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「調整会議の活性化」とは、どのような状態を目指すのか-地域医療構想の議論が混乱する遠因を探る
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
1――はじめに~「調整会議の活性化」とはどのような状態なのか~
こうした異例の公表に踏み切った理由として、厚生労働省は「地域医療構想調整会議(以下、調整会議)の活性化」を挙げている。調整会議とは、2017年3月までに各都道府県が策定した地域医療構想を推進する際、急性期病床の削減や在宅医療の充実といった方策について、都道府県や民間医療機関関係者などが話し合う場であり、全国に339カ所で設けられている。今回の個別名公表については、こうした場が「活性化」していないことが理由として挙げられている。
では、ここで言う「活性化」とは一体、どのような状態を指すのだろうか。言い換えると、どのような見直しが進めば、「活性化した」と言えるのだろうか。ここでは地域医療構想が制度化された時点で、「過剰な病床適正化」「切れ目のない提供体制の構築」という2つの目的が混在していた点を見た上で、こうした多義的な側面が今回の混乱の遠因である点を指摘する。
2――「調整会議の活性化」を目指す個別名の公表
具体的には、厚生労働省が公表翌日、ウエブサイトにアップした「地域医療構想の実現に向けて」という文書を読むと、今回の個別名公表について、「必ずしも医療機関そのものの統廃合を決めるものではありません」「病院が将来担うべき役割や、それに必要なダウンサイジング・機能分化等の方向性を機械的に決めるものでもありません」とした上で、以下のように説明している。
今回の分析だけでは判断しえない診療領域や地域の実情に関する知見も補いながら、地域医療構想調整会議の議論を活性化し議論を尽くして頂き、 2025年のあるべき姿に向けて必要な医療機能の見直しを行っていただきたいと考えています。その際、ダウンサイジングや機能連携・分化を含む再編統合も視野に議論を進めて頂きたいと考えています。
調整会議は地域医療構想の推進に際して最も重視されており、調整会議の活性化が目的であると書かれている。さらに、公立・公的医療機関の改革を迫っている日本医師会も「(筆者注:個別名公表時の判断基準が)全国の地域医療構想調整会議活性化の起爆剤になり、行政からの強制力ではなく、医師会を中心とした医療関係者の地域医療への熱い想いが結実することを期待している」2、「分かりやすく言うと、侃々諤々、喧々囂々という議論があってしかるべき。どうしてこういうことになるのかという議論を戦わせること自体が活性化の第一歩。(筆者注:今回の個別名公表で)当初の目的をまずは果たしたと思う」3と述べており、「活性化」が目的という説明は厚生労働省、日本医師会に共通している。
では、ここで言う「活性化」とは、どのような状態を指すのか。あるいは「活性化していない」現状を打開するため、今回の個別名公表に踏み切ったのであれば、現状の何が問題視されたのだろうか。
些か理屈っぽく映るかもしれないが、「活性化している会議」あるいは「活性化していない会議」という意味を深堀りしてみよう。
1 例えば、地域医療構想については、拙稿レポートで何度か取り上げている。詳細については、2017年11~12月の4回連載の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」、2019年5~6月の2回連載「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」。(いずれもリンク先は第1回)。424の公立・公的病院を開示した経緯についても、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。
2 2019年6月24日『m3.com』配信記事。日本医師会の第145回定例代議員会における中川俊男副会長の発言。
3 2019年10月30日『m3.com』配信記事。記者会見における日本医師会の中川副会長の発言。
3――「調整会議の活性化」とは何か
答えはYESであり、Noとも言える。いずれのケースも見方次第では、活性化していると言えるし、活性化していないとも言えるためである。
例えば、前者が重要な事項を決める会議であれば、議論が決着した以上、会議としては成功の部類と言えるかもしれない。ただ、参加者が誰も発言しないのであれば、「活性化した状態」とは言い難い面がある。後者については、参加者が積極的に議論したのであれば、「活性化した状態」と言えるかもしれないが、もし結論を決めるための会議であれば、時間を大幅に超過した末に何も決まらなかった時点で、決して成功とは言えない。
逆に学会やシンポジウム、ブレーンストーミングなど結論を出すことを想定していない会議であれば、議論百出の状態は「活性化した」と言えるだろう。つまり、会議の性格や目的に応じて、「活性化」の意味は変わってくることになる。
今回の個別名公表についても、名指しされた病院が抗議文を送り付けたり、住民が反対運動を展開したりすれば、今まで全く見向きもされなかった調整会議がクローズアップされている時点で、「活性化した」と言えるかもしれない。些か皮肉な言い方だが、今回の個別名の公表が戸惑いや不安、不満を引き起こした時点で、「活性化した」と言えなくもないことになる。
そう考えると、調整会議が結局、何のための会議なのか、あるいは何を目的とするのかを明確にする必要がある。実際、アメリカの経営学者、ドラッカーは「会議の生産性をあげるには、事前に目的を明らかにすることが必要である」「方向づけのない会議は迷惑なだけにとどまらない。危険である」とした上で、以下のように述べている4。
会議を成果あるものにするには、会議の冒頭に、会議の目的と果たすべき貢献を明らかにしなければならない。そして会議をその目的に沿って進めなければならない。
では、調整会議とは一体、何を目指す場なのだろうか。ドラッカーが言う「会議の目的と果たすべき貢献」に照らして、その目的や貢献を改めて考えようとすると、調整会議が設置されたのは地域医療構想を推進するためである。そう考えると、「調整会議の活性化を通じて、地域医療構想は何を目指すのか」、言い換えると「地域医療構想の目的は何か」という問いが欠かせない。
しかし、各都道府県向けに2015年3月に作られた「地域医療構想策定ガイドライン」は冒頭、「経緯」から始まっており、「目的」が明記されていない。地域医療構想とは一体、何のための政策なのだろうか、ここで再考を試みる。
4 Peter F.Drucker(1966)“The Effective Executive”〔上田惇生訳(2006)『経営者の条件』ダイヤモンド社p13、p69、p98〕。
4――地域医療構想の目的に関する厚生労働省の説明
地域医療構想の目的は、2025年に向けて、地域ごとに効率的で不足のない医療提供体制を構築することです。地域医療構想の実現により、限られた医療資源をそれぞれの地域で真に活用し、次の時代に対応した医療を構築することができると考えています。
この内容について、筆者自身は賛同しており、反対する人も少ないだろう。しかし、一般的に医療制度を考える時、「コスト」「質」「アクセス」の3つが判断基準として使われ、往々にしてトレードオフの関係になるため、「鉄のトライアングル(The Iron Triangle of Health Care)」と呼ばれる時がある5。この3つを上記に説明に当てはめると、「効率的」はコスト、「不足のない」はアクセスを意味しているように読める。最後の質については、それに類した言葉は見受けられず、質を図る評価制度の整備も遅れているため、考慮されていないと考えられる。
つまり、厚生労働省の説明を「鉄のトライアングル」で整理すると、「コスト」「アクセス」の2つの視点が反映されていると言える。以下、コストとアクセスの観点について、制度改正の経緯にさかのぼりつつ、地域医療構想の目的について詳しく見てみよう。
5 William L.Kissick(1994)“Medicine’s Dilemmas”Yale University Press, pp1-10.
5――地域医療構想に混在する2つの目的
地域医療構想が論じられ始めた時点で、コストの視点が重視されていたのは明らかである。例えば、地域医療構想に通じる考え方が最初に示されたのは2008年6月の社会保障国民会議中間報告であり、ここでは「過剰な病床の思い切った適正化」「疾病構造や医療・介護ニーズの変化に対応した病院・病床の機能分化の徹底と集約化」がうたわれていた。
この方針は2008年11月の最終報告と2009年6月の安心社会実現会議報告に継承され、民主党への政権交代を挟んでも議論が継続し、自民党の政権復帰後にまとまった2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書には以下の文言が盛り込まれた。
急性期から亜急性期、回復期等まで、患者が状態に見合った病床でその状態にふさわしい医療を受けることができるよう、急性期医療を中心に人的・物的資源を集中投入し、入院期間を減らして早期の家庭復帰・社会復帰を実現するとともに、受け皿となる地域の病床や在宅医療・在宅介護を充実させていく必要がある。
ここでも急性期医療を中心とした人的・物的資源の「集中投入」という言葉が使われており、病床数の適正化が意識されていると言える。以上のような経緯を見ると、病床削減、特に急性期病床の削減に力点を置いていたのは明白である。
では、なぜ過剰なベッド数が問題視されたのか。この点を考える上では、医療経済学の医師需要誘発(Physician Induced-Demand)仮説を踏まえる必要がある。医療経済学では以前から病床数が多くなると、入院医療費も増える相関関係を説明する考え方として、医師需要誘発仮説が論じられている。具体的には、患者―医師の情報格差に着目しつつ、医療のニーズが患者の受療行動だけでなく、医師の判断や行動で作り出される結果、提供される医療サービスが供給制約の上限に張り付き、医療費を増やすという考え方である。
もちろん、実際の診療現場では、患者―医師の意思決定プロセスは複雑であり、需要誘発仮説の是非は今でも論争の対象となっているが、程度の差はあるにしても日本で需要誘発仮説を完全に否定する意見は少ない6。つまり、過剰な病床を減らせば医療費を抑制できるという期待があり、地域医療構想が検討された際、こうした視点が背景にあったことは間違いない。
地域医療構想を医療費適正化の手段と捉える考え方は今も変わっておらず、その傾向は強まっている。例えば、昨年末に改定された「新経済・財政再生計画改革工程表」でも地域医療構想の実現を通じて、「年齢調整後の一人あたり医療費の地域差半減」という目標が掲げられた。
さらに、個別名が公表された後に開催された今年10月の経済財政諮問会議(議長:安倍晋三首相)では、民間議員が「無駄なベッドの削減は増加する医療費の抑制のために大変重要であり、官民合わせて13万床の過剰病床の削減、急性期から回復期への病床転換等について、期限を区切って必ずやり遂げて行かなくてはならない」と述べている7。
付言すると、ここで言う13万床も地域医療構想に基づく数字である。具体的には、地域医療構想がスタートした時点の2017年の病床数から、地域医療構想に盛り込まれた2025年時点の必要病床数を差し引いた数字とされている8。
先に触れた厚生労働省の「地域医療構想の実現に向けて」という文書を見ても、都道府県や病院関係者に対し、「ダウンサイジングや機能連携・分化を含む再編統合も視野に議論を進めて頂きたい」と要請しており、ここで言う「ダウンサイジング」を直訳すると、文字通りに「病床のサイズを減らすこと」であり、病床数自体の削減に加えて、診療報酬単価が高い急性期病床の削減と、回復期病床への転換も含んでいると考えられる。こうした点を踏まえると、地域医療構想が急性期を中心とした病床適正化の方針を組み込んでいる点は疑うべくもない。
6 地域差研究会編(2001)『医療費の地域差』東洋経済新報社、印南一路編著(2016)『再考・医療費適正化』有斐閣など。
7 2019年10月28日経済財政諮問会議時議事要旨。
8 同上有識者議員提出資料。
(2019年11月11日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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