2020年08月19日

アップルとグーグルのプライバシー対応

立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授 田中 道昭

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4より最適な広告を配信するためにクッキーを活用
クッキーについてはどうであろうか。その利活用の仕方は、アップルとグーグルで異なる点の1つである。グーグルは、グーグルパートナーという第三者とクッキーを共有し、ユーザーごとの最適な広告配信に利活用している。アップルが「Apple News」や「App Store」といった自身の広告プラットフォームに閉じたなかでの広告配信にクッキーを利用するのに対して、グーグルは、言わば、デジタル広告のエコシステムのなかで広告収入を得るためにクッキーを利用していると捉えられる。
 
「Cookieは広告の効果を高める機能を果たします。Cookieがなければ、広告主はターゲットにリーチしにくくなり、表示された広告数やクリック回数の把握も困難になります」
 
「ニュースサイトやブログなど多くのウェブサイトは、Googleと連携して、訪問者に広告を表示しています。Googleは、パートナーと協力して、さまざまな目的にCookieを使用することがあります。たとえば、同じ広告を何度も表示しないようにしたり、クリック詐欺を検出して停止したり、より関連性が高いと考えられる広告(ユーザーがアクセスしたウェブサイトに基づく広告など)を表示したりするためなどに使用することがあります」
 
「Googleでは、Googleが配信する広告の記録をログに保存しています。通常これらのサーバーログには、ユーザーのウェブリクエスト、IPアドレス、ブラウザの種類や言語、リクエストの送信日時、ブラウザを一意に識別する1つ以上のCookieが含まれます。Googleがログデータを保持している理由はいくつかありますが、最も重要な目的は、サービスの向上とシステムのセキュリティ確保です。Googleでは、このログデータを匿名化しています。9か月経過した時点でログデータのIPアドレス部分が削除され、18か月経過した時点でCookie情報が削除されます」
5オープンなエコシステム「プライバシーサンドボックス」構想
クッキーに関連する最近のグーグルの動きを、以下に3つ紹介する。
 
1つめは、先に述べたように、ブラウザ「クローム」におけるサードパーティクッキーの利用制限である。グーグルは、2020年1月、今後2年以内に、「クローム」でネット閲覧履歴のデータが取得できるクッキー(「サードパーティクッキー」)の利用を制限するとの計画を明らかにした。このことは、デジタル広告におけるターゲッティング精度の低下、しいてはデジタル広告の提供にかかわるアドテック・ベンダーの売上・利益の低下につながると考えられる。
 
2つめは、2020年2月リリースの「クローム80」から、ウェブのプライバシーとセキュリティの強化を目的として、「SameSiteeクッキー(SameSite属性)」の設定を変更したことである。
 
「SameSiteクッキー(SameSite属性)」とは今ひらいているウェブサイトに貼られたリンク先へ移動する時(今ひらいているウェブサイトのドメインから別のウェブサイトのドメインへリクエストを送る時)、クッキーもいっしょに送るか・送らないかの設定を可能にするものである。3つの属性パターンがあり、「Strict」はクッキーを別のサイトへ送らない設定、「Lax」は送らない条件がStrictよりも緩い設定、「None」はクッキーを別のサイトへ送る設定。クッキーを別のサイトへ送る「None」設定にすると、クロスサイトリクエストフォージェリーなどセキュリティ上の脆弱性を生むことになる。
 
従来、クロームは「SameSite クッキー」がデフォルトで「None」になっていたことから、デジタル広告の提供にかかわるアドテック・ベンダーなどは「サードパーティクッキー」を使用してユーザーを複数のサイトにまたがって(クロスサイトで)追跡できていた。しかし、「クローム80」以降はデフォルトの設定が「Lax」に変更されたことから、クロームからアクセスするサイトと同じドメインのクッキー、つまり「ファーストパーティクッキー」しか設定されなくなった。
 
この「SameSiteクッキー(SameSite属性)」の設定変更によって、クッキーによるマッチング精度は低下する可能性があり、アドテック・ベンダーなどは適切な変更を行わなければ従来使えていたマーケティング資産が使えなくなる可能性も出てくる。
 
そして、3つめの動きが2019年8月に打ち出された「プライバシーサンドボックス」構想である。
 
グーグルは、クッキーの大規模な利用制限はフィンガープリントなどの不透明なテクノロジーを助長させることにつながり、逆に個人のプライバシーを損なうという考え方をとっている。そこで、グーグルが構想するのが、2019年8月の開発者向け年次会議「I/O2019」で計画が発表された「プライバシーサンドボックス」である。
 
「プライバシーサンドボックス」とは、広告主がユーザーの個人情報に直接アクセスすることなくターゲティング広告を行うためのオープン・プラットフォームです。「サンドボックス」には「子供が遊ぶ砂場」という意味があるが、インターネットにおいても砂場のようにプライバシー面で安心できる空間・仕組みを創るというグーグルの意図が伝わってくる。
 
おおまかな仕組みはこうである。広告主ではなく、ブラウザ「クローム」がユーザーの個人情報を保有・管理する。広告主は、「プライバシーサンドボックス」にあるプライバシー保護APIなどのツールを使いながらユーザーの個人情報を利活用、プライバシーを侵害することなくターゲティング広告を行う。オープンソースで、オープンなウェブ標準にすること、サファリやファイヤーフォックスといったグーグルのサービス以外にも適用してもらうことを目標としている。まだすべてが明らかになったわけではないが、考え方次第では、グーグルを中心とする新しいターゲティング広告のエコシステムとも捉えられよう。
 

3――「データの利活用」と「プライバシー保護」の両立

3――「データの利活用」と「プライバシー保護」の両立

アップルやグーグルなどデジタル・プラットフォーマーのビジネスモデルは、ITやデータの活用により、事業者、消費者、広告主など複数のユーザーを結びつけるサービスを1つのプラットフォーム上で提供するというものである。そして、デジタル・プラットフォーム上には必然的に、ユーザーの個人データ、個人情報が蓄積されることになる。このビッグデータこそデジタル・プラットフォーマー最大の強みであり、その「データの利活用」は彼らの成長の源泉となってきた。
 
こうした強みは、新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大に対する施策としても活かされている。
 
特に、アップルとグーグルは、それぞれ、マップアプリケーションから収集するユーザーの位置情報を利活用して、アップル『移動傾向レポート』、グーグル『COVID-19 コミュニティモビリティレポート』を作成・更新、開示している。これらレポートは、COVID-19の影響を受けて、人々のモビリティ、つまり移動がどのように変化したのかを示すものである。レポートの目的の一つは、各国当局におけるCOVID-19に関する政策立案を支援すること。これらは、ソーシャル・ディスタンシングや外出制限への効果の把握にも役立ち、また集団感染(クラスター)がどこで発生するのか、追加の医療リソースをどこに割り当てるべきなのかといった予測にも利用することができる。
 
例えば、グーグル『COVID-19 コミュニティモビリティレポート』の作成に使われているのは、グーグル・アカウントに記録された個人情報である。グーグル・アカウントには、設定次第では、検索や視聴の履歴といっしょに、何月何日のおおよそ何時何分にどこを訪れたのか、その訪れた地点の位置情報やその行程といった移動履歴が記録されている。レポート作成には、グーグル・アカウントでのこれら位置情報、移動履歴の記録がオンになっているユーザーから収集される匿名のデータセットが使われている。
 
さらに特筆すべきが、2020年4月10日付けプレスリリースで発表された、アップルとグーグルが新型コロナウイルス対策として濃厚接触の可能性を検出するテクノロジー開発で協力するという取組みである。新型コロナウイルスの感染者と濃厚接触した可能性があるユーザーにスマートフォンで通知するという仕組みで、アップル「iOS」とグーグル「アンドロイドOS」の間で相互に運用が可能とされている。
 
5月には、公衆衛生当局が提供するアプリを利用する「iOS」端末と「アンドロイドOS」 端末間で相互運用を実現するアプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)がリリースされた。これらのアプリは、ユーザーがそれぞれのアプリストアからダウンロードできるようになっている。さらに両社は、基盤となるプラットフォームにこの通知機能を組み込むことによって、より広範なBluetoothベースで濃厚接触の可能性を検出するプラットフォーム構築を目指すともしている。
 
コロナ禍における、ユーザーの個人情報を利活用したモビリティレポートの作成、「iOS」「アンドロイドOS」連携による濃厚接触の可能性を検出するテクノロジーの開発といった、アップル・グーグルの強みを活かした施策は、「データの利活用」の観点から世界中のほとんどのスマートフォンを対象とし、高い実効性を期待することができる。
 
しかしその一方で、個人情報にかかわるビッグデータを持つデジタル・プラットフォーマーによる取組みという点においては、プライバシーに関する懸念を完全に拭い去ることは難しい。
 
本稿で概観した通り、確かにアップルやグーグルはプライバシー保護への対応を進めてきているが、彼らの取組みを文字通り評価してよいものか、疑問を呈する声があるもの事実である。実際、本年1月に開催されたCES2020でのパネルディスカッション『チーフプライバシーオフィサー・ラウンドテーブル:消費者は何を求めているのか?』では、プライバシー保護で先行するアップルでさえも、プライバシーや個人情報の保護に関して厳しい目を向けられた。
 
さらには本年7月29日、米国下院の司法委員会は公聴会「Online Platforms and Market Power(オンラインプラットフォームと市場支配力))」を開き、米国プラットフォーマー企業4社(アマゾン、アップル、グーグル、フェイスブック)のCEOがオンラインで市場支配に関して証言を行った。同公聴会は、4社それぞれが、米国反トラスト法に違反する行為を行っていないか、独占的、優越的な地位を利用して不当に利益をあげたり適正な市場競争を妨げたりしていないかヒアリング調査することが主たる目的であった。
 
公聴会では各社とも、反トラスト法違反の疑いや指摘に対して、世界では激しい競争が存在しているとして反論している。しかし、プラットフォーマーは、「ビッグデータ×AI」で囲い込みを推し進め、さらなるデータ収集及びAI解析によって最適な商品・サービスやシステムを提供することで、プラットフォームそのものを拡大・強化し続ける。その強大な存在は市場競争への脅威となり、分割すべきとの議論もなされている。
 
強さの源泉である競争戦略によって起こる独占・寡占に対する批判にどのように対処するのか。これは、個人情報やプライバシーの保護に関する議論の高まりとも相まって、米中メガテック企業に突き付けられた課題である。
 
「プライバシー保護」にかかわる法規制強化の流れはもはや不可逆であり、「ビッグデータ×AI」によって個人情報を事業の核に据えてきたGAFAなどデジタル・プラットフォーマーには、「プライバシー保護」の概念を製品・サービスの設計・開発段階から取り入れることが求められている。彼らは、今後否応なく、「データの利活用」と「プライバシー保護」の両立というテーマへより高いレベルで対峙することになってこよう。
 
 

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立教大学ビジネススクール 大学院ビジネスデザイン研究科 教授

田中 道昭

研究・専門分野

(2020年08月19日「基礎研レポート」)

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【アップルとグーグルのプライバシー対応】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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