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フォーミュラリーの活用-医薬品の選択をスムーズに行うには?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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1――はじめに
後発薬の導入の促進に向けて、フォーミュラリーの活用が注目されている。これは、医薬品の選択のための使用指針で、欧米で浸透しているものだ。日本でも、一部で導入の動きが始まっている。
本稿では、フォーミュラリーについて、その特徴や、導入にあたっての課題をみていくこととする。
2――フォーミュラリーとは
日本では、通常、診療の際の医薬品は、患者の同意のもとで医師が選択して処方している。医師にとって、医薬品の選択を簡単にはしづらいこともある。たとえば、あまり診たことのない症例の患者に対して、何種類もの治療薬が考えられる場合、どの治療薬を用いるか悩ましい。各治療薬の特性を十分に把握して、それらを比較検討したうえで、使用する医薬品を決めることは容易ではない。
そこで、なにか医薬品の使用指針があれば、それを参考にして、医薬品の選択がスムーズにできるのではないか、ということになる。こうして考えられた使用指針は、「フォーミュラリー」と呼ばれる。フォーミュラリーは、医薬品選択の際の参考として用いられるが、これに従うことを医師に強制するものではない。医薬品は、患者の病状に応じて、医師が選択することが原則となる。
日本では、フォーミュラリーについて、厳密な定義はない。一般的には「医療機関等において医学的妥当性や経済性等を踏まえて作成された医薬品の使用方針」とされている1。
フォーミュラリーは、欧米で浸透している。アメリカの病院薬剤師会の定義によると、疾患の診断、予防、治療等に必要な医薬品についての情報とされている。
1 「医薬品の効率的かつ有効・安全な使用について」(中医協, 総-4-1, 2019年6月26日)より。
フォーミュラリーの作成・運用にあたっては、医薬品の有効性、安全性といった医学的妥当性と、薬剤価格の多寡である経済性などの総合的な評価が行われる。その際、有効性と安全性が主たる評価要素であり、経済性は二の次となるものと考えられる。
フォーミュラリーには、効果や安全性が同等の医薬品のなかで、薬価の安い後発医薬品の選択をスムーズに行わせる効果がある。しかし、先発医薬品のほうが後発医薬品よりも明らかに有効性や安全性が高い場合、薬価が低いという理由だけで後発医薬品を選択させることは望ましくない。
すなわち経済性は、有効性や安全性が同等との前提のもとで、はじめて意味を持つ評価軸といえる。
3――フォーミュラリーの種類と導入の流れ
病院には、薬事委員会という組織がある。フォーミュラリーを作成するためには、まず、この委員会で具体案を提案し、審議することがスタートとなる。そのために、通常、「フォーミュラリー小委員会」を設置して、フォーミュラリー導入に関する集中的な検討を行うこととなる。小委員会は、薬剤の使用量の多い診療科の医師や、その病棟の薬剤師等によって構成されることが一般的だ。
この小委員会では、たとえば、すでに同種同効薬がある新薬が市場に出た場合、フォーミュラリーの作成・改定が必要かどうかを検討する。検討は、臨床評価や経済性の観点から行われる。具体的には、欧米での承認状況、ガイドライン等の関連論文、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認書類など、さまざまなエビデンス資料をもとに行われる。
4――アメリカにおけるフォーミュラリーの略史
2 “ASHP Guidelines on the Pharmacy and Therapeutics Committee and the Formulary System”(Formulary Management -Guidelines) の“Evolution of Formularies”の項目をもとに、筆者がまとめたもの。
1940年代に、基本的な医薬品のリストが、軍隊によって作成された。これがフォーミュラリーのはじまりとされる。1950年代には、薬剤師が、特定ブランドの医薬品処方に対して、同等のジェネリック医薬品を調剤する方針を立てた。これに国の医薬品会議や医師会が反対し、この方針を規制する法制が整備された。地域の薬局がフォーミュラリーを編集したが、病院内の薬局はこれに抵抗した。1950年代後半には、薬剤師会がミニマムスタンダードを設け、そのなかで病院内薬局に対して、フォーミュラリーの実施を求めている。
(2) 1960~70年代
1960年代には、院内フォーミュラリーの概念が広まった。医師の事前同意のもとで、フォーミュラリーによりジェネリック医薬品に切り替えるという仕組みが、病院でつくられた。薬剤師会と病院会は、フォーミュラリーの法制化について共同文書を発行。これに医師会なども加わり、文書が改正された。1965年には2つの動きがあった。1つは、メディケアが償還要件として、フォーミュラリーをあげたこと。もう1つは、病院でのフォーミュラリー認定に、薬事医療委員会を設置することが要件とされたことだ。ただ当時は、フォーミュラリーは薬局の医薬品リストに過ぎなかった。
(3) 1980年代以降
1980年代までに、臨床面と経済面の価値を踏まえたフォーミュラリーが作成されるようになった。まず、病院内の治療エビデンスが集積され、続いて、救急医療の治療エビデンスもまとめられた。これらの反映により、フォーミュラリーの導入が拡大していった。また、治療エビデンスが積み上がるにつれて、医師会と薬剤師会のフォーミュラリーに対する見解も近づいていった。こうして、1994年に、医師会は、フォーミュラリーと治療の置換に関する方針を、はじめて公表するに至った。その方針は、その後数回アップデートされている。
現在、フォーミュラリーは、医療機関の必須ツールとみなされるまでなっている。単なる医薬品リストからはじまったが、医薬品処方の包括的な仕組みとして進化し、安全、有効で、費用対効果にもすぐれた医薬品の使用を促すものとして、フォーミュラリーが活用されている。
5――日本におけるフォーミュラリーの導入
日本では、2014年に聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)で、院内フォーミュラリーの運用が始まった。現在、昭和大学病院(品川区)、東京女子医科大学病院(新宿区)、浜松医科大学医学部付属病院(浜松市)、横浜市立大学付属病院(横浜市)など、大学病院で相次いで導入されている。
いっぽう、地域フォーミュラリーは、2018年に地域医療連携推進法人の日本海ヘルスケアネット(酒田市)が運用を開始した。新宿区では、基幹病院8施設で構成する新宿区薬剤師連携協議会が、その作成に取り組んでいる。また、協会けんぽ静岡支部も、地域内の基幹病院に向けて、その作成を働きかけている。このように、院内フォーミュラリーが先行する形で、作成、導入の動きが進みつつある。
6――診療報酬への評価反映は見送り
しかし、フォーミュラリーの策定プロセスが確立していないこと、評価に見合うだけの薬剤費削減につながるとのエビデンスがないことなどから、2020年度の評価反映は見送られた。診療報酬上の評価の前に、まずは、フォーミュラリーの運用実績の積み上げが必要とみられる。
7――おわりに (私見)
また、フォーミュラリーには、単に経済性の面からだけでなく、有効性や安全性の面からも、医薬品を選択する際のメルクマールとして、医師や患者にとって役立つものとなる可能性がある。
そのために、まずは多くの病院で、フォーミュラリーの有用性を医師や薬剤師等が理解して、実際にそれを導入し、その実績を積み上げていくことが必要と考えられる。引き続き、フォーミュラリーに関する動向に注意することとしたい。
(2020年05月11日「基礎研レター」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
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