2020年09月15日

タイの生命保険市場(2019年版)

経済研究部 准主任研究員   斉藤 誠

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1―市場概況

2019年のタイ生命保険市場の正味収入保険料(返戻金控除前)は前年比3.1%減の5,981億バーツ(約2.0兆円)となり、前年の同4.3%増を下回った(図表1)。収入保険料の内訳を見ると、初年度収入保険料が1,737億バーツ(同1.6%減)、次年度以降収入保険料が4,243億バーツ(同3.7%減)となり、それぞれ減少した。

保有契約件数は前年比1.2%増の2,657万件、保有契約高は前年比5.6%増の19.7兆バーツ(約66.8兆円)となった(図表2)。結果として、1件当たりの保有契約高は74.1万バーツと、前年から3.1万バーツ増加した。

タイ経済は中長期的な成長ペースが低下基調にあり、2019年の名目GDP成長率が前年比3.1%増(前年:同5.7%増)と、5年ぶりの低水準となった。2019年は米中貿易摩擦の激化による世界経済の減速やバーツ高に伴う輸出競争力の低下を受けて輸出が低迷、年末にかけては政府の予算執行が遅れて内需が減速した。一方、個人消費(前年比5.6%増)は雇用の安定と政府の低所得者向け支援策の実施によって堅調に拡大した。個人消費の増加にもかからわず生命保険販売が振るわなかったのは、低金利環境が長期化したこと、新しい会計基準であるIFRS第9号「金融商品」やIFRS第17号「保険契約」、リスク・ベースの資本規制フェーズ2(RBC2)といった規制変更に備えて各社が消費者ニーズに応える商品を出せなかったことが挙げられる。実際、生命保険各社は貯蓄機能を持つ一時払い保険が長期的に保険会社の収益を圧迫することを見越して販売を抑えたため、初年度収入保険料の約半分を占める一時払い保険料は前年比18.0%減と落ち込んだ。このほか、先行きの経済見通しの悪化や株価の弱含みによる逆資産効果、そして家計債務の高止まりなどが販売の重石になったと考えられる。
(図表1)正味収入保険料の推移/(図表2)保険契約高と保有契約件数
(国際比較)
スイス再保険会社1によると、2019年のタイの生命保険料(名目ベース)は前年比0.0%減の178億ドルとなり、世界全体の伸び(同1.2%増)を下回った。上述のとおりバーツ建て保険料が減少した一方、ドル建ての保険料がゼロ成長だったのは2019年のタイ・バーツが増価傾向で推移したためである。

2019年のタイの保険密度(国民1人当たり生命保険料)は256ドル、生命保険浸透度(対GDP比生命保険料)は3.3%であり、日本や韓国、台湾、香港、シンガポールといったNIEs(新興工業経済地域)4カ国と比べると依然として低水準に止まっている(図表3、4)。このことはタイ生命保険市場が将来の成長余地が十分にあることを示しており、それぞれの指標は今後も緩やかに上昇していくものと予想される。
(図表3)アジア各国の保険密度 1人当たり生命保険料(2019年)/(図表4)アジア各国の生命保険浸透度 対GDP比生命保険料(2019年)
 
1 スイス再保険会社Swiss Re,Sigma No4/2020
 

2―保険種類別の販売動向

2―保険種類別の販売動向

保険種類別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、普通保険が前年比12.4%増の1,034億バーツ、団体保険が前年比4.5%増の564億バーツと上昇した。一方、簡易保険が同18.4%減の5億バーツ、個人傷害保険が同3.9%減の49億バーツ、(ユニット・リンク保険や年金保険などの)その他が同52.2%減の159億バーツとなり、それぞれ減少した(図表5)。その他の保険販売の急減は、景気の減速傾向が続く中でユニット・リンク保険の販売が振るわなかったことが主因とみられる。

収入保険料を見ると、最大の普通保険が前年比2.1%減の4,819億バーツ、団体保険が同7.1%増の766億バーツ、簡易保険が同5.0%減の58億バーツ、個人傷害保険が同3.9%減の49億バーツ、その他が同17.6%減の441億バーツとなった。その結果、収入保険料シェアは普通保険が78.6%(前年対比+0.2%ポイント)となり、依然としてシェアの大半を占めている。もっとも、基調としては年金保険やユニット・リンク保険の販売が増える傾向にあり、保険商品の多様化が進みつつあることは確かだ(図表6)。
(図表5)保険種類別の新契約保険料/(図表6)保険種類別の収入保険料シェア

3―商品別の販売動向

3―商品別の販売動向

普通保険の商品別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、ここ数年で減少傾向にあった養老保険が同18.0%増の701億バーツと好調だった(図表7)。また終身保険は前年比3.6%増の303億バーツ、定期保険は同2.2%減の27億バーツとなった。

収入保険料を見ると、最大の養老保険が同5.4%減の3,307億バーツと鈍化する一方、終身保険が前年比6.2%増の1,460億バーツと上昇した。収入保険料シェアは養老保険が68.6%(前年対比2.3%ポイント減)と依然として大半を占めているものの、終身保険のシェアが徐々に拡大してきている(図表8)。このことは低金利環境と所得向上を背景に消費者ニーズが「貯蓄」をメインとした養老保険から「保障」をメインとした終身保険に移りつつあることの現れとみられる。
(図表7)普通保険の商品別の新契約保険料/(図表8)普通保険の商品別の収入保険料シェア

4―販売チャネル別の販売動向

4―販売チャネル別の販売動向

販売チャネル別に新契約保険料(元受ベース)を見ると、主力のエージェントが前年比4.3%増の646億バーツと2年ぶりのプラスに転じた一方、近年好調の銀行窓販が同13.1%減の893億バーツと低調だった。またブローカーが同62.5%増の175億バーツ、直販が同95.3%増の175億バーツとなり、それぞれ好調だった(図表9)。

収入保険料を見ると、最大のエージェントが同3.4%増の3,165億バーツと緩やかに増加した一方、銀行窓販が前年比12.7%減の2,432億バーツと減少した。またブローカーが同48.4%増の280億バーツと好調だったほか、直販(同26.8%増、133億バーツ)が3年ぶりのプラスとなった。結果とし、収入保険料シェアはエージェントが51.6%と、前年から2.9%ポイント拡大して最大の販売チャネルとなった一方、銀行窓販が39.6%となり、前年から4.6%ポイント縮小した(図表10)。銀行窓販は2002年の解禁以降、銀行が有する堅固な顧客ネットワークを活用し、シンプルでわかりやすい商品内容が人気を集めて、近年マーケットシェアを拡大させてきたが、低金利の長期化等を背景に主力の一時払い保険の販売が振るわず、久々にシェアを落とした。
(図表9)販売チャネル別の新契約保険料/(図表10)販売チャネル別の収入保険料シェア

5―会社別の販売動向

5―会社別の販売動向

会社別に新契約保険料(上位7社、元受ベース)を見ると、最大手のAIA が314億バーツ(同5.8%増)と、主力のエージェント経由の販売が低調だったものの、商業銀行大手バンコク銀行との提携で拡大した銀行窓販が好調だった(図表11)。AIAと同じくエージェント販売が主力のThai Lifeは275億バーツ(同11.9%増)と堅調に拡大して2位につけた。3位のMuang Thai Lifeは主力の銀行窓販が持ち直して、前年比14.0%増の260億バーツ。Muang Thai Lifeと並びタイ四大銀行グループに属するSCB Life(154億バーツ、同10.2%増)は好調だったが、5位のKrungthai AXA Life(141億バーツ、同34.7%減)は順位を1つ落とす結果となった。またFWD Life(113億バーツ)とPrudential Life(101億バーツ)も銀行窓販で明暗が分かれ、それぞれ同25.7%増、同24.8%減となった。

収入保険料シェア(上位7社)を見ると、新契約保険料が伸びた最大手のAIAは23.1%(対前年1.7%ポイント増)、Thai Lifeが15.1%(対前年1.3%ポイント増)と、それぞれ2年連続でシェアを拡大させた(図表12)。一方、Muang Thai Lifeは13.7%(対前年1.4%ポイント減)、Krungthai AXA Lifeは9.6%(対前年1.1%ポイント減)、SCB Lifeが7.4%(対前年0.7%ポイント減)、Bangkok Lifeは5.8%(対前年0.7%ポイント減)となり、それぞれシェアを落とした。このほか、Allianz Ayudhyaは前年から横ばいの5.3%だった。
(図表11)会社別の新契約保険料/(図表12)会社別の収入保険料シェア

6―資産運用状況

6―資産運用状況

まず2019年の投資環境を振り返ると、国際金融市場では米中貿易摩擦の激化に伴う世界経済の減速を受けて投資家のリスク回避姿勢が強まるなか、タイ経済は輸出低迷を受けて景気の減速傾向が続き、タイ株式市場は軟調に推移した(図表13)。タイの代表的な株価指数であるSET指数は年間で6.2%下落した。一方、債券市場はタイ銀行(中央銀行)が景気支援を目的として年後半に政策金利を0.5%引き下げるなど緩和的な金融政策を続けたため、タイ10年国債金利は通年で2%台半ばから1%台半ばまで低下した。このほか、タイが大幅な経常黒字と潤沢な外貨準備を有していることも資本流出を抑制し、金利の低位安定に繋がった。

タイ生命保険会社の運用資産構成割合を見ると、2018年は公共債が58.6%、民間債が24.4%、株式等が11.0%、貸付が4.5%となった。引き続き国債中心の安定運用が行われているものの、国債から民間債券へのシフトが着実に進んでいる。また上述のとおり株価下落と低金利が続いたことから株式のウェイトは2年連続で低下した。(図表14)。

運用費用を差引いたネットの運用収益は、国債や社債の安定した利息収入を中心に1,270億バーツと、前年から72億バーツ増加(前年比6.0%増)した。
(図表13)タイ株価と10年国債金利の推移/(図表14)資産構成比の推移

7―収支動向

7―収支動向

2019年の生命保険業の収支動向を見ると、資産運用収益は堅調に拡大したものの、保険料等収入の減少によって経常収益が前年比0.4%減の7,083億バーツと僅かながら減少した(図表15)。一方、経常費用(前年比2.1%増)は保険金等支払と契約者配当の二桁増によって経常収益の伸びを上回った。以上の結果、経常利益は前年比29.7%減の397億バーツとなり、2年ぶり減少した。
(図表15)生命保険業の収支動向

8―おわりに

8―おわりに

2019年のタイ生保市場は低金利の長期化や先行きの経済見通しの悪化などを受けて停滞した。収入保険料の伸びは2015年から鈍化傾向にあったが、2019年は更に拍車がかかってマイナスとなった。収入保険料の減少は、アジア通貨危機を受けて販売が落ち込んだ1998年以来である。

2020年上半期の新契約収入保険料は前年比9.3%減の762億バーツ、収入保険料全体でも前年比3.3%減の2,859億バーツとなり、それぞれ減少した。新型コロナウイルスの世界的流行による景気後退を背景に所得・雇用環境が減少したほか、3月26日の緊急事態宣言の発令に伴う商業施設の閉鎖や夜間の外出禁止等の活動制限(現在はほぼ撤廃)、ソーシャルディスタンスの確保の徹底が営業活動や消費者マインドに影響して販売不振に陥った。しかし、かかる厳しい情勢下においても健康保険(同7.4%増)と年金保険(前年同期比21.0%増)は前年に続いて好調だった。新型コロナウイルス感染症は国民の健康保険や所得補償に対する関心を高めたほか、差し迫った高齢化の備えに対する消費者需要は依然として高いことが明らかとなった。現在、経済の最悪期は脱しているが、輸出や観光といった主要セクターの回復は期待できず、年後半の景気の持ち直しは緩やかなものに止まるだろう。2年連続で収入保険料が減少する確度は高いといえる。

今後、経済活動がコロナ前の水準を取り戻すには相当の時間を要するが、タイ生命保険市場が再び増加傾向を辿ることは可能であろう。タイは高齢化と医療費の高額化が進む一方、公的保障は不十分であるため、老後の生活に不安を抱く国民は多い。従って、退職準備関連商品や健康関連商品の需要はこれまで以上に増していくものと予想される。また低所得者を対象とした少額で加入できるマイクロ保険や死亡保障を準備しながら積極的な資産形成ができるユニット・リンク保険の提供など顧客の選択の幅を広げることも求められる。このほか、低金利の運用難への対応として不動産やインフラストラクチャー、プライベートエクイティといった代替資産への投資拡大、販売チャネルの多様化、デジタル技術を駆使したサービス展開など、顧客ニーズに対応した取組みによる市場の成長余地は依然として大きい。
 
 

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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

(2020年09月15日「保険・年金フォーカス」)

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【タイの生命保険市場(2019年版)】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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