2020年04月21日

欧州のコロナ危機-手探りの制限緩和、試される連帯-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

文字サイズ

各国は条件付き、限定的な外出制限緩和の段階に

欧州諸国が、3月に導入した厳しい外出制限の条件付き、部分的緩和に動き出している。今も、欧州全体1で新型コロナウィルス(以下、新型コロナ)の新規感染者は、毎日2万人を超えており(図表1)、死亡者数の増加も続いているが、増加の勢いが鈍り始めたことを受けた動きだ。
(図表1)欧州における新型コロナウィルス感染者数
欧州圏内でも外出制限の範囲や程度は国によってばらつきがあるが(図表2)、多くの場合、3月中旬から下旬にかけてのごく短い期間で、制限の段階が一気に引き上げられた。日本では2月27日に全国すべての小中学校の臨時休校を要請してから緊急事態宣言を全国拡大(4月16日)まで1カ月半かかった。休校や大規模イベント禁止、社会的距離の奨励などの初期段階から2~3週間のうちに移動制限、店舗閉鎖などの厳しい制限措置に至った2

制限の緩和は、制限強化に比べると遙かに緩やかなペースとなる。イースター休暇(4月10日~13日)明けからオーストリア、デンマーク3などととともにスペインも建設業や製造業など一部で職場復帰を認め、さらに27日には子供たちの外出制限を緩和するが、全土封鎖は5月9日まで継続する。イタリアも5月3日まで全土封鎖を続けるが、一部の専門店の営業は再開、フランスも5月11日まで封鎖措置を継続するが、その後は予防策を十分とった上で、工場や店舗などから再開する。ドイツもメルケル政権と16の州政府が封鎖措置解除の工程表で合意、4月20日から小規模店舗の営業を5月4日からは学校も段階的に再開するが、大規模イベントやレストランなどの営業は禁止、多くの制限は残る。
(図表2)EU加盟国の新型コロナウィルス対策の制限措置(4月13日時点)
 
1 ECDCが集計しているEU加盟27カ国とEEAに参加する3カ国(リヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウェー)と英国の合計
2 欧州の11カ国の行動制限措置の効果に関するImperial College COVID-19 Response Team(2020)参照。
3 オーストリアは小規模店舗の営業を再開し、その他の店舗の営業も5月1日から認める方針。デンマークも小学校などを再開した。
 

高い欧州各国の死亡率、例外的に低いドイツも警戒姿勢は緩めず

高い欧州各国の死亡率、例外的に低いドイツも警戒姿勢は緩めず

イタリアは、欧州域内に感染が拡大し始めた当初、感染者数に占める死亡者数の割合(死亡率)が突出していたが、最新(4月19日)時点では、フランス(17.3%)、ベルギー(14.7%)、英国(13.5%)が、イタリア(13.2%)を上回るようになっている4

ドイツは、感染者数は、欧州で人口が最も多くかつ、検査数が突出して多いこともあり、スペイン、イタリアに次いで多いが、死亡率が3.1%と、米国(5.3%)、中国(5.5%)などと比べても突出して低い5。初動で成功したドイツでも6、新規感染者数、死亡者数の増加は続いており、感染拡大の第2波への警戒を緩めていない。

外出制限の緩和は手探りで、当面の制限緩和は条件付き、部分的に留まるほか、感染拡大が再び加速する兆候が現れた場合の再強化もあるだろう。
 
4 死亡率については、感染者数も死亡者数も、検査の実施状況によって変わるため、目安に過ぎない。イタリア、フランスなど多くの国で、実際の感染者数も死亡者数も、統計より遙かに多いとされている。
5 日本は1.6%と、成功例とされるドイツや韓国(2.2%)よりも低いが、人口1000人あたりの検査数が1.09とドイツ(20.94)や韓国(10.61)、米国(8.47)、フランス(7.05)、英国(5.07)などと比べて極端に低いため、感染の実態が不透明とされ、現時点では国際的には成功例とは評価されていない。
6 医療崩壊を防ぐための様々な工夫、初動の早さ、そして国の機関だけでなく、民間機関も総動員した体制を構築した処理能力の高さ、重症者に対応する集中治療用の病床数の多さなどが指摘されている(日本経済新聞20年4月5日朝刊「ドイツ、大規模検査の背景 早い初動、1月16日対応」)
 

経済活動の本格的再開が遅れれば必要な対策の規模は拡大

経済活動の本格的再開が遅れれば必要な対策の規模は拡大、債務危機の再燃も

欧州諸国は、国際的に見れば、社会保障が充実し、財政の自動安定化機能も働くが、異例の外出制限措置で打撃を受ける企業や家計が、経済活動の本格的な再開まで持ちこたえられるよう、資金繰りの支援、雇用維持、所得補填などの特別措置を実施している。

4月9日のユーロ圏財務相会合(ユーログループ)の時点で、医療体制の拡充も含めた財政措置が名目GDPの3%相当、融資や出資、政府保証などの追加的な流動性支援措置が同16%相当と、3月16日段階の同1%、同10%から拡大した。

経済活動の本格的再開が遅れれば、必要な対策の規模は拡大し、危機以前の経済活動への回帰は難しくなる。政府保証は、当初の段階では、財政収支や債務残高の増加要因とならないが、将来的に企業が債務を履行できなくなれば、財政悪化をもたらす7

ユーロ圏においては、深い景気後退と財政措置の拡大、資金調達ニーズの拡大が、金融市場と国債市場の緊張をもたらし、財政基盤が脆弱な国で債務危機が再燃するリスクがある。債務危機によって金融システムが不安定化、経済活動の一層の収縮をもたらすおそれがある。
 
7 IMF(2020) p25参照。
 

パンデミックでも危機以前の対立の構図が持ち込まれ国際協調の機運は乏しい

パンデミックでも危機以前の対立の構図が持ち込まれ国際協調の機運は乏しい

国際通貨基金(IMF)が14日に公表した「世界経済見通し」で指摘したように、大恐慌以来、世界金融危機を超える深刻な世界的な景気後退をもたらすコロナ危機対応では「国際的な協調が鍵」となる。主要国・地域は連携し、医療体制や社会保障制度が脆弱で資金調達能力にも制約がある新興市場国・発展途上国を取り残さない配慮が必要だ。

ところが、これまでの危機対応を見る限り、危機以前の対立の構図が持ち込まれており、米英がリードしてG20首脳会合(サミット)で対応を協議した世界金融危機時と比べて国際協調の動きは鈍い。コロナ危機以前、米中関係は緊張を帯び、欧米関係は第二次世界大戦後最悪と言われるほど冷え込んでいた。コロナ危機下にあって、米国と中国は、パンデミックの震源地を巡って非難合戦、米国と欧州はマスクの争奪戦を繰り広げているような状態だ。中国による医療物資や人材支援も、体制の正当性の宣伝や、米国支配の脆弱化、EUの分断を狙う戦略との疑念を呼んでいる面がある。

4月15日のG20財務相・中央銀行総裁によるテレビ会議で低所得国の対外債務の返済猶予で合意は、今回の危機で、数少ない国際協調の成果だ。
 

当初目立ったEU

当初目立ったEU、ユーロ圏の連帯の不足は、ここ1カ月で若干軌道修正

国際協調あるいは連帯の不足は、感染拡大当初のEU、ユーロ圏でも顕著で、単一市場、単一通貨の持続可能性が危ぶまれる状況にあったが8、ここ1カ月ほどで、若干軌道修正された。

活動制限の緩和は、感染の急拡大を受けた制限強化と同様に、各国が国情に合わせた判断をしているが、EUが制限緩和の「工程表」を示す9など、形としては「協調」するようになっている。

経済対策でも、各国の個別の動きが先行していたが、EUあるいはユーロ圏としての「非常時対応」や「連帯」を示す動きも見られるようになった。
 
8 3月下旬までの政策対応については、基礎研レター「欧州の新たな危機-ドイツの大規模財政出動だけではコロナ危機は克服できない」2020-03-26をご参照下さい。
9 European Commission (2020)
 

債務危機阻止に動くECB

債務危機阻止に動くECB

欧州中央銀行(ECB)は、金融市場と国債市場の緊張緩和、債務危機の阻止に動いている。

ECBが金融政策を非常時モードに転換した3月中旬以降、3年物のターゲット型資金供給(TLTROIII)と3カ月物のLTROによる長期の資金供給残高は2700億ユーロ増加している。米連邦準備制度理事会(FRB)との通貨スワップ協定に基づくドル供給も1400ドルに上っている。市中銀行の資金調達の円滑化を通じた企業、家計への貸出促進のため、4月7日には担保基準を大幅に緩和した10

資産買入れも3月12日の定例会合で決めた1200億ユーロの民間資産を中心とする追加の資産買入(APP)に続き、3月18日の緊急会合で決めた7500億ユーロの「パンデミック緊急買入れプログラム(PEPP)」による既存の国債等買入れプログラム(PSPP)よりも柔軟な買い入れを開始している。PEPPによる買入れ残高は4月10日時点で507億ユーロに膨らんでおり(図表3)、リスクの高い資産からの資金の流出に歯止めを掛け、起債を支える役割を果たしている11
(図表3)ECBの資産規模
 
10 担保として投資非適格のギリシャ国債や、信用度の低い融資や政府などが保証する中小・零細企業や個人向けの融資などを受け入れるほか、ヘアカット率(担保価値の削減率)を一律20%引き下げることを決めた(ECB “Press Release ECB announces package of temporary collateral easing measures”,7 April 2020)
11 Isabel Schnabel 参照
 

ユーログループは総額5400億ユーロ規模の対策で合意

ユーログループは総額5400億ユーロ規模の対策で合意

政府も動き出している。ユーログループは3日間の合計で16時間半という記録的な長時間のテレビ会議を経て、4月9日になんとか総額5400億ユーロ(約64兆円)規模の対策で合意した。

ユーログループの合意は3本の柱からなる(表紙図表参照)。

第1の柱は国に対する安全網としてのユーロ参加国の常設の支援の枠組み・欧州安定メカニズム(ESM)の拡大信用枠(ECCL)を基礎とするコロナ危機対応の特別与信枠「パンデミック危機支援」である。ユーロ参加各国が2019年の名目GDPの2%相当までで利用可能であり、最大限に活用された場合には規模は2400億ユーロとなる。ユーログループは、ESMの与信枠の活用と利用可能な規模で、3月24日時点で既に合意していたが、寛容な条件を求めるイタリアなどと規律を重視する国々(特にオランダ)とが対立していた。結果として「医療、治療、予防に関わるコストに限定して寛容な条件での活用を認める」ことで妥協が成立した

第2の柱は企業に対する安全網としてEUの融資機関・欧州投資銀行(EIB)グループが創設するよる250億ユーロの「汎欧州保証基金」であり、2000億ユーロの中小企業向け融資を支える効果がある。

第3の柱は、労働者のための安全網で、各国の時短補助金や失業給付などの安全網を補うために、EU予算をベースに最大1000億ユーロを低利で融資する枠組みだ。欧州委員会が4月2日に提言した「失業リスク軽減の緊急枠組み(Temporary Support to mitigate Unemployment Risks in an Emergency;SURE)」に相当する。EUの条約は加盟国間やEU機関による加盟国の救済を禁じるが、自然災害やその他の例外的な事態による深刻な困難に直面する場合の財政支援を認める条項があり12、SUREは、この条項に基づき創設される。SUREを通じて、社会保障制度や財政余地に制約がある国でも、外出制限期間中、雇用と一定の収入を維持し、解除時に以前の仕事に円滑に復帰できる仕組みを強化することができる。

ユーログループが合意した3つの柱は、基本的に各国の政策を補完する枠組みであり、政策対応力の格差を埋める効果が期待されている。既存の制度設計に頼る限り、コロナ危機によって、単一通貨圏内、EU圏内の格差が持続不可能なレベルに拡大することは確実だった。南欧やフランス、ECBなどが支持する「コロナ債」による資金調達の共通化までは踏み込めなかったものの、非常時に相応しい制度を構築し、脆弱な国を支える必要性で一致し、最低限のラインは超えた。

なお、コロナ危機対応を協議するユーログループには、中東欧などのユーロ未導入のEU加盟国も参加している。3本の柱のうち、第1の柱はユーロ参加19カ国のみが対象13だが、第2、第3の柱はEU加盟27カ国が対象となる。
 
12 EU機能条約第122条
13 ユーロ未導入国の国際収支危機に対応する枠組みとしてEUは「国際収支ファシリティー」を備えている。
 

4月23日の首脳会議の焦点は復興基金に関わるEUの中期予算枠組みでの合意

4月23日の首脳会議の焦点は復興基金に関わるEUの中期予算枠組みでの合意

今後、注目されるのは4月9日のユーログループでは継続協議となった「復興基金(Recovery Fund)」の規模や資金調達の方法に関する協議の着地点だ。

ユーログループの声明文によれば14、「復興基金」は、グリーン化、デジタル化というEUの優先課題に沿って経済を再起動するために、EU予算を通じて資金を供給する、一時的で目的を絞った枠組みであり、「最も影響を受ける加盟国とEUの連帯を確保」する目的もある。ユーログループのセンテーノ議長は、9日の会合後、資金調達の方法については、共通債(コロナ債)を発行すべきとの意見と別の手段をとるべきとの意見に割れたと述べている。

ユーログループを受けて行われる4月23日のEU首脳会議では、「復興基金」にも関わるEU予算の21年から27年までの新たな中期枠組みでの合意に近づくことができるかが焦点だ。コロナ危機直前の2月20~21日の特別首脳会議では規模と配分の両面での加盟国間の見解の相違が埋まらず、合意が持ち越された。コロナ危機という共通課題が急浮上したことが、合意を後押しすることになれば、連帯の不足の軌道修正が進む、良いシグナルとなる。
 
14 eurogroup (2020)
 

試され続けるEUの連帯

試され続けるEUの連帯

仮に、23日の首脳会議に一定の前向きな成果が得られたとしても、EUの連帯が試される場面はこの先も続く。欧州は、強硬措置による感染拡大の抑制という初期の段階から、より緩い制限による拡大抑制と経済活動の再開の両立を目指す段階に進もうとしている。さらに感染拡大の終息の段階を経て、経済復興の段階に至るまで、息の長い取り組みと、多額の資金が必要となる。「コロナ債」といった形で復興のための資金を共同で調達する手段が必要とされる場面も出てくるだろう。

財政、金融システムの危機に発展するリスクは常にあり、各局面に応じて機動的で柔軟かつ大胆な政策対応が必要だ。

[参考文献]
Xでシェアする Facebookでシェアする

経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2020年04月21日「Weekly エコノミスト・レター」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【欧州のコロナ危機-手探りの制限緩和、試される連帯-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

欧州のコロナ危機-手探りの制限緩和、試される連帯-のレポート Topへ