2020年08月12日

貸出・マネタリー統計(20年7月)~貸出の増勢は一服、預金が急激に増加中

経済研究部 上席エコノミスト 上野 剛志

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1.貸出動向:増勢一服も高い伸びを維持

(貸出残高)                                                                  
8月11日に発表された貸出・預金動向(速報)によると、7月の銀行貸出(平均残高)の伸び率は前年比6.37%と前月(同6.49%)からやや縮小した(図表1)。貸出残高の前年差も29.9兆円増と、6月の30.3兆円増から若干縮小している。ただし、伸び率はデータが開示されている1992年7月以降2番目の高水準を維持しており、リーマンショック後と比べてもかなり高い水準で推移している(図表2)。

これまで、新型コロナウイルス拡大に伴う経済活動の縮小に伴って企業の資金繰りが逼迫し、資金を確保する動きが急速に広がったうえ、5月からは政府の経済対策の一環として、民間金融機関での無利子・無担保融資制度が開始し、日銀も同制度のバックファイナンスなど新たな資金供給制度(新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ)を設けて貸出を後押ししてきたことが貸出の伸び率を押し上げてきた。
(図表1) 銀行貸出残高の増減率/(図表2)リーマンショック・コロナショック後の銀行貸出/(図表3) 業態別の貸出残高増減率/(図表4)貸出先別貸出金
一方で大企業では、前倒しの資金調達によって当面の資金繰りにメドが着いた企業も増えてきたため、伸び率の上昇が一服したと推察される。

現に、業態別に見ると、大企業向け融資に強みを持つ都銀の貸出伸び率が前年比7.79%(前月は8.58%)と明確に縮小する一方で、地銀(第2地銀を含む)では同5.15%(前月は4.68%)と引き続き伸び率が拡大している(図表3)。

中小企業向けの割合が高い地銀では経済対策の一環で実施している無利子・無担保融資の利用拡大が伸び率拡大に寄与しているとみられる。実際、同融資のバックファイナンスなどに充てられる日銀の新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペの残高は7月の間に6.3兆円増加している。
 
緊急事態宣言解除を受けて景気の最悪期は一旦脱したものの、7月以降は再び新型コロナの感染が拡大しており、景気のV字回復は見込めない。従って、企業の資金繰りには厳しさが残り、今後も無利子・無担保融資をはじめとする高い資金需要が予想される。銀行貸出も高い伸びが維持されるだろう。
(主要銀行貸出動向アンケート調査)
日銀が7月17日に発表した主要銀行貸出動向アンケート調査によれば、2020年4-6月期の(銀行から見た)企業の資金需要増減を示す企業向け資金需要判断D.I.は59と前回(1-3月期)の14から大幅に上昇した。D.I.の水準はリーマンショック直後にあたる2008年10-12月期の43を上回り、過去最高を更新した。全50行庫のうち42行庫が「(やや)増加した」と回答している。緊急事態宣言発令に伴う資金繰りの大幅な悪化によって、企業の資金需要が急激に高まったためだ(図表5)。

企業規模別では、大企業向けが46(前回は6)、中小企業向けが54(前回は13)とともに大幅に上昇している(図表6)。需要が「(やや)増加した」とした先にその要因を尋ねた問いでは、「資金繰りの悪化」、「手許資金の積み増し」を挙げた先が多かった。

一方、個人向け資金需要判断D.I.は▲24と、前回の▲7から大きく低下した。D.I.の水準は2009年7-9月期の▲15を下回り、過去最低を記録したことになる(図表5)。主力の住宅ローンが▲19(前回は▲8)、消費者ローンが▲31(前回は▲8)とともにマイナス幅を大きく拡大している。住宅ローン需要が「(やや)減少」とした先にその要因を尋ねた問いでは、「住宅投資の減少」を挙げた先が最多であった。
 
今後3ヵ月の資金需要については、企業向けD.I.が29と4-6月期から低下、増勢がやや鈍化すると見込まれているが、引き続き資金需要が増加するとの見立てになっている(図表5)。

他方、個人向けD.I.は▲6と4-6月期からマイナス幅が縮小するものの、引き続き資金需要の減少が見込まれている(図表5)。
(図表5)資金需要判断DI/(図表6)資金需要判断DI (大・中小企業)

2.マネタリーベース: 単月としては過去最大の伸びを記録

8月4日に発表された7月のマネタリーベースによると、日銀による通貨供給量(日銀当座預金+市中に流通する紙幣・貨幣)を示すマネタリーベースの前年比伸び率(平残)は9.8%と、前月(同6.0%)を大きく上回り、2017年12月以来の高水準となった(図表7)。

前月同様、日銀当座預金の減少要因となる政府による国庫短期証券の発行が急増したが、日銀が短期国債買入れを大幅に拡大したほか(図表9)、新型コロナ対応で導入された金融機関向け資金供給オペが増加し、日銀当座預金の増加要因となった。過去に実施したドル資金供給用の担保国債供給(当座預金減少要因)が期限を迎えて減少したことも日銀当座預金の増加に寄与した。なお、長期国債の買入れ額は3月以降増加基調に転じているが、伸びは限定的に留まっている(図表9)。
 
また、日銀券発行高、貨幣流通高の伸び率がそれぞれ前年比5.8%(前月は4.8%)、1.3%(前月は1.0%)と上昇したことも、マネタリーベースの伸び率拡大に寄与した。キャッシュレス化の流れは逆風だが、外出抑制が続くなかで家計に滞留する現金が増加したとみられるほか、経済活動再開に伴って現金需要がやや回復したことが影響したと推測される。
 
なお、7月末時点のマネタリーベース残高は576兆円と前月末比で11.1兆円増加した。季節性を除外した季節調整済み系列(平残)で見ると、前月比20.1兆円増と単月としては最高の伸びであった前月を大きく上回り、過去最高の伸びを記録している(図表8)。

日銀は引き続き前向きな緩和姿勢を維持し、各種資産の買入れや資金供給を積極的に続けると見込まれることから、マネタリーベースは当面高い伸びが続く可能性が高い。
(図表7) マネタリーベースと内訳(平残)/(図表8)マネタリーベース残高と前月比の推移/(図表9)日銀の国債買入れ額(月次フロー)/(図表10)日銀国債保有残高の前年比増減

3.マネーストック: 通貨総量の伸びが3ヵ月連続で過去最高を更新

8月12日に発表された7月のマネーストック統計によると、金融部門から市中に供給された通貨総量の代表的指標であるM2(現金、国内銀行などの預金)平均残高の伸び率は前年比7.87%(前月は7.25%)、M3(M2にゆうちょ銀など全預金取扱金融機関の預貯金を含む)の伸び率は同6.48%(前月は5.92%)とともに大きく上昇した(図表11)。伸び率はともに3カ月連続で2004年4月の現行統計開始以降の最高を更新している。既述のとおり、企業向け貸出の伸びが高止まりしているほか、家計・法人向け給付金支給の進展もあり、下記の通り預金の伸びが大きく押し上げられたことが主因となった。
 
M3の内訳では、普通預金等の預金通貨(前月13.42%→当月14.10%)の伸び率が上昇し、過去最高を更新したほか、現金通貨(前月4.64%→当月5.58%)の伸び率も上昇している(図表12)。

CD(譲渡性預金・前月▲10.15%→当月▲6.33%)、定期預金などの準通貨(前月▲2.70%→当月▲2.50%)の伸びも依然マイナス圏ながら、マイナス幅を縮小している(図表13)。
(図表11) M2、M3、広義流動性の伸び率/(図表12) 現金・預金の伸び率
(図表13)投資信託・金銭の信託・準通貨の伸び率 なお、広義流動性(M3に投信や外債といったリスク性資産等を加算した概念)の伸び率も前年比4.80%(前月は4.45%)と上昇し、前月に続いて過去最高を更新したが、M2やM3と比べると伸び率の水準は低い(図表11)。

内訳のうち、既述の通り、M3の伸び率が上昇したほか、投資信託(私募やREITなども含む元本ベース前月2.6%→当月2.8%)、国債(前月1.0%→当月1.5%)の伸び率も上昇したが、規模の大きい金銭の信託(前月▲1.3%→当月▲1.5%)のマイナス幅が拡大し、外債(前月3.3%→当月1.7%)の伸び率も低下したためだ(図表13)。
 
今後も企業の根強い資金需要に基づく貸出の高い伸びが予想されるほか、定額給付金等の支給が続くため、マネーストックの伸びも当面高止まりする可能性が高い。
 
 

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経済研究部   上席エコノミスト

上野 剛志 (うえの つよし)

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴
  • ・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
    ・ 2007年 日本経済研究センター派遣
    ・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
    ・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

    ・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

(2020年08月12日「経済・金融フラッシュ」)

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