2020年08月07日

厳しい状況が続く観光業-インバウンド需要が蒸発する中、頼れるのは国内旅行客だが-

藤原 光汰

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1――はじめに

新型コロナウィルスの感染拡大を受けた世界各国における海外渡航の制限に伴い、訪日外国人は急減している。2020年上半期の訪日外国人数は前年比▲76.3%の395万人となった。7月に公表された政府の成長戦略では、インバウンドの目標について「2020年に4,000万人」と記載されたが、達成するには、下半期だけで3,605万人の外国人が日本を訪れる必要がある。これは昨年1年間の実績の3,188万人を上回る人数である。新型コロナウィルスの感染拡大が収まらず、海外往来の再開も非常に不透明な状況に鑑みれば、2016年以降、毎年掲げられた「2020年に4,000万人」という目標の達成はほぼ不可能となっている。

また、日本国内居住者による国内旅行(以下、国内旅行)も、外出自粛要請、緊急事態宣言の発令の影響で大きく落ち込んでいる。宿泊施設の客室稼働率は4、5月に10%台まで水準を切り下げた後、6月に22.4%まで回復したものの、深刻な被害を被っている状況に変わりはない。日本の観光業は、インバウンド需要の蒸発に加え、日本居住者の旅行需要の減少により、危機に直面している。
(図表1)訪日外国人数の推移/(図表2)宿泊者数の落ち込み

2――日本国内における旅行消費額

2――日本国内における旅行消費額

海外渡航は厳しい制限が継続されているため、訪日外国人の回復は当面見込めないだろう。国際航空運送協会(IATA)の見通しによると、海外旅行の水準が2019年を回復するのは2024年になると予想されている。一方で、同見通しにおいて、国内旅行の水準は海外旅行に先駆けて回復すると主張されている。

新型コロナウィルスの感染により大きく落ち込んだ観光業を回復させるには、これまでのインバウンドに重きを置いた戦略から、しばらくは国内旅行の需要を喚起する方針にシフトする必要がある。
(図表3)日本国内における旅行消費額の推移 日本国内における旅行消費は、(1)訪日外国人による旅行消費額(以下、インバウンド消費額)に加え、(2)国内旅行消費額、(3)日本居住者による海外旅行の国内分がある。このうち(2)国内旅行は、宿泊旅行と日帰り旅行に分類される。(1)インバウンド消費額は、訪日外国人の増加に伴い、年々上昇しており、2019年は総額4.8兆円となった。(2)国内旅行消費額は、GWが10連休となったことが影響し、2019年は前年比7.1%の21.9兆円(うち日帰り旅行:4.8兆円、宿泊旅行:17.2兆円)となった(図表3)。

国内旅行消費額に趨勢的な上昇傾向はみられないが、ウエイトを確認すると、旅行消費全体の78.5%を占めている。インバウンド消費額は増加傾向にあったものの、2割に満たない規模に留まっている(いずれも2019年のデータ)。

このように規模でみると国内旅行のマーケットは非常に大きいため、国内旅行の需要を喚起することは、観光業の回復に対して有効な手段であるといえる。また、これまでのアウトバウンド(日本居住者による海外旅行)需要が国内旅行に置き換わることも期待される。
 

3――旅行需要の地域格差

3――旅行需要の地域格差

政府はこれまで、人口減少などの構造的な問題に直面している地方経済を活性化させる取り組みとして、観光業に重点を置いてきた。地方創生の観点から、地域別の動向について確認したい。また、次章で述べる「Go To トラベル キャンペーン」は、過去の「ふっこう割」などと異なり、ある特定の地域へのインセンティブが働かないため、人気の観光地へ需要が集中する可能性が高い。そのため、地域別の旅行需要を分析することが重要となる。

都道府県別の国内旅行消費額およびその名目GDPに占める比率を調べると、図表4のようになった。三大都市圏1は、地方部と比較すると、消費額が大きいことがわかる。一方で、三大都市圏における国内旅行消費額の名目GDPに占める比率は、京都府を除き、全国平均を下回る水準となっている。国内旅行は地方部ほどその恩恵を享受しているといえるだろう。

国内旅行消費額の割合は、三大都市圏が36%、地方部が64%である(図表5)。名目GDPの割合が53%と47%であることを踏まえても、国内旅行が地方創生に貢献していたことがわかる。したがって、国内旅行需要を早期に回復させなければ、それは地方経済にとっての重しとなろう。
(図表4)国内旅行消費額と名目GDPに占める比
(図表5)三大都市圏と地方部の比較 また、インバウンド需要の蒸発の影響を都道府県別に確認したのが図表6である。国内の旅行需要全体のうち、訪日外国人による需要が占める割合を「インバウンド比率」と表現し、「延べ宿泊者数」および「旅行消費額」についてのインバウンド比率を調べたところ、南関東や近畿でインバウンド比率が高くなっている。都道府県別にみると、南関東、近畿の中でも東京都、大阪府、京都府の比率が高くなっているほか、愛知県や福岡県なども比率が高い。図表5では、インバウンド消費額の73%が三大都市圏であると示されている。したがって、インバウンド需要蒸発による損失は大都市を有する都道府県ほど痛手となるとみられる。
(図表6)インバウンド比率
 
1 東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、愛知県、大阪府、京都府、兵庫県の8都府県を指す。それ以外を地方部と呼ぶ。
 

4――需要喚起と感染対策

4――需要喚起と感染対策

新型コロナウィルスの感染拡大により、大きく落ち込んだ観光業の回復を図るべく、「Go To トラベル キャンペーン」が7月22日よりスタートした。国内旅行を対象に、1人1泊あたり2万円を上限旅行代金の50%相当を支援する制度である。しかし、新型コロナウィルスの感染者数が増えている中、旅行を促進することへ批判的な見方も出ている。政府は、感染者数の突出している東京都を補助の対象外としたほか、新型コロナウィルスの感染が広がっている若年層、重症化しやすい高齢者に対し、大人数での旅行の自粛を呼び掛けている。このような感染対策を同時に行わざるを得ないため、需要喚起の効果は十分に発揮できていない。7月の4連休は、「Go To トラベル キャンペーン」の効果も虚しく、感染前の水準を取り戻せなかった観光地が多かったという2
(図表7)年齢階級別の旅行への支出額 自粛要請を受けて、若年層、高齢者による国内旅行需要が消滅するわけではないが、世代ごとの旅行需要の大きさについても確認しておく必要がある。年齢別に、1世帯あたりの旅行に対する支出額を調べると、年齢階級が上がるにつれて支出額は増加しており、60代で最も支出額が大きくなっている(図表7)。支出額が最も大きい60代以上の高齢者を対象に旅行の自粛を要請することは、観光業にとって大きなマイナスだとわかる。また、2020年の観光白書によると、近年20代を中心とした若年層の旅行経験率が上昇傾向にあり、観光業からすると若年層による旅行消費の存在感が増してきている。いずれにしても、感染対策の対象をしぼったところで、観光業の回復が遠のいてしまうことに変わりはないということだ。新型コロナウィルスの感染対策を実行しながら旅行需要を喚起する方針はしばらく続くことが見込まれるため、観光業が厳しい状況から脱却するのには時間がかかるだろう。
 
2 日本経済新聞2020年7月28日朝刊3面「4連休、人手戻らず」
 

5――おわりに

5――おわりに

国内旅行のピークは8月である。8月は夏休み期間にあたり、観光地にとってまさにかき入れ時であるが、コロナによる休校が長引いた影響で、小学校、中学校、高校は夏休みを短縮させたところが大半だ。外出を自粛する人も依然として多く、8月の観光地に閑古鳥が鳴く懸念がある。

さらに、人々が3密を避ける傾向は今後も続く。観光地には日本各地(海外渡航が完全再開された後なら世界中)から観光客が集まるため、3密が形成されやすい。人々が旅行を敬遠する心理を払拭する取り組みとして、観光地の混雑期を外して旅行に行くことができるようになるための、休暇の分散といった制度設計が求められよう。

引き続き、観光業の落ち込みから回復させる取り組みが必要だ。
 
 

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藤原 光汰

研究・専門分野

(2020年08月07日「基礎研レター」)

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