コラム
2019年09月30日

社会資本の高齢化~陰鬱な科学が迫る苦渋の決断~

櫨(はじ) 浩一

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1――老朽化する日本の社会資本

東京の首都高速道路は、1962年に京橋と芝浦の間の4.5 kmが開通し、1964年の前回の東京オリンピックに向けて突貫工事で整備が進められた。初期に作られた部分は既に半世紀以上が経過し、首都高速道路株式会社は、「進行する構造物の高齢化や過酷な使用等により、重大な損傷も発見されている状況」にあるとして、大規模な更新・修繕事業を進めている。

2012年には中央高速道路の笹子トンネルで天井が崩落して9名の方が亡くなられるという事故が起こったことに見られるように、首都高速道路に限らず長年整備が進められた日本の社会資本は老朽化が進み、更新や大規模な改修工事が必要になっているものが少なくない。

9月の台風15号では、千葉県内で大規模な停電が起こり、概ね解消するまでには長期間を要した。気候変動の影響もあって想定以上の強い風が吹いたことも大きな原因で、送電線の鉄塔や電柱の復旧工事では、単純に前と同じものを作るだけでは不十分と考えられる。社会インフラ全体をもっと災害に強いものにする必要があり、そのために単なる再建よりも費用は高いものになるだろう。

2――膨張する維持・更新費用

社会資本を使用可能な状態に維持するには、毎年相応の維持コストがかかるだけでなく、何十年かに一度は大規模な改修工事を行う必要がある。GDP統計では、社会資本が時と共に老朽化したり陳腐化したりして価値が下がることを反映して、固定資本減耗という項目を立てている。企業であれば減価償却費に相当する部分で、毎年実際に支出が行われるわけではないが、資産価値を維持するために投資を行うとすれば必要となる費用が会計上の費用として計上されている。

毎年発生している政府の固定資本減耗は、保有している固定資産の約3%程度で、社会資本が蓄積されてきたことを反映して緩やかだが増加傾向を続けている。財政が深刻な状況にあることもあって、毎年度の公共事業費はかつてに比べて大きく減少していて、固定資本減耗と公的固定資本形成の差額は縮小し、近年は毎年の社会資本への投資額の約9割を更新に充てなければならない計算となっている。
政府の資本勘定 毎年発生する固定資本減耗は帳簿上の数字であり、工事が行われて支出が発生しているわけではなく、資金が積み立てられているわけでもない。老朽化が進んで大規模改修が必要な時になって初めて過去の費用もまとめて工事費用として皆が認識するようになる。また、GDP(国内総生産)は固定資本減耗を控除する前の数字なので、スティグリッツなども指摘している(注)ように、経済学的には本来固定資本減耗を控除したNDP(国内純生産)を見るべきだ。しかし、固定資本減耗は推計上も様々な問題があり、短期的に大きく変動するものではないので、毎年の経済の変動を見るにはGDPが使われ続けているという事情もあって、社会資本の潜在的な更新費用に対する社会の関心は薄い。
 
(注) ジョセフ・E. スティグリッツ , ジャンポール フィトゥシ , アマティア セン、他著、「暮らしの質を測る―経済成長率を超える幸福度指標の提案」(金融財政事情研究会2012年刊)

3――陰鬱な科学

社会資本を作れば子供や孫の世代も利用できるので資産になるが、一方でそれを維持・更新する費用が将来の世代の負担として生じることになる。社会資本を後世代にできるだけ多く残せば、それだけ将来世代が助かるというわけではない。人口減少が予想されている我が国では、利用者が大きく減少する施設の発生が予想される上、社会資本整備に割ける費用も大きく伸ばすことは難しくなるので、現在保有している社会資本を全て維持した上で、さらに新しい社会資本の整備を行うことは無理だ。新規に整備が必要なものが出てくれば、更新費用が捻出できない施設が生じ、維持すべきもの、維持を断念するものに区別することが必要になる。

維持・更新に十分な資金を割り当てずに、漫然と老朽化した設備を使い続けると、大きな事故に繋がったり、自然災害が発生した時に弱点となって被害を拡大させてしまったりして、多くの人命を危険にさらすことになる恐れも大きい。社会インフラの維持が困難となって、住み慣れた土地を離れることをお願いしなくてはならない人達が生まれてしまうのは申し訳ないことではあるが、その資金があれば多くの人が災害や事故から救われることに理解をお願いするしかない。

英国の思想家トーマス・カーライルは経済学を陰鬱な科学(dismal science)と呼んだ。経済学が我々に苦渋の決断を迫ることが多くて不愉快なものであるのは確かだが、眼を背けても我々は真実から逃れることはできない。人口減少下での社会資本のあり方について、もっと議論が必要である。
 
 

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(2019年09月30日「エコノミストの眼」)

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