コラム
2020年06月03日

新型コロナと芸術支援――継続、再開の先にあるアートの可能性を信じて

吉本 光宏

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政府の緊急事態宣言が解除され、東京都では6月1日から休業要請などの緩和の段階を「ステップ2」に進めた。ステップ1で既に緩和されていた博物館、美術館、図書館等に加え、劇場や映画館、公会堂や展示場なども休業要請が緩和された。

文化施設、とりわけ劇場や音楽堂、映画館などは3密状態で芸術を鑑賞するスペースであることから、休業要請が緩和されたからとはいえ、すぐに元どおりの事業や運営が可能になる訳ではない。集団で表現活動に取り組む舞台芸術や音楽団体は、従来どおりの形で稽古やリハーサルを行うこともままならないだろう。関係者は感染対策を徹底した再スタートの準備を進めながらも、様々な課題に直面しているはずだ。

新型コロナウィルスの感染拡大によって、2月下旬から公演や展覧会、文化イベントなどは相次いで中止・延期になり、文化施設も休館が続いていた。その間、仕事を失って大きな損失を受けたのはアーティストや芸術団体ばかりではない。照明や音響等の舞台技術者、文化施設のスタッフや制作者など芸術の仕事に携わる人々は幅広い。

文化関係団体は、損害の深刻さや規模について早くからデータを公表し、窮状を訴えてきた。例えば、ぴあ株式会社の3月27日の発表によれば、ライブ・エンタテイメント産業の損失額は1,750億円(3月23日現在)で、5月末まで同じ状態が続くと損失額は3,300億円、同産業の37%に達するという(ぴあ総研調べ)。

アーティストや芸術団体、文化施設の窮状を支援するため、様々なクラウドファンディングが立ち上げられた。中でも全国のミニシアターを支援する「ミニシアター・エイド基金」には、4月13日から5月15日までの1ヶ月間に約3万人から3億3,000万円を超える寄付が寄せられた。

文化イベントの中止・延期でとりわけ深刻な影響を受けているのは、フリーランスのアーティストや制作者、技術スタッフだろう。株式会社ケイスリーが実施した「新型コロナウィルス感染拡大による芸術文化活動への影響に関する調査」の結果に基づき、そうした人たちを救いたいと立ち上げられたのが「アーツ・ユナイテッド・ファンド(AUF)」だ。基金の設置されたパブリックリソース財団への直接の寄付と合わせた1,850万円を財源に、1人あたり20万円の支援を行うというもので、6月1日から9日まで応募を受け付けている。

そして、このコラムの出る6月3日には企業メセナ協議会の「芸術・文化による災害復興支援ファンド(GBFund)」が、新型コロナウィルス感染症を対象災害に認定することを発表した。

GBFundは、元々、2011年の東日本大震災の発生を受けて、同協議会が「東日本大震災芸術・文化による復興支援ファンド」として創設したものだが、16年には同年4月に発生した熊本地震に対応するため「GBFund熊本・大分」を立ち上げた。その後17年3月には、災害の多い日本の状況を踏まえ、災害に対する芸術・文化による支援を必要とするすべての地域に対応できる仕組みに発展させ、「GBFund芸術・文化による災害復興支援ファンド」として継続支援を行うようになった。これまでに、285件に対し、1億5,000万円余りの助成を行ってきた。

GBFundの新型コロナウィルスへの対応に先立ち、企業メセナ協議会はニッセイ基礎研究所と共同で協議会の正会員を対象に「新型コロナウィルス感染症による企業メセナ活動への影響に関するアンケート調査」を実施、その調査結果まとめ集計結果もあわせて公表した。

それによると、新型コロナウィルス感染症の拡大によって7割の企業・団体のメセナ活動に影響があったものの、「一時的な影響はあるが、新型コロナウィルスの感染拡大が収束したら、従来どおりメセナ活動を継続したい」あるいは「新型コロナウィルスが芸術文化に及ぼした影響を視野に入れ、より効果的なメセナ活動のあり方を検討する」への回答は70%を超えており、多くのメセナ企業が、新型コロナウィルスの感染拡大で甚大な影響を受けた芸術文化への支援に対し、積極的な姿勢を示している。

実際、稲森財団は4月末に舞台芸術団体や楽団などに対し総額3億円の支援を表明した。6月1日には決定した支援先を公表、74団体に対し当初予定を上回る3億5,000万円の支援が行われる。あるいは、日本オーケストラ連盟に対して、三井住友フィナンシャルグループは1億円、三菱UFJフィナンシャルグループは3億円の寄付を行う。アーツ・ユナイテッド・ファンドにも、新生銀行が1,000万円の寄付を行うなど、金融機関は支援に積極的である。

新型コロナウィルスが芸術文化に及ぼした損害に対する支援には、3段階の対応が必要だと思われる。つまり、(1)損失に対する緊急支援、(2)緊急事態宣言解除後、コロナ対策を講じながら事業を再スタートさせるための支援、そして(3)ポストコロナの芸術のあるべき姿や新たな表現への取組に対する支援、の3つである。それぞれ短期、中期、長期と読み替えることが可能だ。

今、一番求められているのは、(1)のセーフティネット的な支援である。とにかく、芸術活動を継続するための支援が必要だ。芸術団体の経営基盤は総じて脆弱であり、アーティストばかりか文化産業を支える職業の多くはフリーランスである。一度活動が途絶えてしまうと、再スタートするのは容易ではない。現在、芸術や文化を仕事とする人たち、将来、日本の芸術文化の担い手となる若手芸術家たちが、新型コロナウィルスの感染で活動を断念したとすれば、日本の文化的損失は極めて大きい。将来に禍根を残すことは必至だ。

現在実施されているクラウドファンディングや民間の支援も、当面は(1)の新型コロナウィルスによる損失への支援を最優先すべきであろう。

次に必要になるのが、ニューノーマル、ウィズコロナと言われる環境下で、芸術活動や文化事業を再スタートさせ、実施していくために必要な(2)の支援である。劇場を例に考えると、施設や設備の感染対策には相応の費用が必要となるし、ソーシャルディスタンスを保った状態で公演を行うためには、定員の2割から3割程度の観客を入れるのが精一杯ではないだろうか。当然、従来と同様のチケット収入を得るのは不可能だ。

ニューノーマルの環境下で文化事業を実施するために要する追加的経費をまかない、収入不足を補う支援について、知恵を絞り、準備する必要がある。緊急事態宣言が解除されたことを考えると、これからはこの(2)の支援へのニーズが高まっていくだろう。

そして、筆者が最も必要だと思うのは、(3)を視野に入れた長期的な支援である。中止、延期になった公演や展覧会、アートプロジェクトなどをどのように再開するか。当面はそれが重要な課題であるし、そのための支援も長期にわたって必要だと考えられる。

しかし、新型コロナウィルスによって、これまでの社会の仕組みや人々の考え方が大きく変わる中、芸術のありようや社会的な役割にも、大きな変容と進化が求められることは間違いない。歴史的な転換点に芸術は何を表現し、社会に何を訴えることができるのか。活動の自粛を余儀なくされ、自宅に籠もって生き延びる術を模索しながらも、そう問い続けるアーティストは少なくないはずだ。

20世紀後半に急速に進展したグローバリズムによって、日本をはじめとした先進国は経済的な恩恵に浴してきた。しかし、そのことが新型コロナウィルスの世界的パンデミックを加速させたことは間違いない。近年、世界の大国は自国第一主義に傾き、英国のEU離脱や米中の対立など、世界的な分断が進む中で、新型コロナウィルスは発生し、猛威を振るう。

国境を越える移動が厳しく制限される一方で、新型コロナウィルスに対処するため、国際的な連帯(Solidarity)の必要性を訴える動きも広がっている。筆者も創設メンバーの1人を務めるWorld Cities Culture Forumでは、理事長のジャスティーン・サイモンズロンドン市副市長の呼びかけで、世界の約30の主要都市が参加し、ZOOMを使った情報共有と意見交換が3月下旬から何度となく行われている。

歴史学者のハラリは、「私たちの目の前には、自国を優先し各国との協力を阻む道を歩むか、グローバルに結束するのかという2つの選択肢がある」*1と警鐘を鳴らす。

分断か連帯か――。それが問われる歴史的な転換点にアーティストはどう向き合うべきか。芸術活動が再スタートした先に、新型コロナウィルス後の社会のありようを深く問いかける作品、私たちに従来の価値観からの転換を迫るような表現が、必ずやアートの現場から生まれてくると信じたい。

GBFundの支援対象に、「新型コロナウィルス感染症によって損失を受けた団体・個人」だけでなく、「新型コロナウィルス感染症により芸術文化活動が停滞する社会を平常化・活性化する目的で行われる芸術文化活動」が含まれているのはそのためだ。

まさしく、社会の未来を見据えた芸術への長期的な支援、投資が求められている。
 
※新型コロナ感染症の拡大を原因とした芸術文化の損失や今後の再開に向けた支援については、国や地方公共団体も様々な対応策を打ち出しているが、本稿では民間の動きに限定した。
 
 
*1 ユヴァル・ノア・ハラリ「全体主義的監視か市民の権利か」(日本経済新聞、2020年3月31日)
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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)

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(2020年06月03日「研究員の眼」)

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