2020年02月14日

動き出した欧州グリーンディール-新しさと既視感。日本も無関係ではない-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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欧州グリーンディールはEU新体制の最優先課題 

「欧州グリーンディール」は、19年12月に本格的に始動したEUの新体制の最優先課題だ。19年12月1日に発足したフォンデアライエン委員長率いる新欧州委員会は6つの優先課題を設定し、その筆頭に欧州グリーンディールを位置付けている。

欧州委員会は、昨年12月11日に公表した欧州グリーンディールの「政策文書」で、「EUを資源効率的で競争力のある公正で繁栄した社会に変えることを目指す新たな成長戦略」であるとともに「EUの自然資本を保護・保全、強化し、環境関連のリスクと影響から市民の健康と福祉を保護することも目標とする」と説明する1

具体的な政策として「50の行動計画(巻末資料1参照)」を示しており、1月14日には今後10年間に少なくとも1兆ユーロの持続可能な投資を動員するための「欧州グリーンディール投資計画」を公表した。1月29日の欧州委員会の6つの優先課題に沿った「作業プログラム」にも、50の行動計画で早期実現の姿勢を表明した政策を盛り込んだ(巻末資料2参照)。

「行動計画」と「作業プログラム」に、気候変動目標の達成を、政治合意から法的拘束力を持つものに強化するため、3月に、EU域内で「2050年の温室効果ガスの排出量実質ゼロ」の気候中立目標を定めた「欧州気候法」を提案する方針を明記した。

2030年の気候変動目標も、今年11月に英国・グラスゴーで開催予定の第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に向けて、「1990年比で少なくとも40%」から「少なくとも50%に引き上げ、責任ある形で55%を目指す」計画作成を準備する。
 
1 European Commission (2019) p.1
 

「欧州グリーンディール」の新しさ

「欧州グリーンディール」の新しさ-経済や社会の仕組みを「循環型」に変える

欧州グリーンディールでは、「EUを世界初の気候中立、資源効率的、デジタル時代に相応しい大陸に変える」2

そのために幅広い領域で幅広い政策ツールを活用する。「経済、産業、生産と消費、大規模なインフラ、輸送、食料と農業、建設、課税、社会的給付にまたがるクリーンエネルギー供給政策を考える」必要があり、「自然生態系の保護と回復、自然の持続可能な利用、人間の健康の改善に与えられる価値を高める」ことが不可欠であり、変革のためのツールとして「デジタル化のための投資」を促進する必要もある3

経済や社会の仕組みも大きく変わる。域外から輸入する天然資源への依存度を減らし、環境にやさしい製品を生産し、廃棄物の削減や再利用、リサイクルを促し、新たなビジネスと雇用の機会を生み出す「循環型経済」への移行を目指す(図表1)。
(図表1) EUが目指す循環型経済
 
2 European Commission (2020d) p.5
3 European Commission (2019) p.4
 

「欧州グリーンディール」を様々な要因が後押しする

「欧州グリーンディール」を様々な要因が後押しする

EUの「欧州グリーンディール」は様々な要因に後押しされている。

まず、世界的な気温上昇、天然資源の枯渇、海洋汚染、生物多様性の喪失とともに、欧州においても安全と繁栄を脅かす大規模な森林火災や洪水が頻発するようになっていることへの危機意識がある。「気候と環境関連の課題」は「この世代の最も重要な課題」4という認識がある。

EU市民の間での気候変動への意識の高まりも、EUの取り組みを後押しする。欧州委員会の世論調査「ユーロバロメーター」の「EUレベルでの主な懸念」についての回答では、2018年以降、「気候変動」を選択する割合が上向き続けており、直近の19年11月調査では、移民に次ぐ第2位となった(表紙図表参照)。

19年に選挙が行われたEUの欧州議会で、環境政党グループ「Greens/EFA」の議席が50から74へと増加、影響力が高まったこともある。

環境政策重視の姿勢は、EU懐疑主義を掲げるポピュリズムへの対抗策ともなる。気候変動対策では、一国の単位での取り組みでは限界がある。多国間の枠組みであるEUの存在意義、影響力を発揮できる領域だ。

雇用維持と国際競争力向上につながる成長戦略としての期待もある。気候変動への取り組みとルール作りで先行して、EU発の規制を国際規範化することに成功すれば、欧州の市場は守られ、欧州企業の域外での活動にも有利に働く。

欧州委員会の6つの最優先課題には「デジタル時代にふさわしい欧州」もあるが、米中の二大国に遅れをとっているデジタル化で「守り」の戦略をとらざるを得ないEUが、グリーン化で「攻め」、世界をリードしようという野心もある。欧州委員会の「作業プログラム」の「デジタル時代にふさわしい欧州」の領域では、20年7~9月期には「フィンテック行動計画」や「暗号資産に関する提案」、「セクター横断的な金融サービス法」などが予定されているが、世界をリードするというよりも、遅れをとらないための対応といった感が強い。EUは個人情報保護と基本的人権の確保を目的とする「EU一般データ保護規則(GDPR)」を導入し、19年4月には「人工知能(AI)に関する倫理ガイドライン」を発表している。AIについては20年1~3月期に白書の公表と法制化への作業を進める。EUの取り組みはルール作りに重きがある点も特徴だ。
 
4 European Commission (2019) p.1
 

「欧州グリーンディール」の既視感

「欧州グリーンディール」の既視感-不発に終わった2つの成長戦略

EUの過去の2回の成長戦略が不発に終わったため、「欧州グリーンディール」には既視感があり、目標が達成できるのか疑問がわいてくる。

EUが、グローバル化と高齢化への対応として2000年に立ち上げた「リスボン戦略」は「2010年までに、より多くの、より良い雇用とより強い社会的結束、環境への配慮を伴う、持続可能な経済成長が可能な、世界で最もダイナミックで競争力のある知識基盤型経済」を目指した。数値目標として「15歳~64歳の就業率70%」と「研究開発投資のGDP比3%」を掲げたが、いずれも未達成に終わった。世界金融危機とユーロ危機の拡大は、数値目標の達成を妨げただけでなく、財政規律の相互監視を始めとする経済ガバナンスやユーロ圏の制度の欠陥を浮き彫りにした。

2010年に立ち上げ、今年終了する「賢い成長、持続可能な成長、包括的な成長」を目指す「欧州2020(Europe 2020)」も目標を達成できずに終わりそうだ。「欧州2020」5つの領域で数値目標を掲げたが、気候変動とエネルギーを除く4つの領域で達成の可能性があるのは「10%以下」の目標に対して18年実績が10.2%となっている「学業放棄の割合の引き下げ」くらいだ。リスボン戦略から引き継がれた目標である「就業率」は「20~64 歳で75%」を目標としたが、18年時点で72.4%に留まる。「研究開発投資のGDP比3%」に対して2.19%である。19年以降、経済成長の勢いが鈍り、20年も低調な推移が見込まれることから、達成は難しいだろう。「包括的な成長」の指標である「貧困人口の削減」に至っては、「2000 万人削減」の目標に対して、18年までの累計は684万人に留まっており、目標達成の見込みはほぼない。

気候変動とエネルギーについては「欧州2020」では3つの数値目標を掲げたが、その達成状況はまちまちだ。まず、「温室効果ガス排出削減」は「1990年比で 20%以上、条件が揃えば 30%削減」の目標は17年時点で英国を含む28カ国(EU28)で21.66%、英国を除く27カ国(EU27)で19.04%で概ね達成している。次に、「最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合」は EU28で17.985%、EU27で18.89%で「20%以上」の目標への到達は微妙な情勢だ。最後に、「エネルギー効率」については、EU28で「一次石油エネルギー消費量」で14.83億石油換算トン、「最終エネルギー消費量」で10.86億石油換算トンの目標に対して、18年時点で15.51億石油換算トン、11.24億石油換算トンと達成には至っていない。

なお、欧州グリーンディールでは、EU独自の数値目標は設定せず、国際連合の2030年までに「誰一人取り残さない」 持続可能で多様性と包摂性のある世界を目指す国際目標「持続可能な開発目標(SDGs)」を指標とする。SDGsは17の目標((1)貧困、(2)飢餓、(3)保健、(4)教育、(5)ジェンダー、(6)水・衛星、(7)エネルギー、(8)経済成長・雇用、(9)インフラ、産業化、イノベーション、(10)不平等、(11)持続可能な都市、(12)持続可能な生産と消費、(13)気候変動、(14)海洋資源、(15)陸上資源、(16)平和、(17)実現手段)の下に169のターゲットと232の指標があり、過去2つの成長戦略よりも遥かに多様な目標の達成を目指すことになる。
 

経済成長との両立以上に一層の格差拡大に懸念

経済成長との両立以上に一層の格差拡大に懸念

EUは「欧州グリーンディール」を成長戦略と位置付け、新たな雇用の創出も期待しているが、経済成長・雇用にはマイナスとの見方もある。目下、ドイツ製造業、とりわけ自動車産業が苦境に陥っている一因が、EU域内の環境規制の厳格化にあることから、なおさら環境規制は成長と雇用にマイナスという連想を抱きやすい。

ただ、短期的な景気の下振れについては、環境に負荷をかける持続不可能な従来の成長モデルから、経済成長と資源利用を切り離す持続可能な成長モデルへの転換のコストとして許容せざるを得ないと考えることはできるだろう。

むしろ懸念すべきは、EU加盟国間、さらに各国内での格差の固定化、一層の拡大にある。「リスボン戦略」や「欧州2020」の経験から明らかになったのは、北欧など、そもそも競争力があり、改革の意思と能力がある財政健全国は、EU平均の目標を超過達成する傾向があることだ。加盟国全体で目標未達となるのは、取り残された国・地域の底上げが進まないからだ。

「欧州2020」の気候変動・エネルギー関連の指標のEU共通の目標の1つである「最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの比率」を見ても、加盟国間のばらつきは非常に大きい(図表2)。「欧州2020」では、EU全体の目標値20%とは別に、出発点の違いに考慮し、加盟各国が個々の目標値を設定した。これまでの結果を見ると、より高い目標を設定した国は超過達成し、そもそも低い目標を設定した国は未達という傾向がある。
(図表2) 「欧州2020」の再生可能エネルギー比率の目標と各国の到達点
気候変動への問題意識は、EU27カ国の間でも温度差がある。「EUレベルでの主な懸念」に関する調査でも、27の加盟国の間で危機意識の度合いには、かなりの差がある。調査は、複数の選択肢から2項目を選択する方式で行われており、「気候変動」が選択された割合は、多くの加盟国で1番目から3番目と基本的な危機意識は共有されてはいる。ただ、選択された割合が40%を超えるスウェーデンやデンマーク、オランダなどに対して、ブルガリアは10%、ギリシャは11%を筆頭に南欧や東欧では頻度が低めの国が少なくない(図表3)。ブルガリアはテロ、ギリシャは経済情勢や財政事情などへの懸念が勝っている。有権者の問題意識が相対的に低い国々では、政策的な取り組みにも制約がかかりやすいだろう。
(図表3) 世論調査「EUレベルでの主な懸念」で気候変動が選択された割合
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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

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