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なぜテレワークは日本で普及しなかったのか?-経済、働き方、消費への影響と今後の課題-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
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1――テレワークや在宅勤務の現状
テレワークは「離れた場所」という意味の「tele」と働くという意味の「work」を組み合わせた言葉で、総務省は「ICTを活用した時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」として定義している。日本ではテレワークと在宅勤務がほぼ同じ意味で使われているものの、厳密に区分すると在宅勤務はテレワークの一つだと言える。つまり、テレワークは、在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイルワークに区分することができる。
2――なぜ今までテレワークは普及しなかったのか?
まず、欧米諸国ではジョブ型の雇用制度を実施している会社が多いことに比べて、日本の場合はメンバーシップ型の雇用制度を実施している会社が多く、会社に対する帰属意識が欧米諸国に比べて強い点が挙げられる。ジョブ型雇用が職務を明確にした上で最適な人材を配置することに対して、メンバーシップ型雇用は職務を限定せず広く人材を採用し、OJTや社内研修で教育を行い、職務に必要な知識と経験を積ませるのが特徴である。つまり、ある特定の職務が担当できる人を採用するのではなく、採用した後に職場内の多様な職務を担当させる。入社と同時に組織のメンバーとして扱われ、担当していた業務がなくなっても配置転換され、定年まで雇用が保証される。その代わりにサービス残業の発生問題や、転勤や配置転換などの業務命令に従わざるを得ないケースが多い。また、業務を一人で担当せず、チームなどのグループで担当するため、メンバー同士の頻繁なコミュニケーションを必要とする。
二つ目の理由として、ハンコ(印鑑)文化と紙書類中心の企業文化が強く残っていることが挙げられる。緊急事態宣言以降、不要不急の外出自制が要求され、多くの企業がテレワークを実施していたにも関わらず、FAXや紙の契約書類等に押印をするために出社する人が一定数いたことがマスコミの報道で明らかになった。自宅のパソコンで作業をしても最終的には紙に印刷をし、上司のハンコをもらって契約先などに送付しないと業務が完結しないため、出社するケースが多かったそうだ。また、取引先等から送られてきた郵送物を確認するために出社している人もいる。
一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の調査によると、電子契約を採用している企業の割合(「複数の部門、取引先との間で電子契約を採用している(N対N型)」と「一部の取引先との間で電子契約を採用している(1対N型)」の合計)は、2017年から2019年にかけて、42.4%から44.2%へと少し上昇したものの、大きな変化はみられないのが現状である。
特に、大企業に比べて業務の電子化作業が遅れている中小企業の場合は、紙書類に押印をして決済をすることが多い。PDF変換ソフトのアクロバットリーダーで知られているアドビシステムズが、2019年9月に従業員数300人以下の企業を対象に、一般的な契約書の署名方法を聞いたところ、回答者の89.8%が「紙の書類にペン等で署名する」と回答した。電子サインソリューションを使用しているという回答は3.9%にとどまり、中小企業における電子サインソリューションの普及はこれからという結果となった。
また、会計ソフトを開発・提供する「freee株式会社」が、2020年4月に1~300名規模のスモールビジネス従事者1146人に対して実施したアンケート調査によると、テレワーク中でも出社が必要な主な理由として、「取引先から送られてくる書類の確認・整理作業」(38.3%)、「請求書など取引先関係の書類の郵送業務」(22.5%)、「契約書の押印作業」(22.2%)などが挙げられており、ハンコや紙書類文化の残存が原因で多くの人が出社していたことが分かる。
三つ目の理由は、セキュリティへの不安や、システムの構築および装備の導入に伴うコストの増加とそれに対する財政負担が大きいことである。テレワークでは、会社以外に労働者の自宅やサテライトオフィス等で業務を行うため、セキュリティ対策が必須である。しかしながら、セキュリティを強化するためには、システムを補完する必要がある。さらに、オフィス以外の場所での勤務を可能にするためには、レンタル用のノートパソコンや無線wifiを提供したり、サテライトオフィスやシェアオフィスを用意する必要があり、そのためには企業の財政的な負担が増加することになる。
第一生命経済研究所は4月、在宅勤務を導入する企業の負担額が年間1兆3千億円に上るという推計結果を発表した。在宅での遠隔会議の初期費用は、1社平均で年間490万円に至る。政府や自治体からの助成制度があったとは言え、中小企業にとっては大きな負担であることに違いない。
四つ目の理由は、テレワークを実施するための設備や機器が不足している点である。政府が緊急事態宣言を発令して以降、多くの企業が一度にテレワークを実施または拡大しようとした結果、供給が需要の伸びに追いつかずボトルネックが発生している。需要が急増することにより、通信を暗号化して情報の漏洩を防止するVPN(仮想専用線)の増設作業が間に合っていない。その主な理由としては、テレワークで使用する専用機器の供給が需要に追いついていないこと、ネットワーク技術者が不足していること、コンピュータの需要が供給を大きく上回っていることなどが挙げられる。
五つ目の理由は、テレワークに適していない業務が存在していることである。テレワークは、女性と高齢者、そして障がいを抱えている労働者の継続雇用を可能にするとともに、生産性の向上、企業のイメージ向上、オフィス関連支出の削減、ワーク・ライフ・バランスの実現、感染症リスクの回避など、多くのメリットがあるものの、すべての業務に適しているわけではない。特に、設備及び機械を必要とする製造業や、現場での作業が多い建設業、高齢者介護施設や医療施設、運送業、サービス業などの場合は、テレワークを実施することがなかなか難しい。総務省の調査によると、2019年時点でのテレワークを導入していない最大の理由は、「テレワークに適した業務がないから」が71.3%で、2番目の「情報漏洩が心配だから」の22.3%を大きく上回った。
3――テレワークで変わる経済、働き方、消費
新型コロナウイルスとの闘いが長期化することが予想されるなかで、政府は、労使団体や業種別事業主団体などの経済団体に対し、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」に基づき、まん延防止のために外出の自粛、イベント等の開催制限、施設の使用制限とともにテレワークや時差出勤などの実施を要求した。
では、テレワークの普及は経済にどのような影響を与えるのだろうか。日本におけるテレワークの経済効果に対する分析は、主に通勤時間の削減に注目して行われている。第一経済研究所は2018年の報告書で、東京に約262万人が通勤することによる機会損失1は、8.6兆円に達するとの分析結果を発表した。また、262万人の中で、テレワークを利用する人が増えていくと、その分機会損失は減少し、経済にプラスの効果を与えることや、テレワークにより通勤等が減って自宅で仕事ができるようになると、少子化に歯止めをかける効果が期待できることを提案した。
みずほ総合研究所は、2018年の調査で、テレワークをすることで通勤時間を削減すれば、GDPを約4,300億円押し上げる効果があると推計した。また、女性や高齢者が労働市場に参加し、個人とチームの生産性が向上すれば、経済効果はさらに大きくなる可能性があると分析した。
実際に、テレワークの普及は、現在日本が直面している労働力不足の問題を解消するのに効果があると考えられる。日本における15~64 歳の生産年齢人口の減少は著しく、2019 年 10 月1 日現在の生産年齢人口は7507万2千人で、前年に比べ37万9千人も減少した。生産年齢人口が全人口に占める割合は 59.5%と、ピーク時の 1993 年の69.8%以降、一貫して低下しており、今後もさらに低下することが予想されている。
1 「機会損失」とは、ある取引きにおいて、もっとも儲けの出る選択をしなかったために、得ることのできなかった利益、つまり「儲けそこなった利益」のこと。
(2020年07月13日「基礎研レポート」)
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生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
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