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- 不安の時代~過剰な貯蓄を回避する保険の意義~
1――不安の時代
経済成長の低下が醸し出す社会の停滞というイメージも、日常の生活実感に反するところがある。多くの経済学者が繰り返し指摘しているように、経済成長を測るために使われるGDPは、元々どれだけのモノやサービスが生産されたのかという経済活動を表す指標で、人々の生活がどれほど豊かになったかを表すものではない。GDPの成長率が示す以上の速度で我々の生活は変化している。インターネットが生活の隅々に入り込み、AI(人工知能)が人々の職業生活を全く変えてしまうのではないかという記事が身の回りにあふれている。社会の変化は鈍化するどころか、むしろ加速して目が回るほどで、これからどう変わっていくのか皆目見当がつかなくなった。
生存競争の中では立ち止まっている生物はいずれ絶滅してしまい、生き残るためには常に進化し続けることが必要である。ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」では、赤の女王が「ここでは全力で走らないと同じところに留まっていられない」と言うのだが、社会の中で同じ位置にとどまっていることが難しくなった。現在の問題は、経済が発展しなくなったことではなくて、急速な変化の中で今の生活を維持できるか人々が大きな不安を覚えていることではないのか。現代は停滞の時代なのではなく、不安の時代と考えるべきなのではないだろうか。
2――自助努力
生活の安定という要望に対して、経済発展を強調する人たちは限られたパイを奪い合うことでは問題は解決できず、パイを大きくすることこそが本質的な解決策だと言う。しかし、経済成長の恩恵は一律に分配されるわけではなく、成功者に暖かく敗者には冷たい。社会で成功している人達は、優れた才能の持ち主であるだけでなく、人並みはずれた努力もしている。しかし、同じように能力もあり、努力を重ねつつも成功に至らなかった人も大勢いる。プロスポーツや囲碁・将棋の世界を見れば、栄光の座にたどり着く人は一握りで、紙一重の差で大多数の人はどこかで競争から脱落しているだろう。
政治家や企業経営者、学者など社会の指導的な立場にいる人達は、人々に挑戦を勧め、進歩・発展を求める。こうした挑戦が社会を進歩させていることは確かだが、そのために犠牲となることは誰ものぞまないだろう。難関に挑んで勝ち残ることができるという自信のある人はわずかで、多くの人達にとって幸福の基本的な要件は、明日も今日と同じような平穏な日々が続くことではないか。自信がなくても挑戦できるようにするためには、セイフティーネットが重要だ。
3――不安への対応
これは各個人にとっては大きな福音であったが、同時に経済全体にとっては新たな災いの種にもなった。所得の一部が貯蓄されるということは、支出されず需要を生み出さないということだ。支出=所得=生産という、マクロ経済学の三面等価の原理からは、このような状態では経済がバランスを維持できず、所得が減少してバランスが回復される。先進諸国の経済が低迷するようになった原因は、不安への対応で生まれた貯蓄の過剰ではないだろうか。人々が不安に対処するために貯蓄をしている中では、政府がいくら消費喚起の旗を振っても大きく消費が伸びることは難しい。
そもそも、貯蓄で将来起こるかも知れないリスクに備えるのは無駄が多い。全員にリスクが実現するわけではなく、多くの人の貯蓄は実は不要だったという結果になるからだ。貯蓄から投資へというキャッチフレーズは人気があるが、リスクを伴う投資では不安を抑える機能が弱いし、結果的に過剰となる貯蓄を回避することもできない。需要不足を生まずに人々の不安を緩和する鍵を握っているのは、リスクを多くの人が分担する「保険」という仕組みにある。保険会社のエコノミストになった時からそうかも知れないとは感じていたのだが、ようやく確信が持てるようになった。しかし、残念ながら紙面も持ち時間も尽きたようだ。
社会についてのとりとめのない筆者の物思いに、長年にわたって皆様にお付き合い頂いたことに深く感謝をして、筆を置かせて頂きたい。
(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。
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櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)
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(2020年01月31日「エコノミストの眼」)
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