2020年02月17日

医師偏在是正に向けた2つの計画はどこまで有効か(上)-複雑、多面的な調整が求められる都道府県

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4|主な3つの施策(3)~キャリア形成プログラムの策定・運用~
3番目のキャリア形成プログラムの策定・運用とは、都道府県が地元大学の医学部や医療機関などと連携しつつ、地域に根付いてくれる医師を育成する仕組みを指しており、医師の育成段階から定着に結び付けようという狙いがある。

運用指針はキャリア形成プログラムの主な対象として、(1)都道府県が修学資金を貸与した地域枠の医師、(2)市町村、大学などが修学資金を貸与した地域枠の医師、(3)自治医科大学を卒業した医師――などを示している。

その上で、ガイドラインや運用指針では、都道府県が地域医療対策協議会と協議しつつ、キャリア形成プログラムを策定したり、キャリア形成支援の中心となる医療機関を指定したりするとしている。
5|その他の施策
上記のほか、医師確保計画の推進に際しては、いくつかの施策が想定されている。例えば、ガイドラインは地域医療介護総合確保基金に言及している。同基金は消費税引き上げ分を充当した補助金であり、医療分は地域医療構想に基づく病床再編や在宅医療の充実に加えて、医師など医療従事者の確保に使えることになっている8が、ガイドラインは「医師少数都道府県や医師少数区域における医師の確保に重点的に用いられるべき」として、配分の見直しを進めるとしている。

さらに、ガイドラインは医師の勤務環境改善の重要性に加えて、自治体が大学医学部に寄付講座を設置することで、地域に派遣する医師を拡大する可能性にも触れている。

このほか、医師確保計画の推進に際しては、いくつかの施策が絡んでおり、この中には表1や図3で触れた法改正の事項も含まれている。以下、(1)臨床研修病院の指定権限移譲、(2)地域医療対策協議会の機能強化、(3)医師少数区域で働く医師に対するインセンティブ制度――の3つを述べる。

まず、(1)に関しては、臨床研修病院の指定権限が国から都道府県に移譲された。この結果、国が年間の入院患者や指導医の数などについて、臨床研修病院の指定基準を設定し、これに沿って都道府県が地域医療対策協議会の意見を聞きつつ指定する形に変わった。さらに、国は臨床研修病院の定員について、都道府県ごとに上限を設定し、都道府県が個別病院の定員を設定する。

次に、(2)は地域医療対策協議会の役割を明確にする内容。先に触れた通り、地域医療対策協議会は都道府県、大学、地元医師会、主要医療機関などで構成しているが、これまで具体的な役割が明確にされていなかった。そこで、改正医療法を踏まえて、2018年7月に示された「地域医療対策協議会運営指針」では、地域医療対策協議会の役割が「計画内に記載された具体的な医師確保対策を実施する上での関係者間の協議・調整を行うための場」と定義されるとともに、キャリア形成プログラムの内容や医師の派遣調整、派遣医師の負担軽減策、地元大学における地域枠設定、既述した臨床研修病院の指定や臨床研修医の定員設定などの役割が明示された。さらに、地域医療対策協議会で協議に基づいて、都道府県が医師偏在対策を進める旨も法律で明記された。

(3)に関しては、医師少数区域で働く医師に対するインセンティブ制度である。具体的には、医師少数区域などで半年以上勤務した医師を厚生労働省が認定し、医師の派遣機能を有する病院の管理者の要件とする。さらに認定に際しては、▽患者の生活状況を考慮し、幅広い病態について継続的な診療、保健指導を行う業務、▽他の病院や医療機関、介護・福祉サービス提供者との連携、▽地域住民に対する健康診査、保健指導など地域保健に関する業務――を必須とする。

これとは別に、医師少数区域で働いた医師に対する経済的なインセンティブも検討するとしている。その一環として、厚生労働省は2020年度税制改正要望に際して、医師少数区域に所在する医療機関を対象とした不動産取得税、固定資産税の優遇措置創設などを求めたが、現時点では創設が見送られており、今後の課題となっている。
 
8 医療分と介護分の2種類があり、2020年度予算案の医療分は国、地方合わせて1,193億6,600万円。本文で触れた3つの使途区分に加えて、医師の働き方改革に充当することになった。
 

4――産科、小児科に特化した医師確保計画の策定

4――産科、小児科に特化した医師確保計画の策定

ガイドラインは都道府県に対し、産科と小児科について特記した医師確保計画の策定も都道府県に促している。2つの診療科の医師不足は深刻であり、他の診療科との区別も付けやすいため、ガイドラインでは暫定的に医師偏在指標を示すことで、地域偏在対策を講じるとしている。

その方法論は原則として医師確保計画と同じであり、分娩数や年少人口、医師の性別・平均労働時間などを加味した上で、医療需要と医師の供給数を考慮した偏在指標を設定する。その上で、下位3分の1を「相対的医師少数都道府県」「相対的医師少数区域」と呼称し、計画終了時の産科・小児科における医師偏在指標が下位3分の1に達する医師数を産科、小児科における「偏在対策基準医師数」とし、産科と小児科の専門医の確保を促すとしている。
表3:医師確保計画策定ガイドラインに盛り込まれた産科医、小児科医の偏在是正案
施策の進め方として、ガイドラインは表3の通り、①医療提供体制など見直しのための施策、②医師の派遣調整、③産科医師、小児科医師の勤務環境を改善するための施策、④産科医師、小児科医師の養成数を増やすための施策――の4つを挙げている。このうち、②と④は医師確保計画と共通しているが、①と③は具体的かつ踏み込んだ内容と言える。例えば、①は地域医療構想を含めた医療機関の再編・統合に繋がるような内容であり、③は医師から他の専門職に業務・権限を移譲する「タスクシフト」に言及している。

これらの点は産科、小児科に限らず、医師確保を総合的に考える上では重要であり、医師不足と偏在が深刻な産科医、小児科医に関して先行的に言及されたと言えるかもしれない。地域医療構想との関係性やタスクシフトの問題については、この後に触れることとする。

なお、ガイドラインは「相対的」とした理由について、相対的な医師の多寡を表していることを理解してもらうためと説明している。さらに、相対的医師多数都道府県と相対的医師多数区域を設定しなかった点に関しては、「これまでに医療圏を超えた地域間の連携が進められてきた状況に鑑み、仮に産科医師又は小児科医師が多いと認められる医療圏を設定すると当該医療圏は産科医師又は小児科医師の追加的な確保ができない医療圏であるとの誤解を招くおそれがある」としている。

では、こうしたガイドラインを基に、どんな医師確保計画が作られようとしているのか。既に医師確保計画の素案が公表され始めており、一般から意見を募る「パブリック・コメント」などの手続きに入っている。ここでは、医師確保計画を理解する上で必要な3つのキーワード、つまり「医師偏在指標」「医師少数区域・医師多数区域」「目標医師数」を中心に、暫定値の時点で医師少数区域が最も多かった北海道の事例を取り上げることで、医師確保計画のイメージを具体的に考えることとする9
 
9 紙幅の都合上、今回のレポートでは産科・小児科の医師確保計画は詳しく論じない。
 

5――医師確保計画の事例

5――医師確保計画の事例~北海道の素案~

表4:北海道の医師少数区域における目標医師数 まず、北海道の医師確保計画素案は計画対象区域を2次医療圏や地域医療構想の「構想区域」と同様、21区域に設定した上で、2次医療圏の医師偏在指標をベースにして、上位3分の1に相当する2区域を「医師多数区域」とした。その一方、下位3分の1に位置する11区域を「医師少数区域」、残りの8区域を「医師少数でも、医師多数でもない区域」として、「医師中間区域」と位置付けた。いずれも厚生労働省が詳細な医師偏在指標を確定させていないため、暫定的な区分や数値としているが、半数近くの区域で医師確保に取り組む必要性が示された形だ。
図4:北海道の医師確保計画素案に盛り込まれた医師偏在対策のイメージ 次に、医師少数区域とされた11区域における目標医師数は表4の通りである。こちらも暫定的な試算値とされており、変動が想定されるが、目標医師数とともに、追加で必要な医師数のイメージを理解できる。つまり、偏在指標で可視化された目標医師数と現状を比較することで、追加的に確保すべき医師数として合計129人と算出できる10。なお、局所的に設定できる「医師少数スポット」に関しては、「道全体の施策を推進する中で対応する」として、北海道の計画素案では設定していない。

その上で、目標医師数をクリアする方策として、図4の通りに「地域医療構想・外来医療計画」「医師確保計画」「働き方改革」の三位一体に言及するとともに、「北海道全体の医師数の維持・確保」「2次医療圏の医師偏在是正」に区分しつつ必要な施策を挙げている。

前者では、医師の養成・キャリア形成支援として、地域枠制度の安定的な運用や若手医師へのアプローチ強化、病児病後保育など勤務環境の改善、道外からの医師確保に向けた体験実習や情報発信などを例示した。

後者の2次医療圏の医師偏在是正では、医師派遣や地域枠制度の改善などを短期施策として挙げ、長期施策では▽中学生などを対象とした医療体験学習会の開催、▽幅広い病気やケガに対応する「総合診療医」の養成、▽地域枠制度の貸付維持――などを列挙した。

今後、こうした医師確保計画の策定作業が各都道府県で進んでおり、2020年3月までに出揃った後、2020年度から医師偏在是正の動きが本格化することになるが、今回の取り組みをどのように評価すればいいのだろうか。以下、私見を交えつつ、先行きを占うことにしたい。
 
10 ただ、素案では差分の合計である129人が記載されていない。
 

6――医師確保計画の評価(1)

6――医師確保計画の評価(1)~実効性を伴うか~

1|これまでの医師偏在是正策
医師や医療機関の偏在について、古くは戦前、戦後でも1960年代頃から問題視されていたが、現在に繋がる議論は2004年度に導入された新臨床研修制度に遡る。この制度は特定の専門領域に限らず、幅広い分野の専門研修を義務付けるとともに、希望に基づいて研修医と研修病院を組み合わせるマッチングシステムも導入された。この結果、以前は大学の医局が割り振った病院で研修を受けるのが普通だったが、多くの研修医が都市部の民間病院を選択するようになった。

一方、大学も研修体制の充実が求められるようになり、医局から派遣していた医師を病院から引き揚げたため、残された医師の労働環境が悪化。負担増を避けるために開業したり、病院を辞めたりする医師が続出し、残された病院勤務医の負担が一層増える悪循環となった。当時、この現象は「立ち去り型サボタージュ医療崩壊」11などと呼ばれた。

そこで、政府は2008年度以降、医学部の入学定員を臨時的に増加させたほか、2006年の医療法改正で各都道府県に対して地域医療対策協議会の設置を義務付けたが、偏在が是正されているとは言い難い。さらに、都道府県自身も地域枠を通じた医師確保に取り組んできた12が、2012年4月~2017年3月までの間、7県が一度も開催していないなど、取り組みにバラツキが見られたため、「患者の医療アクセスの向上、医師の勤務負担の軽減等の観点から、これまで以上に実効性のある医師偏在対策が早急に求められている」13として、全国単位で偏在是正に取り組むことになった。
 
11 当時の様子については、小松秀樹(2006)『医療崩壊』朝日新聞社を参照。
12 都道府県の取り組みについては、2018年2月19日『日経グローカル』No.334に詳しい解説が出ている。
13 加藤勝信厚生労働相の答弁。2018年4月17日、第196回国会参議院厚生労働委員会。
2|可視化など実効性を重視した今回の取り組み
では、今回の取り組みについて、どんな意味合いを持っていると評価できるだろうか。まず、医師偏在指標や目標医師数など医師偏在を巡る現状が一定の基準で可視化された意味合いは大きい。

もちろん、こうした指標の妥当性を問う議論は考えられる。実際、日本医師会は「全国画一的な数値によって規制されるものではありません」と主張14しており、ガイドラインも「数値を絶対的な基準として取り扱うことや機械的な運用を行うことのないよう十分に留意する必要がある」としている。

この是非を論じる上では、医療が複雑系のシステムである点を念頭に置くべきだろう。例えば、医療サービスでは患者―医師の情報格差が大きく、医療の需要は患者のニーズだけでなく、医師の判断や決定が影響する分、先行きを正確に推計するのは難しい。さらに医師の業務は裁量性と専門性が高く、医師の過不足を正確に計算・予測するのも困難である。こうした状況で、どんなに精緻な指標や試算を作っても将来を予想し切れるとは考えにくく、一定の機械的な線引きは止むを得ない面がある。

実際、今回の医師偏在指標は一つの前提に立った機械的な計算式に基づいており、地域の実情を反映しているとは限らないが、それでも医師の偏在を巡る状況が数値として可視化され、目標医師数という「目安」が示された意味合いは大きい。

第2に、後述する通り、「医療行政の都道府県化」が進んで行く中、地域の実情に沿って都道府県が大学病院、民間医療機関の経営者などと協議しつつ、偏在是正に取り組む方向性が示された点である。この点については、後述する。

さらに、▽2036年という是正目標に向けた年次が定められた、▽都道府県による派遣調整など政策実現手段がパッケージで示された――といった点は初めてであり、実効性を高めようとしている意味合いは大きい。
 
14 2019年10月16日、日本医師会地域医療対策委員会「2018・2019年度地域医療対策委員会中間答申」。
3|2017年の厚生労働省調査に見る可能性
では、医師確保計画はどこまで有効に機能するのだろうか。厚生労働省の研究班が2017年に実施した「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」15を見ると、医師の44%が「地方で勤務する 意思がある」と回答していた。この調査では「地方勤務」を東京23区、政令指定都市、県庁所在市などの都市部以外と定義しており、「地方勤務=過疎地勤務」を意味しているわけではないが、地方で勤務する意思のない医師に対し、その理由を問うたところ、20代の医師は専門医資格の取得が都市部よりも困難になる点、30~40代の医師は子どもの教育環境が十分に得られない点を挙げている。

そこで、地方で働く医師を増やす方策として、単なる金銭面での待遇だけでなく、研修機会の確保などキャリアアップのコースを示したり、保育所の整備など子育て環境を充実させたりする選択肢が考えられ、こうした必要性はガイドラインにも言及されている。実際、「努力によってそれ(注:医師偏在の要因)を除去したり緩和したりすることができれば、医師を地方に招聘することは可能となる」といった評価もある16
 
15 2017年4月6日、第15回新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会資料「医師の勤務実態及び働き方の意向等に関する調査」を参照。回答者数は1万5,677人。
16 桐野高明(2018)『医師の不足と過剰』東京大学出版会p168。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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