2019年08月19日

感染症の現状 (後編)-感染症は人類の歴史をどう変えたか?

保険研究部 主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   篠原 拓也

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2|SIRモデルをもとに感染拡大の様子を分析
感染症の拡大の様子を表す人口モデルとして、SIRモデルが有名である。

このモデルでは、ある感染症に対して、免疫を持っていない人々からなる集団を考える。そこに、外部から感染者が加わったときに、どのように感染が拡大するのか、をみていく。

モデルのなかで全体の人数は変わらず、各時点において、つぎのS、I、Rの3つの集団に分けられることとなる。S、I、Rは、いずれも時間の経過とともに変化していく。すなわち、時間(t)の関数とみることができる。39
図表16. SIRモデルの3つの集団
また、基本再生産数の3つの要素である、「1回の接触での感染確率」をβ、「単位時間あたりの接触の回数」をκ、「感染症が感染性を保つ平均時間」をDとする。

その上で、つぎのように、S、I、Rに対する微分方程式をつくる。そして、この式に数値を代入して、数値計算をすることで、時間の経過とともに各集団の人数(S、I、R)が変化していく様子がわかる。
図表17. SIRモデルの微分方程式
図表18. SIRモデルの計算結果の例
前提として、2,000人の感受性あり(S)の集団に、1人の感染中(I)の人が加わるものとする。当初の時点では、耐性あり(R)の人は、いない(0人)ものとする。全体の人数(N)は、2,001人となる。

また、1回の接触での感染確率(β)を0.1、単位時間(1週間)あたりの接触の回数(κ)を21回(つまり1日平均3回)、感染症が感染性を保つ平均時間(D)を1週間、とおく。これは、基本再生産数R0を、2.1(=β×κ×D)とおいたことに相当する。

この前提のもとで数値計算を行ってみると、上記の図のとおり、Sは時間とともに減少して、最終的に201.6人となる。Iは当初増加するが、11週目頃に431.9人とピークを迎えて、それ以後は減少して最後に0人となる。Rは時間とともに徐々に増加して、最終的に1,799.4人となった。Sが0人まで減らずに201.6人でとどまったのは、時間とともにRが増えて、集団免疫が働いた効果とみられる。

このモデルは、βやκなどの値を時間の経過によらず一定と置いているため、「決定モデル」といわれる。実際には、βやκなどの値は一定とは限らない。そこで、これらの変数に偶然(ランダム)の要素を入れて「確率モデル」としてモデルを構成することもある。そして、この確率モデルで、何回も(たとえば 1万回も)繰り返して計算を行って、集団人数の変化の変動幅をみていく。このように、予測結果と、その信憑性をあわせて把握していくような研究も行われている。

なお、感染症に関する数理モデルについては、つぎのような限界があるとの指摘もある。

― 性別や年齢などの違いにより、感染の仕方は異なるはずだが、モデルはこれを無視している。

― 感染して発症した人は、医療施設に入院したり、自宅で療養したりするため、他の人との接触の機会が減るはずだが、モデルはそうした点を加味していない。

― 同じ感染症でも、空気感染、飛沫感染、接触感染などの複数の感染経路があり、感染確率等が経路によって異なるはずだが、モデルは感染経路を1つに限定している。

SIRモデルの計算結果をみる際には、こうした限界を踏まえておくことが必要と考えられる。
 
39 さらに、SとIの間に、感染症に曝露しているが潜伏期間中で発症していない人(Exposed, E)の集団を設けて、SEIRモデルとして研究が行われることもある。
 

5――感染拡大防止策と感染予防策

5――感染拡大防止策と感染予防策

最後に、感染症法における感染拡大防止策と、予防接種法における感染予防策の内容をみていこう。

1|感染症法は、危険性に応じて感染症を分類して、対応や措置を定めている
日本では、感染症法40が1999年に施行された。それ以前には、1897年(明治30年)制定の伝染病予防法があった。伝染病予防法は、制定当時、年間10万人を超える死者を出したこともあるコレラをはじめ、赤痢やペストなどの予防について規定している。しかし、患者の就業制限や、交通の遮断及び隔離など、人権への配慮を欠く予防策がみられた。また、制定時からの時間の経過とともに、規定されている病気の種類も見直しが必要とされた。こうしたことから、1999年の法改正に至った41

感染症法では、危険性の高い順に「一類」~「五類」に感染症が分類されている。また、新たな感染症などに対しては、これらだけでは十分に対応できないため、「新型インフルエンザ等感染症」、「指定感染症」、「新感染症」の分類が、別に設けられている。

そして、感染症の分類に応じて、医療機関から、保健所を経由しての都道府県への届出基準が定められている。一類~四類感染症は、全数把握の上、ただちに届け出ることとされている。五類感染症のうち一部のものについても全数把握とされており、その上で、侵襲性髄膜炎菌感染症、風疹、麻疹はただちに、その他の疾患は7日以内に届け出ることとされている。それ以外の五類感染症については、全数把握は行われず、疾患ごとにあらかじめ定められている定点医療機関が、週単位や月単位等で届け出ることとされている。

なお過去には該当する疾患があったが、現時点(2019年8月)では、新型インフルエンザ等感染症、指定感染症、新感染症に該当する疾患はない。
図表19. 感染症法上の感染症の分類 (一類~五類)
図表20. 感染症法上の分類 (一類~五類以外)
感染症法では、感染症の分類に応じて、感染した患者に対する入院治療、就業制限の規定が設けられている。また、立入制限や交通制限などの対物措置も設けられている。
図表21. 感染症法の対応・措置 (主なもの)
 
40 正式名称は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(平成10年10月2日法律第114号)
41 感染症法は、伝染病予防法、性病予防法、エイズ予防法を統合して成立した。2007年には、結核予防法が廃止され、感染症法に統合された。(乳児へのBCG接種については、予防接種法に統合された。)
2|予防接種は勧奨接種や任意接種としてさまざまなものが行われている
予防接種については、予防接種法に規定されている。予防接種法による勧奨接種は定期接種とも呼ばれ、主に小児を対象とする集団予防目的のA類疾病と、個人予防目的のB類疾病がある。その他に、予防接種法によらない任意接種もある。ワクチンの副反応が問題となり、接種の積極的な推奨が差し控えられている子宮頸がんを除くと、A類疾病の接種率は、いずれも90%台後半となっている。

勧奨接種の場合は、接種を受ける人が公費補助を受けられる。一方、任意接種の場合は、自費で接種を受けることとなる。なお、定期接種のワクチンは、政令で接種対象年齢が定められている。接種対象年齢以外で接種する場合には、任意接種として受けることになる。実際には、ワクチンごとに標準的な接種期間が設定されており、その期間を踏まえて接種が行われている。
図表22. 日本の予防接種

6――おわりに (私見)

6――おわりに (私見)

前章までに、感染症を巡るさまざまなトピックスを概観してきた。多くの感染症が、人類の歴史に影響を及ぼしてきたこと、感染症対策には過去の経験が活かせる部分があることなどである。本章では、まとめとして、感染症対策について筆者の私見を述べることとしたい。

〔1〕 感染症を適切にこわがろう
感染症は、通常、眼に見えない細菌やウイルスなどによって起きる。このため、感染原因菌や感染経路が特定しにくい。これらがわからないと、人は不安になる。そして、不安は疑心暗鬼を生む。なにかもっともらしい理由付けを求めて、デマや流言を信じやすい心理状態となる。

ペストの蔓延時には、悪疫の原因を求める民衆の心理が、ユダヤ教徒という犯人を仕立てて迫害を招いた。エイズの感染拡大時には、感染の仕組みが不明な段階で、感染を恐れるあまり、患者に対する差別が広がった。これらの差別や偏見が、病原微生物に曝露した人の検査や診断をためらわせることとなれば、さらなる感染拡大を招いて、二次災害的に新たな感染者を生んでしまう可能性もある。

感染症をこわがる気持ちは、生存のためのリスク感知本能として保持しておくべきだろう。しかし、合理的な根拠を欠いて、ただむやみにこわがるだけでは、感染防止対策を滞らせることもありうる。

一般の人々が正しい情報のもとで、感染症を適切にこわがり、対策をとることが必要と考えられる。

〔2〕 感染症対策は、環境問題、貧困問題、地域紛争問題とあわせて考えよう
感染症の拡大は、単に医療の問題だけにとどまらない。

コレラは、いまなお発展途上国を中心にパンデミックの状況にある。地球温暖化の影響で海水温が上昇して、コレラ菌が生育しやすい環境になっており、感染拡大のリスクが高まっている。地球温暖化という環境問題が感染症の蔓延に拍車をかけている。

エボラウイルス病がアフリカ中部で蔓延した背景には、現地の社会が貧困状態にあり、注射器具を患者間で使い回さざるをえないという状況があった。貧困問題が感染症蔓延の土壌となっている。

さらに、マラリアなど、感染症が拡大する地域に戦乱・紛争があれば、海外からの医療支援が滞り、感染防止は望めないであろう。

有効な感染防止策を実施するには、環境問題、貧困問題、地域紛争問題とあわせて考えることが必要となろう。

〔3〕 まずは、石鹸での手洗いを習慣化することから始めよう
誰でも、いますぐに取り組める感染症対策は、手指衛生である。戸外から帰宅したとき、食事の前、トイレの後などには、石鹸を使ってしっかり手を洗うようにしたい。社会生活のなかでは、誰かと握手をしたり、手でモノに触れたりすることが頻繁に起こる。このためつねに、手を介して、接触感染や経口感染などを起こすリスクが伴っている。

もちろん、手を洗えばすべての感染が防げるというわけではないが、感染のリスクを減らすことにはつながるだろう。外出の際は液体石鹸を小型ケースに入れて持ち歩くなど、石鹸で手を洗うということを習慣化することが、感染症に対する衛生管理の第一歩となろう。

【参考文献・資料】
 
(下記1~11の文献・資料は、包括的に参考にした)
  1. 「感染症まるごと この一冊」矢野晴美著(南山堂, 2011年)
  2. 「ウイルス・細菌の図鑑 - 感染症がよくわかる重要微生物ガイド」北里英郎・原和矢・中村正樹著(技術評論社, 2016年)
  3. 「矢野流! 感染予防策の考え方 - 知識を現場に活かす思考のヒント」矢野邦夫著(リーダムハウス, 2015年)
  4. 「You Can Do it ! CDCガイドラインの使い方 感染対策 - 誰でもサッとできる !」矢野邦夫著(メディカ出版, 2019年)
  5. 「図解入門 よくわかる 公衆衛生学の基本としくみ」上地賢・安藤絵美子・雑賀智也著(秀和システム, 2018年)
  6. 「創薬科学入門(改訂2版) - 薬はどのようにつくられる? - 」佐藤健太郎著(オーム社, 2018年)
  7. 「人類と感染症の歴史 - 未知なる恐怖を超えて」加藤茂孝著(丸善出版, 2013年)
  8. 「続・人類と感染症の歴史 - 新たな恐怖に備える」加藤茂孝著(丸善出版, 2018年)
  9. 「パンデミックを阻止せよ! - 感染症危機に備える10のケーススタディ」浦島充佳著(化学同人, DOJIN選書049, 2012年)
  10. 「怖くて眠れなくなる感染症」岡田晴恵著(PHPエディターズ・グループ, 2017年)
  11. 「インフルエンザ なぜ毎年流行するのか」岩田健太郎著(KKベストセラーズ, ベスト新書593, 2018年)
 
(下記の文献・資料は、内容の一部を参考にした)
  1. “Global Tuberculosis Report 2018”(WHO)
  2. 「結核登録者情報調査年報」(厚生労働省)
  3. 「インフルエンザウイルス分離・検出速報」(国立感染症研究所ホームページ)
  4. 「麻疹ウイルス分離・検出状況」(国立感染症研究所ホームページ)
  5. 「風疹ウイルス分離・検出状況」(国立感染症研究所ホームページ)
  6. 「風疹流行に関する緊急情報:2019 年7 月24 日現在」(国立感染症研究所ホームページ)
  7. 「感染症流行予測調査」(国立感染症研究所ホームページ)
  8. 「発生動向調査年別報告数」(国立感染症研究所)
  9. 「世界保健機関(WHO) 2018年世界マラリア報告書」(WHO)
  10. “HIV/AIDS Key facts”(WHO)
    https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/hiv-aids
  11. 「平成 29 (2017)年 エイズ発生動向」(エイズ動向委員会, 厚生労働省)
  12. 「人口動態統計」(厚生労働省)
  13. 「平成30年 食中毒統計調査」(厚生労働省)
  14. 「アニサキス症とは」(国立感染症研究所ホームページ, 2014年5月13日改訂)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/314-anisakis-intro.html
  15. 「薬事ハンドブック2019 - 薬事行政・業界の最新動向と展望」(じほう)
  16. 「わが国におけるプレパンデミック ワクチン開発の現状と臨床研究」(国立感染症研究所 感染症情報センター, 平成20年度 感染症危機管理研修会 プログラム4資料)
  17. 「感染症法に基づく医師の届出のお願い」(厚生労働省ホームページ)
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保険研究部   主席研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

(2019年08月19日「基礎研レポート」)

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【感染症の現状 (後編)-感染症は人類の歴史をどう変えたか?】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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