2020年02月05日

口座維持手数料を導入した場合に予想される投資行動の変化

金融研究部 金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任 福本 勇樹

文字サイズ

2016年1月末に日本銀行によりマイナス金利政策が導入されて4年が経過した。現在も「マイナス金利の深堀り」が金融緩和手段の選択肢の一つとして認識されている中で、追加緩和に伴う金融仲介機能の悪化に関する副作用の議論も活発である。具体的には、預金金利にゼロ金利制約がある中で、貸出金利の低下に起因する資金収益のさらなる悪化が銀行格付の引き下げを招き、外貨調達コストのさらなる上昇などに起因して金融システムに悪循環が生じるのではないかとの指摘である。社会インフラである決済などの金融サービスを提供・維持するために必要なコストを預金者にも負担してもらうという意味合いも含みつつ、追加緩和の副作用に対する処方箋の一つとして預金口座に対する口座維持(管理)手数料の賦課が注目されている。

日本銀行内にある金融法委員会の法的見解1では、預金にマイナス金利の利息は適用できないとしている。一方で、(金融機関が可能な限り企業努力をすることが前提で、必要性や相当性を慎重に検討する必要があるとの前提条件はあるが、)口座維持手数料の賦課であれば可能な場合があるとされている。具体的には、現状でも新規口座や既存口座の預金約款において口座維持手数料に関する規定があれば合理的な範囲の金額の手数料を徴求することは可能で、既存口座の預金約款にその規定が含まれていない場合は約款の変更が必要になるとの意見である。

よって、既存の預金約款に口座維持手数料に関する規定がない場合、銀行は約款変更にかかる追加的なコストの問題も考慮に入れて口座維持手数料の適用について意思決定しなければならなくなる。さらに、コンプライアンスの観点で、預金者に対して十分に時間をかけて周知徹底を行う必要も出てくるだろう。そのため、「すぐさま」「すべての」預金口座に対して口座維持手数料が適用されるような事態にはならないものと予測される。2019年12月末時点で既に口座維持手数料が導入された事例を見ても、新規の口座開設に限定した上で、2年間において取引のない不稼働口座のみに適用する形が一般的になっている。

次に、仮に口座維持手数料が利用頻度の高い預金口座にも賦課されるようになった場合に予想される投資行動への影響について考えてみたい。マイナス金利政策導入後の早い段階から、信託銀行により年金信託や投資信託でマイナス金利のコスト負担が求められるようになっている。主な投資家の現預金残高の推移を確認すると、銀行等、保険会社、確定拠出年金や家計で現預金残高の伸びが継続している一方で、すでにマイナス金利のコスト負担を強いられていると見られる確定給付年金や公的年金では現預金残高は減少トレンドに転じている(図表)。

確定給付年金では、現預金から貸出金や対外証券投資を中心に他の資産へリバランスが進められてきたものと見られる。また、公的年金では、2018年8月のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による短期資産の資産管理機関の選定を境に、現預金から短期資産などに資金をシフトさせた影響が大きいと考えられる2。これらの事例から、金融機関が機関投資家に対して何かしらの形でマイナス金利のコストを徴求する場合、基本的に機関投資家は現預金残高にかかる確定的なコストを極力避けるような投資行動を選択するものと予想される。結局のところ、リスク選好に違いはあれども、多くの機関投資家が他の運用資産に資金をシフトさせることになるだろう。ただし、特にこの数年間は国内外で景気拡大局面にあって、為替市場は円安傾向を維持しつつ、日米の株式市場も好調であった。それゆえ、現預金からリスク資産にシフトさせるのはファンダメンタルズの観点からも合理的な選択だった点には留意すべきである。
 
1 「マイナス金利の導入に伴って生ずる契約解釈上の問題に対する考え方の整理」(金融法委員会 平成28年2月19日)、「預金規定に基づく預金者への口座管理手数料の賦課に関する論点整理」(金融法委員会 平成30年7月31日)
2 「第14回経営委員会議事概要(平成30年9月18日)」(年金積立金管理運用独立行政法人)では、短期資産での運用について「マイナス金利をGPIFが負担する趣旨ではない」との言及がある。
図表1:主な投資家の現預金残高の推移
一方で、家計の預金口座に対して口座維持手数料が賦課された場合、行動を変える人と行動を変えない人の2つに分かれることが想定される。さらに、行動を変える人については金融リテラシーの水準によって大きく2つに対応が分かれるのではないか。金融リテラシーが高い人々は、機関投資家と同様の行動をとることが予想される。つまり、貯蓄から投資への流れを促進する可能性が高い。しかし、残念ながら、日本人の金融リテラシー水準は海外の先進国と比較して高くないとする報告は多く存在する3。金融リテラシーが高くない人は「損失回避傾向=人間は損失を目の前にすると、利得よりも損失に重きを置くようになり、損失そのものを回避しようと行動するようになる」(行動ファイナンスのプロスペクト理論)の影響を相対的に強く受けることになる。従って、特に治安の良い日本では、金融リテラシーの高くない人々は現金での保有、つまり「タンス預金」を増やすことにつながるものと思われる。
Xでシェアする Facebookでシェアする

金融研究部   金融調査室長・年金総合リサーチセンター兼任

福本 勇樹 (ふくもと ゆうき)

研究・専門分野
金融・決済・価格評価

経歴
  • 【職歴】
     2005年4月 住友信託銀行株式会社(現 三井住友信託銀行株式会社)入社
     2014年9月 株式会社ニッセイ基礎研究所 入社
     2021年7月より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・経済産業省「キャッシュレスの普及加速に向けた基盤強化事業」における検討会委員(2022年)
     ・経済産業省 割賦販売小委員会委員(産業構造審議会臨時委員)(2023年)

    【著書】
     成城大学経済研究所 研究報告No.88
     『日本のキャッシュレス化の進展状況と金融リテラシーの影響』
      著者:ニッセイ基礎研究所 福本勇樹
      出版社:成城大学経済研究所
      発行年月:2020年02月

(2020年02月05日「ニッセイ年金ストラテジー」)

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【口座維持手数料を導入した場合に予想される投資行動の変化】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

口座維持手数料を導入した場合に予想される投資行動の変化のレポート Topへ