2019年11月01日

スタートアップ・エコシステム形成に向けた政府・地方自治体の取り組み

総合政策研究部 主任研究員   中村 洋介

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5――日本のスタートアップ・エコシステム形成に向けて

日本は過去、幾度かの「スタートアップ・ブーム」が起きたものの、厚みのあるエコシステムが形成されるには至らなかった。ここ数年、スタートアップ企業への資金流入が増加する等「第4次ブーム」とも言われる盛り上がりを見せているが、今回こそ一過性のブームに終わることなく、力強いエコシステムが育ち、根付いて欲しいという期待は大きい。政府の旗振りもあって、地方自治体や経済界においても、エコシステム形成の重要性が声高に叫ばれ、前向きな機運が高まっている。実際に、地方自治体の支援策が進められ、大企業がスタートアップ企業との連携を増やしていることは追い風である。また、海外の投資家・支援家が日本での活動を展開する等、海外からの注目も増えている。

しかしながら、幾多の要因が重なり「強い浮揚力」が働いて、やっとこの水準まで持ち上がってきた、ということも出来る。ここ数年、日銀が大規模な金融緩和を実施したこと、株高や新規上場(IPO)数の回復でVC等の投資収益が劇的に改善したこと、世界的に緩やかな景気拡大局面が長期化したこと、景気拡大や円安もあって大企業の業績が高水準に達していること、デジタル化が急速に進展しAIやIoT等の先端技術に高い期待が寄せられていること、大企業にオープン・イノベーション熱が高まっていること、官民ファンドが資金調達を底支えしてきたこと等、政策や外部環境等の多くのプラス要因が重なった結果とも言える。一方、足もとではこうした「強い浮揚力」の先行きに懸念や不安も生じている。米中貿易摩擦等の影響もあって、景気や金融市場、企業業績の先行きには不透明感も漂う。米国ではウーバー(ライドシェア)等、新規上場した一部のユニコーン企業の株価が冴えず、足もとではウィーカンパニー(コワーキングスペースサービス・ウィーワークの運営)が計画していた新規上場が延期に追い込まれ、資金繰り懸念から大幅に企業評価額を下げた上でソフトバンクグループの支援を受ける事態になっている。中国でも、スタートアップ企業への資金流入が鈍ってきたとの報道もあり、「ユニコーン・バブル」とも揶揄されてきた近年の好況に変調を来たすのではないかとの危惧も生じている。

スタートアップ企業の育成、エコシステムの形成は1年や2年で出来るものではなく、成果が出るには相応の時間がかかる取り組みである。道半ばの状態で環境が悪化し、浮揚力が衰える時期に入る可能性も十分にある。実際、リーマンショック後にはスタートアップ企業の資金調達環境が大きく悪化し、投資収益の悪化から投資の縮小や撤退を余儀なくされるVCもいた。仮に環境が悪化したとしても、投資家、大企業、地方自治体、大学等のエコシステムを構成するプレイヤーが、長期目線での取り組みを継続し、機運を醸成し続けられるかが鍵になる。

地方自治体のスタートアップ支援事業について言えば、地域の経済や雇用に対して目に見えて分かりやすい影響がすぐに出るわけではない。旗振り役の首長が選挙で交代し方針が変わる、地方自治体の担当者が数年で異動してしまいノウハウ・知見が蓄積されない、といった事態も起こり得る。エコシステムが根付くためにも、長期を見据えた支援体制が構築されることに期待したい。また、スタートアップ企業支援の経験が豊富で、知見や人脈を持つ人材が地方自治体の中に多いわけではない。単にこれまでの中小企業支援策の延長線上ではなく、新たな視点も必要になる。そして、地方自治体の予算だけでは、スケールアップに限界がある。現在、いくつかの地方自治体が既に取り組んでいるように、VCや海外の支援機関、大学等の研究機関や大企業等、外部の機関を上手く巻き込み、人材や資金を呼び込んでいくことが求められる。

また、ウーバー(ライドシェア)やエアビーアンドビー(民泊)のように、「デジタル(ソフトウェア)」の範疇にとどまらず、デジタル技術等を活用して「リアル」の領域の社会課題を解決しようとするスタートアップ企業が増えていくことが見込まれる。「リアル」の領域に近づけば近づくほど、既存の規制の壁にぶつかったり、既存企業や地域住民との軋轢が生じる機会も増えるであろう。2018年には政府の「規制のサンドボックス制度10」も創設されたが、新しいアイデアや技術に実証実験や試験導入の場を与え、社会実装を後押ししていくことが一層求められる。そして、新しいアイデアや技術の新規導入に対する軋轢や懸念を払拭していくことが問われよう。

高度な技術を持った研究開発型スタートアップ企業を生み育てるエコシステムの形成にも期待がかかる。世界を見渡すと、AIやロボティクス、バイオテクノロジー、宇宙開発といった、大学等での研究成果をベースにするような高度なテクノロジーを持つスタートアップ企業に資金が流入しており、これからこうした領域がイノベーションを巡る国際競争の主戦場になっていくことが想定される。足もとでは、政府の取り組みが進められ、ライフサイエンス等の研究開発型ベンチャーの支援を手掛ける地方自治体も見られる。また、大学でも産学連携や大学発スタートアップ企業の創出に向けた取り組みが進みつつある。事業化までに時間と資金がかかる難しい分野だが、世界で活躍するハイテク企業が次々と生まれる都市、環境を作れるかどうか、今後の展開に注目だ。なお、米国や中国では、博士号を持った人材がスタートアップ企業に参画するケースも多い。日本はこれまで科学技術立国と称されながらも、修士課程から博士課程への進学者数が減少している等、現状を危惧する声も多い。人材育成、研究活動支援等、科学技術の振興を改めて考えていく必要もあるだろう。

個々のスタートアップ企業を育てることも大事だが、より重要なのはスタートアップ企業が自律的に次々と生まれ、大きく育てるような環境作りである。日本ならではのスタートアップ・エコシステムが育ち、定着するかどうか、これからの展開に期待したい。
 
10 新たな技術の実用化や新たなビジネスモデルの実施が現行の規制との関係で難しい場合に、その社会実装に向け、事業者の申請に基づき、規制官庁の認定を受けた実証を行い、そこで得られた情報やデータを活用して規制の見直しに繋げていく制度。

<参考文献>
・「オープン・イノベーション白書 初版」、オープン・イノベーション・ベンチャー創造協議会・国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 編集、2016年
・「オープン・イノベーション白書 第二版」、オープン・イノベーション・ベンチャー創造協議会・国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 編集、2018年
・「海外調査報告書 海外の研究開発型スタートアップ支援」、国立研究開発法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター、2018年
・「イノベーションはなぜ途絶えたか-科学立国日本の危機-」、山口栄一、2016年
・「中小企業技術革新制度(日本版SBIR制度)改革プラン(素案)」、中小企業庁 日本版SBIR制度の見直しに向けた検討会、2019年
 
 

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総合政策研究部   主任研究員

中村 洋介 (なかむら ようすけ)

研究・専門分野
スタートアップ・デジタルビジネス

(2019年11月01日「基礎研レポート」)

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