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- DON’T FOLLOW THE WIND-未だ終わらぬ東日本大震災と福島第一原発事故
コラム
2022年11月22日
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JR常磐線、双葉駅から徒歩10分ほどのところに広がる空き地。1台のTVモニターが置かれ、かつてそこにあった住居の内部が映し出される。家具が倒れ食器は散乱し、壁や天井の一部は崩れている。
福島第一原発から約4.5kmに位置するその場所は、2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故の発生直後に避難指示区域に指定された。双葉町は、同年4月22日に放射線量の調査結果に基づいて行われた3つの区域への変更で、最も規制が厳しい「警戒区域(避難指示区域)」になり、2013年5月28日の区域見直しで、最後に「帰還困難地域」となった町である。震災から10年が経過しても、帰還避難区域が解除されることはなかったが、今年の8月30日までに、双葉町の一部を含む帰還困難地域の約4%が「特定復興再生拠点区域」として避難指示が解除され、人々が再び住むことを選択できるようになった*1。
福島第一原発から約4.5kmに位置するその場所は、2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故の発生直後に避難指示区域に指定された。双葉町は、同年4月22日に放射線量の調査結果に基づいて行われた3つの区域への変更で、最も規制が厳しい「警戒区域(避難指示区域)」になり、2013年5月28日の区域見直しで、最後に「帰還困難地域」となった町である。震災から10年が経過しても、帰還避難区域が解除されることはなかったが、今年の8月30日までに、双葉町の一部を含む帰還困難地域の約4%が「特定復興再生拠点区域」として避難指示が解除され、人々が再び住むことを選択できるようになった*1。
この空き地はその区域内に位置している。モニターに映し出されるのは、現代美術家・小泉明郎さんの作品《Home Drama》(2022)だ。ヘッドフォンからは、かつてそこに暮らした住民の声が聞こえてくる。「とうとう帰ってきたね」「そうだね、お父さんね」「これ初めての食事だね。やっぱり双葉で食べるご飯の味は違うな」。
だが、TVモニターに映し出される民家は2019年に取り壊され、かつてそこに暮らした家族が同じ家に戻ってくることはない。
だが、TVモニターに映し出される民家は2019年に取り壊され、かつてそこに暮らした家族が同じ家に戻ってくることはない。
帰還困難区域で始まった見ることのできないアートプロジェクト
小泉さんの《Home》(2015)を含む国際的なアートプロジェクトDon’t Follow the Windが始まったのは2015年3月11日。アーティスト・ユニットChim↑Pom from Smappa!Groupeの発案で、彼ら自身や小泉明郎、アイ・ウェイ・ウェイ、宮永愛子など国内外12組のアーティストの作品が帰還困難区域内に設置された。避難した住民の方々の協力を得て2012年から準備が進められ、土地や家屋の提供を受けて実現したものだ。しかし、避難指示が解除されるまで、実際にそれらの作品を見ることはできない。
《Home》は、その家の住人が、将来、戻ってきた場面を想像して演じてもらった3分半ほどの音声ファイルを、被災した家の中で聴くというものだったが、家が取り壊されて作品を鑑賞することができなくなっていた。8月末にその場所の避難指示が解除され、敷地内に入ることが可能になったことを受けて、小泉さんが、解体前の家屋の映像を再構築。元の音声をループさせる約30分の作品《Home Drama》として再制作し、期間限定で公開した*2。
鑑賞者は、MP3プレイヤーで会話を聞きながら、かつて空き地に存在していた家の内部の様子をTVモニターで見ることからスタート。手渡された地図を頼りに「目的地」とされたところまで歩いていく。途中、墓石の一部が倒れた墓地や、閉鎖された公園で朽ちていくのを待っているかのような遊具に遭遇する。唯一の真新しい建物は「長塚越田スクリーニング場」だ。帰還困難区域に入った人が区域から出る際に汚染チェックを受ける施設で、職員の姿も見える。
やがて辿り着いた「目的地」には、かつてそこに建っていた家屋の基礎、敷地入り口のタイル貼りの階段や駐車場だったであろうコンクリート土間など、震災前の暮らしの痕跡が残されるのみで、秋風にススキや枯れかけた雑草が揺れている。ヘッドフォンからは「どうするのお父さんこれから」「ここにずっと住むの」「まだわかんない」「オレはできればこっちいたい」という声が聞こえる。
元の場所に戻り、空き地の奥の倉庫に入ると、このプロジェクトのキュレトリアルコレクティブ(企画共同体)が制作した3チャンネルの映像作品《ノン・ビジターセンター》(2022)が上映されている。固定カメラの定点観測の記録映像にはイノシシやテン、シカ、サルなどが映り込んでいる。原発事故の生物影響に関する研究に取り組む科学者や、今でも福島県内で林業を営む元住民によって、帰還困難区域の生態系の変化が淡々と語られる。
《Home》は、その家の住人が、将来、戻ってきた場面を想像して演じてもらった3分半ほどの音声ファイルを、被災した家の中で聴くというものだったが、家が取り壊されて作品を鑑賞することができなくなっていた。8月末にその場所の避難指示が解除され、敷地内に入ることが可能になったことを受けて、小泉さんが、解体前の家屋の映像を再構築。元の音声をループさせる約30分の作品《Home Drama》として再制作し、期間限定で公開した*2。
鑑賞者は、MP3プレイヤーで会話を聞きながら、かつて空き地に存在していた家の内部の様子をTVモニターで見ることからスタート。手渡された地図を頼りに「目的地」とされたところまで歩いていく。途中、墓石の一部が倒れた墓地や、閉鎖された公園で朽ちていくのを待っているかのような遊具に遭遇する。唯一の真新しい建物は「長塚越田スクリーニング場」だ。帰還困難区域に入った人が区域から出る際に汚染チェックを受ける施設で、職員の姿も見える。
やがて辿り着いた「目的地」には、かつてそこに建っていた家屋の基礎、敷地入り口のタイル貼りの階段や駐車場だったであろうコンクリート土間など、震災前の暮らしの痕跡が残されるのみで、秋風にススキや枯れかけた雑草が揺れている。ヘッドフォンからは「どうするのお父さんこれから」「ここにずっと住むの」「まだわかんない」「オレはできればこっちいたい」という声が聞こえる。
元の場所に戻り、空き地の奥の倉庫に入ると、このプロジェクトのキュレトリアルコレクティブ(企画共同体)が制作した3チャンネルの映像作品《ノン・ビジターセンター》(2022)が上映されている。固定カメラの定点観測の記録映像にはイノシシやテン、シカ、サルなどが映り込んでいる。原発事故の生物影響に関する研究に取り組む科学者や、今でも福島県内で林業を営む元住民によって、帰還困難区域の生態系の変化が淡々と語られる。
復興記念館や震災遺構の陰に隠れた現実
東日本大震災の発生から10年以上が経過し、道路や鉄道などの交通インフラ、公共施設や住居などの復興が進み、被災地では復興記念館の開設や震災遺構の公開が続く。それらは、大震災による未曾有の被害の記憶をとどめ、亡くなった方々や被災者のことを思い、祈りを捧げるためのものである。
しかし、《Home Drama》は東日本大震災と福島第一原発事故による甚大な被害が未だに続いていることを私たちに突きつけてくる。そして、Don’t Follow The Windの他の作品群は、帰還困難地域の避難指示解除を待ちながら、静かに原発事故の深刻さを社会に訴えている。
福島第一原発事故直後、放射能の汚染地域は当時の風下の北北西に広がった。それは現在の帰還困難地域と重なる。「Don’t Follow the Wind/風に従うな」。この国際展のタイトルもまた、原発事故への警鐘を鳴らし続けているのである。
*1 福島第一原発事故後に指定された避難指示区域は、2011年4月22日に「1.警戒区域」「2.計画的避難区域」「3.緊急時避難準備区域」の3つの区域に変更され、「1.警戒区域」「2.計画的避難区域」の住民は別の場所に避難しなければならなくなった(「3.緊急時避難準備区域」は同年9月30日に解除)。2012年4月1日には、「1.警戒区域」「2.計画的避難区域」の一部が、年間積算線量の状況に応じて、「避難指示解除準備区域(住民の一時帰宅(宿泊は禁止)や病院・福祉施設、店舗等の一部の事業や営農の再開が可能)」、「居住制限区域(住民の一時帰宅や、道路などの復旧のための立入りが可能)」、「帰還困難区域(引き続き避難の徹底が求められる)」の3つの区域に見直された。双葉町を含む「1.警戒区域」は、徐々にその3つの区域に変更され、一時帰宅などができるようになっていったが、双葉町は最後の区域見直しが行われた2013年5月28日に「帰還困難区域」に指定されるまで、避難の徹底が求められる「1.警戒区域」とされていた。やがて「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」は徐々に避難指示が解除されていったが、「帰還困難区域」は将来にわたって居住を制限するとされ、震災から10年が経過しても避難指示が解除されることはなかった。しかし今年になって、6月に葛尾村と大熊町の一部が、8月に双葉町の一部が「特定復興再生拠点区域」に指定されて避難指示が解除された。(福島復興ステーション(復興情報ポータルサイト)https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/cat01-more.html掲載情報に基づく)
*2 《Home Drama》の公開は12月4日までの土・日・祝祭日
http://dontfollowthewind.info/dfw-ex-jp
しかし、《Home Drama》は東日本大震災と福島第一原発事故による甚大な被害が未だに続いていることを私たちに突きつけてくる。そして、Don’t Follow The Windの他の作品群は、帰還困難地域の避難指示解除を待ちながら、静かに原発事故の深刻さを社会に訴えている。
福島第一原発事故直後、放射能の汚染地域は当時の風下の北北西に広がった。それは現在の帰還困難地域と重なる。「Don’t Follow the Wind/風に従うな」。この国際展のタイトルもまた、原発事故への警鐘を鳴らし続けているのである。
*1 福島第一原発事故後に指定された避難指示区域は、2011年4月22日に「1.警戒区域」「2.計画的避難区域」「3.緊急時避難準備区域」の3つの区域に変更され、「1.警戒区域」「2.計画的避難区域」の住民は別の場所に避難しなければならなくなった(「3.緊急時避難準備区域」は同年9月30日に解除)。2012年4月1日には、「1.警戒区域」「2.計画的避難区域」の一部が、年間積算線量の状況に応じて、「避難指示解除準備区域(住民の一時帰宅(宿泊は禁止)や病院・福祉施設、店舗等の一部の事業や営農の再開が可能)」、「居住制限区域(住民の一時帰宅や、道路などの復旧のための立入りが可能)」、「帰還困難区域(引き続き避難の徹底が求められる)」の3つの区域に見直された。双葉町を含む「1.警戒区域」は、徐々にその3つの区域に変更され、一時帰宅などができるようになっていったが、双葉町は最後の区域見直しが行われた2013年5月28日に「帰還困難区域」に指定されるまで、避難の徹底が求められる「1.警戒区域」とされていた。やがて「避難指示解除準備区域」「居住制限区域」は徐々に避難指示が解除されていったが、「帰還困難区域」は将来にわたって居住を制限するとされ、震災から10年が経過しても避難指示が解除されることはなかった。しかし今年になって、6月に葛尾村と大熊町の一部が、8月に双葉町の一部が「特定復興再生拠点区域」に指定されて避難指示が解除された。(福島復興ステーション(復興情報ポータルサイト)https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/cat01-more.html掲載情報に基づく)
*2 《Home Drama》の公開は12月4日までの土・日・祝祭日
http://dontfollowthewind.info/dfw-ex-jp
(2022年11月22日「研究員の眼」)
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吉本 光宏 (よしもと みつひろ)
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