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「調整会議の活性化」とは、どのような状態を目指すのか-地域医療構想の議論が混乱する遠因を探る
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
しかし、厚生労働省は2015年6月、都道府県に対する通知で、2025年の必要病床数と現状の病床数を差し引いた分が削減目標と判断されないように、「単純に『我が県は◎◎床削減しなければならない』といった誤った理解とならないようにお願いします」と要請していた。つまり、地域医療構想を「病床削減のための政策ではない」と説明し、各都道府県による地域医療構想の策定プロセスが始まった経緯がある。
こうした動きの背景には、日本医師会の動向が影響したと考えられる。例えば、2011年11月の社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)医療部会で、厚生労働省は人員配置や構造基準の設定を通じて、これをクリアした病床を急性期として認定する「急性期病床群」(仮称)の新設を提案したが、日本医師会は「急性期医療をできなくなる地域が生まれる」との懸念を示した9。
そこで、厚生労働省は2012年4月、急性期病床の登録制度を提案したが、これにも日本医師会は実質的に認定と変わらないと反対した10。これらの提案に反対した理由について、日本医師会の副会長は雑誌の対談記事11で、「急性期だけでなく慢性期・在宅まで切れ目なく(筆者注:提供することが)大事であって優劣はないと一貫して主張した」とした上で、急性期病床の認定制度には「認定される施設とされない施設では診療報酬で大きな差がつき、特に地方では急性期医療が提供できなくなると反対した」、登録制度には「登録でも要件があるはずだから認定と変わらないと(筆者注:反対した)」と説明している。
これらの経緯を見ると、日本医師会との調整プロセスを経て、「病床削減による医療費適正化」という当初の目的が薄まるとともに、「切れ目のない提供体制の構築」という目的が加わった様子を理解できる。この点については、「医療費削減の仕組みを徹底的に削除したつもりだ。その結果、(筆者注:地域医療構想は)医療機関の自主的な取り組みで進める仕組みになった」という日本医師会幹部の発言と符合する12。
9 2011年11月17日第23回社会保障審議会医療部会議事録。
10 2012年4月21日『m3.com』配信記事。
11 『病院』74巻8号。日本医師会の中川副会長による発言。
12 2019年4月29日『m3.com』配信記事。日本医学会総会における日本医師会の中川副会長の発言。
この結果、地域医療構想には「過剰な病床の適正化」「切れ目のない提供体制の構築」という2つの目的が混在することになった。筆者自身、2つの目的が混じった点は止むを得なかったと判断している。先に触れた通り、医療政策はコストだけで論じられない上、アクセスの視点を加味しなければ、病床削減に対する住民の反発など軋轢が避けられなくなるためである。
具体的には、コストを重視した左側の「過剰な病床の適正化」では、目指すべきゴールの成功した状態は「国際的に過剰な病床数を適正化し、医療費を抑制する」ことになり、成功したかどうか把握する指標は病床数になる。
一方、アクセスに力点を置く右側の「切れ目のない提供体制の構築」では、「在宅を中心とした生活を支える医療提供体制への転換」が重視されることになり、それが成功したかどうかチェックする際の指標は病床数ではなく、在宅医療を実施する医師や訪問看護師の数、医療・介護連携会議の開催数、在宅看取りの数などになる。
では、これまでの経緯では、どちらの目的が重視されてきたのだろうか。ここでは、(1)策定時における都道府県の対応、(2)個別名の公表――の2点で整理する。
6――どちらの目的が重視されているのか
まず、2017年3月までに地域医療構想が出揃った時点で、どちらの目的を都道府県が重視していたか見て行こう。結論から言うと、コストに着目する前者の「過剰な病床の適正化」ではなく、後者の「切れ目のない提供体制の構築」を重視していた。具体的には、29道府県が「強制的に削減しない」「機械的に当てはめない」などの表現を用いつつ、2025年の必要病床数が削減目標ではない旨を明示していた13。
この背景には、必要病床を削減目標と位置付けないように要請していた日本医師会に対する配慮があったと思われる。地域医療構想の策定プロセスに際して、日本医師会は必要病床数を削減目標ではないと明記されていない構想が見られることを問題視していた14。こうした中、医療機関関係者との関係が悪化すると、切れ目のない提供体制の構築というもう1つの目的達成が困難になるため、都道府県としては病床適正化に消極的だったと見られる。言い換えると、地域医療構想が策定された時点で、病床適正化の議論に傾斜する国と、切れ目のない提供体制の構築を重視する都道府県との間で温度差があったことになる。
13 なお、制度の一般的な説明として「自主的な判断」と書いている場合はカウントしていない。
14 2016年9月20日『日医News』。
では、今回の個別名の公表はどうか。経緯の詳細については別のレポート15をご参照頂くとして、ここでは簡単に触れることとする。
まず、2017年6月に閣議決定された骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)は都道府県に対し、医療機関が担う役割や機能などについて個別名を明示する「具体的対応方針」を速やかに策定するよう要請するとともに、2年程度での集中的な検討を促した。2018年6月の骨太方針では公立・公的医療機関について、民間医療機関では担えない機能に重点化する見直しを進める必要性を示すとともに、その見直しを踏まえて再編・統合などの議論を都道府県に求めた。これを受けて、公立・公的医療機関は2025年を意識した業務の見直し計画(「新公立病院改革プラン」「公的医療機関等2025プラン」)を策定した。
ここで言う「2017年度」は病床機能報告制度に基づく現状、「2025年度予想」は公立・公的医療機関の見直し計画に基づく病床数の予想である。これを見ると分かる通り、2017年度と2025年度予想の病床数総数は殆ど変わっておらず、高度急性期と急性期の実数も大きな変化は見られない。
つまり、地域医療構想が策定されて約2年の間、公立・公的医療機関の見直し論議を先行させたにもかかわらず、公立・公的医療機関の「ダウンサイジング」が進んでおらず、「調整会議が活性化していない」と判断され、再検討を促すための方法論として、今回の個別名の公表に至ったわけである。この点については、日本医師会幹部が「がっかりします。(略)公立病院、公的医療機関でなければ担えない機能に特化しているかどうかという検討はほとんどしていないことになります」と述べていたこととも符合する16。
そう考えると、個別名の公表に際しても、やはり重視されていたのは病床数、つまりコスト削減に重きを置いた「過剰な病床の適正化」だったことになる。ここでは図1の右側、つまりアクセスを重視した「切れ目のない提供体制の構築」は顧みられていないことになる。
15 2019年10月31日拙稿レポート「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。
16 2019年5月16日地域医療構想ワーキンググループ議事録。日本医師会の中川副会長による発言。
7――今後どうするべきか
中でも病床再編に関して、コストとアクセスのバランスは難しい課題である。仮にコストだけ論じるのであれば、「個別名が公表された今回の病院数の病床数を単純に足し上げると、約6万7,000床(高度急性期、急性期、回復期、慢性期の合計)であり、経済財政諮問会議では民間議員が官民合わせて約13万床の削減を訴えているので、診療実績が少なかったり、他の医療機関と類似・重複したりしている約6万7,000床を減らせば、13万床のうちの半分をクリアできる」という乱暴な結論さえ可能になってしまう。
しかし、これが机上の空論であることは言うまでもない。現実にはアクセスの問題、さらに住民の不安や反発にも考慮しなければならない。だからこそ地域医療構想の進め方や課題を論じる時、今の議論がどちらを重視しているのか、どちらが疎かになっているのか、常に意識すべきであろう。
さらに、どうしても経済財政諮問会議を中心とする政府の議論は「過剰な病床の適正化」を重視した病床数を巡る議論に偏りがちであり、現場を預かる都道府県や市町村としては「切れ目のない提供体制構築」に向けた議論を意識することも求められる。具体的には、在宅医療や医療・介護連携の充実を含めたプライマリ・ケアの推進、退院支援ガイドラインの作成・普及など医療機関同士の連携強化、医師偏在の是正や専門職の確保といった取り組みを通じて、切れ目のない提供体制の構築に向けた独自の施策展開が必要となる。
17 泉田信行(2016)「医療サービスの供給確保・地域医療構想」『社会保障研究』Vol.1 No.3。
8――おわりに
もちろん、医療制度を考える時、財政的な効率性だけでは論じられず、「選択と集中」を徹底しなければならない軍事作戦と同一には議論できない。しかし、1つの戦略に2つの目的を持たせると、その優先順位を巡って議論や現場は混乱しやすくなる点は共通している。少なくとも関係者は地域医療構想を語る時、どちらの目的を議論しているのか意識する必要があるし、議論が片方に傾き過ぎた場合、もう1つの目的を加味する視点とバランス感覚が求められる。
18 戸部良一・野中郁次郎ほか(1991)『失敗の本質』中公文庫pp268-269。
(2019年11月11日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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