2020年05月11日

フォーミュラリーの活用-医薬品の選択をスムーズに行うには?

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也

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1――はじめに

近年、医療費の増大が進んでいる。その要因の1つとして、薬剤費があげられることがある。薬剤費を減らすために、薬効や安全性が新薬と同等で、新薬よりも低価格の後発薬を利用する動きが広がっている。政府は、2017年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)のなかで、2020年9月までに、後発医薬品の使用割合を80%とし、できる限り早期に達成できるよう、更なる使用促進策を検討する、としている。2019年9月時点で、その使用割合は76.7%まで高まっているが、足元では伸びが停滞しており、目標達成を危ぶむ声も出ている。

後発薬の導入の促進に向けて、フォーミュラリーの活用が注目されている。これは、医薬品の選択のための使用指針で、欧米で浸透しているものだ。日本でも、一部で導入の動きが始まっている。

本稿では、フォーミュラリーについて、その特徴や、導入にあたっての課題をみていくこととする。
 

2――フォーミュラリーとは

2――フォーミュラリーとは

まず、フォーミュラリーとはどういうものかから、みていくこととしよう。
1フォーミュラリーとは、医学的妥当性や経済性を踏まえた医薬品の使用指針
日本では、通常、診療の際の医薬品は、患者の同意のもとで医師が選択して処方している。医師にとって、医薬品の選択を簡単にはしづらいこともある。たとえば、あまり診たことのない症例の患者に対して、何種類もの治療薬が考えられる場合、どの治療薬を用いるか悩ましい。各治療薬の特性を十分に把握して、それらを比較検討したうえで、使用する医薬品を決めることは容易ではない。

そこで、なにか医薬品の使用指針があれば、それを参考にして、医薬品の選択がスムーズにできるのではないか、ということになる。こうして考えられた使用指針は、「フォーミュラリー」と呼ばれる。フォーミュラリーは、医薬品選択の際の参考として用いられるが、これに従うことを医師に強制するものではない。医薬品は、患者の病状に応じて、医師が選択することが原則となる。

日本では、フォーミュラリーについて、厳密な定義はない。一般的には「医療機関等において医学的妥当性や経済性等を踏まえて作成された医薬品の使用方針」とされている1

フォーミュラリーは、欧米で浸透している。アメリカの病院薬剤師会の定義によると、疾患の診断、予防、治療等に必要な医薬品についての情報とされている。
図表1. フォーミュラリーとは (アメリカの病院薬剤師会の定義等)
 
1 「医薬品の効率的かつ有効・安全な使用について」(中医協, 総-4-1, 2019年6月26日)より。
2フォーミュラリーでは、後発品が第一選択薬として定められることが多い
ここで、フォーミュラリーの具体例を1つみておこう。つぎの表は、中医協の資料に掲載された、聖マリアンナ医科大学病院の院内フォーミュラリーから抜粋したものだ。第一選択薬として、主に後発薬が定められている様子がわかる。新たな後発薬が市場に出ると、先発薬を第二選択薬とし、後発薬を第一選択薬に設定すべく、フォーミュラリーの改定が行われているものとみられる。
図表2. 院内フォーミュラリーの例 (聖マリアンナ医科大学病院のケースより抜粋)
3フォーミュラリー導入のメリットは、有効性・安全性に秀でた医薬品の使用
そもそもフォーミュラリーを導入するメリットは何だろうか。一般的に、有効性・安全性に秀でた医薬品の使用(標準薬物治療の推進)、医薬品の効率活用(ジェネリック医薬品の活用等による薬剤費の削減)、医療事故の防止(病院内で用いる医薬品数を減らすことによる処方の簡明化)などがあげられる。

フォーミュラリー作成の際には、各種医薬品の専門知識を有する病院内の薬剤師が、積極的に関与することが不可欠であり、そのための環境整備があわせて必要となる。
図表3. フォーミュラリー導入のメリット (主なもの)
4医薬品は有効性と安全性をもとに処方することが前提
フォーミュラリーの作成・運用にあたっては、医薬品の有効性、安全性といった医学的妥当性と、薬剤価格の多寡である経済性などの総合的な評価が行われる。その際、有効性と安全性が主たる評価要素であり、経済性は二の次となるものと考えられる。

フォーミュラリーには、効果や安全性が同等の医薬品のなかで、薬価の安い後発医薬品の選択をスムーズに行わせる効果がある。しかし、先発医薬品のほうが後発医薬品よりも明らかに有効性や安全性が高い場合、薬価が低いという理由だけで後発医薬品を選択させることは望ましくない。

すなわち経済性は、有効性や安全性が同等との前提のもとで、はじめて意味を持つ評価軸といえる。
 

3――フォーミュラリーの種類と導入の流れ

3――フォーミュラリーの種類と導入の流れ

つぎに、フォーミュラリーにはどういう種類があるのか、どのような流れで導入されるのか、簡単にみていこう。
1地域フォーミュラリーは導入の難易度が高い
フォーミュラリーには、大きく、医療機関が単独で運用する「院内フォーミュラリー」と、地域の複数の医療機関が共有する「地域フォーミュラリー」がある。

院内フォーミュラリーは、病院内の医薬品使用指針であり、作成や管理の難易度は低いが、地域医療経済への影響は限られる。いっぽう、地域フォーミュラリーは、地域に渡る使用指針であり、医療経済に大きなインパクトをもたらすが、ステークホルダーが多いため、導入が容易ではない。
図表4. 院内フォーミュラリーと地域フォーミュラリーの比較
2フォーミュラリーの作成・改定は病院内の小委員会で検討される
病院には、薬事委員会という組織がある。フォーミュラリーを作成するためには、まず、この委員会で具体案を提案し、審議することがスタートとなる。そのために、通常、「フォーミュラリー小委員会」を設置して、フォーミュラリー導入に関する集中的な検討を行うこととなる。小委員会は、薬剤の使用量の多い診療科の医師や、その病棟の薬剤師等によって構成されることが一般的だ。

この小委員会では、たとえば、すでに同種同効薬がある新薬が市場に出た場合、フォーミュラリーの作成・改定が必要かどうかを検討する。検討は、臨床評価や経済性の観点から行われる。具体的には、欧米での承認状況、ガイドライン等の関連論文、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認書類など、さまざまなエビデンス資料をもとに行われる。
図表5. 新薬採用時のフォーミュラリー導入手順 (イメージ)

4――アメリカにおけるフォーミュラリーの略史

4――アメリカにおけるフォーミュラリーの略史

アメリカでは、フォーミュラリーが70年以上に渡って使われてきた。その間には、紆余曲折があった。その略史には、日本での導入、運用の参考になる点が多いものと考えられる。簡単にみていこう2
 
2 “ASHP Guidelines on the Pharmacy and Therapeutics Committee and the Formulary System”(Formulary Management -Guidelines) の“Evolution of Formularies”の項目をもとに、筆者がまとめたもの。
 (1) 1940~50年代
1940年代に、基本的な医薬品のリストが、軍隊によって作成された。これがフォーミュラリーのはじまりとされる。1950年代には、薬剤師が、特定ブランドの医薬品処方に対して、同等のジェネリック医薬品を調剤する方針を立てた。これに国の医薬品会議や医師会が反対し、この方針を規制する法制が整備された。地域の薬局がフォーミュラリーを編集したが、病院内の薬局はこれに抵抗した。1950年代後半には、薬剤師会がミニマムスタンダードを設け、そのなかで病院内薬局に対して、フォーミュラリーの実施を求めている。

 (2) 1960~70年代
1960年代には、院内フォーミュラリーの概念が広まった。医師の事前同意のもとで、フォーミュラリーによりジェネリック医薬品に切り替えるという仕組みが、病院でつくられた。薬剤師会と病院会は、フォーミュラリーの法制化について共同文書を発行。これに医師会なども加わり、文書が改正された。1965年には2つの動きがあった。1つは、メディケアが償還要件として、フォーミュラリーをあげたこと。もう1つは、病院でのフォーミュラリー認定に、薬事医療委員会を設置することが要件とされたことだ。ただ当時は、フォーミュラリーは薬局の医薬品リストに過ぎなかった。

 (3) 1980年代以降
1980年代までに、臨床面と経済面の価値を踏まえたフォーミュラリーが作成されるようになった。まず、病院内の治療エビデンスが集積され、続いて、救急医療の治療エビデンスもまとめられた。これらの反映により、フォーミュラリーの導入が拡大していった。また、治療エビデンスが積み上がるにつれて、医師会と薬剤師会のフォーミュラリーに対する見解も近づいていった。こうして、1994年に、医師会は、フォーミュラリーと治療の置換に関する方針を、はじめて公表するに至った。その方針は、その後数回アップデートされている。

現在、フォーミュラリーは、医療機関の必須ツールとみなされるまでなっている。単なる医薬品リストからはじまったが、医薬品処方の包括的な仕組みとして進化し、安全、有効で、費用対効果にもすぐれた医薬品の使用を促すものとして、フォーミュラリーが活用されている。
 

5――日本におけるフォーミュラリーの導入

5――日本におけるフォーミュラリーの導入

近年、日本でもフォーミュラリーを導入する事例が徐々に増えてきている。少しみていこう。
1日本では、院内フォーミュラリーの導入が先行している
日本では、2014年に聖マリアンナ医科大学病院(川崎市)で、院内フォーミュラリーの運用が始まった。現在、昭和大学病院(品川区)、東京女子医科大学病院(新宿区)、浜松医科大学医学部付属病院(浜松市)、横浜市立大学付属病院(横浜市)など、大学病院で相次いで導入されている。

いっぽう、地域フォーミュラリーは、2018年に地域医療連携推進法人の日本海ヘルスケアネット(酒田市)が運用を開始した。新宿区では、基幹病院8施設で構成する新宿区薬剤師連携協議会が、その作成に取り組んでいる。また、協会けんぽ静岡支部も、地域内の基幹病院に向けて、その作成を働きかけている。このように、院内フォーミュラリーが先行する形で、作成、導入の動きが進みつつある。
2日本でのフォーミュラリー導入は、まだ始まったばかり
中医協の病院向けのアンケート調査によると、院内フォーミュラリーを定めている病院は、8.2%にとどまっている。予定ありの病院を含めても、20%に満たない。病院の規模別にみると、病床数500床以上の大病院で導入が進んでいる。

いっぽう、地域フォーミュラリーが存在するのはわずか0.3%で、作成中を含めても1%に満たない。
図表6-1. 院内フォーミュラリーの作成状況(単数回答)/図表6-2. 地域フォーミュラリーの作成状況(単数回答)
院内フォーミュラリーを、定めていない(定める予定もない)と回答した病院に、その理由を聞いたところ、「メリットは感じているが設定が困難」とする回答が71.7%にのぼった。さらに困難と考える理由を聞いたところ、「マンパワーが不足」や「院内ルールの合意形成が困難」とする回答が多かった。
図表6-3. 院内フォーミュラリーを設定しない理由(単数回答)/図表6-4. 院内フォーミュラリーの設定を困難と考える理由(複数回答)

6――診療報酬への評価反映は見送り

6――診療報酬への評価反映は見送り

薬剤費抑制が求められるなか、2020年度の診療報酬改定時には、フォーミュラリーを作成、運用している医療機関を診療報酬上で評価することが中医協で検討された。

しかし、フォーミュラリーの策定プロセスが確立していないこと、評価に見合うだけの薬剤費削減につながるとのエビデンスがないことなどから、2020年度の評価反映は見送られた。診療報酬上の評価の前に、まずは、フォーミュラリーの運用実績の積み上げが必要とみられる。
 

7――おわりに (私見)

7――おわりに (私見)

欧米で浸透しているフォーミュラリーは、日本ではまだ一部の病院に導入されているのみである。同じ薬効群に多くの医薬品があるなかで、医師がそのすべての特性を理解し、比較検討したうえで、患者に処方する医薬品を選択することは容易ではない。なかには、「これまでに特段の問題が起きていないから」といった理由で、高額な先発薬を使い続けるケースがあるかもしれない。フォーミュラリーには、このような選択を見直して、薬剤費の節減を促す役割が期待される。

また、フォーミュラリーには、単に経済性の面からだけでなく、有効性や安全性の面からも、医薬品を選択する際のメルクマールとして、医師や患者にとって役立つものとなる可能性がある。

そのために、まずは多くの病院で、フォーミュラリーの有用性を医師や薬剤師等が理解して、実際にそれを導入し、その実績を積み上げていくことが必要と考えられる。引き続き、フォーミュラリーに関する動向に注意することとしたい。
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保険研究部   主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1992年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所へ

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員

(2020年05月11日「基礎研レター」)

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