コラム
2020年03月13日

認知症介護の実態(2)-家族介護者の困りごとと負担感

生活研究部 主任研究員 井上 智紀

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先日の拙稿では、認知症に対して社会的な関心が高まる背景には、認知症やその前段階といわれるMCIの状態にある方の増加がある。一方で、在宅で生活している認知症やMCIの状態にある方の多くは、認知症対応型ではない居宅系の介護サービスを利用するか、家族などの介護を受けているものと思われ、認知症対応型の介護サービス利用者は限られていることを示した。このように在宅で暮らす認知症やMCIの状態にある方の背後には、家族が何らかのサポートを提供することで生活を成り立たせているケースも少なくないものと思われる。

こうした認知症やMCIの状態にある方の介護を担う家族は、日々どのようなことに困ったり、負担を感じているのだろうか。本稿では、弊社が昨年7月に実施した「認知症介護家族の不安と負担感に関する調査1」の結果から、認知症の方の介護を担う家族介護者の困りごとと負担の状況について概観した結果を示す。
 
1 調査概要は以下の通り。
調査対象:認知症(診断確定の段階を含む)の主たる家族介護者または家族介護者の配偶者である40~70代の男女個人
調査手法:インターネット調査
調査時期:2019年7月19日~23日
有効回収サンプル数:2,000s

家族介護者の困りごと

日ごろ介護している中で困っていることについてみると、全体では「先の見通しが立たない」が44.7%で最も多く、以下、「本人が望む方法がわからない」(25.7%)、「サービスを受けることを嫌がる」(19.9%)、「働き方を変えざるを得ない」(18.4%)、「介護費用の負担が大きい」(17.5%)の順で続いている(図表 1)。これを認知症の日常生活自立度別にみると、II-a、III-aで「先の見通しが立たない」が半数を超えて高くなっている。また、I、II-aでは「サービスを受けることを嫌がる」が高く、Iでは「本人が望む方法がわからない」、II-aでは「自分以外に介護できる人がいない」も高い。Mでは「収入が減った」が2割を超えて高くなっている。
図表 1 家族介護者の困りごと(認知症の日常生活自立度別)
これを自宅で暮らす要介護者と家族介護者との同居の有無別にみると、要介護者と同居している家族介護者では「働き方を変えざるを得ない」が25.3%、「自分以外に家族や親戚で介護できる人がいない」が20.0%と2割を超えて高くなっている(図表略)。一方、要介護者の同居家族の有無別では、同居家族がいない一人暮らしの要介護者を介護している家族介護者は「サービスを受けることを嫌がる」が41.0%、「何かあったときすぐにかけつけられない」が31.3%、「要介護者宅に通うのが大変」が27.1%(全体8.7%)とそれぞれ高く、自分以外の家族と同居している要介護者の家族介護者では、「本人が望む介護の方法がわからない」が35.2%と高くなっている2
 
2 要介護者と配偶者の夫婦のみ世帯であり、主たる介護者は自身とする回答と、同居の配偶者であるとする回答に二分される結果となっている。

家族介護者の介護にまつわる負担感

家族介護者の介護にまつわる負担感をみるために、荒井ほか(2003)3を参考に複数の項目を挙げてどの程度そう思うかを尋ねた結果から、「いつも思う」または「よく思う」と回答した割合をみると、全体では「被介護者の行動に困ってしまう」が39%で最も多く、以下、「誰かに任せてしまいたいと思う」(36%)、「そばにいると、気が休まらない」(30%)、「どうしていいかわからないと思う」(29%)の順で続いている(図表 2)。さらに要介護者の認知症の日常生活自立度別にみると、総じて日常生活自立度が下がるほど高くなる傾向にあり、「被介護者の行動に困ってしまう」はIII-b、IV半数を超え、「誰かに任せてしまいたいと思う」も5割前後と高くなっている。
図表 2 家族介護者の介護にまつわる負担感(認知症の日常生活自立度別)
これを自宅で暮らす要介護者と家族介護者との同居の有無別にみると、要介護者と同居している家族介護者では「被介護者の行動に困ってしまう」を除くすべての項目で全体に比べ高く、特に「友達を自宅によびたくてもよべない」(55.5%)や「社会参加の機会が減った」(50.3%)、「家族や友人と付き合いづらくなっている」(44.7%)では全体を20ポイント以上上回って高い(図表略)。要介護者の同居家族の有無別にみても同様に、同居家族がいない一人暮らしの要介護者を介護している家族介護者ではいずれの項目についても全体に比べ高く、特に「友達を自宅によびたくてもよべない」(76.5%)や「社会参加の機会が減った」(64.5%)、「家族や友人と付き合いづらくなっている」(60.8%)では6割を超えており、要介護者と同居している家族介護者よりもさらに高くなっている。このことは、介護のために要介護者宅までの移動が必要になることが、要介護者と同居している場合以上に時間的制約を生んでいる可能性を示しているとも考えられよう。なお、自分以外の家族と同居している要介護者の家族介護者では、「そばにいると腹が立つことがある」が53.7%と半数を超えて高く、「被介護者の行動に困ってしまう」(46.9%)も他の層に比べ高くなっているものの、他の項目では他の層との差異はみられない。同居家族のサポートとして介護を担う場合では、要介護者との意思疎通の困難さが、より精神的な負担として現れやすくなっているものと思われる。
 
このように、家族介護者の困りごとや負担感は、要介護者の認知症の状況や家族介護者自身の要介護者との同居の状況、要介護者の同居家族の有無によりそれぞれ異なっている。認知症の進行具合は人によってもそれぞれ異なるうえ、現在の医学では進行を遅らせることはできても完治できるものではないことが、「先の見通しが立たない」という困りごとにつながっているものと考えられる。また、症状が進み意思疎通が難しくなっていくなかでは、要介護者の意思を汲み取ってサポートしていくこと自体の困難さも増すことになる。また、症状が進む中で意思疎通の問題に加え、徘徊や妄想、幻覚などの周辺症状が現れることで、理解や対処に関わる心身の負担が増すことも家族介護者の大きな負担となっているといえる。こうした負担を抱えつつ行う認知症介護を在宅で続けることは、家族介護者にとって社会との接点の縮小や喪失につながっており、特に要介護者と離れて暮らす場合には、より深刻な問題となっているようにも思われる。認知症やMCIの予防に向けた取り組みが重要であることは当然ながら、家族の規模の縮小が続いている中では、このような家族介護者の負担を社会全体の中でどのように軽減していくかについても、考慮していくことが求められるのではないだろうか。

一方で、認知症介護では、家族介護者は心身の負担のみならず、収入の減少という形で経済的にも負担を強いられている様もみてとれた。次回は引き続き同じ調査の結果を用いて、家族介護者が負担する介護関連費用の状況について概観した結果を示す。
 
3 荒井ほか(2003)「Zarit介護負担尺度日本語版の短縮版(J-ZBI-8)の作成:その信頼性と妥当性に関する検討」『日本老年医学会雑誌』第40巻第5号pp.497-503
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生活研究部   主任研究員

井上 智紀 (いのうえ ともき)

研究・専門分野
消費者行動、金融マーケティング、ダイレクトマーケティング、少子高齢社会、社会保障

経歴
  • プロフィール
    ・1995年:財団法人生命保険文化センター 入社
    ・2003年:筑波大学大学院ビジネス科学研究科経営システム科学専攻修了(経営学)
    ・2004年:株式会社ニッセイ基礎研究所社会研究部門 入社
    ・2006年:同 生活研究部門
    ・2018年より現職
    ・山梨大学生命環境学部(2012年~)非常勤講師
    ・高千穂大学商学部(2018年度~)非常勤講師
    ・相模女子大学(2022年度~)非常勤講師

    所属学会等
    ・日本マーケティング・サイエンス学会
    ・日本消費者行動研究学会
    ・日本ダイレクトマーケティング学会
    ・日本マーケティング学会
    ・日本保険学会
    ・生命保険経営学会

    ・一般社団法人全国労働金庫協会「これからの労働金庫のあり方を考える研究会」委員(2011年)

(2020年03月13日「研究員の眼」)

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