿易摩擦を背景とする中国からの生産移管が進んで+7%前後の高成長が続いたが、今年に入ると新型コロナの感染拡大を受けて景気が急減速した。4-6月期はコロナ封じ込めを目的に実施された活動制限措置の影響が直撃して成長率が前年同期比+0.4%と、1-3月期の同+3.7%から一層鈍化した(図表14)。4-6月期は周辺国が軒並みマイナス成長に陥るなか、ベトナムは小幅ながらプラス成長を確保、新型コロナの影響を免れることはできなかったものの、底堅さを印象付けた。ベトナム政府は中国における新型コロナの感染拡大を受けて、早期に入国者の隔離や感染者・接触者の追跡など感染防止策に注力、4月から全国的な社会隔離措置(不要不急の外出の禁止や旅客輸送サービスの制限など)を実施した。政府はコロナ封じ込めに成功して僅か3週間ほどで制限緩和に舵を切り、感染リスクの低い地域毎に順次経済活動を再開させていった。4-6月期は世界経済が急速に悪化、また国内では短期間ながらも厳格な制限措置が実施される厳しい経済環境が続いたため、サービス業(同▲1.8%)と工業・建設業(同+1.4%)が停滞した。サービス業の悪化はインバウンド需要の消失により観光業が打撃を受けた影響も大きい。

先行きのベトナム経済は、4-6月期を景気の底に持ち直しの動きが続くと予想する。ベトナムは7月に新型コロナの第2波が広がり、初の死亡例が出る事態となった。政府は感染源となった中部ダナン市で社会隔離措置を実施した結果、再びコロナ封じ込めに成功したものの、7-9月期も活動制限による景気の下押し圧力が続くこととなった。今後も第3波、第4波が発生する度に景気回復ペースが遅れるなど、ベトナム経済は楽観視出来ない状況が続くと予想される。

景気のけん引役は引き続き製造業が担う。米中対立の長期化やEU・ベトナム自由貿易協定(EVFTA、今年8月発効)を受けて、今後も外国資本のベトナム進出は続くだろう。もっとも短期的には世界経済が低迷し、外国人の入国制限が続くなかでは貿易・投資がコロナ禍前ほどに拡大するとは見込みにくい。またインバウンドの落ち込みも続くため、観光・製造部門を中心に雇用・所得環境の改善が遅れるだろう。結果として、サービス業の回復は製造業と同様に緩やかなものになると予想する。

金融政策は、新型コロナの感染拡大による経済の停滞を受けて、ベトナム国家銀行(中央銀行)が今年3月と5月に計1.5%の利下げを実施している。先行きのインフレ率は政府の価格統制や景気回復の遅れなどによりインフレ圧力の高まりにくい状況が続くものの(図表15)、中銀は当面は金融政策を据え置くと予想する。なお、第3波の発生など更なる景気の下振れリスクが高まった局面では追加的な利下げを実施するだろう。

実質GDP成長率は20年が+2.6%と19年の+7.0%から低下、21年が+6.8%に上昇を予想する。
(図表14)ベトナムの実質GDP成長率(供給側)/(図表15)ベトナムCPI上昇率(主要品目別)
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

(2020年09月23日「Weekly エコノミスト・レター」)

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