コラム
2019年08月21日

規制改革の大本命、スーパーシティ構想-都市のデジタルトランスフォーメーションにより、日本は成長できるか

清水 仁志

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1――はじめに

国家戦略特区の進化系ともいえるスーパーシティ構想(国家戦略特区法改正案)は、今年の通常国会において閣議決定まで持ち込まれたものの、会期末までの成立には間に合わず、廃案となった。秋の臨時国会で再び成立を目指す予定とされている。本稿では、成長戦略の肝となるスーパーシティ構想について、現行の国家戦略特区との違い、政策の意図、そして今後の課題について説明する。

2――未来社会を実現するスーパーシティ構想

1スーパーシティ構想とは
「スーパーシティ」は、最先端技術を活用し、第四次産業革命後に、国民が住みたいと思う、より良い未来社会を包括的に先行実現するショーケースを目指す1。具体的には、2030年頃の未来社会を加速実現し、域内ではキャッシュレス限定や、自動運転、ドローン配達、遠隔医療を可能にするなど、生活全般にまたがり最先端技術を導入することが想定されている。
 
1 「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会「『スーパーシティ』構想の実現に向けて(最終報告)」
2現行の国家戦略特区とは何が違うのか
現行の国家戦略特区(以下、特区)は、地域や分野を限定することで、大胆な規制緩和、制度改革や税制優遇を行う制度だ2。現在は10区域が特区として指定され、地域ごとに抱える個別の課題や、国として推進したい特定の分野に特化した街づくりを進める。特区を活用した事業計画実現のために乗り越えなければならない規制は複数あり、また、それぞれの規制を所管する省庁もばらばらだ。それらの規制に対して、個別に規制所管省と協議し、ひとつずつ事前にどの箇所の規制適用を除外するのかを明確にしなければならない。

一方で、スーパーシティ構想は、丸ごと未来都市を作ろうというものである。この構想では、現行の特区のように特定の事業領域(例えば自動運転)に限らない。AIなどの最先端技術を活用するものであれば、それに関連する全ての事業を包括的に推進するもので、その事業領域は現行の特区に比べて多岐に渡る。これを現行制度の下でやろうとすると、個々の規制ごとに協議を進めなければならず、規制特例を設けるだけで相当な時間を要してしまう。国家戦略特区法改正案は、弊害となる複数の規制について、一括して迅速に規制緩和をすることが出来るように改めるものである(図表)。
(図表)国家戦略特区法改正前後の事業計画実現までの流れ
 
2 内閣府HP

3――規制改革の大本命、「スーパーシティ構想」~なぜ、今、スーパーシティ構想を進めなければならないのか

1潜在成長率上昇に向けて
アベノミクスは、金融政策、財政政策、成長戦略という3本の矢から始まった。当初から、構造改革や規制緩和などを通じた成長戦略は、金融政策や財政政策に比べて時間がかかるとの見方があった。事実、アベノミクスがスタートして6年余りが過ぎた今も潜在成長率の向上は道半ばである。アベノミクス開始後の潜在成長率の内訳を見ると、全要素生産性(TFP)が大きく低下している。これを女性や高齢者の労働参加を中心とする労働投入が下支えしているものの、これら労働参加にも限りがあることからこの構図は長続きしそうにない。金融・財政政策の余地が限られる中、本命の規制緩和による生産性向上が急務になっている3
2取り残される日本の未来都市計画と技術革新
世界を見渡せば、既にAIやビッグデータなどの最先端技術を活用した都市プロジェクトが進んでいる。例えば、中国の杭州では、アリババが主体となり、道路のライブカメラをAIで分析することにより、警察への自動通報、信号機の切り替え、渋滞要因の分析などを行っている。カナダのトロントでは、GAFAの一角をなすグーグルが、あらゆる動きをセンサーで把握し、ビッグデータ解析を進めようとしている。

日本はそうした世界の先端都市計画から遅れを取っている。都市の競争力が相対的に落ちれば、外国企業の誘致は難しくなり、さらには日本企業の流出にも繋がる。

また、国家資本主義、開発独裁と言われる中国では、領域横断的な未来都市計画を強権的に推進している。

こうした世界のスピードに日本がついていき、日本発の技術革新を引き起こすためには、現行の特定領域の規制緩和だけでなく、包括的に、かつ迅速に動けるスーパーシティ構想を積極的に進めることが必要不可決だ。そうでなければ、第四次産業革命で訪れる技術社会から、日本は取り残されてしまうだろう。

4――今後の課題~合意形成と、実行スピード

スーパーシティ構想は、日本の成長戦略上、非常に重要な役割を果たすと考えられるが、実現までの道のりは険しい。

スーパーシティ構想は住民合意が前提だ。住民は最先端技術を活用した便利な生活というベネフィットを得る代わりに、自分が住む地域を未来都市社会実現に向けた実験場とすること、行動データなどの情報が取得されることなどを認めなければならない。グーグルが進めるトロントでの都市計画では、そうした個人情報提供への懸念から、住民による反対運動が起こり、計画は思うように進んでいない。

一方で、中国は、個人情報収集が容易、かつ国家主導でとてつもないスピードで物事が決まっていく。社会インフラが一定の水準で整備されている先進国では、先端都市開発のコストに対するリターンが小さく、住民がメリットを感じにくいことも合意を取り付ける妨げとなるだろう。しかし、日本を含む民主主義国家が先端都市計画に向けた合意形成に時間を取られているうちに、他国との差は確実に広がっていく。第四次産業革命に対応した技術と都市開発は、非民主主義国家の独壇場となる恐れがあるのだ。
 
秋の臨時国会でスーパーシティ構想実現のための法案が成立することが期待されているが、それはスタートラインに立つにすぎない。過去、特区構想に対して批判が集まり、逆風が吹いている。また、個人データの提供に前向きでない日本人の合意形成を築くことは、容易ではないだろう。

実際に、スーパーシティが実現出来るかどうか、そして日本の成長へと繋げられるかは、国、自治体、住民、企業など、様々なステークホルダーが一丸となり進められるかにかかっている。
 
 

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清水 仁志

研究・専門分野

(2019年08月21日「研究員の眼」)

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